居住だけは別にした外国人受け入れ~曽野綾子「労働力不足と移民」(産経新聞)
2月11日の産経新聞・朝刊にコラムが掲載されて、既に1週間が経過。論争
の話題としてはそろそろ落ち着いて来た頃だが(or なので)、私も簡単に感想
を書いとこう。
当日がネルソン・マンデラ釈放25周年の記念日だった事もあり、南アフリカの
人達から抗議が出るのはもっともな事。しかし日本人にとって本当に大切な
のは、右派の新聞における保守派・大御所の失言らしきものを集中的に批判
することよりも、日本の労働力不足や人口減少をどうするか、外国人をどの
程度、どのように受け入れるのか、という問題だろう。その意味では、例のコ
ラムは考察の一つのキッカケにはなってるわけだ。
ただ、そのキッカケのコラムに何がどう書かれてたのかは、ネットを見渡して
も意外なほど説明されてない。実際、Googleの検索オプションを使って、著
者名、メディア名、コラム名、見出し2つを指定すると、4件(実質3件)しかヒッ
トせず、マスメディアの報道は無し。日本アフリカ学会有志Facebook、mixi、
ブログが1つずつなのだ。ウチとしてはそうした基本事項から確認しておこう。
☆ ☆ ☆
既に記事タイトルと冒頭に、著者名、メディア、コラム名(タイトル)は書いて
ある。曽野綾子、産経新聞・朝刊(2015年2月11日)、「労働力不足と移民」。
文字数にして1200字程度の短い文章だ。あと、曽野の連載コラムのシリー
ズ名は、「透明な歳月の光」。おそらく編集担当者が付けたのだと思われる大
見出しは、「適度な距離」保ち受け入れを、となってる。
もし曽野の本文が、「適度な距離を保った上で、移民をある程度受け入れよ
う。その距離感、その程度が今、我々に問われているのだ」、という内容になっ
ていれば、これほどの批判は浴びなかっただろう。去年あたりから政治的に普
通に議論されてることに過ぎない。
ただ、それでは曽野らしさが消えてしまうことにもなる。曽野は作家だし、文体
の魅力や美しさもポイントだが、雑誌などでの単刀直入な発言内容が持ち味
の一つだから。事の是非や、好き嫌いはともかく、83歳の大御所の姿勢が今
さら変わることはないだろう。
☆ ☆ ☆
全体の文章の枠組は、流石にしっかり出来てるし、激しい言葉使いも無い。
冒頭で、話題の「イスラム国」という名前も出しつつ、他民族を理解するのは
難しいと語り、しかし人口減少、労働力不足を補うためにも、労働移民を受け
入れなけれはならない、とも語る。
では、どのように受け入れるのかという点を、作家のコラムらしく、身近な話
題や世界の現実を例に挙げながら話していく。まず、日本語能力も知識もあ
まりない孫が、優しくおばあちゃんの面倒をみる話を挙げ、「介護の分野の困
難を緩和すること」と提言する。
この点について、外国人や介護に対する差別や偏見だという見方も出てる
が、これは曽野のコラムより前から、介護の世界で話題になってた事なのだ。
例えば最近でも、1月27日の朝日新聞・朝刊には、「外国人の介護実習生、
『低学年程度』に日本語条件緩和」という記事が掲載されてる。これまでは小
学校高学年程度だったから、大幅な緩和であって、曽野の主張による動きで
はなく、既に政治的・実務的な現実だ。
☆ ☆ ☆
曽野のコラムに失言らしきものがあるとすれば、もう一つの例と、最後の結末
の文章だろう。「20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来」と
書き始めて、文末は「・・・何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした
方がいい」となってる。
この、「何もかも一緒にやれる」という部分は忘れがちなので、ここではしっか
り書いとこう。つまり、悪名高きアパルトヘイト(人種隔離政策)の場合、居住
だけの制限ではなかったわけだ。選挙権、法律、教育、実生活など、様々な
面で、白人以外(黒人、アジア系、カラード=混血)が差別されてた。そうした
話と曽野の意見は、とりあえず異なるのだ。ちなみに曽野のコラムに「アパル
トヘイト」という言葉は無く、「人種差別」という言葉が一度使われてる。
さて、どうして「居住だけは別にした方がいい」のか。差別を代表する大都市
だったヨハネスブルクの一軒のマンションには、白人が住んでたが、差別撤廃
後、黒人も住むようになった。ところが「黒人は基本的に大家族主義」で、「常
識として夫婦と子供2人くらいが住むはずの1区画に、20人~30人が住みだ
した」ために、「水のでない建物になった」。「それと同時に白人は逃げ出し」て
しまったらしい。
☆ ☆ ☆
これは、いかにも作家らしい語り口だと思う。1つの典型的な具体例を、根拠(エ
ヴィデンス)無しで自説の論拠の類にしてるわけで、学者や研究者、官僚の論
