破壊と建設、悪意と善意~小阪淳&高橋源一郎&濱野智史「論壇時評」(朝日新聞・12年5月)
(☆13年4月28日追記: 最新記事をアップ。
あの日から2年、疎通の深化~小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・13年3月) )
☆ ☆ ☆
朝日新聞・朝刊、月末恒例の大型複合記事、「論壇時評」。ほぼ1ページ全
体になったのは、一昨年の4月、東浩紀が担当することになってからで、そ
れ以降、当サイトでは5000字程度の論評記事を書き続けている。
ところが、ここ2ヶ月は、論壇時評が内容的に物足りなかったのに加えて、
個人的に慌ただしかったので、小阪淳のCGだけを批評して、後は執筆中
断という形でスルーしたままになってた。
今回(5月31日)も正直、小阪のCGしか興味が無かったのだが、本当に
久々に、全体がまずまず面白かったと思う。メイン記事である高橋源一郎
の時評、「漂流する悪意 『奪われた人々』が標的探し」は、毎度お馴染み
の左派的内容だけど、丸1年続けて来た反原発の連呼とは違ってるし、
議論に厚みや含みもある。また、色んな意味で若い批評家・濱野智史の、
メディアをテーマとするコラム、「あすを探る AKB的『劇場』を政治に」も、
本質的に新しくはないものの、語り口や素材で引き付けるものがあった。
残念ながら今、個人的に余裕がない状態が続いてるので、また時評とコラ
ムは論評しないままになるかも知れないけど、今回は「悪意」が無いどころ
か、それなりに評価してることを、最初に記しておこう。
☆ ☆ ☆
では連載3年目、去年に引き続き、現代文明をイメージした小阪淳のCG、
「空の木の先」について見て行こう。そのCG
自体が、複合記事全体の中央に大きくそび
え立つ人工的作品なのだが、CGの中身も
また、中央に大きくそびえ立つ人工物=建
築となっている。今は2012年5月末。誰で
もまず思い浮かべるのは東京スカイツリー、
「東京の空の木」だろう。左はウィキメディ
アで公開されてる、今年の写真だ(Kakidai氏)。
スカイツリーというのは、CGがタイトルと共に持つ内容、あるいは意味の
話だが、その前に、「空の木の先」という言語表現のタイトル自体にも触
れておきたい。これは明らかに、先月(12年4月)の作品のタイトル、「家
の家の家」のヴァリエーション=変化だ。形式が、「○×○×○」となって
る点が一致する。ただし今月は、3つの「○」の中身が「空」、「木」、「先」
と変化してるわけで、「○₁×○₂×○₃」のパターンだ。いずれの丸
(○)も、ある意味で「上」方向を漠然と指し示しながら。
こうした解釈においては、「空の木の先」というタイトルは、必ずしも言語
表現とは言えず、漢字・ひらがなという文字を特殊な2要素とする、小さ
な絵画のように受けとめることも可能だろう。
☆ ☆ ☆
タイトルからCGの方に視線を移すと、自然に迫ってくるのは、ひび割れ
た石柱のようなメインの塔だ。もちろん、東京スカイツリーの塔ではなく、
ギリシャのパルテノン神殿だろう。
と言うのも、小阪は去年の10月、ハッキリとパル
テノンだと分かる作品を発表してたからだ。当時
は今現在と同様に、ヨーロッパでギリシャその他
の金融問題が大きくクローズアップされてた時期
だった。ちなみに、左図は小阪の作品ではなく、
ウィキメディアで公開されてる写真の一部分だ
(Harrieta171氏の作品)。意図的に、ひび割れ
が分かりやすい柱を選んでるが、全体の痛みが
激しいのは確かで、修復作業が続いてるらしい。
日本の財政や膨れ上がった国債も、本格的な修復作業が必要なのに、
その前の時点でもめるのみで前に進まないわけだ(消費増税など)。
小阪のCGの塔に戻ると、下部は鉄塔になってる。外観とスカイツリーから
まず連想されるのは東京タワーだが、鉄塔部
分の形と現在の日本の状況を見ると、むしろ
送電用の塔に似たものだ。左はウィキメディ
アでフリーとされてる写真のごく一部で、作者
の名前はロシアの文字だから転載できない
が、「He・・・・・・・」氏だ。ちなみにこの写真、たま
たま下が緑になってる点も、小阪のCGと共通なのだ。
☆ ☆ ☆
緑の上に、送電塔が立ち、その上部はひび割れたパルテノン神殿の柱。
これだけでも、現在の日本と世界の状況を象徴したものになってる。例え
ば、自然エネルギーを基本としたい脱原発派の反対運動を、ひび割れた
原発が「おおい」隠して、大飯(おおい)原発が再稼働しようとしている現
状への、ヒネった見方にも思えるのだ。
しかし、ここまでならまだ「空の木」であって、「空の木の先」にはなってな
い。では、「先」には何があるのか。当然、空の木=スカイツリーの天望
デッキや天望回廊らしきものもあるのだが、それは少し右脇に押しやら
れて、中央には2つの尖った先端が見える。
