幻想的な私小説、牧野信一『地球儀』~2013センター試験・国語
(☆20年1月19日追記:最後のセンター記事アップ。
妻、隣人、そして自分・・戦争をはさむ死の影のレール
~原民喜の小説『翳』(2020年センター))
☆ ☆ ☆
時間がない中、無理やりブログの毎日更新を続けてるので、最近は手抜き
記事が続いてたが、たまにはマトモな事を書きたくもなる。アクセス解析を見
ると、朝日新聞の論理的・数学的パズルの情報が求められてるようだから、
それで記事を書きかけて、ふとセンター試験の初日だということを思い出し
た。2年前、国語(現代文)の哲学的評論の記事を書いたら、今に続くロン
グセラーになってるのだ。
国語の試験終了直後、14時半過ぎにツイッター検索をかけると、早くも問
題が話題になってて、感想を示す特殊な単語も並んでる。そんな凄い文章
が出たのかと思って調べると、なるほど、一瞬のインパクトはある元ネタだっ
た。問題文の一部の画像を見ると、すぐに次の言葉が目に飛び込んで来る。
「シイゼエボオイ・エンドゼエガアル」
「フエーヤー? フエーヤー・・・・・・チョッ!」
いきなりここだけ読むと、評論か小説かさえ分かってないから、文学的で個
人的な表現かとも思ったが、問題文を最初から読み直すと、英語と言うか、
米語もどきであることが分かる。それなら、boy,and,girl,where とかだ
ろう(多分)。もちろん、「チョッ!」は日本語だろうが♪ 「ゼエ」は「the」かも。
(追記: whereではなく、fairかな。「シイ」はseeか。)
面白そうだし、すぐ読める短編小説だったから、問題の全体が分からない
時点で早速、元ネタの作品を味わってみた。牧野信一『地球儀』。電子図書
館の「青空文庫」で、登録なし、ソフト不要の無料閲覧可能。新字・新仮名
と、新字・旧仮名の2種類ある。
例えば冒頭の1行目、前者が「二タ月ぶりぐらいで」と書いてる部分は、後
者だと「二タ月振り位ひで」と書かれてる。新字とは現在の漢字、旧仮名
遣いとは昔の仮名遣いという意味だ。今の我々にとってはもちろん、新し
い方が読みやすいが、慣れれば旧ヴァージョンにも独特の味わいがある
と思う。。
☆ ☆ ☆
さて、恥ずかしながら私も、多くの人と同様に(?)、牧野信一という作家を
知らなかった。ウィキペディアを見ると、1896年~1936年、神奈川県出
身の幻想的な小説家で、早稲田大学・英文科を卒業。今回の現代文の評
論問題、『鐔』(つば)の作者である、小林秀雄とも交流があり、最後は神経
衰弱で縊死(いし=首つり死)を遂げたとある。39歳の若さで自殺してるの
だ。私がこの事実を知ったのは、小説『地球儀』(1923年)を一通り読んだ
後。正直、何となく、なるほど・・・と思ってしまった。執筆の13年後か。。
小説は、4200字程度、つまり原稿用紙10枚ちょっとの文字数で、綺麗な
全体構造をなしてる。私は途中で、ラストの文を予想できた。一番最初は、
「祖父の十七年の法要があるから・・」となってて、主人公の男性である「私」
(ある意味、作家本人)が実家に帰ると、祖父ではなく父の話になる。
そこでは、祖父と父の関係が、父と私の関係と重なるのだ。すると最後は、
形式的に、私と息子の関係だろうと予想できる。父と息子の関係を三組、
四世代にわたって重ね合わせるということだ。祖父と父、父と私、私と息子。
したがって、一番最後の文を読んだ時、私はすっきり満足できたし、ちょっ
とウルウルしてしまった。それで、この記事を書こうと決めたのだ。
「英一というのは去年の春生れた私の長男である」。
過去形から現在形へ。そして祖父の死から、息子の生へ。消滅から生成へ
の流れを考えても、非常に美しい骨格だと思う。地球儀というモチーフ=題
材を考えると、流れというより、輪廻とか無限反復、永劫回帰と言うべきか
も知れない。
フィクション=虚構のこうした全体構成は、テレビドラマだと、反町隆史&竹
野内豊の名作『ビーチボーイズ』の構造を思い出す所だ。そこでは、物語の
始まりは、どこか南の島から海にボトルレター(ガラス瓶入りの手紙)が流
される。それを受け取った首都圏の海岸のヒロイン・広末涼子のもとに、2
人のイケメンが流れ着く(車で)。最終回の終盤、2人は旅立ち、ヒロインは
ボトルレターを海に流す。やがて南の島へとシーンが切り替わり、どこか遠
くの南の島にメッセージが流れ着いて、住民たちが笑顔になる。文字通りの、
ハッピーエンド。
