プラントル・グロワートの特異点とベイパーコーン~『安堂ロイド』物理的解説
秋は一番忙しい季節で、時間に追われる状況が続いてるが、記事ローテー
ション的にはこの辺で理数系の記事を1本入れておきたい所。そこで、かな
り簡単ではあるが、木村拓哉『安堂ロイド』(第2話?)で登場した(らしい)
「プラントル・グロワートの特異点」などについて、まとめてみよう。
『ガリレオ』と違って、このドラマは録画してないし、台詞のメモにも成功して
ない。でも公式サイトのキャラクター紹介で、謎の美少女(桐谷美玲)のペー
ジを見ると、最後におふざけモードでこう書いてある。
「プラントル・グロワートの特異点が生んだベイパーコーン。
その霧に隠された歴史の空白は意図されたものだった...
のでありんすー。てへぺろ。」
私は真っ白なセーラー服姿に見とれてたので、ドラマで何かそんな感じの台
詞があった気がするな・・・といった程度の記憶しかない。ただ、ネットのあち
こちに「ブラントル・グロワートの特異点」や「ベイパーコーン」への言及があっ
て、『安堂ロイド』関連が目立つので、一応ここでは、セーラー美少女の実際
の台詞としておく。「てへ」と、はにかんで、「ぺろ」と舌を出したんだろう♪
すると、まず物語的に「超訳」するなら、こんな感じになると思う。
ロイド達(?)は音速で素早く移動してるので、その後には
白い霧が残される。まるで、その霧に隠すかのように、実際
に起きた出来事が、意図的に無かったことにされてしまった。
ちなみに、上で「白い霧」と超訳
した「ベイパーコーン」とは、直
訳するなら「水蒸気の円錐形」。
ほぼ音速の飛行機の後ろに出
来るのが典型らしい。日本語
ウィキペディアの「プラントル・・」
の項目にある写真だと、円錐に
見えないが、英語版ウィキや
ウィキメディアを見ると、キレイな円錐形の水蒸気写真が公開されてた。作
者はRealbigtaco氏。飛んでるのは、米国その他の戦闘機、FA-18だ。
ドラマでこんな白い煙のCGが映ったのだろうか。。
☆ ☆ ☆
さて、そのベイパーコーン。音速より遅い飛行機でも出来るらしいが、典型
的にはほぼ音速(時速1200km、秒速330m前後)の飛行機で作られる
ようだ。実際、上の写真も最高速度がマッハ1(=音速)の戦闘機だし、ウィ
キの他の写真も戦闘機やロケットのみ。しかも、ロケットだと速過ぎるから
なのか、円錐形の雲になってない。
音速あたりでベイパーコーンが出来やすいのは、その辺の速度で急激に
圧力が変化するから。圧力が急激に下がる時、周囲との熱のやり取りより
遥かに急速に空気が膨張し(断熱膨張)、温度が急低下、大気中の水蒸気
が凝結して雲になる。それが飛行機の後ろで広がったのがベイパーコーン
だ。後ろに離れるほど、時間が経ってるから、大きく広がることになる。
低い速度から音速に近づくと、急激に圧力が増し、さらに音速を超えると、
急激に圧力が減る。それを示す「理論的」グラフが下の図。ウィキメディア
で公開されてる、VallWoodshadow氏の作品だ。「実測」のグラフではな
いというのが注意点の1つとなる。
横軸が、音速の何倍かを示すマッハ数M。縦軸(Cp/Cp₀)が、圧力の変化
を示してる(倍率)。M=1、つまり音速の前後で、圧力が急上昇&急降下
してるわけだ。この理論を表す式を導いた2人が、プラントル(Prandtl)とグ
ロワート(Glauert)。どちらも空気力学の専門家で、それぞれ独立の研究
らしい(1920年代くらい)。プラントルは『ガリレオ2』の第10話と最終回の
数式とも関係してた学者だ。
M=1の前後で圧力が急激に変化して、ちょうどM=1の時は線が切れて
るから、M=1(音速)の箇所を「特異点」と呼ぶ。と言っても、そこには「点」
は書かれてないし、元の英語は「singularity」だから、特異点とは「奇妙さ」
のことでもある。変化の激しさも奇妙だし、実際はM=1でも有限の圧力に
なるのに、理論的には無限に大きな圧力となってしまう点も奇妙なのだ。
☆ ☆ ☆
結局、「プラントル・グロワートの特異点」とは、「2人の学者が示した理論
の式やグラフにおいて、特に急激な圧力変化が生じる箇所。あるいは、そ
の特異な変化」のことだ。では最後に、数式を見てみよう。
ウィキでは、日英ともに左の1つ
だけを挙げてる。Cpは圧力係数
(圧縮)、Cp₀は圧力係数(非圧
縮)、Mは音速の何倍かを示す
マッハ数。日本版では書いてないが、英語版にはちゃんと2次元の場合
だと書いてある。つまり、空間(3次元)的ではなく、平面的に流れる簡単
な場合の式なのだ。おそらく、薄くて平べったい翼の上下に対しては、ま
ずまずの近似式になるのだろう。
圧力係数の説明は難しいが、大まかな意味は、式の両辺をCp₀で割った
方が分かりやすい。実際、前のグラフでも割り算してたのだ。
