あの日から2年、疎通の深化~小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・13年3月)
(☆15年2月追記: 久しぶりに、少しだけ小阪のCGの感想を書いた。
分断と混濁、怪物は日常の中に~小阪淳「論壇時評」(朝日・15年2月) )
☆ ☆ ☆
またしても1ヶ月遅れで、周回遅れ。3月28日の論壇時評はもう飛ばして、
最新の4月25日の分について論評しようかとも思ったが、夢にまで出てし
まったから(実話)、やはり3月分を簡単に書き上げとこう。時間も字数も足
りないので、差し当たり小阪淳のCG「疎通」のみで記事をアップしておく。
夢に出るというのは、この作品にふさわしい現象だ。というのも、古来、夢
とは、その「意味」の「解読」へと人々を誘って来たからだ。小阪の作品は、
少なくともここ2年、私にとって常に深い解釈へと誘うものだったが、先月の
「疎通」はおそらく初めて、一般の人々を広く誘い込んだものだろう。小阪淳
というアーティストも、朝日新聞・論壇時評も知らない人まで、ネットの話題
として「消費」したわけだ。
当サイトの記事へのアクセスその他から解釈して、その消費時間はおそら
く、5日間くらいだったと思われる。3月末に1ヶ月遅れで書いた2月分の
論評の冒頭で、「疎通」についても既に簡単に扱ったので、そこに検索アク
セスやリンクからのアクセスが入って来たのだ。地味でマイナーな論壇時
評の記事があれほど人気化したのは、3年前、東浩紀の時評がスタートし
た時以来のことだった。
それにしても不思議なのは、複合記事・論壇時評における小阪の位置づけ
だ。3月のあとがき、「論壇委員会から」では、高橋源一郎が4月から3年目
に入ることについて、朝日の担当記者・塩倉裕が賛辞をおくっている。そこ
には同時に、コラムを担当する論壇委員6氏の継続という話も書かれてる
のだが、なぜか小阪については一言もなし。にも関わらず、4月から4年目
(あるいはそれ以上か)に入ったわけで、実は彼こそ最古参メンバーなのだ。
ここ2年は、あまり「朝日的」ではない作品を堂々と論壇時評の真ん中に
掲載し続けてる、小阪というアーティスト。ネットでの情報も限られてるし、
彼自体の存在が解読の対象として興味深いものかも知れない。。
☆ ☆ ☆
それでは、3月の作品、「疎通」について。これは、縦長の長方形が3分
割された構成になってた。
左上で大きく目立ってるのが、
福島第一原発らしき画像で、
4つ並んだバベルの塔のよう
な構造物の一番手前の上辺
りから、黒煙が立ち込めてる。
左はウィキメディア、Lucas
van Valckenborch のカ
ラーの絵を白黒にしてトリミ
ング(部分カット)したものだ。
これが右前から左奥にかけて4つ並んだ構図は、3・11の直後、11年5月
の「高度」と題するCG作品を意識したものだ。要するにそれが壊れた姿が
「疎通」の左上だが、注目すべきは、大事故の2ヶ月半後にはまだしっかり
した姿だったこと。ということは、バベルの塔は、事故そのものによって壊れ
たのではない。一言でまとめ
るなら、事故の後になって壊
れた様子を表すタイトル&
CGこそ、「疎通」ということに
なる。
ちなみに上の写真は、事故ではなく通常運転中らしき、フランスのカットノン
原発。ウィキメディア、Stefan Kuhn氏の作品。白煙は単なる水蒸気が
メインだろうか。少し調べてみたが、残念ながらまだ確認できてない。
一方、CG全体の右下には、別の画像が少し小さく掲載されてる。これは、
黒煙を上げてたバベルの塔を、上から写したものだろう。奇妙なことに、そ
の塔の上部は壊れているものの、
煙は上がってないのだ。まるで、
実はさほど問題がないかのように。
左はNASAによる、噴火してない
平穏な三宅島の上空写真。ウィキ
メディアより。
☆ ☆ ☆
ある意味、矛盾した2枚の画像の間を、右上から左下へと切り裂くように書
かれてるのが、不
可解な文字だ。新
聞の報道記事のよ
うに見えるが、その文字は全く読解不能で、不気味な存在感を放ってる。
上は、見出しらしき部分だけを手書きで模倣したもの。漢字とひらがなを変
化させただけのフォント(活字の一式)にも見えるので、つい暗号読解した
くなってしまう所だが、一応止めておいた。
ちなみに左は、小阪の文
字と少し似てる感もある、
朝鮮語の表音文字、ハン
グル。ウィキメディアで、パプリック・ドメイン(公的な所有)として公開されて
るもので、「百科事典」と書いてるらしい。また、左はアラビア文字。これも
パブリック・ドメインで、「アラビア
語」と書いてるようだ。これらは、
漢字・カタカナ・ひらがなと共に、
小阪がフォントを作る際の参考
になった可能性がある
当サイトには、ドラマの数式解読記事やパズルの解法記事がかなりあるく
らいだから、私も正直、その種の作業は好きだが、過去の小阪の作品か
ら考えて、特殊な暗号を提示したとは思えない。もちろん、可能性が無い
とまでは言えないし、作者の意図を超えて何らかの暗号がたまたま(無意
識の内に)成立してる可能性はあるが、どの文字がどこに何回使われて
・・・といった分析作業までやる気はしない。
それより、普通の文系的な批評が大切だろう。要するに、2枚の画像が示
す2つの考えの対立が問題なのだ。事故後の2年で成立した、各種の隔絶
こそが。。
☆ ☆ ☆
