ベルトランの箱のパラドクス~フランス語原文と日本語訳、確率の計算
今日は時間がない中、ローテーション的に数学記事を書きたい所だから、
短くても意味のある、マニアックで面白い話を選んでみた。
時々書いてるように、知る人ぞ知る古い話を元の原書に遡って調べる記事
は、現在のネットにはほとんど無い。流通してるのは、元の話を誰かが言い
変えた話ばかりで、いつ誰が言い換えたのかも不明、その言い換え・書き換
えが正しいのかどうかも微妙。これは日本だけでなく、世界全体で言えること
で、ネット情報の限界や未成熟さを表してる。
☆ ☆ ☆
「ベルトランの箱のパラドクス」は、決してハイレベルな話ではなく、高校数学
の初歩レベル、または中学数学の面白ネタにすぎない。確率の基本中の基
本、複数の場合が「同様に確からしい」ということに関して、改めて考えさせ
るキッカケになるのだが、知ってるのは数学好きの一部に限られると思う。
実際、数学者ベルトラン(Joseph Bertrand;1822-1900)の本国、フ
ランスのウィキペディアでさえ、独立した項目は無いし、本人に関する項目で
も説明されてない。日本語ウィキにも無くて、英語など4ヶ国版にあるだけ。
フランス語原文はどこにも載ってない状況だ。ちなみに「ベルトランのパラド
クス」という項目とは別物なので、念のため。「箱」(coffret : 引き出し付きの
ケース)というのがポイントだ。
パラドクス(逆説)とは、一見、論理的に奇妙に感じる話、謎のこと。実は奇妙
ではないパラドクスもあるし、本当に奇妙なパラドクスもある。今回の場合は
前者。つまり、数学的にしっかり考えればキレイに解決する話だ。個人的、心
理的に納得できるかどうかは別として。。
☆ ☆ ☆
ではまず、フランス語の原文を、
Internet Archive(インターネッ
ト・アーカイブ)からコピペさせて
頂こう。アクセント記号は省略。
著作権はもちろん消滅している。
『Calcul des Probabilite』
(確率の計算,1889)。公開さ
れてるものは、1907年の第2
版で、初版との違いまでは分か
らない。ただ、初版から18年後
で著者の死後だから、常識
的にはほぼ同じものだろう。
下が該当箇所で、序文、目次に続く本論の2ページ目。つまり、ほぼ最初の
「つかみ」の面白ネタなのだ。
では、私の日本語訳(ほぼ直訳)を示そう。改行は原文と合わせてあるが、
句読点までは合わせてない。また、丸カッコに入れた接続詞は、文脈を補
うために私が挿入したものだ。
3つの箱は、同じ外観を持ってる。それぞれの箱には2つの引き出しが
あり、各引き出しには1つのメダルが入ってる。最初の箱のメダルはどち
らも金製。2つ目の箱のメダルはどちらも銀。3つ目の箱のメダルは、1つ
が金、もう一つが銀だ。
(いま、)1つの箱を選ぶ。その引き出しに、金のメダルと銀のメダルが見
つかる確率はいくらだろうか? 3つの場合が可能で、それらは同等だ。
と言うのも、3つの箱の外観は同じだから。
1つの場合のみがお目当てのもの。その確率は1/3だ。
(さて、)その箱を選び、1つの引き出しを開ける。そこで見えたメダルが
何であるにせよ、2つの場合のみが可能となる。閉じられたままの引き
出しには、同じメダルが入ってるか、別のメダルが入ってる。これら2つ
の場合の内、1つの場合のみが、異なるメダルの入ったお目当ての箱
に当てはまる。だから、その箱を手に入れる確率は1/2だ。
しかしながら、1つの引き出しを開けただけで、確率が1/3から1/2
へと上がるなんて、信じられるだろうか?
その推論が正しいということはあり得ない。(そして)確かに、その推論
は間違ってるのだ。
☆ ☆ ☆
原文では更に、上と同じくらい分量の説明が続いてるが、パラドクス自体の
提示はここで終わりだし、残りは省略しよう。
これは、その後の「3囚人問題」(Three Prisonners problem)や、もっと
有名な「モンティ・ホール問題」(Monty Hall problem)と本質的に同じだと
考えられる。
つまり、話の本質は、「もともと対等だった3つの可能性の内、1つの可能性が
消えた時、残された2つの可能性あるいは確率は等しいとは限らない」という
事だ。3囚人問題なら、助かる囚人の候補が1人減る。モンティ・ホール問題
なら、当たりのドアの候補が1つ減る。
そしてこの「ベルトランの箱のパラドクス」(paradoxe de boite de Bertrand)
の場合、開けた引き出し(tiroir)のメダル(medaille)が金(or)だとすると、その
箱のメダルが銀(argent)2つである可能性が消えるわけだ。
では、残された2つの可能性の確率はどうなるか。問題を限定するなら、選ん
だのが金と銀の箱である確率はいくらになったのか。。
☆ ☆ ☆
ここでは2つの説明を簡単に示すだけにしよう。いずれにせよ、選んだ箱が金
と銀のメダル入りの箱である確率は1/3のまま。1/2にはならないのだ。
(解答1) もともと、「2つのメダルが異なる確率」は1/3、「2つのメダルが
同じである確率」は2/3。引き出しを1つ開けても、影響はない。
よって、開けた引き出しのメダルが例えば金であった場合、
(もう1つのメダルが銀である確率)=(2つのメダルが異なる確率)
=1/3
(もう1つのメダルが金である確率)=(2つのメダルが同じである確率)
=2/3
開けた引き出しのメダルが銀であった場合も同様。
したがって、金と銀の箱を選んだ確率は、元の1/3のままである。
(解答2) 開けた引き出しのメダルが金であった場合について、「条件つき確
率」の代表例である「原因の確率」の公式を用いて、計算してみる。
つまり、ベイズ推計の定理を用いる。以下、P(・・・)は、「・・・である
確率」という意味を表す。条件は、金の引き出しを1つ開けることだ。
P(その箱が金&銀の箱である)
=P(金&銀の箱を選んで、金の引き出しを開ける)
÷P(金の引き出しを開ける)
=P(金&銀の箱を選んで、金の引き出しを開ける)
÷{P(金&金の箱を選んで、金の引き出しを開ける)
+P(金&銀の箱を選んで、金の引き出しを開ける)}
=(1/3)×(1/2)
÷{(1/3)×1+(1/3)×(1/2)}
=(1/6)÷(3/6)
=1/3
開けた引き出しのメダルが銀であった場合も同様。
したがって、金と銀の箱を選んだ確率は、元の1/3のままである。
(Q.E.D. 証明終了)
それでは、今日はこの辺で。。☆彡
cf. 全国学力調査、伝説の確率の問題が登場♪ (モンティ・ホール問題)
確率の面白い謎(パラドクス)、「2つの封筒問題」にハマりかけて♪
(計 2726字)
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