「エボラ熱は空気感染しない」という説明の意味、飛沫感染、接触感染との違い
エボラ熱については、つい先日、WHOの最新データ(英語pdfファイル、10
月17日発表)を紹介したばかりだけど、大きな問題なので、再び核心部分に
ついて考えてみよう。「対岸の大火事」は、こちらにも火の粉が飛んで来るし、
そもそも対岸もこちら側も同じ地球、同じ人間なのだ。
まず、日本でよく使われてる「エボラ出血熱」という表現について。当サイトで
も先日、この言葉を記事タイトルに使った。これは英語の「Ebola Hemor-
rhagic Fever: EHF」の直訳。
ただ、WHO(世界保健機関)が現在使うのは基本的に、「エボラウイルス病」
(Ebola Virus Disease: EVD)という表現だし、今流行のタイプは出血よ
り下痢や嘔吐が目立つという指摘もある(産経新聞HP、10月22日)。そもそ
も出血は、症状が進行してから現れることが多いという話もあるので、日本の
一般レベルでは今の所、「エボラ熱」とか「エボラ」と略す方が適当だと思う。
☆ ☆ ☆
続いて、前回記事の続報として、最新(10月22日発表)のWHO発表を見る
と、まだまだエボラ熱が広がり続けてるのが分かる。僅か5日間で、全体の感
染者数は720人増えて、9936人。死者は322人増えて、4555人。
もっとも悲惨な西アフ
リカ・リベリアでの、週
ごとの推移を見ると、
この1週間で勢いが
また増してそうなのが
分かる。
「そうな」という曖昧な
表現を使うのは、グラ
フの濃い色の部分、
確認された患者
(confirmed)の数が
さほど増えてないから。
未確認の、確からしい
人(probable)と、疑わしい人(suspected)の数が再び増えてるのだ。。
☆ ☆ ☆
さて、問題の「空気感染しない」という説明。日本語のウィキペディアを見る
と、「基本的に空気感染をせず、感染者の体液や血液に触れなければ感染
しないと考えられている」という文章の後に「要出典」と書かれてる。つまり、
根拠を示すよう求められてるわけだ。
「かなり信頼できそうな」出典なら、ネットのあちこちですぐ発見できる。例えば
厚生労働省のページ、「エボラ出血熱に関するQ&A」(10月21日)の問い2。
「一般的に、症状のない患者からは感染しません。空気感染もしません」と書
いてある。断定的表現だが、「一般的に」という前置きがついている事を見落
とす訳にはいかない。
看護師の感染者確認で揺れる米国の疾病対策センター(CDC)も、9月30
日の記者会見で、同様の発言をしたとの事(朝日新聞デジタル、10月1日)。
ところが、米国の成人1004人を対象に行われた10月上旬の世論調査(1人
目の感染発覚直後)によると、「咳やくしゃみを通じて感染する」と考えていた
回答者が大半で、約85%にも達したらしい。これを伝えたロイターの記事(10
月17日)では、「世界保健機関(WHO)は、こうした形での感染が起こる可能
性は低いとしている。
空気感染どころか、飛沫感染さえ否定的に見ているが、ここでも「可能性は低
い」という表現に注意が必要だ。つまり、全否定にはなってないし、どのくらい
低いのかも示されてない。。
☆ ☆ ☆
「接触感染」という言葉は、誰でも分かりやすく感じるだろう。患者や嘔吐物に
直接触ることによる感染で、比較的避けやすい伝染ルート。接触した場合の
リスクは高くても、一般人が接触しないようにするのはそれほど難しくない。医
療関係者が、完全防護服や靴などを正しく使用、衛生にも細かく注意すれば
大丈夫という話だ。
問題は、「空気感染」(airborne transmission)という言葉の曖昧さで、こ
こには二重の問題点がある。まず、「空気感染」と「飛沫感染」が医学的に似
てなくもないこと。もう一つは、一般人が空気感染と飛沫感染をあまり区別し
てないであろうことだ。空気と細かい飛沫を実生活で分けるのは難しい。要
するにどちらも、人や液体に接触しなくても感染する、「非・接触感染」なのだ。
外務省のHPの図を引用させ
て頂こう。飛沫(droplet)とは、
黒い「飛沫核」の周囲を水分
が取り巻いた大きめの粒子
で、直径5umより大きいとい
うことは、0.005mmより大
きいということ。
この程度の大きさだと、見
たり感じたりすることが出
来ないものがかなり含まれてしまうから、日常生活において、空気感染と飛沫
感染を区別するのは難しいことになる。霧雨とも違って、粒子の数も少ないだ