物語の最初と最後が綺麗な対応関係を持ち、内容的にも、海を隔てたボト
ルレターのやり取りと、主人公の男2人の移動とが、綺麗に重ね合わされ
てる。そして、連続ドラマ終了後しばらくしてのスペシャル版では、南の島で
再開する主人公2人の話から再スタート。これがベテラン脚本家・岡田惠和
と演出家・宮本理江子(旧姓・石坂)の技と、形式へのこだわりなのだ。。
☆ ☆ ☆
話を小説『地球儀』に戻そう。祖父の十七回忌で実家に戻った主人公「私」
は、母と共に、父の放蕩=好き勝手の悪口などを語るわけだが、やがて母
が、祖父の形見の地球儀を指して、「邪魔でしようがない。まさか棄てるわ
けにもゆかず」と語る。
この台詞は言うまでもなく、父、つまり母にとっての夫に対する言葉でもあ
るわけだ。否定と肯定のアンビバレンス(両面価値性)、あるいは、嫌いと
嫌いでないの、アンチノミー(二律背反)。
ただし、母の場合、父=夫に対してはネガティブな思いの方が強いわけだ
が、「私」=息子の場合、父に対するポジティブな思いの方がやや強い。と
はいえ、それを現実で素直に表に出すことも出来ず、祖父の地球儀(=地
球玉)をめぐる「感傷的」小説の案として、思い描くのだ。母へのポジティブ
な思いと、父への複雑な思い。精神分析の語るエディプス・コンプレックス
(陽性)の典型で、思春期~青年期くらいのパターンに相当するだろう。
『地球儀』という私小説の中で、主人公の「私」が、地球儀をめぐる(別の)私
小説を構想する。いわゆる劇中劇のパターンで、別のレベルにある2つの
小説の間で、「同じ」私=純一(挿入された小説の表現では「彼」)と、「同じ」
地球儀が話題とされる。しかも、2つのレベルの間の行き来は意図的に(?)
分かりにくくされてるので、読み手としては幻想的な印象を受けるのだ。
ちなみに私は、最初に読んだ時、「私」が書く小説の話が延々と続くのに苛
立って、ページ内検索で区切りの「』」の位置を探したほど(実話♪)。一応、
二重カッコによる区別はあるんだけど、最初の「『」に対応する「』」がなかな
か出て来ないし、目では見つけにくかったから、宙吊り状態に耐えられなかっ
たのだ。まあ、もちろん本来は、その宙吊りのもどかしさも含めて、幻想性を
楽しむべきなんだろう。つい、普段の瞬間的に検索するクセが出てしまった。。
☆ ☆ ☆
で、その「私」が書きかけてる「小説内小説」で、例の奇妙なカタカナ英語が
登場するのだ。これは「ナショナル読本」を母から教えてもらうシーンだが、
ナショナル読本とはアメリカで出版された国語の教科書のようで、だからこ
そ、英語なのに「ナショナル=国民の」と呼ばれてるのだ。要するに、まだ
日本専用の英語の教科書が無かったか、普及してなかったためだろう。
祖父と衝突した父は、アメリカに飛び出す。「ヘーヤーヘブン」という台詞か
ら、be動詞を忘れた「Where Haven?」、つまりヘブンはどこ?という疑
問文のつもりかと思ったが、全体で一つの地名を表すのかも知れない(追
記: マサチューセッツ州フェアヘブンのことか。fairhaven)。とにかく、父
が地球の反対側に飛び出して、祖父が地球儀を買い、祖父と母と「私」の
三人が地球儀を回しながら、父のことを思い描く。小説内小説の最後は、
こうなってる。
彼は誰もいない処でよく地球儀を弄んだ。グルグルとできるだけ
早く回転さすのがおもしろかった。そして夢中になって、「早く廻れ
早く廻れ、スピンスピンスピン」などと口走ったりした。するといつ
の間にか彼の心持は「早く帰れ早く帰れ」という風になってくるの
だった
何とも無邪気で微笑ましい、父に対する少年の愛情表現。尋常1年生の
手前ということは、今の小学校1年の手前だから、5歳か6歳の幼年期で、
甘えたい年頃だろう。
ところがその後、小説内小説から、元の小説の世界に戻って、母が「もう
お父さんのことはあきらめた」ときっぱり言う。すると、「胸がいっぱいになっ
た」純一は、「口惜しさ」(くちおしさ=くやしさ)のあまり、「常軌を脱した妙
な声で」こう口走るのだ。「その方がいいとも、帰らなくたっていいや、・・・
・・・帰るな、帰るなだ」。
帰れ、帰れと、小説内小説の純一が地球儀をスピンさせる一方で、帰るな、
帰るなと元の小説の純一が口走る。これはまるで、無意識(あるいは前意
識)の欲望と意識の不安定な交替を示すようなもの。もちろん、無意識、つ
まり、小説内小説の幼い純一が語る「帰れ」の方が、本来の原初的な思い