普通に思い付くのはもちろん、反原発派と原発派の隔絶だろう。脱原発派
とそれ以外と言ってもいい。このCGの場合、原発が壊れたような画像を
大きく写すと共に、問題ないような画像も小さく写してるから、朝日新聞的
な記事構成と言えなくもない。
より正確には、原発派にも少し配慮する反原発派としての朝日と、中立的
な日経新聞との中間くらいだろう。ただ、皮肉なことに、わりと中立的な記
事さえ意味不明となってる現状を、小阪の「疎通」は表現してるのだ。
「疎通」という言葉は、ほとんど「意思の疎通」という形でしか使わないもの
だろうが、意思の疎通という時、複数の人間の意思はもともと孤立したもの
だということを暗黙の前提としている。それがよく分かるのは、小学館『大
辞泉』の語句説明だ。「ふさがっているものがとどこおりなく通じること」。
「疎」という漢字の語源的意味が分からないが、「疎遠」、「疎開」、「疎外」
といった代表的用例から考えるなら、誤用論的な本質は、「離れた」様子
を表すことだろう。その「疎」に「通」が加わることで、離れたものの間が通
じることになる。ただし、その意思の疎通が実際にはほとんど生じてない
現状を、「疎通」というCGが示してることになる。2枚の「離れた」画像と、
その間を隔てる意味不明な文字の羅列によって。
「疎通」という言葉は、遥かに使用頻度の高い「コミュニケーション」という
言葉と比較すると、特徴が鮮明になる。「communication」の語源的な
基本は、「com」、つまり「共通性」であって、だからこそ簡単なやり取りを
指す言葉としてよく使われる。これを否定する和製英語「ディスコミュニケー
ション(discommunication)」でも、基本は同じだ。これらに対して、そも
そも共通でない所、疎遠な位置から通じ合うことを指すのが、「疎通」とい
う言葉なのだ。
☆ ☆ ☆
では、その「疎遠」な状況はどこから来たのか。核やリスクというものに対
する、それぞれの個人の非常に基本的な態度から主に来てるのは確かだ
ろうが、注意すべきは、3・11の前だと、こうした疎遠さはほとんど目立た
なかったことだ。大部分が原発派だったとまでは言わないが、反原発的な
言動が一般社会で目立たなかったのは間違いない。
(☆ここまで3015文字、今週は計19875字。以下、来週分。)
福島の大事故の後、一気に「疎遠さ」が築かれて行ったわけだが、反原発
と原発の疎遠さの陰に隠れて、遥かに重要な疎遠さが忘れられがちになっ
ている。それは、「原発・放射線との疎遠さ」だ。原発への世論調査的な賛
否に関わらず、この2年間、原発や放射線の理解は少ししか深まっていな
い。このブログも含めて、私の周囲を広く見渡しても、多くの人が基本的知
識さえ持ってないのが現実だ。ベクレル、シーベルト、α・β・γ線、がんリ
スク、避難基準、自然&医療被曝、核分裂反応、電離作用、等価線量。。
それ以上に深刻なのは、そもそも関心が無い、あるいは薄れてること。何と
なく重くて暗い感じのある話を遠ざける姿勢も、確実に深化しつつある。その
一方で、福島=フクシマに対するイメージ的な恐怖だけは何となく心の奥に
残ってるから、余計に深刻だろう。
反原発派、原発派、中立派の間の疎遠さ。あるいは、多くの人々と原発・
放射線との疎遠さ。これらはもはや、自然な動きでは解消できそうもない
どころか、深まるばかりだと思われる。その動きに抗うには、控え目で制度
的な強制としての義務教育、あるいはその延長としての高校教育が有効
だろう。昨年度から始まったばかりだし、劇的な効果は期待できないが、
何もしないよりは遥かにいい。
、
☆ ☆ ☆
個人が持つ思想・選択の自由とは当然、ある程度の社会的制約の中で
保証・承認されるものだ。対話とか熟議とか強調する前に、そもそも最
低限の理解を目指す公的教育を充実させるべきだろう。
より一般的に言うなら、様々なことを自分で学び、考えるための基本的な
力の養成が望まれる。世の中には、一瞬で分かるものと、かなり時間が
かかるものがあるのだ。消費・消化時間の短いものと、長いものと言って
もいい。古今東西、人間はごく自然に、ラクで手軽なものを選ぶ傾向があ
るが、昨今はそれが急激に深化しつつあるような気もする。典型的なの
が、ツイッターによる一口コメントだろう。
手軽な消費に抵抗するのが、たとえば原発・放射線の話であるし、数学
や物理学という学問でもある。一つの文や数式を理解するために、様々
な知識や思考力を前提とされることが多い。小阪のCG作品も、まさにそ
うした、手軽な消費に抵抗するものだ。本人は先月、どう受け止めてもらっ
ても全て正解です、といった感じのコメントを示してたが、それは単に、作
品観賞の入り口の話。また、作者の公式発言のレベルなのだ。
作者の内心はさておき、作品自体は、しっかりした重みと共に現前し続け
るだろう。5日間どころか、5年間かけた受容をゆったり待つかのように。。
(☆小阪の論評は一通り終了。高橋と酒井啓子についてはしばらく延期☆)
cf. ひとりで揺れる時の振幅
~小阪淳&高橋源一郎&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・13年2月)
(翌週分 1220文字 ; 合計 4235文字)
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