これは、3つのものを示してるだろう。まず、3・11の10年前、9・11に崩
壊した世界貿易センター(WTC)のツイン・タワー。あれは尖ってないし、
やや古い話ではあるが、私がすぐ思い出したのは、小阪のCGの左上に、
まるでミサイルのように見える飛行機が1機、不自然に飛んでるからだ。
そのまま進めば、空の木の先に命中するだろう。もちろん、最近の事件
で言うなら、北朝鮮のミサイル発射事件を思い出す所だ。
続いて思い出されるのは、東京を代表する2つの「先端」、都庁の2つの
庁舎だ。これも形としては尖ってないが、東京全体、あるいは日本全体を
見渡した時、ツイン・タワー的なデザインの代表であるのは確かだろう。
そして、2つの尖端から思い出される3番目のものが、都庁のトップ・石原
慎太郎と大阪市のトップ・橋下徹の2人だ。
石原と橋下は、父権的な力を誇示する代表的な政治家で、わりと近い立場
でもある。これまでの小阪のCGでも、決して単純な批判や皮肉の形ではな
く、素材=モチーフとして使われて来た。そう考えると、CG「空の木の先」
の左側や中央下部に、妙な家があるのも納得がいく。先月のCG「家の家
の家」を自分で引用してるわけで、あの時は石原による尖閣諸島購入がメ
インテーマだったのだ。
面白いことに今回、塔の上部で空中に飛び出た家の屋根から、「左側」に
向けて、奇妙な柱みたいなものが斜めに飛び出ている。よく見ると、突撃
して来たミサイルに対して、強引に手のひらでストップをかけてる感じだ。
つまり、「家」=尖閣によって、力づくで中国や北朝鮮を抑え込むイメージ
だろう。もちろん、素手でミサイルや戦闘機は止められないわけだが、素
手による意思表示が、相手側にはっきり認識されるのは間違いない。。
☆ ☆ ☆
結局、トータルとして何を「主張」するCGなのかと言うと、主張は特に無い
のだ。もちろん、例えば前回と今回だけ表面的に見るのなら、右寄りの2
人(=空の木の先)の強権的姿勢に対する皮肉のようにも感じられる。
しかし、そうした単純なメッセージから一歩か二歩、後ろに下がった立ち位
置を保つのが小阪の特徴、あるいは長所だ。左か右、革新か保守、反原
発か原発推進・・・決して片方の単純な主張にとらわれることなく、冷静に
「現代文明」全体を俯瞰して独自のアートに仕上げ、後の解釈=改釈は鑑
賞者に任せる。簡単なことのようで、実は意外なほど見当たらない営みだ
と思う。世間に溢れるのは、大衆迎合的な風刺画にすぎない。
言語的にも、非言語的にも、人はある特定の立場から、固定的に別の立
場を批判したがるものだ。それは、過去1年間(11年5月以降)の高橋源
一郎の時評を見れば明らかだし、その前の東浩紀でも似たような傾向は
あった。いずれも左寄りだが、高橋なら脱原発、自然、共産的な社会を好
み、東ならネットを中心とする新しい動きを好む。
ところが、小阪自身はさておき、彼のCGはもっぱら、挑発的な中立の立
場を保ってるのだ。雄弁な先導ではなく、物静かな刺激。かなり高度な表
現なので、何らかの立場に利用されることもないだろう。私の周囲でもそ
うだが、朝日の論壇時評を読む人の多くは、有名な論客の言語的主張
に目を奪われる一方で、CGは一瞥して素通りする。実際それは、ブログ
のアクセス解析からもすぐに推測できることなのだ。
☆ ☆ ☆
ちなみに、作者がまったく意図してないことかも知れないが、私には「空
の木の先」の左側で奇妙な曲線を描く建築物
が、エダマメのように見える。つまり、童話の
「ジャックと豆の木」を意識した遊び心が感じ
られるのだ。そう考えると、右側で戦闘機の
発射台みたいに見える妙な構築物も、豆の
「枝の」ように見えて来る。非常に婉曲ですっ
とぼけた、ミクロの風刺と言ってもいいだろう。
送電塔の上なら「枝野(エダノ)」だろう、とまでは言わない。写真は同上、
yomi955氏の作品からのトリミング。
スカイツリーでもエレベーターがよく話題になるが、SFなどで軌道エレベー
ターの事を「豆の木」(beanstalk)と呼ぶことがあるそうだ(ウィキペディア)。
一方、童話タイトル「ジャックと豆の木」もまた、「○×○×○」の形式を持
つもので、「空」まで伸びた豆「の木の先」には巨人が住んでた。
先まで昇って行った少年ジャックは、童話だと上手くお宝を手に入れて、地
上に降りて幸せに暮らすことになる。果たして現代日本で、「空の木の先」
の巨人に遭遇した人達は、ジャックのように上手く成功できるだろうか。。
☆ ☆ ☆
なお、この私の論評記事に付けた、「破壊と建設、悪意と善意」というタイ
トルは、高橋源一郎の時評と濱野智史のコラムも考え合わせたものだ。
善意はともかく、小阪のCGが破壊と建設、悪意と関わってるのは明らか
だろう。高橋は、格差を背景として漂流する悪意(反ユダヤ、反クラブ&ダ