Cp/Cp₀ = 1/√|1-M²|
この式の左辺は、要するに圧力の変化(倍率)を示してる。右辺の分母に
あるMが1に近づくと、分母全体が0に近づき、右辺の分数の値は無限大
になって行くはず。もちろん、実際の圧力は無限にはならないわけで、上の
式を導く途中で、1-M² による割り算をやってるから、「奇妙な」予測を生
む式になってるのだ。実測値のグラフはまだ発見できてないが、鋭い山型
の曲線で連続的なんだろう。。
☆ ☆ ☆
数学なら、M≠1の場合とM=1の場合をきっちり分けた上で議論を進める
所で、M=1なら1-M²による割り算は出来ない。テストなら減点ポイント
の代表例だ。ところが物理理論の説明や導出では、そうした場合分けを飛
ばすことが少なくない。
どうせ物理の数式は、現実の自然界に対する大まかな近似だから、大ま
かに示せばいいのだろう。ここでは、Mが1に近づくと圧力が急上昇、1を
超えると急低下、ということが分かるだけで十分。実際には、風洞その他で
実験&試行錯誤しながら、飛行機の設計、製造、操縦などを進めていくの
だから。
なお、ウィキでは日英ともに上と同程度の説明で済ませてるが、実際には
圧力変化は波(衝撃波)だから、一定速度の飛行でも生じてるはず。また、
理論的な式も、名古屋大学大学院のpdfファイル「圧縮性流体力学」を見
ると、色々なパターンを示してあった。微分方程式の最初におく係数(比例
定数)の値を変化させるだけで、かなり結果が変わるようだ。
では、今朝はこの辺で。。☆彡
cf. 制作費70分の1、SF映画に挑戦するドラマ~『安堂ロイド』第1話
雨が止んだ夜中に12km走&『安堂ロイド』第2話
ハーフ走、1km4分半まで回復♪&『安堂ロイド』第3話
アンドロイドも開く、パンドラの箱~『安堂ロイド』第4話
「ラプラスの魔」と人間の意志(仏語原書に即して)~『安堂ロイド』第5話
『安堂ロイド』第6話、軽~いつぶやき♪
ほろ酔いジョギング(コラコラ!)&「十八」(ジュワッチ)♪ (第7話関連)
『安堂ロイド』第9話、サンスクリット語のasura(阿修羅)の意味など
沫嶋ロイドとして一時帰還した黎士~『安堂ロイド』最終回
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『安堂ロイド』公式ガイドブック、軽~い感想♪
(計 2926文字)
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コメント
テンメイ様、こんばんは。
この記事をお待ちしておりましたぞ~。
わかりやすい解説ありがとうございます。
早速、第2話レビュー内の言及ポイントに
リンクさせていただきました。
「特異点」というのは憧れの言葉ですからな。
しかし・・・奇妙こそが人生の面白さですから
当然と言えば当然なのですね。
人間「普通」と「奇妙」の間で右往左往しているものですからねえ。
まあ、ドラマの場合は一種の言葉の遊びですけれども。
第3話は若手脚本家だったので「特異点」について
言及する
エーアールエックスナインスザラストクイーン(桐谷美玲)は一回休みでした・・・。
まあ・・・いろいろと荷が重いですからねえ。
ドラマではおそらく安堂麻陽(柴咲コウ)という人間そのものが「特異点」という趣向だと思われますが・・・まあ、妄想的には・・・。
「歴史を変える人間」を描くというのはなかなかに興味深いチャレンジですよねえ。
水木しげるは著作の中で「東条英機がいなくても歴史は変わらなかっただろうが・・・ヒトラーがいなければ歴史は変わっていたはずだ」と言及していますが・・・つまり・・・自分も腕を失わずにすんだかもしれないとおっしゃっているわけです。
いわば・・・ヒトラーは「特異点」だった・・・。
つまり「奇妙な人間」だったということになるわけです。
このあたり・・・人間として普通がいいのか奇妙がいいのか・・・いろいろと悩ましいところでございます。
音速に特異点がある以上、光速にも特異点が
ございますよね。
数学的な特異点と物理学的な特異点の差異は
そのものが特異点っぽいですし・・・。
当然、人工知能の発達における特異点の問題もございます。
ドラマで・・・特異点についての言及が続くかどうかは・・・予測不可能ですが・・・
そういう場合には・・・。
天使テンメイ様の御忙しさを無視して
「教えて、テンメイ様」と悪魔が願っていることを
ここに御報告いたしておきまする。
それでは・・・シーズンに突入した・・・テンメイ様のランが
ご無事でありますように。
地獄からお祈り申し上げておりますぞ~
投稿: キッド | 2013年10月28日 (月) 21時06分
> キッドさん



こんばんは。ご無沙汰ですね
手短なマニアックな記事への
リンク&コメント、どうもです♪
「わかりやすい解説」とは、実は
わかりにくいもの、ですよね。