ろうし、飛散時間も短いのだ。
ただし、飛沫の場合は毎秒50cmくらいの速度で落下するので、10秒も経て
ばほとんど床や地面に落下する。図では、約1mの飛距離だと書いてるが、
念のため、かなり長めに見ても、10m前後だろう。要するに患者から数十m
の距離を保てば安全なのだ。。
☆ ☆ ☆
一方、空気感染とは、飛沫
の中心の小さい核(droplet
nuclei)だけが空気で飛
散するもの(左図)と、塵埃
が飛ぶもの。
軽くて落下速度も非常に遅
いから、かなり広範囲に届
く恐れがある。落下速度か
ら考えると、数分~数十分
くらい漂っても不思議はないから、風があれば数百mくらい飛散する計算にな
る。呼吸で肺の奥まで侵入しうる点も厄介。
ただ、飛沫核や塵埃の小さな乾燥状態でウイルスが生き続けられるかどうかが
問題で、今の所、それは無理だとされてるし、急にその性質が変異する可能性
もないとされてるわけだ。かなり変異が激しいと伝えられてるだけに心配だが、
変異の証拠も少なそうなので、とりあえずその点は認めとこう。
とはいえ、WHOの予防マニュアルを読んでも、唾(saliva)に直接触れると感
染する恐れがあるとされてるし、唾は咳やくしゃみで飛沫になり得るはず。感
染ルートに関する声明文を読んでも、「理論的には大きな飛沫による感染は
あり得るが、根拠となる研究は今の所ない」という立場であって、あり得ない
事とまではされてないのだ。。
☆ ☆ ☆
結局、「エボラ熱は空気感染しない」とは、「乾燥した小さな飛沫核による広範
囲の感染は医学的に確認されてない」、「エボラウイルスはそうした種類では
ない」という意味だろう。要するに一般レベルでは、「数十m離れていれば安
全」とか、「急激に感染が拡大することはない」、「医療関係者なら(ほぼ)予防
しうる」ということだろう。
逆に言うと、「医学的に『空気感染』とは呼ばない。信頼できる研究論文も見
当たらない。とはいえ、感染者などから数mの『空気を隔てた感染』リスクが
僅かにあるかも知れない」という事になる。新型インフルエンザの時と違って、
エボラの場合、マスクの意義が海外でも強調されてる点が気になるのだ。
もちろん、無意味に心配する必要はない。いつどこでも、何事にもリスクはあ
るのだから。しかし、「空気感染しないのだから、直接触らなければ安全」とい
う考えにも、僅かにリスクが残ってるのだ。「いわゆる『空気感染』ではないけ
ど、直接触らずに生じる近距離感染」のリスクが、理論的に。あるいは、物質
への直接接触を媒介にした、患者との間接接触による感染リスクが。
いずれにせよ、早く西アフリカ全体での終息宣言が出て欲しいものだ。今現
在は、セネガルとナイジェリアに留まってる状況。
それでは、今日はこの辺で。。☆彡
P.S. 米国で感染した女性看護師2人が10月24日までに回復。その内の
の1人、ニーナ・ファムさん(26歳)は24日、ホワイトハウスでオバマ
大統領に笑顔でハグ(抱擁)された。
一方、同じ日に、ギニアからニューヨークへ帰国した男性医師の感染
を確認。主要3国からの医療関係者すべてに、21日間の隔離措置を
とることが発表された。。
P.S.2 遂に日本上陸か?、というニュースが27日の夜、流れてる。リベリ
ア滞在歴のある男性が羽田に帰国、熱があるので調べてる最中。
国立国際医療研究センター病院、東京都新宿区。
過度に恐れる必要はないが、厚労相の「接触がない限り感染しない」
という言葉には注意が必要だ。むしろ、「接触がない限り感染の可能
性は非常に低いと言う方が正確だけど、「政治的」に仕方ない所か。。
(その後、陰性と判明。ただし、3日程度は経過観察。)
P.S.3 やはり、少し離れていてもリスクがあるようだ。CDC(米国疾病対策
センター)は27日、新たな指針を発表。防護服などが無いまま、し
ばらくの間、症状のある患者の約3フィート(1m)以内にいた人は、
多少のリスクがあるとした。同じ部屋に短時間なら低リスク(ゼロで
はない)。
ちなみに読売新聞HPは、「中リスク」「90cm」と書いてるが、元の
英語は「some risk」「3feet(1meter)」となってる。
P.S.4 エボラウイルスの生存期間は環境によって異なるが、体外でも数日
数週間生きのびるようだ。カナダ公衆衛生局HPや、その出典とな
った原論文、キンバリークラーク社のpdfファイルより。
(計 3667字)
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