近似式、平均値の定理、テイラー展開、マクローリン展開
解析学(=極限、微分、積分)についての数学記事としては、かなり話が飛
んでしまうが、今日は微分法の代表的な応用例として、近似式、平均値の
定理、テイラー展開をごく簡単に扱ってみよう。要するに、ドラマ『ガリレオ』
の記事と関連するフーリエ変換の前置き、あるいはウォーミング・アップだ。
基本的には、高校3年レベル以上の話だが、高校2年レベル(基礎解析と
か数学Ⅱ)の内容を一応知ってる人なら、理解できると思う。
数学や自然科学に限らず、物事を大まかにとらえるという作業は重要だし、
必然的でもある。人間は有限、つまり限界の有る存在だから、現実に与え
られた条件(能力、時間、道具など)の中で、なるべく良い「近似的認識」を
目指すしかない。
数学の場合、例えば、直接には計算しにくい関数の値を、なるべく簡単か
つ正確に求めることが問題となる。ここ数十年だと、電卓やコンピューター、
ソフトが普及してるので、直接すぐ計算できてしまう関数も多いわけだが、
歴史的にはそうではなかったし、近似の理論は関数や数のとらえ方その
ものを変える力も持ってるのだ。例えば、指数関数・三角関数とは何か、
e (=2.718・・・)とは何か、円周率π(=3.14・・・)とは何か、といっ
た具合に。
そこで以下、まず最も簡単な近似式からスタートして、やや高級なテイラー
展開(大学1年レベル)まで、一連の流れを追ってみよう。システムの制約
上、少し特殊な書き方も使うが、意味はすぐ分かるはずだ。
参照文献は今までと同様、杉浦光夫『解析入門Ⅰ』(東京大学出版会)、
井上正雄『微積分ハンドブック』(聖文社)、矢野健太郎監修『モノグラフ 24
公式集 4訂版』(科学新興社)。まとめ方、例、式変形などには、私自身
のものも相当入ってる。
☆ ☆ ☆
まず、微分係数の定義より、
f´(a)=lim {f(x)-f(a)} / (x-a) ( x → a )
よって、x がaに十分近い時、lim記号を外して
f´(a) ≒ {f(x)-f(a)} / (x-a)
∴ f(x) ≒ f(a)+f´(a)(x-a)
これは、変数が a から x へと変化した時、関数値がf´(a)(x-a)だけ変
化することを示す式だ。関数値の変化を、変数の変化 x-a の1次式で
示すから、1次近似とか1次の近似式などと呼ばれる。
例として、1÷1.02の計算を考えてみよう。これは、関数f(x)=1/xに
に対して、f(1.02)を求める計算だ。1.02は1に十分近いから、上の
1次近似式でx=1.02、a=1として、
1÷1.02 = f(1.02)
= f(1)+f´(1)×0.02
= 1+{(-1/1²)×0.02} ( ∵ f´(x)=-1/x² )
= 1-0.02
=0.98
実際の値は0.98039・・・だから、十分に有用な近似値だろう。
同様に考えて、|α|≒ 0 の時、 1÷(1+α)=1-α
より一般には、 (1+α)ⁿ=1+nα
これらは簡単な近似式として有名だ。1に近くない数の計算にも応用可能。
例えば、次のように考えればよい。要するに、キリのいい計算からほんの少
しだけ違ってる時に使えるのだ。
102³ = {100(1+0.02)}³
=100³×(1+0.02)³
=1000000×(1+3×0.02)
=1060000
(ちなみに正確な値は、1061208)
☆ ☆ ☆
1次近似は十分に有用だと書いたが、もちろん、もっと正確な近似値が必
要なこともある。また、厳密に正しい値が分からなくても、それを求める式
だけ欲しいこともある(理論的に)。
そこでまず登場するのが、普通は高校3年で習う、平均値の定理。これを
使う時の条件がちょっと面倒だから、私も何度も手で書いて無理やり頭に
叩き込んだ覚えがある。区間の両端が入るか入らないか、つまり、閉区間
か開区間か、という点も面倒だし、正体不明な数の存在という話もなかな
かピンと来なかった。では、その平均値の定理を再確認してみよう。
関数 f(x) が、区間〔a,b〕で連続、区間(a,b)で微分可能ならば、
f´(c)={f(b)-f(a)}/(b-a) (a<c<b)
をみたす数 c が少なくとも1つ存在する。
区間の両端(aとb)では、つながってる必要があるけど、微分可能(=滑ら
か)でなくても構わない。ただ、実際は多くの場合、両端でも微分可能だ。
定理の式を変形すると、 f(b)=f(a)+f´(c)(b-a) 。
さらに、bをxと書き直せば、 f(x)=f(a)+f´(c)(x-a) 。
よって、1次近似のf´(a)の代わりに、f´(c)を使った式である。
これは、見かけ上は近似式ではなく等式だが、実際はcが分からなかっ
たり、求めないまま議論を進めたりするので、近似式と似たようなもの。
要するに、微分係数を用いて大まかに関数をとらえようとしてるわけだ。
比較のため、再び、1÷1.02 の計算を考えてみる。f(x)=1/xとおき、
前に見た計算と同様にして、
1÷1.02 = f(1.02)
= f(1)+f´(c)×0.02
= 1-0.02/c²
ここで、1<c<1.02だから、 1 < c ² < (1.02)²
∴ 1/(1.02)² < 1/c² < 1
∴ -0.02 < -0.02/c² < -0.02/(1.02)²
∴ 0.98 < 1-0.02/c² < 1-0.02/(1.02)²
よって、平均値の定理によると、1÷1.02(すなわち1-0.02/c²)は、