そもそも解説が必要なら、わかりにくい話なわけで、
それを「わかりやすい」と思わせるには、
大胆な省略や言い換えが必要になります。
ベイパーコーンがなぜ出来るかというのは、
一応もっともらしい事を書いておきました。
でも、断熱膨張の説明に必要なエネルギー保存則は
省いてるし、圧力急変の理由は分かりません (^^ゞ
グラフで急変の様子を示してるだけですね。
とはいえ、色々書いてると長くて難しい話になるし、
書く側の僕自身が間違える可能性も高まります。
それどころか科学者の説明自体も怪しくなって来る。
だから、早めに追求を切り上げて、
何となく分かった気にさせる能力が大切。
例えば池上彰という人気者は、外見や雰囲気も含め、
そういった才能に恵まれた人なんでしょう。
わかりやすさのためには、数式を減らせという話が
ありますが、理数系にとっては余計わからなくなる。
結局、妥協の産物として、わずかな数式やグラフを
入れることになりますが、本当は数式だらけの
ガチガチの記事「も」書きたいなと思ってます。
ま、今回の件だと、僕の実力が不足してますが。。
このドラマに限らず、「特異点」という言葉は、
「奇妙」な使われ方をする言葉の代表でしょう。
ある程度、納得できるようになったのは、
元の英語に「点」という言葉が入ってないこと、
グラフにおいてもそこに「点」は存在しないこと、
この2つを理解してからです。
それに対して、人文的で比喩的な表現だと、
「特異点」と呼ばれる対象は実在するわけですね。
例えばキッドさんのいう、「安堂麻陽」。
フィクションの場合は、わりとポジティブな、
「注目すべき特徴的存在」という意味合いが強い。
それに対して、実在の人物に使うと、
ちょっと「奇妙な」意味合いが入って来ます。
ヒトラーがまさにいい例だし、ひょっとすると
ここに並べて書きにくい存在もそうかも知れません。
今夜は、巨人の川上哲治氏の訃報を知りましたが、
ざっとウィキペディアを流し読みしただけで、
特異点的な存在だなと思いました。
打撃の神様という意味での特異性より、
もっと広く、人間的な特異性を感じますね。
まあ、だからこそ神様になれたということかも。合掌。。
音速や光速に特異点がある、と言うより、
速度の特異点として音速や光速が存在する、
ということでしょう。
特に光速は、非常に奇妙な速度ですね。
実は、僕はまだ納得できてないので、
いずれ本格的に考えて見ようと思ってます。
相対性理論と電磁気学の根本ですね。
数学的な特異点というのは、広い意味だと
無数に、ごく普通にあるものです。高校教科書レベル。
それに対して、物理学的な特異点というのは、
ごく稀なものですね。
光速とか、絶対温度ゼロ度とか。
少し視野を広げるなら、固有振動数とかも入りますが、
それよりも奇妙なのが、原子の中心の原子核。
これが、社会的にも特異点として機能してるのは、
なかなか興味深い一致でしょう。
人工知能の発達における特異点というのは、
すぐに2つ思い付きますね。
まず、その時点での機械的な限界。
計算速度とか、熱の発散量、電力消費とか。
もう一つは、人間のレベルという特異点。
元々、人工知能の主要ターゲットは、研究する
側の存在、つまり人間自身だから、そこは特別。
それを超えて行く時は、発達がスムーズには
進まないでしょう。
実はそのことが、ドラマにも影響してます。
つまり、ロイドが無意味に人間的であるという
ような批判が出て来る。
まるで、ウルトラマンはすぐにスペシウム光線を
発射すればいいじゃないか、といった感じで(笑)
しかし、アンドロイドは本質的に人間であって、
単なる能力の向上を目指してるものではないし、
作品的にも、微妙に人間的だからこそ面白い。
それは、50年経っても健在の、ウルトラマン、
仮面ライダー、マジンガーZの類に共通すること。
一方、倒される側の存在は、何らかの意味で、
主人公よりも人間性が少ないものになってます。
動物に近かったり、機械に近かったり、
「人間味」が薄かったり。
このドラマで、今後も特異点的な言葉や存在が
登場するかどうかは読めませんが、
物理的・数学的に特殊な概念は出して来るでしょう。
面白くて、それなりに理解できた場合は、
また理数系記事をアップするかも知れません。
ウチにはまだ、『ガリレオ』系の読者の方々が
いらっしゃってますしね♪
とはいえ、『テンメイのRUN&BIKE』の
管理人としては、1ヶ月後の川口マラソンで
結果を出すことも重要。
レース当日がまさに特異点であって、その付近で
ブログの内容が大きく変化するでしょう。
その後には、お正月という特異点もやって来るから、
お互いに大変ですね。
何よりも、自分の心身という特異点に
気を配るようにしましょう
死という特異点に、不用意に接近しないように♪
ではまた。。
投稿: テンメイ | 2013年10月31日 (木) 02時51分