文やレポートなら、統計データやアンケート調査を示すべき所だ。極端な話、そ
の1例以外の大部分は何とかそれなりに上手く共存できてるかも知れないのだ
から。ごく一部分から全体を語るのは、最もありがちな論理的飛躍と言っていい。
おまけに、その1例が事実なのか、本当に水の問題なのか、後の曽野のコメ
ントにも書かれてないし、かなり古い例のようにも思われる。そうした点も考え
合わせると、世界的に人種差別への批判が高まってる現在、全国紙で有名人
が手短に語る内容としてはあまり適切でないだろう。
だからと言って、何か事あるごとに公式・非公式の「謝罪」を求める最近の風潮
もどうかと思うが、批判への応答として、もう少し丁寧な「説明」があってもいい。
☆ ☆ ☆
曽野の文章を解釈する際、一番のポイントは、「居住だけは別にした方がいい」
という文末。コラム全体が移民政策を扱ってるし、南アフリカの人種差別にも触
れてるのだから、普通に読むなら、「居住を別にする政策を導入した方がいい」
ということ。個人や地域レベルの生活スタイルを話してるのではなく、国家のレ
ベル、日本と外国人の話なのだ。
ただ、朝日新聞に対する曽野の応答を読むと、「私は、アパルトヘイトを称揚し
たことなどありませんが、『チャイナ・タウン』や『リトル・東京』の存在はいいもの
でしょう」となってる。つまり、国の政策ではなく、地域レベルの自主的な生活様
式をポジティブに評価してるのだと言いたいのだろう。
本当にそうゆう意図なら、コラムの全体的構成が不自然だと思う。少なくとも前
半部分では、「法」や「制度」について語ってるし、タイトルや大見出しから考え
ても、別居住政策の暗示だと読むのが自然。自主的な居住区域の分割につい
て語るのなら、もう少し書き方を変えるか、別のコラムにすべきだった。
☆ ☆ ☆
とはいえ、最初にも指摘した通り、一人の作家の発言の是非よりも、我々が外
外国人や移民とどう共生していくのか、そちらの方が日本人には重要なこと。
法務省など各種の統計によると、今現在、日本在住の外国人は約200万人。
在日、技能実習生、留学生、日系人その他。日本の人口を約1億3000万人
とすると、約1.5%となる。労働者人口に限ると、約70万人だ。
これら外国人が、日本のどの都道府県に居住してるのかを計算した時、かな
り差があるのは事実。やはり東京、名古屋、大阪あたりの割合が多いわけで、
で、東京の外国人率は約3%となってる(約1300万人中、約40万人)。国の
平均の2倍の割合だが、もちろんこれは、居住区を制限する「政策」や「法令」
によるものではないはず。少なくとも、狭い意味では。
ただ、民間の不動産レベルの現状がどうなってるのかまでは分かりにくいし、
現実的に外国人の(自主的)居住地がかなり限定されてるのは確かだろう。
例えば、ブラジル人の多くは、愛知・静岡・三重に住んでる(18万人中の約
半数、法務省統計)。一方、少なからずの外国人が日本人と共生してるケー
スを見ると、やはり色々と文化や習慣などの摩擦があるようだ。
ちなみに、南アフリカのヨハネスブルクにあるソウェト地区(反アパルトヘイト
の蜂起で有名)だと、黒人たちが自主的に(?)同質性を高めてるようで、今
でも黒人の割合が99%とされてる(英語版ウィキペディア、2011年のデー
タ)。外からの移住者を認めないことによって、わりと治安が落ち着いたとい
う見方もあるが、信頼できる公的情報はまだ発見できてないので単なる参考
情報としとこう。
いずれにせよ、人口減少、労働力不足、移民受け入れ、共生というのは、こ
れから急激に大きな社会問題となるはずだ。移民を原則的に受け入れない
という姿勢は、地球レベルでの別居住だという点も忘れる訳にはいかない。
とりあえず今日はこの辺で。。☆彡
P.S. J-CASTによると、曽野は2月17日、評論家・荻上チキのインタ
ビューに応じて、その様子は同日夜のラジオ番組『荻上チキ・Session
-22』(TBS系)で紹介されたようだ。
要約すると、差別ではなく区別、政策や法律上のものではなく自主的
なもの、「まずい文章」「下手くそな文章」かも知れないけど撤回するつ
もりはない、ということだ。私としては、全く予想通りの応答だった。
P.S.2 『週刊ポスト』2015年3月6日号の記事、「曽野綾子コラム論争
『差別と移民』の重大な誤解」によると、曽野は2011年9月16・23
日合併号の同誌コラム「昼寝するお化け」で同様の発言をしてたが、
何の反応も無かったとのこと。確かに、ネット上で3年半前の記事の
話は全く見当たらないし、まとめの単行本への言及も無い。
cf. フェンスやカメラで守られた「要塞の街」が増加中 (08.10.13)
(計 3903字)
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