法律上の「悪意」は道徳的な悪とは別物か?~STAP細胞・小保方さん問題
今、個人的に時間が無いが、少し前から気になってた話なので、ごく簡単に
記事をアップしとこう(☆注. 追記を重ねて5000字超になった)。理研(理
化学研究所)所属、小保方晴子さんの「悪意」の問題だ。もちろん、科学的に
重要なのは、STAP細胞が存在するかどうかだが、その判断には1年以上
の時間がかかりそうだし、当面は彼女の処遇に焦点が当たる。
記者会見の予定が明日(4月9日)ということで、今日(4月8日)の朝日新聞・
朝刊でもこの問題を取り上げてた。「STAP『不正』 悪意どう解釈?」。流石
は朝日、繊細な問題に対して慎重な見出しを付けてある。(☆追記: 夜のHP
に、「論文不正難しい線引き」という大阪大学の経験談もアップされた。)
直接的には、理研の内規で、「悪意のない間違い」は「研究不正」に含まない
と書いてあるから、不正(捏造・改ざん・盗用)と悪意がポイントになるのだ。
元をたどると米国の考えでもあるし(末尾のP.S.2参照)、文科省ガイドラ
インの「故意」でも大同小異。
理研・調査委員会の先日の報告では、「悪意があった」という直接的表現
はないものの、「研究不正」は認めていた(悪意を故意へと置き換えたとの
事)。論理的には小保方さんの悪意が認定されたことになる。。
☆ ☆ ☆
堅い(or硬い)話なので、まずは半ばジョーク、軽口を交えた私の体験談か
ら入りたい。昨夜、仕事の後、書店に立ち寄ると、『学年ビリのギャルが1年
で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』のポスターやポップ(宣
伝用の手書きの紙)が目に入った。表紙には、いかにもという感じの金髪・
ミニスカの女子高生らしき写真。こちらをにらんでるけど、可愛い女の子だ。
私はすぐに本を手に取って、ペラペラめくって、「騙された」と感じた。写真は
単なるモデル(石川恋)であって、合格した本人ではなかったのだ。正直、そ
こに出版社や著者の「悪意」を感じたが、もちろん抗議するはずはない。釣
られた私の負け。苦笑いしてブログのネタにして、おしまいだ。
その写真が本人のものではないこと、その写真を見れば少なからずの人が
誤解して本を手に取るだろうことを、出版社も著者も間違いなく「知っていた」
はず。しかし、だからと言って、「法律上の『悪意』がある」という言い方はほ
とんどしないはずだ。そもそも裁判所、つまり刑罰の決定機関に持ち込まれ
るとも思えない。。
☆ ☆ ☆
小保方さん問題の場合、彼女が中心となって執筆・投稿・発表されたSTAP
細胞(その他)の論文に数々のおかしな点があることについては、彼女や弁
護士も含めて、異論はないはずだ。当サイトでも早くから、そんな印象をつぶ
やいてる。
よって、対立点は形式的に2つだ。捏(ねつ)造も含めて、彼女は「悪い」こと
をしたのか。また、彼女の行為はどの程度の処罰に値するのか。
今おそらく、世間的には、悪いことをしたという認識の方が、してないという
認識より優勢だろう。ただ、よく分からないという人が一番多いかも知れない。
小保方さんサイドに言わせれば、「悪意」のない「過失」、つまり単なるミスに
すぎないから、修正して、場合によっては今後、論文を撤回すれば済むはず、
ということになる。
これに対して、少し前から、次のような話をネットで見かけるようになった。法
律上の「悪意」とは道徳的な悪とは別物であって、「知っている」だけで悪意は
認定される。当然、小保方さんは「知っていた」はずだから、それだけで「悪意」
は認定される。処罰は当然だ・・・等々。
☆ ☆ ☆
私はこれを見て、ミスリーディングな(誤解を招く)主張だと感じたから、軽く
調べてみた。なるほど、「悪意がある」=「(事実を)知っている」というような
説明があちこちに書かれてる。しかし、「悪意の遺棄」という法律用語はあっ
ても、「善意の遺棄」はない。また、誰でも多くの事を「知っている」が、それ
だけで「悪意がある」と認定されて「処罰」されることはない。
調べるとやはり思った通りで、表面的にはそう書かれているように見えても、
実質的にはそれほど単純で不自然な話にはなってない。法律とは実社会で
生まれ、そこで巨大な影響力を持つものだから、当然の事だろう。
まずは、ネットで注目されがちなウィキペディアの項目、「悪意」から。
「法律用語としての悪意は、ある事実について知っていることをいう。
・・・・・・道徳的価値判断とは無関係である。」
ただし、何を根拠に言ってるのか出典を明示してないので、項目の一番上に
は「この記事は・・・まったく示されていないか、不十分です」と注意書きが付い
てるし、短い説明の末尾には「書きかけ項目です」とも書かれてる。「詳細は
『善意』を参照」と言いつつ、「善意」の項目を見ても同様。条文の例を挙げて
るだけで、言葉の定義をどこから引用したのかは書かれてない。