ンス)によって、奇妙な破壊的動きが建設される様子を話題としている。一
方、濱野は、たとえ稚拙で未成熟な日本政治であっても、AKB48のよう
にリアルな劇場的交流を通じて、見守りながら成長していこうと主張する。
悪意はどこにでもあり、しばしば破壊へと向かう。しかし、悪意とは善意と
表裏一体でもあり、建設に向かう力も秘めてるのだ。かつて、東浩紀がお
得意とするフランス現代思想のジャック・デリダは、破壊(デストラクション)
と建設(コンストラクション)を一体化して、脱構築(デコンストラクション)と
いう概念・思想を提示した。
あり余る負のエネルギーを排除することなく、その多くを正=生のエネル
ギーへと転化させること。精神分析的な「昇華」のような政治が求められて
いる、と言うよりも、そうした政治を自分たちで建設していくべきだろう。本
当に追い詰められた状況では、エネルギーは破壊よりも建設へと配分さ
れるはず。他者を攻撃するより、まずは自らを維持する必要がある。
それは、AKB48の可愛い少女たちを応援しつつ共に成長することよりも、
むしろ古びたパルテノン神殿の修復作業に近いように思われる。長い年
月を経たものの良さを保ちつつ、崩壊を防ぐこと。もちろん、歴史的・世界
的に見るなら、後ろ向きに見える後者の方が、遥かに価値あることなのだ。
人間なら、高橋が悪意と反対側の存在として例に挙げた、自分を壊しつつ
も前向きに生きて行く、統合失調症の女性漫画家(元AV女優)だろうか。。
後ほど追記する可能性は一応あるものの、今日は差し当たり、この辺りで
終わりとしよう。ではまた。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞) (11年・4月)
~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)
~高橋源一郎&小阪淳&平川秀幸「論壇時評」(朝日新聞・12月)
~小阪淳&高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日・12年6月)
~小阪淳&高橋源一郎&森達也「論壇時評」(朝日新聞・12年7月)
~小阪淳・高橋源一郎・菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・12年8月)
~小阪淳&高橋源一郎&酒井啓子「論壇時評」(朝日新聞・12年9月)
~小阪淳&高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞・12年10月)
~小阪淳&高橋源一郎&濱野智史「論壇時評」(朝日新聞・12年11月)
~小阪淳&高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日新聞・12年12月)
~小阪淳&高橋源一郎&森達也「論壇時評」(朝日新聞・13年1月)
~小阪淳&高橋源一郎&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・13年2月)
(計 5616文字)
| 固定リンク | 0
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 列車に死体を載せるトリックの懐かしい推理小説、ドイル(ホームズ)、フリン、江戸川乱歩、横溝正史~『教場0 風間公親』第9話(2023.06.06)
- 子どもの原風景と運命、イメージと現実の連鎖~『教場0 風間公親』第6話(2023.05.16)
- 朝日be漢字抜け熟語(四字)のヒント、手紙末尾の「草草不一」の意味・由来とか&強い南風で15km走(2023.05.08)
- 坂本龍一の遺作(白鳥の歌)が校歌、過疎地に新設で起業家育成、神山まるごと高専&10kmラン(2023.04.04)
- 近代ロケットの父・ゴダードの名言「昨日の夢は、今日の希望であり、明日の現実になる」、英語出典(『ROCKET MAN』)(2023.03.08)
「社会」カテゴリの記事
- 愛人男性の局部切り取り殺人犯・阿部定、予審調書の内容はNHK『アナザーストーリーズ』と違う印象&11km(2023.05.31)
- 小鳥を草原に放してプチ炎上のキリン淡麗CM、美しいグリーンが爽やか♪&背筋痛ハーフ走、1km4分台(2023.05.25)
- 銀座の少年強盗をスマホ撮影しながら店のドアを閉める女性の勇者・・を遠巻きに撮影した別人の動画&休養7km(2023.05.11)
- バーチャルアイドル・2次元キャラとの恋愛・結婚式?、私も中学までは本気で好きだったかも♪&また5kmだけ(2023.04.22)
- 木村隆二容疑者のものらしきツイッター閲覧、24歳らしい(?)若い政治的主張&僅かなジョグが精一杯(2023.04.19)
コメント