朝日の甲状腺被曝87ミリシーベルト報道の意味~実効線量と等価線量
(☆追記: この記事は2012年3月9日の報道直後のものだが、12年
7月11日・13日の報道については、末尾のP.S.に加筆しておいた。)
(☆追記2: 関連する最新記事を13年3月8日にアップ。
外部・内部・甲状腺、福島県の放射線被曝について~3・11から2年 )
(☆追記3: 13年7月24日の朝日・大岩ゆりの放医研批判について、
記事をアップ。
日本人の自然放射線と医療被ばく線量(『新版 生活環境放射線』2011) )
☆ ☆ ☆
まもなく3・11から1年になるが、アクセス解析を見ても周囲に聞いても、
いまだにベクレルとシーベルトが分からない人は非常に多い。少し知って
る人でも、多くの場合は内部被曝の計算だけで、外部被曝の場合との違
いまでは理解できてない。これが理解できれば、がれきやホットスポットの
印象が多少は変わるはずなのに、残念なことだと思う。
おそらく、それ以上に理解されてない概念が、「実効線量」と「等価線量」だ。
理論や言葉の使い分けについては、去年5月に記事を書いてるので、今
回は具体的な記事の読み方をめぐって説明してみよう。今日(3月9日)の
朝日新聞・朝刊1面トップ記事の見出しは、「甲状腺被曝 最大87ミリシー
ベルト」、「福島の65人調査 5人が50ミリ超」となってた。数字だけ見る
と、一瞬ドキッとするような高さだろう。執筆は大岩ゆり記者。
先にポイントだけ書いておくと、この数字は「等価線量」と呼ばれるもので
あって、普通の基準値(1mSv、20mSv、100mSvなど)が扱う「実効線
量」ではない。甲状腺被曝の等価線量が87ミリとは、もし「それだけを」全
身の実効線量に直すのなら、0.04倍して3.48mSvになる。25で割る
と言ってもいい。いずれにせよ、約3.5ミリシーベルトであって、これなら
少なくとも、驚くような量ではないだろう。もちろん「これだけなら」、20mSv
基準よりもかなり下なのだ。
ただし、甲状腺にこれだけの被曝があるというのは、他にもそれなりの被
曝があることを示してるかも知れない。だから、「実は4ミリ弱に過ぎない」
と言うのはやや行き過ぎだろう。他と合わせて実効線量を計算すると、結
局は20mSvを大きく上回ってる可能性はあるからだ。。
(☆追記&訂正: 記事アップから9時間後、2007年のICRP(国際放
射線防護委員会)勧告で計算が僅かに変更されてい
たことに気付いて修正した。2010年・1月の放射線
審議会のpdfファイルからコピーさせて頂いた資料を、
根拠として挿入しとこう。現在の日本は、まだ古い90
年勧告に従ってるようだが、近い将来、変更されると
思われる。なお、07年の右端の数値は、同じ値の係
数を持つ組織・臓器をまとめただけなので、気にしな
くていい。)
☆ ☆ ☆
朝日の記事が大きく扱ったのは、弘前大学・被ばく医療総合研究所の床
次(とこなみ)眞司教授らによる測定結果で、この後、3月11日のNHK・
ETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを
追え」でも紹介される可能性がある。大学HPでアピールしていた。ちなみ
に教授名を床「波」として検索してる方が目立つが、朝日、弘前大、NHK、
いずれも床「次」となっている。
(☆3月11日追記: NHKの番組では、「甲状腺等価線量」だとハッキ
リ繰返し説明・表示された。)
震災の約1ヶ月後に65人の甲状腺内の放射性ヨウ素(おそらく I 131)を
実測、その値から、元々吸い込んだ量を推定して、そこから内部被曝量
(成人は50年分、子どもは70歳までの分)を計算。5人が、健康影響の
予防策をとる国際的な目安となってる50ミリシーベルトを超えていたそう
だ。子どもの最高は47ミリシーベルト。
この研究は有意義だと思うし、今まで公表されてた最高値35ミリを大幅
に超えてるのは重要な情報だろう。朝日の報道も、間違ってはいない。た
だ、ほとんどの人が実効線量と等価線量の違いを理解してない現状で、
大きく「87ミリ」と強調するのは、ミスリーディングな(=誤解を招きやすい)
ことだと思う。
もちろん朝日の記者も、違いは分かってて、「甲状腺被曝」に関するキー
ワード解説の箇所で、「全身被曝と単純比較はできないが、同じ値なら健
康影響は小さいとされている」と書いている。しかし細めの字のこの説明で