☆ ☆ ☆
確かに、法律上、単に「知っている」という意味で「悪意」という言葉を使って
る場合もあるようだ(ただし解釈の余地あり)。しかし、それ以上の意味で使っ
てるように思われる場合も少なくないようだし(直近の判例)、実際、大きな辞
書2冊でチェックしても、法律専門サイトを見ても、調査報告を読んでも、それ
以上の意味になっていた。
朝日新聞の記事でも、民法が専門の東北大・水野紀子教授が、「法律上の
『悪意』は、道徳上の『悪意』を必ずしも意味しない」と語ってる。必ずしも意
味しないとは、意味しうる余地があるということを言外にほのめかす言葉だ。
単に知っているというだけではなく、悪い意図をも含みうるということ。水野氏
が出してた例は、他人の土地だと知りつつ自分で使っていた場合。その時、
悪い意図がないかも知れないが、普通の感覚なら十分悪い意図、害意だろう。
「知っている」「認識している」と、「悪意がある」との微妙なズレ、使い方の
違い、何をどのように知っているのかが重要なのだ。単に、文章や写真を
操作した事実を知っていたのか、それとも、それが違法だと知っていたのか。。
☆ ☆ ☆
例えば、三省堂『大辞林』第三版で法律的な意味を見ると、似て非なる説明が
書かれていた。
「ア. 自分の行為が法律上の効果を生じることを知っていて、
あえてその行為をする意志のこと。・・・道徳的善悪とは別のもの。
イ. 他人を害する意思。」
イの意味は、デジタル大辞泉(小学館)でも日本司法支援センター・法テラ
スでも書かれてないから、とりあえず保留してもいい。しかし、「法律上の効
果を生じることを知っていて」という部分が共通する決定的なポイントであっ
て、そこをウィキペディアは飛ばしているのだ。
ちなみに、リンクが張ってある英語版ウィキの「bad faith」(悪意)に飛んでみ
ると、やはり単に知っているという意味でなく、明らかに悪い意味が書いてある。
☆ ☆ ☆
さらに、裁判所が公開している判例で、「悪意」という言葉が使われてるものを
検索してみると、まず用例がかなり少ないことに気付く。「知っている」という簡
単な言葉・概念が「悪意がある」と同じなら、もっと用例が多いはずだろう。
直近の10件の判決文を見ると、やはり「知っている」というだけの意味ではな
い。文脈的に、「法律上の効果を生じることを知っていて」というような意味が
ほとんどで、後はごく普通の悪意の意味なのだ(コンピューター関連の侵入)。
法律上の効果を生じるというのは、かなりの場合、法律に違反する効果を生
じるという意味だ(全てではない)。したがって、それを知っている意思のかな
りの部分は、普通の道徳的な悪と「無関係で」はない。正確に読めば、間接
的に、法律上の悪意も道徳的な悪と「関係している」場合があるのだ。もちろ
ん「同じではない」、つまり別物だが。。
一応、1つだけ実例を下に添付しとこう。ウィキブックスが民法第93条の判例
として挙げてる、昭和38年9月5日の最高裁判例だ。ネット閲覧可能。3行目
の「悪意」が悪い意味で使われていて、被告に有利な原判決の破棄(広義の
処罰)へとつながってるのだ。他に、直近の最高裁の「悪意」使用例(平成25
年、民法704条関連)も、不当な利益を得たもの(悪意の受益者)になってる。
☆ ☆ ☆
結局、小保方さんの場合、「法律に違反する効果を生じることを知っていた」
かどうかが大きなポイントになる(全てとは言わない)。
ただし、この問題での「法律」とは、差し当たりは普通の法律というより、組織
や文科省・科学者共同体の決め事・不文律、または社会常識・一般通念だろ
う。理研の内規なら、『科学研究上の不正行為の防止等に関する規定』(特に
第2条)。調査報告では、「危険性を認識」、「危険性について認識」という文で、
やはり認識(知っていること)という言葉を悪い意味と結びつけてある。
もちろん、今後は普通の法律を用いた訴訟になる可能性もあるが、いずれに
せよ、「知っていたのだから悪意を持っていたことになり、処罰されるべきだ」
というような単純化された主張には注意が必要だ。
なお、冒頭に挙げた今日の朝日新聞の記事だと、「研究上『故意』が焦点」
という中立的な小見出しのもとで、「故意によらないことが根拠をもって明ら
かにされ」なければいけないと書かれている。研究倫理の原則では、指摘さ
れた小保方さんの側にその説明責任があるとのことだ。
ともあれ、小保方さんサイドの弁護士にも実績のある人が入ってるらしい。
差し当たり、明日の記者会見に注目し、入院したらしい小保方さんの心身
回復を願うとしよう。主たる当事者自身の十分な説明を見てみたい、という
意味でも、また人間的な気遣いの意味でも。。
☆ ☆ ☆
最後に、誤解を防ぐために書いておくと、私は最初から、彼女にはかなりの
問題を感じると書いて来た。ただ、それが実際、どの程度の問題で、どのよ