だが、そこから派生した、「帰るな」の方も、歪曲された欲望として、また明
確な意識として、私へと現前する。この状況に、私=自我は困惑すると共
に、ある種の快楽も覚えることになる。
そもそも、この「私」はまだ大人の男性として未熟なのだ。父のように酒飲み
でいい加減な生活を送ってるらしいのに、父のようには「アメリカ」へ飛び出
すことも出来ず、親戚の前での挨拶さえロクに出来ない。まだ、「息子」の
位置を脱してさえいない子供なのだ。現実には、自分の息子が既に生まれ
たにもかかわらず。。
☆ ☆ ☆
小説の最後は、純一と母との衝突みたいな側面も登場。さらに、純一の息
子の話も出る。つまり、母はあらためて、地球儀を捨てたい思いを態度に
示すのだ。純一が「邪魔というほどでもない」とかばうのに対して、母は「こ
んなもの、こうしておいたって何にもなりはしない、いっそ・・・・・・」と小言を
口にして、途中で我慢する。
ここで、反論できない辺りも純一の未熟さだが、「今に栄一が玩具にする
かもしれない」と言いかけた所からの描写は、文学として繊細だし、物語的
なオチとしても美しい。
突然またあのお伽噺を思い出すと、自分で自分を擽(くすぐ)る
ような思いがして、そのまま言葉を呑みこんでしまった。
英一というのは去年の春生れた私の長男である。
あのお伽噺とはもちろん、小説内小説のこと。つまり、地球儀を回して息子
が父を求める、やや甘えた愛情表現を思い出してるのだ。ということは、純
一は、自分の息子の栄一からの愛をも求めてることになる。栄一が地球儀
を回して、「早く帰れ」と言ってくれる姿を思い浮かべるのは、自分をくすぐる
ような、少し気持ち良くて幼いお遊び、文字通りの自慰だから、一応は大人
である純一は言葉を飲み込んで止めることにした。
しかし読者としては、ここで軽く微笑んだ後、純一の将来が少し心配にもな
るのだ。はたして純一は「アメリカ」に行けるのだろうか。そして、栄一は地
球儀をスピンさせてくれるのだろうか。「アメリカ」とは地球儀の裏側あたり
だが、地球儀の遥か上、空の彼方に旅立った場合は、お盆に回転灯籠が
スピンするのかも知れない。誰の手の力も借りず、自然にゆっくりと。。
☆ ☆ ☆
なお、生成消滅、輪廻転生のスピンは、こうして記事を書いたり読んだりす
る間にも、静かに続いてるわけだ。そこにはもはや、親子の甘く複雑な思い
も人間的な葛藤も無縁だろう。
まだ今現在、センター試験の問題そのものがネットに見当たらないので、と
りあえずここで記事をアップする。問題を確認した後、少し追記するかも知れ
ない。それでは、今日はこの辺で。。☆彡
P.S. 夜になって問題文が公表されたからチェック。全文を読ませる上
に、かなり細かくて微妙な問題設定で、解答時間的にキツイと思う
し、問題作成としても微妙な所。元の小説自体は興味深いのに。。
ただ、青空文庫と比べると、レイアウト的に読みやすいし、英語な
どの用語説明はちゃんと付いてた。特に、「コケトリイ」がコケットリー
(媚びを含んだ振る舞い)だという説明は、解釈の上で有用。ちなみ
に英語はcoquetry、その語源のフランス語はcoquetterieで、似て
非なる単語だからゴチャ混ぜになりやすい。
P.S.2
左のGoogle
Earth 画像で
左端が日本、右
端がマサチュー
セッツ州のフェア
ヘブン。確かにほ
ぼ正反対の位置
にある。
P.S.3 1月23日、平均点の中間集計が大学入試センターから発表され
た。国語は98.84点で、去年の117.95点から大幅ダウン。も
し最終報告もこのままなら、過去最低点らしい(朝日新聞)。ちな
みに数学Ⅰ・Aは53.08点で、これまた去年の69.97点から
大幅にダウンした。。
P.S.4 2月7日、平均点の最終結果が発表された。国語は101.04点
で、やはり過去最低らしい(朝日)。数学Ⅰ・Aも低くて、51.20
点だった。
cf. 2013センター試験、数学Ⅰ・A~第2問(問題・解答)&第3問(感想)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
啓蒙やツイッターと異なる関係性、小池昌代『石を愛でる人』
鷲田清一の住宅&身体論「身ぶりの消失」~2011センター試験・国語
(計 5409文字)
(追記11字 ; 合計5420字)
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