は、87ミリという数字の衝撃とは不釣り合いだろう。もっと単純に、「普通
問題とされる全身被曝に換算すると約4ミリ」と書けば、遥かに分かりやす
いはずだ。「全身の線量を求める際には25分の1にする」と言ってもいい。
朝日に限ったことではないが、差し当たり朝日の震災以降の記事を「朝
日デジタル」で検索してみると、「実効線量」という言葉でさえほとんど使っ
てないし、「等価線量」という言葉は全国版では一度も使ってないようだ。
これでは、違いがわからない人が多いのも当然かも知れない。。
(☆追記: 9日の晩になって、TBS、毎日新聞、時事通信のニュースが
ネットに流れたが、いずれも等価線量という説明はしてない。
ただしTBSは、「この数値で不安を感じる必要はない」という
床次教授の話を掲載していた。87ミリで大丈夫と聞いた視聴
者はどう思ったのだろうか。。
☆ ☆ ☆
普通、年間基準値や生涯基準値で話題にされてる被曝線量は実効線量
であって、基本的には、様々な臓器・組織へのダメージ(=等価線量)を
「合わせる」ことで計算する(空間線量による外部被曝の場合は簡易計算)。
ただし、「合わせる」時には、単純な足し算はしない。各臓器・組織ごとに、
まず係数(=組織荷重係数)と掛け合わせて、その後に足すことになる。
例えば、甲状腺被曝が50ミリ、生殖腺被曝が20ミリ、皮膚被曝が200
ミリだったとしよう。それぞれの値が等価線量で、単なる説明用の仮定の
値だ。甲状腺の係数は0.04、生殖腺は0.08、皮膚は0.01。つまり、
生殖腺への被曝は、全身にとって相対的に重大なのだ。皮膚はそうでも
ない。よって、全身のダメージは次のような計算で求められる。
(全身の)実効線量=(50×0.04)+(20×0.08)+(200×0.01)
=2+1.6+2
=5.6mSv
要するに、掛け算した後、足し算するだけだが、あちこちの説明で高校数
学のΣ(シグマ)記号とかを使って書いてるから、たとえ目にしても素通りさ
れてしまうだろう。似たようなもの複数の和、つまり足し算を示すシグマ記
号以外を日本語で書くなら、下の通り。これより、上のように、簡単な実例
で計算式を書いた方が分かりやすいはずだ。
実効線量=Σ(各組織荷重係数)×(その組織・臓器の等価線量)
(☆3月12日追記: なぜ小さな係数を掛けて数値を減らすのか、その
疑問については、下のコメント欄で簡単に理由を
説明した。ちなみに、実効線量は色々と足し合わ
せたものだから、数値が減るとは限らない。)
☆ ☆ ☆
という訳で、かなり単純な話だけど、誤解されやすい点だから素早く記事
にしておいた。早速、次々と検索アクセスが入って来てる所を見ると、や
はりインパクトが大きかったんだろう。これがまた、明後日のテレビで紹
介されると、さらに波紋が広がる気がする。
放射能・放射線をめぐる立場の違いは、なかなか解消されないが、基本
的な知識や計算を身に付ければ、少なくとも無用な誤解や不安は解消
されるはずだ。それでは、今回はこの辺で。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P.S. 2012年7月11日、また朝日新聞・朝刊1面に甲状腺被曝の記事
が掲載された。まだ紙面は見てないが、朝日新聞デジタル(電子版)
では一番上の大きな扱い(追記: 紙面では1面トップ、大見出しは
“「線量ゼロ」の子でも被曝”だった)。
今回も大岩ゆり記者は、ハッキリ間違ったことは一応書いてないが、
さほど必要のない心配・誤解を招くミスリーディングな記事を執筆し
ている。相変わらず等価線量と実効線量という言葉の使い分けをし
てないし、線量0(ゼロ)と政府に通知された子どもでも実はかなりの
被曝の可能性があるから注意せよ、と言いたそうな文章だ。
ただし、3月の87ミリシーベルト報道の時と違って、「甲状腺被曝を、
全身への健康影響に換算すると、全身は甲状腺の20分の1以下
になる」と書き添えてる(追記: 私が見たのは電子版で、14版の
紙面には無かったが、他の版にはあったというコメントを頂いた)。
この変化はいい事で、当サイトのこの記事のポイントでもあるのだ。
甲状腺被ばくの生涯推計で、平均12ミリシーベルト、最大42ミリ
シーベルトというのは、少なくとも今現在、あらためて新聞の1面で
扱うほど大変な事態ではない。せいぜい3面が適当だろう。なお、
がんリスクが上がり、防護用の安定ヨウ素剤を飲む基準は、朝日