うな対処が妥当なのか、あらためて考えると簡単ではないという話だ。
それでは、今日はこの辺で。。☆彡
P.S. 真偽は不明だが、昨日の日刊ゲンダイHPによると、10年前に理研
の研究員が2人、自主退職に追い込まれた事件では、名誉棄損で訴
訟になり、結局は和解となったそうだ。
(☆追記: NEWSポストセブンHPにも書いてあったから事実か。。)
P.S.2 産経HPの4月8日・夜の記事「研究不正『悪意』争点に 理研
『捏造』VS.小保方氏『勘違い』で、研究発表倫理が専門という
山崎茂明教授(愛知淑徳大)が次のように語っていた。
「科学の不正を監視する米研究公正局は、誠実な誤りでないも
のを不正と定義しており、悪意の有無は問題にしていない。悪
意がない間違いだから不正ではないという小保方氏の主張は、
国際的には全く通用しない。」
早速、軽く調べてみたが、「誠実な誤り」(honest error)とは何
なのか、定義がなかなか見当たらない。英語版ウィキの「scientific
misconduct」(科学不正)の項目を見ても、誠実な誤りの例は
計算ミスと実験エラーのみで、これでは当たり前だ。山崎氏は小保
方氏の誤りを不誠実だと見てるようだが、少なくとも今現在、悪意の
有無という基準と比べて、問題が明確になった感はない。
文科省の「科学研究上の不正行為への基本対応方針」を見ると、
「悪意のない間違い」の箇所に、「米国連邦科学技術政策局:研究
不正行為に関する連邦政府規律2000.12.6連邦官報pp.
76260-76264の定義に準じる」と書いてある。これを英語で
読むと、実は「悪意のない間違い」の原語が「honest error」なの
だ。ということは、山崎氏の説明は、少なくともこれだけでは訳語を
変えたにすぎない。やはり、honest errorの中身が問題となる。
P.S.3 注目の小保方さんの記者会見が翌日、4月9日に実現。ライブ動
画で少し見た限り、「普通の悪意」は全く感じられなかった。真面目
だけど、所々で極端に未熟な研究者といった感じか。長く激しい闘
いの前哨戦となる2時間半もの大変な会見、意外なほどよどみなく
クリアしたと思う。
冒頭は見てないが、「私は決して悪意をもってこの論文を仕上げた
わけではないことをご理解いただきたく存じます」と述べたそうだ(産
経HP)。その後の質疑応答で、以下のようなやり取りがあったらしい。
質問者 「悪意」という言葉が使われているが、あなたにとって悪意とは
小保方氏 私も分からなかったので、弁護士の先生と相談しました。
悪意とは…。
室谷氏 過失によるものは除くと捉えている。
質問者 本人として「悪意」とは
小保方氏 悪意…。悪意…。
三木氏 申し訳ないが、法律的な話になるので回答は控えさえていただく。
P.S.4 5月8日、理研の「不服申し立てに関する審査の結果の報告」が正
式に発表され、「再審査は行わない」ことになった。そこでの「悪意」
の説明も、平凡で簡単なものに留まっている。
「・・・国語辞典などに掲載されている法律用語としての『知ってい
ること』の意であり、故意と同義のものと解されることになる」
直ちに理事会が開かれ、懲戒委員会が設置されたとのことだ。
小保方さん、「ここがロドス島だ、ここで跳べ!」
(計 5417字)
| 固定リンク | 0
「科学」カテゴリの記事
- 近代ロケットの父・ゴダードの名言「昨日の夢は、今日の希望であり、明日の現実になる」、英語出典(『ROCKET MAN』)(2023.03.08)
- 日本人を新型コロナウイルスから守るファクターXの1つ、ヒト白血球抗原HLA-A24~理化学研究所の論文発表の簡単なまとめ(2021.12.15)
- 地球環境保護と反原発、半世紀前のSF小説の21世紀的変奏~新ドラマ『日本沈没』第1話(2021.10.13)
- コンピューター計算による気候変動予測~真鍋淑郎氏のノーベル物理学賞2021、授賞理由と理論(英語原文と日本語訳)、数式(2021.10.06)
- 吉野彰氏のノーベル化学賞2019、受賞理由(リチウムイオン電池の開発、英語原文と和訳)(2019.10.15)
「社会」カテゴリの記事
- 就活(就職活動)の履歴書は手書きすべきか?、論争に思うこと&再び13km走、脚の疲れが抜けきらず(2023.02.20)
- 女性の成人式出席と振り袖スーツ問題、切ない・・&再びハーフ1km4分台、ギリギリ・・(2023.01.19)
- AKB48に14年間・2000万円を費やしたファンがグッズを大量破壊してお別れ・・という話に思うこと、色々♪(2023.01.09)
- 心にしみるコラム、「めぐり合う クリスマスの奇跡」(朝日新聞・窓)&18km走、再び1km5分切りでも不調(2022.12.27)
- 怠惰な小人の妖精として生きる「ゴブリン・モード」が流行♪、アンデルセン童話『食料雑貨店のゴブリン』のあらすじ(2022.12.17)
コメント