1次近似0.98より少しだけ大きいことが分かる。実際の値は0.9803・・・
だから、なかなか正確な近似なのだ。もちろん、この程度の簡単な計算なら、
普通に割り算した方が遥かに早いわけだが♪
☆ ☆ ☆
以上は高校レベルだが、次は大学1年レベルの話で、急激に複雑になる。
今回は、近似という観点から、まとめて具体的な議論を示してるだけなの
で、理論の詳細や証明にはこだわらないことにしよう。
まず、テイラーの定理から。非常に体系的に書かれてる『解析入門Ⅰ』で
は、第Ⅱ章・微分法の§2・平均値の定理の後半で登場する。
n≧1とする。区間〔a,x〕(または〔x,a〕)でn回微分可能な
実数値関数 f に対して、
によって Rn(x) を定義するとき、
をみたす数 c が、区間
(a,x) (または (x,a) )
に存在する。
f の右上に(n-1)、(n)と書かれてるのは、n-1回微分やn回微分を表
している。小さい丸カッコ( )の中が0(ゼロ)の場合は、0回微分で、元の
f を表すわけだ。ビックリ・マークの「!」は階乗の記号で、例えば 3!なら
3×2×1、つまり6を表す。0!は1と考える。またRn(x)は、余りの項目
だから「剰余項」と呼ばれ、余り(Remainder)の頭文字Rで表されている。
何とも分かりにくい式だが、まずn=1の時を書いてみて、平均値の定理
と同じになることを確認。続いてn=2,3の時も書いてみて、最後はnの
ままの式を何度も書けば、頭に焼きついて来ると思う。xの代わりにa+h、
x-aの代わりにhと書いても同じことだ。
☆ ☆ ☆
さらに、f が何度でも微分可能な場合、つまり無限回微分可能な場合で、
しかも lim Rn(x) =0 ( n → ∞ : 無限大) の時、
と表されることになる。この無限級数(=無限個の項の和)による表示が、
aを中心とする f のテイラー展開(Taylor expansion)と呼ばれるものだ。
特にa=0の場合には、マクローリン展開(Maclaurin expansion)とも呼
ばれる。テイラーも
マクローリンも、数
学者の名前だ。
limRn(x)=0という
条件は忘れてはいけないが、わりと簡単に満たされるから適用範囲は広い
(証明の手間や x の範囲の制限は別問題)。
マクローリン展開の具体例として、f(x)=(eのx乗)を考えてみよう。普通
の高校教育に従うと、この微分は元通り、eのx乗と考えて、何回微分して
もx=0における微分係数は1。Rn(x)の条件もみたす(証明省略)。
∴ ( e の x 乗 )=1+x+x²/2+x³/6+・・・
一方、f(x)=sin xの場合、1回、2回、3回、4回と微分していくと、
cos x, -sin x, -cos x, sin x
つまり、4回微分するごとに、元のsin xに戻ることになる。また、sin0=0、
cos0=1だから、結局マクローリン展開の式は以下のようになる。
sin x = x-x³/6+x⁵/120-・・・
☆ ☆ ☆
最後に、テイラー展開で2次の項まで(つまり最初の3項)取り出したのが、
2次近似式だ。
f(x) ≒ f(a)+f´(a)(x-a)+{ f´´(a) / 2}(x-a)²
これは、1次近似と同様、x が a に十分近い時しか使えない。別の言い方
をするなら、x が a から離れると、誤差が大きくなる(可能性が高まる)わけ
だ。ここでも、1÷1.02で試してみると、
1÷1.02 = f(1.02)
= f(1)+f´(1)×0.02+{ f´´(1)/2 }×(0.02)²
= 1-0.02+0.0004
= 0,9804
1次近似の0.98と比べると、実際の値0.98039・・・に近づいてること
が確認できるのだ。
なお、『解析入門Ⅰ』ではその後、あらためてeのx乗や三角関数をテイラー
展開(より正確にはマクローリン展開)で定義し直して、そこからeの1乗
(つまりe、ネイピア数)の値を求めたり、πを「定義」し直したりすることに
なる。この場合、こうして再定義したπがいわゆる「円周率」、円周÷直径
であることは、また別に証明する必要がある。
とりあえず、今日の所はこの辺で。。☆彡
(計 3858文字)
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コメント
いい解説の流れですね、しっかり全体を理解しているとこのようにポイントを綺麗におさえた説明ができ、聞いている(読んでいる)人の理解が容易くなる、出来そうで出来ない事です。見習いたいです。
投稿: gauss | 2013年4月 7日 (日) 00時10分
> gauss さん

こんばんは。毎度どうもです♪
時間も字数もない中で、僕自身の考えを整理する
ために軽くまとめたような感じですね。
簡単すぎるから、いずれ記事を追加するつもりです。
古代ギリシャ以来、解析的な議論の
核心の一つは、近似でしょう。
本物に「非常に近い」ものは、本物と「同じとする」。
繊細で危険もはらむ話が、「lim」と「→」を
使うことで、単なる等式に見えてしまう。
だから、粗雑な1次近似とテイラー展開が結びつかないし、
円周率πとは何か、曲線の長さとは、面積・体積とは・・・
といった理論「構成」もピンと来ない。
数学と物理と現実世界の微妙なズレも、
曖昧になってしまう。
とか言いつつ、僕もまだほとんど分かってませんけどね。
具体的な計算や事例と共に、小・中・高校レベルから
少しずつ進んで行きたいと思ってます。。
投稿: テンメイ | 2013年4月 8日 (月) 03時13分