も書いてる通り、50ミリ。ただし、これも「等価線量」であることを朝
日は書いてないから、分かりにくいのだ。。
P.S.2 7月13日の朝日・朝刊によると、床次教授らは12日、再解析の
結果を発表。より現実的な条件で、国際的基準で計算し直すと、
甲状腺被曝線量の推計値は半減したそうだ。これまた大岩ゆり
記者の記事で、続報をきちんと伝えてるのはいいが、相変わらず
等価線量と書かずに線量の値を並べてある。第2社会面の小さ
めの記事だけど、誤解が少ないことを祈るばかりだ。。
P.S.3 12月1日の朝日新聞・朝刊トップは、「甲状腺被曝 最高1.2万
ミリシーベルト」という見出しの記事を掲載。東電からWHOへの
データ提供らしい。これまた、執筆は大岩ゆり記者で、等価線量
という言葉は使ってない。その代わりに、「甲状腺局所」と「全身」
とでは話が違うことを書いてるが、そんな所まできっちり読む人
はごく少数のはずだ。どうしても、大きな線量をトップの見出しに
載せたいらしい。
確かに12000mSvという数字は、等価線量であることを考慮し
ても大きい値ではあるし、これまで発表されてないのも問題だが、
大問題というほどでもない。と言うのも、全身と誤解される恐れの
方が遥かに高いし、当時40歳の被ばく者が15年で甲状腺がん
になる確率は、0.36%にすぎないのだから(朝日の報道)。お
まけに、運悪くガンになったとしても、5年生存率は90%もある
のだ。。(がん情報サービスHP、国立がん研究センターの情報)
P.S.4 12年3月23日、ようやく全国版で等価線量と実効線量が説
明された。これまた大岩ゆり記者で、「ニュースがわからん!」
コーナー。また誤解されそうな説明になってるが、一歩前進
ではある。ちなみに、ICRPの2007年勧告、つまり新しい方
の基準を使ってた。
P.S.5 12年3月30日、朝刊・全国版の別刷beで、等価線量と実効
線量がもう少し詳しく説明されてた。「今さら聞けない + 」シリー
ズで、もちろん大岩ゆり。一般的な言葉ではないから記事には
使ってないという説明は一応分からなくもないが、それは普通
のニュース記事であって、こうした解説記事の形でもっと早く紹
介することなら出来たはずだ。
欲を言うなら、物理的なエネルギーとしての吸収線量(単位:グ
レイ)と、生物・医学的なダメージとしての等価線量(単位:シー
ベルト)の間の違いを強調した方が良かったかも。それに比べ
れば、等価線量と実効線量の違いは枝葉の問題であって、単
に局所か全体の加重平均かという話なのだ。いずれにせよ、
ICRPには、更なる用語法の改善を期待したい。。
cf.原発から各地までの距離と、放射線の年間総量(by文科省データ)
放射線(放射能)の危険性と距離~2つの逆二乗法則(情報源明示)
雨の長距離ランニングで浴びた放射性物質の計算(by定時降下物データ)
原発事故評価レベル7と、セシウムのヨウ素換算値の計算(by INES)
福島原発レベル7の基準を読む~INES(国際原子力・放射線事象評価尺度)
なぜセシウムのヨウ素換算値は40倍か~放射性物質の計算理論(by INES)
被曝する年間放射線量すべての計算方法(自然・医療、外部・内部、屋外・屋内)
セシウム牛肉、食後1年間での内部被曝線量の計算方法(定積分&実効半減期)
放射性物質の半減期、壊変定数、質量(重さ)~微分方程式の初歩など
外部被曝におけるベクレルとシーベルトの計算式(by IAEA)
WHO(世界保健機関)による被曝線量の推定(全国、年代・経路別)
義務教育における放射線・放射能~中学校・理科の教科書&副読本
文科省が10都県で確認、ストロンチウム(Sr)90の実効線量係数など
(計 5554文字)
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コメント
文字が薄くて読みにくい。もっと読みやすい字にして、せっかくの内容だから・・・。
投稿: yhgdx | 2012年3月 9日 (金) 22時41分
> yhgdx さん
内容には満足頂けたようで、光栄です。
文字は標準のもので、6年半使い続けてるし、
管理人用のページも同様になってます。
悪しからずご了承ください。
投稿: テンメイ | 2012年3月10日 (土) 22時54分
ヨウ素はほぼ甲状腺に集まるというのに、なぜ全身に薄めた計算をするのか?
