確率的影響と確定的影響~放射線被曝の二分法の再考
「放射線の生物学的影響には二種類の型がある。線量の増加にほぼ比例
して発生確率も増加するのが「確率的影響」。それに対して、ある境界値
(しきい値)を超える線量で発生し、線量に応じて発生頻度が急増するのが
確定的影響である」。。
こういった説明はあちこちにあり、私もちろん3・11の少し後には一応読ん
でたが、今までどうもしっくり来てなかった。それが今夜になってようやく、あ
る程度しっくり来るようになったのだ。世間的な話題としてはやや「流行」遅
れかも知れないが、原発事故の放射線・放射能との闘いは何十年も続い
て行くし、医療などの低線量被曝の問題もある(数mSv~数十mSv程度)。
そこで以下、現在の私の理解と考えを簡単にまとめとこう。
☆ ☆ ☆
まず、もともと国立の代表的研究機関である放射線医学総合研究所(放
医研)のpdfファイル(島田義也「低線量被ばくの影響に関する知見」,
2010)から、一部コピー&ペーストさせて頂こう。普段、こういった無断
の二次利用はやらないが、事態と時期を考えると、個人サイトに対して
著作権を主張される恐れはまず無いと考える。実際、「¥300」と記され
てるにも関わらず、医療情報サイト「inNavi」で全文が無料カラー公開さ
れてるのだ。
右端に、確定的影響と確率的影響の区別があり、左端には「身体的影
響」と「遺伝的影響」の区別がある。身体的影響という言い方だと、ある
意味すべてそうだが、「本人の」身体への影響を意味してるわけだ。そ
れに対して、「子孫の」身体への影響が遺伝的影響だ。
これを見ると、よく話題になる身体的影響であるガン・白血病や、特に女
性にとって気になりそうな遺伝的影響は、いずれも確率的影響だと分か
る。あちこちに
似たグラフがあ
るが、ここでは
文科省委託事業
である「緊急被
ばく医療研修の
ホームページ」
からコピペさせ
て頂こう。おそらく、ICRP(国際放射線防護委員会)の1990年勧告(Publ.
60)のグラフを翻訳したものだと思う。これは要するに、当サイトで以前、
低線量被曝とラジウム温泉に関する記事を書いた時に話題にした、「LNT
仮説」を示すものだ。
LNT、すなわち、Linear-Non-Threshold。普通、「直線しきい値なし」
と訳すテクニカル・タームで、原点から伸びる直線が、線量と確率の比例
(の仮説)を表してる。ちな
みに、前述のpdfファイルに
あった左図だと原点を通っ
てないが、それは「医療」の
放射線量だけを考えてるか
らだ。
それに対して前に挙げたグ
ラフでは、平時に浴びる自然放射線の量まで考慮してるから、線量がゼロ
の時には確率はゼロ、自然発生率さえ下回っている。容認できるレベルが
自然発生率より低いということは、要するに、現実的には容認できるレベル
など無いことを示してるのだ。この辺り、しばしば曖昧にされたり、説明を
省略される点なので、ここで注意を促しとこう。。
☆ ☆ ☆
一方、相対的にあまり話題になってないのが確定的影響(deterministic
effect)だ。これは確率的影響(stochastic effect)とペアになる対立概念
(=対概念)で、境界となる線量(しきい値:threshold)を超えると発生が確
定するというよ
り、その線量以
下だと無しが確
定する影響といっ
た方が「近い」。
ちなみに左のグ
ラフは、上と同
じ引用先による
ものだ。しきい
線量を超えると「確率」が急増するのであって、発生が確定するのではない。
ここで、反原発とか反放射能の立場でなくても気になるのが、しきい線量
以下では影響なしという点。普通に考えれば、影響ゼロではなく、非常に
確率が小さいというだけではないか、という疑問が生じて来る。
これについては、「ある意味、その通りかも知れない」、というのが一番納
得できる正確な回答だろう。実際、英語版ウィキペディアには、すべて確率
的影響だという考えもあることが紹介されている。所詮、事例的にも人数
的にもあまり多くない患者データによる仮説だし、非常に確率が小さい出
来事なら気にしなくてもいいわけだ。実際、我々は、飛行機や自動車なら
ともかく、電車に乗ってる時に事故死の心配などしてないだろう。電車はま
だ心配だという人でも、エスカレーターで死ぬ心配まではしてないはずだ。
同様に、放射線防護においても、影響発生の確率が非常に低い線量なら、
