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松田聖子と相澤会長、ジョギング、別れ、再会と涙・・

ダメだ。雨があがるのを待ってたのに、降ったり止んだりが続いてるから、

走りに行く気がしない。仕方ないから、珍しく、「昭和芸能」記事でも軽く書い

てみよう。一応、ランニングと関係ある話だけど、むしろ芸能カテゴリーだ

ね。あっ、音楽カテゴリーでもあるのか。。   

         

ブログには一々書いてないけど、私はネットと新聞のニュースに広く目を通

してる。橋下問題もアベノミクスも南海トラフも読んでる中、最近気になった

のが、芸能関連の訃報。大手芸能事務所・サンミュージックの創業者であ

る相澤秀禎(ひでよし)会長が5月23日に亡くなったとのこと。

       

正直、事務所の名前しか知らなかったけど、さらっとニュースを流し読みし

てると、かなり周囲に慕われてたようで、太陽(サン)みたいに明るくて温か

い人だったんだなという事がよく伝わって来る。覚せい剤事件でかなり迷

惑をかけた酒井法子が涙を流すのはフツーとして、松田聖子が号泣して

る写真がちょっと意外だった。

        

聖子には色んな意味でビミョーな印象を持ってるけど、大物女性歌手であ

るのは間違いないし、まるで家族が亡くなった直後のような通夜の表情が

不思議だったのだ。今の所属は、サンではないらしいし。

        

     

         ☆          ☆          ☆ 

その後たまたまネットで目に入ったのが、『女性セブン』の記事(週刊誌で

は6月13日号、冒頭で大きめの扱い)。聖子がデビューする直前、79~

80年くらいだろうか、相澤会長が直接、面倒を見て、毎朝ジョギングしな

がら色んな事を話してたらしい。

          

聖子だけに限った話ではないらしいけど、当時、既に50歳くらいのお偉方

が、タレントの卵にそこまでするのは珍しいね。「毎朝」というのが3日に1

回としても、かなり頑張ってる方だと思う。走りながら諸々の指導もできるっ

てことは、相当な「力」が必要だ。先日閉鎖された「あいさんのブログ」の最

後の記事(3月29日)にも、「毎朝ウォーキングしています」と書かれてた。

           

2人で走ってる途中に、鎮守さまに立ち寄って手を合わせる時、聖子は、

「毎日、誰よりも厳しいレッスンを積んで努力します」と声に出して誓ってた

との事。その後、まもなく大ブレーク、聖子ちゃんカットも流行。古き良き

昭和って感じの味わいがあるエピソードで、いいね♪ 

               

ちなみにウィキペディアを見ると、相澤氏は当初、聖子をそれほど評価して

なかったらしい。それでもしっかり面倒を見る辺りは、相澤氏の人柄だし、

レコード会社その他の強烈なプッシュや、聖子の自己アピールもあったよ

うだ。結果的には、昭和アイドルを代表する大成功。女性の大きな流れと

しては、キャンディーズ、ピンクレディー、松田聖子って感じか。

             

そう言えば相澤氏の通夜には、キャンディーズと同世代の元アイドル、桜

田淳子まで参列。何と、17年ぶりの顔見せというお話。元祖・青春ドラマ

のヒーロー、森田健作・千葉県知事も弔辞を読んだそうだし、昭和という

過去の時代を鮮明に印象付ける出来事となった。。

       

      

         ☆          ☆          ☆

話を戻すと、松田聖子はなぜ号泣してたのか。これは、デビュー時にお世

話になったというだけではないようだ。ブレークの後、海外進出を狙うCBS

ソニーと相澤社長の方針の違いから、聖子がサンミュージックを離れたの

が89年。その際、聖子が何度も相澤氏に電話したのに、相澤氏はずっと

無視して出なかったらしい。

       

ところが17年後、2006年の聖子のディナーショーで、たまたま相澤氏が

知り合いのためにチケットを取ろうとした時、聖子のマネージャーが意外な

言葉を伝えた。「本人が相澤さんに、ディナーショーに来てくださいと言って

ます」。

            

そこで出席すると、ショーの途中で聖子は「育ての親の相澤さんが来てくれ

ました♪」と紹介、観客は盛大な拍手。終了後は楽屋で、涙の抱擁になっ

たとのこと。もちろん、多少の脚色や美化はあるだろうから、話半分で聞く

としても、心にしみる、いいお話だと思う。。

          

    

         ☆          ☆          ☆

それにしても、大物の社長が電話をシカトし続けたってことは、裏返すと、よ

ほどのお気に入りだったわけね。そう考えると、お互いに幸せな関係だった

と思う。「有難い幸運」とはこうゆう事か。葬儀では、まだ事件の記憶が生々

しい酒井法子の代表曲『碧いうさぎ』も堂々と流されたとのこと。最後まで素

晴らしい「父親」ぶりを発揮した。

           

本物の太陽=サンになった相澤氏に、心から合掌。では、また明日。。☆彡

                 

                                 (計 1800文字)

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