甲状腺が100mSvを浴びたらそれは甲状腺が100mSvの影響を受け、それに応じた甲状腺の発がん率の上昇があるということであって、
それを全身に薄めることは出来ない。全身で100mSv浴びた人はそれだけの確率で全身のどこかに癌が発生するし、甲状腺に100mSv浴びた人はそれと同じ確率で甲状腺に癌が生じる。ヨーロッパでは緊急事態が発生した時に防護対策(食物摂取制限、ヨウ素剤配布)を取る基準は、甲状腺への等価線量が50mSVだという。それに比べると、2倍の数値を影響ないとしている。
投稿: | 2012年3月12日 (月) 00時30分
> 名無しさん
全身で考えるのは、人間とは全身からなる生き物だからです。
甲状腺は全身の一部だし、身体の他の臓器や組織も重要。
甲状腺の話を、全身の話だけに変換してしまう訳ではありません。
甲状腺の話に加えて、全身の話もする。
部分も重要、全身も重要。
ただし、各部分ごとの話を色々するのは大変だから、
一般レベルでは全身の話一つで済ませる方が実用的。
実際、話題になる線量はほとんど、全身の実効線量の方です。
誤解は当然予想されるから、すぐ解説記事をアップしました。
実際、あちこちで誤解は起きてるし、この記事を参考にして
頂けてるのも確かなのです。
「全身で薄めた計算」という表現を使ってらっしゃる点などを
見ると、数値の低下が納得できないのかも知れませんね。
その計算はもちろん、私が勝手にやってるのではなく、
普通の実効線量の計算の中で密かに実行されてるものです。
数値の計算式には本来、医学・生物学的研究が必要ですが、
物理・数学的にも一応理解できることです。
基本的な理屈を簡単に説明しましょう。
あくまでイメージ的説明ですが、要点は伝わると思います。
等価線量も実効線量も、(吸収線量と同じく)
1kg当たりのエネルギー量です(単位はJ/kg)。
いま仮に、甲状腺の重さが0.4kgだったとしましょう。
甲状腺等価線量が100mSv(ミリ・シーベルト)なら、
100×0.4=40mJ(ミリ・ジュール)
のエネルギーを受けます。
ここで、体重が50kgだとしたら、全身では
40÷50=0.8mJ/kg
つまり、0.8mSvになります。
この計算だけなら、元の数値の125分の1になりますが、
甲状腺の特性を考えて、影響を仮に5倍に補正するなら、
0.8×5=4mSv
結局、元の100mSvと比べると0.04倍、
つまり25分の1になってます。
このように、「全身に薄め」ることを理解するには、
線量が1kg当たりの数字だと知っておく必要があります。
「薄め」た数値に全身の体重を掛ければ、
元のエネルギー量に似た値に戻ります(補正の分は除く)。
甲状腺の数値も全身の数値も、どちらも重要。
そして、それらは互いに変換可能なのです。
一方、甲状腺の基準の変更の話は日本でもあるし、
朝日新聞その他にも書かれてます。
朝日の該当記事なら、「国も近く(基準を)下げる見通し」との事。
なお、コメントにはお名前とマナーをお願いします。。☆
投稿: テンメイ | 2012年3月12日 (月) 09時18分
大岩氏の記事はわかりやすい言葉を使っているものの甲状腺被曝と全身被曝がどう違うか全く伝わらない内容だと思います。
等価線量という言葉を紙面でも使えばいいのにと思っております。
7月11日の記事についてですが紙面でも
【鍵マーク】...甲状腺被曝の項目の最後に全身は甲状腺の20分の1になる
と書き添えてありましたので、もしかしたら版によって違うのかもしれませんが(それはそれで問題)お知らせします。
http://togetter.com/li/336432
投稿: たか | 2012年7月13日 (金) 09時40分
> たか さん

はじめまして。コメントありがとうございます。
仰る通り、大岩ゆり記者の記事はわかりやすい言葉を使っていて、
1面や社会面トップでなければ、私も読み流したかも知れません。
しかし2回とも1面トップで、しかも巧妙に危険性を
アピールしてるので、直ちに注釈を入れたわけです。
全身の実効線量と、器官・組織レベルの等価線量。
それぞれの意味と両者の関係について、もっと報道や
教育があった方がいいと思いますが、非常に少ないままですね。
その点については、朝日に限らない短所ですが、
朝日の場合、実効線量とはっきり分けないまま
等価線量の大きな数字を強調する所が問題です。
なお、「20分の1」という説明が紙面にもあったとの事ですが、
何版でしょうかね。私が見たのは14版ですが。
togetterのコピペ画像は一応見ましたが、何版かが見えません。
14版とは、その説明だけでなく、見出しも違います。
一応、この記事のP.S.部分に、版による違いについて
追記しておきました。
貴重な情報、ありがとうございました。。
投稿: テンメイ | 2012年7月14日 (土) 23時39分