特別な対策を省略してもいいわけだ。防護の基本は「ALARA」の原則。つ
まり、「As Low As Reasonably Achivable」、「合理的に達成できる
範囲でなるべく影響を低く」することだから、非常に低い確率の影響の場合
は無視して防護しない方が合理的だ。実際、自然放射線に対する防護な
ど、特には行われてない。
☆ ☆ ☆
一方、確定的影響について、もう少し技術的で精密な議論をするなら、「影
響」というものの意味を明確にする必要がある。そもそも、分子レベル、細
胞レベルの影響はすべて確率的であって、運悪く放射線に直撃されるかど
うかという話なのだ。
しかし、人間の生体にとって、僅かな分子や細胞の被害・死亡は、機能的
に問題ないし、再生・修復機能もある。線量がある値以下だと、僅かな被
害しか生じない(という確率が非常に高い)から、臓器や組織レベルの機
能的影響はゼロと考えてよいのだ。
なお、確定的影響のしきい値はかなり高い(100mSv以上)し、基本的に
短時間での被曝を想定してるので、現場作業に携わる職業人以外はほと
んど気にしなくていいものが多い。だから、ガンなどと比べて話題にならな
いわけだ。
以下では、その中でもしきい値が低くて、少しは気になる程度のものを挙げ
とこう。元の線量データの単位はグレイ(Gy)だが、これは普通の人には馴
染みがない物理学的概念なので、下ではよく話題になるβ(ベータ)線・γ
(ガンマ)線の実効線量(mSv)で表しておく。出典は、書き方の分かりやす
い本として『第1種放射線取扱主任者試験 徹底研究』(Ohmsha,2007)
を用いた。ICRPの2007年の発表を前記pdfファイルで確認しても、ほぼ
同様だった。
(急性障害)
一時的不妊 男性 150mSv ; 女性 650mSv
リンパ球減少 250mSv
嘔吐 500mSv
(晩発障害)
胎内被ばくによる胚死亡 100mSv
奇形 150mSv
精神発達遅滞 200mSv
発育遅延 500mSv
☆ ☆ ☆
最後に、上述の資格本の例題で扱われてる知識を、補足として羅列しよう。
◎確定的影響は、短期の被曝だけでなく、長期の被曝でも起こり得る。
◎確定的影響の重さ(=重篤度)は、単位時間当たりの線量(=線量率)
が下がると低くなる。つまり、ジワジワ浴びた場合は症状が軽い。
ちなみにグラフで表す時は、縦軸が影響の重さ、横軸が線量率(ま
たは線量)で、右上がりになる。
◎しきい線量は、胎児や幼児では低い。つまり、より少ない線量で影
響が発生する。
◎確率的影響の発生頻度(つまり確率)は、線量率が下がると低くなる。
つまり、ジワジワ浴びた場合は確率が低い。
◎確率的影響には、急性死やガンによる死亡などを除いた「寿命短縮」
は含まれない。つまり、被曝による「老化の促進」は認められてない。
なお、「確率的」と訳されてる「stochastic」は、統計的確率と関わることを表
す一般的単語だが、「stochastic effect」だと放射線の影響を表すのが普
通のようだ。では、今日はこの辺で。。☆彡
cf.原発から各地までの距離と、放射線の年間総量(by文科省データ)
放射線(放射能)の危険性と距離~2つの逆二乗法則(情報源明示)
雨の長距離ランニングで浴びた放射性物質の計算(by定時降下物データ)
原発事故評価レベル7と、セシウムのヨウ素換算値の計算(by INES)
福島原発レベル7の基準を読む~INES(国際原子力・放射線事象評価尺度)
なぜセシウムのヨウ素換算値は40倍か~放射性物質の計算理論(by INES)
被曝する年間放射線量すべての計算方法(自然・医療、外部・内部、屋外・屋内)
セシウム牛肉、食後1年間での内部被曝線量の計算方法(定積分&実効半減期)
放射性物質の半減期、壊変定数、質量(重さ)~微分方程式の初歩など
外部被曝におけるベクレルとシーベルトの計算式(by IAEA)
朝日の甲状腺被曝87ミリシーベルト報道の意味~実効線量と等価線量
WHO(世界保健機関)による被曝線量の推計(全国、年代・経路別)
義務教育における放射線・放射能~中学校・理科の教科書&副読本
文科省が10都県で確認、ストロンチウム(Sr)90の実効線量係数など
(計 3838文字)
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