明治末期、「千里眼」(透視)ブームと科学的実験~朝日新聞「あのとき それから」
今週も引き続き、週間1万字制限を厳守。時間も字数もない中、ちょっと面白
くて珍しい話に軽く触れとこう。100年前、明治43年(1910年)に行われた、
「千里眼」の実証実験だ。
朝日新聞・夕刊、2015年1月24日に掲載された、「あのとき それから」シリー
ズの記事で、上側の大見出しは、「実証めざし 科学者も本気」。右側の見出し
らしきものは、「千里眼ブーム」となってる。朝日新聞デジタルでも掲載。
千里眼というと、私は遥か遠くを見通す眼力のことだと思ってたが、「透視」一
般を表す言葉として使われてたらしい。それどころか、ネットで日本大百科全書
の説明を読むと、「わが国で初めて超心理学の研究が行われたとき、超常的
現象をさす言葉として千里眼の語が用いられた」とさえ書かれてた。
朝日は書いてないが、東京帝国大学(今の東大)の心理学者・福来友吉(ふく
らい・ともきち)や物理学者・山川健次郎らが、千里眼を科学的に調べようとし
た時期は、ちょうどX線撮影(レントゲン)が普及し始めた頃なのだ。
見えないものを物理学的に透視できることが分かったのだから、(一部の)人
間がそれに似た能力を持ってるかも知れないと考えるのは、科学的に自然だ
ろう。もちろん、今の目線なら、奇妙な感じを受ける方が多数派だろうが。ダー
ウィンの進化論の影響で、生物がもともと持ってた未解明の能力の可能性も
考えられてたようだ。。
☆ ☆ ☆
中心人物の福来は、19世紀後半から話題になってた催眠術の研究者であっ
て、催眠状態の人間は特殊な能力を発揮するかも知れない、と考えてたとの
事。自己催眠で一時的に透視できるよう
になる人が現れても、不思議はない。特
に注目した一人が、火付け役となった熊
本の若い女性、御船(みふね)千鶴子だ。
左の写真はウィキメディアで、パブリック
ドメイン(公的所有)。ただし、出典が書い
てないから、別人の可能性も一応ある。
両手で持った壺か筒に、透視対象(字を書いた紙など)が入ってるのだろう。
千鶴子は鈴木光司の小説『リング』(91年)の登場人物、志津子のモデルと
も言われてるらしい。
一方、当時の朝日(東京朝日新聞)も、新興メディアとして、千鶴子の動向を
連日詳報。連載コーナーまで作って、大キャンペーンを張ったらしい。今なら
週刊誌でさえやりそうもない事だから、時代を感じるエピソードだ。
実験は何度も行われてるが、最初の公開実験らしきものが行われたのが、
1910年9月半ば。福来以外に9人、第一線の学者が立会い、計10人が見
守る中、千鶴子の透視が始まった。。
☆ ☆ ☆
千鶴子は、鉛の筒に密封された紙の3文字、「盗丸射」を見事に的中。一瞬、
みんな驚いたが、それは立ち会い人の山川が用意したものではなく、福来が
前日に練習用として渡したものだと、すぐに判明。
なぜ、そんな取り違いが起きたのかは不明のまま。常識的には、千鶴子の不
正操作(イカサマ)と考えるのが自然だろうが、その点はハッキリしない。極度
の精神集中が必要だからという理由で、千鶴子は再実験をしぶり、翌年1月
には自殺してしまった。自殺の理由は、批判によるプレッシャーなのか、金銭
トラブルなのか、これまたハッキリしない。まだ24歳の若さだった。
千鶴子はもともと、透視の際には、ついたてや屏風の陰に隠れたり、手元を
隠したりしてたようなので、「現在の」の朝日はかなり批判的にまとめてる。「福
来と山川はその後も別の能力者を対象に実験を続けるが、結局、超能力が実
証されることはなかった。やがてブームは去ったが・・・」。
コメントを載せてる信州大の認知心理学者・菊池聡も、次のように語ってる。
「・・・実証はできなかったわけです。実験によって証明できないものを『可能
性はゼロではない』と信奉したら、それは科学ではなくなってしまいます」。。
☆ ☆ ☆
しかし、数回の実験で失敗した後、「可能性はゼロではない」と個人的に「思
う」だけなら、科学の世界でもいくらでもあることだろう。今回の日本人ノーベ
ル賞受賞者たちも、何度も失敗して、もう止めろというような言葉も投げられ
てたはず。菊池の説明は、科学研究の最前線の動きにあまり合ってない。
「それまでの実験で証明できなかった事」が、「その後の実験で証明できたこ
と」など、現実的にも日常茶飯事のはずだし、理論的にもおかしくない。どんな
実験も、過去から現在に至る有限回の流れにすぎず、その一つ一つも決して
完全な正確性を持ってるわけではないのだ。科学とは、静的で完全な断定で
はなく、動的で不完全な暫定の連続。ダイナミックな漸進プロセスとしてとらえ
る必要がある。
実は、「当時の」朝日新聞(9月16日)の写真を
細かくチェックしても、それほど失敗を強調して
ないようなのだ。例の公開実験の直後、朝日
などを招いた「記者の透覚実験」は、「結果極
めて良好」という小見出しで紹介されてる。そ
れどころか、例の実験さえ、小見出しは「失
敗」とかではなく「驚愕」となってるのだ。
☆ ☆ ☆
さらに、国立国会図書館の近代デジ
タルアカデミーで、福来の著書『透
視と念写』(東京宝文館、1913)を
読むと、例の実験については失敗
を認めてるものの、他の実験によっ
て、透視も念写も「事実である」と
確信してたようだ。
つまり彼自身は、実証されたと考
えた。被験者は御船の他に、長尾
いく子、高橋貞子。女性ばかりと
いう点も興味深い。
ただし、その確信が災いしたのか、
直後に福来は「休職」扱いとされ、1919年に東京帝大を退職したようだ。
この種の研究は、「トンデモ」、「イカサマ」、「ペテン師」扱いされつつ、今でも世
界中で行われてるはず。例えば、仙台市の福来心理学研究所の例会には、
50人ほどの会員が集まるそうだ。公式HPも健在。70年代にブームを起こし
た、スプーン曲げで有名なユリ・ゲラーも、いまだに活動中らしい。
もちろん、私が千鶴子やユリ・ゲラーらの能力を「信じてる」わけではなく、特に
ユリ・ゲラーについては、Mr.マリックの超魔術みたいなエンタテイメントだろう
と「思ってる」。催眠術もその「多くは演技や虚言、思いこみ」だろうと「思ってる」。
とはいえ、全否定を確信するだけの根拠もないし、僅かな部分肯定がなぜい
けないのか、説得的な議論を聞いたこともない。したがって私としては、「大部
分は偽物だろうけど、ごく一部は本当かも知れない。ただし、悪質・悲惨な詐
欺や誤解には気を付けよう」という、穏当な立場になるわけだ。
☆ ☆ ☆
限られた回数の手品に一瞬だまされるだけなら、単に楽しいだけだろう♪ む
しろ、全否定する平凡な科学主義より幸福な人生だと思う。トンデモ批判がト
ンデモ期待より優れた生き方だという実証は存在しないどころか、現代の一
般人の実生活なら逆かも知れない。
なお、ウィキペディアの福来の項目には、なぜか上の著作を「1914年」と紹
介してるが、1913年が正しい。いまや、ネットですぐ実物(の写し)を確認で
きる時代。これもある意味、千里眼だろう。
それでは今日はこの辺で。。☆彡
(計 2897字)
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