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鉛筆を唇にあてて夢見る女の子~映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』レビュー

   Ana : Why do you need ・・・

        どうして、あなたは(私を罰することが)必要なの?

  Grey : Because it’s the way I am!

        それが僕だからだ!

        Because I’m fifty shades of fucked up.

        僕が50通りにメチャクチャ歪んでるからだよ。

   Ana : Show me then.

        じゃあ、わたしに見せて。

 

 

           ☆          ☆          ☆

電子書籍も含めて、世界でシリーズ累計1億部を突破したと言われる大ベス

トセラー3部作の第1巻、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(Fifty Shades

of Grey)。映画の世界同時公開から5ヶ月近く経った7月2日、ブルーレイ

&DVDが発売・レンタル開始となったから、早速ブルーレイを借りて見た。

 

当サイトが以前アップした2本の原作小説記事は、おかげさまで非常に多くの

アクセスを頂いてるので、映画レビューも追加しようと思ったのだ。過去記事は

次の通りで、第1巻を扱う1本目(4000字)は基本のまとめと感想の記事だが、

第2巻を扱う2本目(5400字)は突っ込んだ内容の本格的レビューとなってる。

 

   大ベストセラーのママ向けSM小説、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』

   SMプレイと虐待トラウマ~『フィフティ・シェイズ・ダーカー』

 

記事内容はどれも当然、ネタバレ的な紹介も含んでるので、まだ自分で見て

ない方は十分ご注意あれ。。

 

 

           ☆          ☆          ☆  

最初に映画の素朴な感想を書いておくと、満点が5つ星のよくある評価基準

なら、3つ半くらいだと思う。つまり、100点満点なら70点くらい。予想通り、

かなり緩くて甘い女性向きのラブ・ロマンスだが、マニアックな男性の私でも

十分楽しめた。

 

と言うより、まだ楽しんでる途中。『アナ雪』(Frozen)の時もそうだったが、英

語の台詞を細かく読み直すだけでも興味深い。先日のサイコパス・ドラマでも

話題になってた「コントロール・フリーク」(control freak:支配マニア)という

言葉も、序盤で使われてた。この記事冒頭で引用したのは、映画で唯一、「フィ

フティ・シェイズ」と語る終盤のシーン。彼自身が、メチャクチャに歪んだ自分を

「fifty shades of fucked up」と自嘲気味に語る。

 

この「fucked up」(メチャクチャ)というフレーズは、直訳すると「犯された」と

いう意味で、まだ語られてない彼の灰色(グレイ)の過去を無意識の内に表し

てるのだ。現在、支配者である彼が、性的に服従してた過去を。別の支配者

達に50通りに従属して来た人生を。。

 

 

         ☆          ☆          ☆   

既に書いたことだが、「フィフティ・シェイズ」とは50通りの陰、彩、微妙な変化、

歪みという意味。「グレイ」はヒロインの恋人の名前であり、灰色という意味だ。

日本語なら普通、語尾を伸ばして「グレー」と言う所。

 

映画の冒頭は文字通り、グレイ=灰色の微妙なニュアンスや変化を表すシー

ンが続いてた。曇り空の雲の動き、灰色がかった街、グレーのフード付スウェッ

トをかぶって走る若き大富豪グレイ、そして彼の灰色のネクタイの数々。

 

このネクタイは冒頭、彼自身で首に締めることになるが、やがてヒロインを縛る

小道具にもなる。あのネクタイのカット(映像)は、50通りの拘束プレイの象徴

表現だ。だからこそ、第1巻の表紙もネクタイになってる(邦訳の文庫本は映画

の画像)。

 

「BDSM」(束縛・調教・サド・マゾ)も含めたエロティックな要素は、物語の最初

から巧みに織り込まれてた。女友達のケイト(エロイーズ・マンフォード)が体調

を崩したから、主人公の女子大生アナ・スティール(ダコタ・ジョンソン)が、イン

タビューに出かける。何とも普通っぽくて恋愛経験も少ない、地味な文学少女。

相手は雲の上の存在、若くてハンサムな成功者、グレイ(ジェイミー・ドーナン)。

 

150708b シアトルの本社

 ビルの上側にエ

 レベーターで登

 り、モデル並み

 のブロンド美女

 の秘書に案内さ

 れて、社長室に

 入った途端、ア

ナは転んでしまう。両手、両足を床につけた四つん這いの姿勢で見上げると、

心配したグレイが上から見下ろすのだ。写真はウィキメディア、Nova77氏。

 

広い意味では、これが一番最初のBDSMで、支配者(ドミナント:Dominant)

である男性の前で、服従者(サブミッシブ:Submissive)である女性が家畜の

ようなポーズになる。全く無意識の内に。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

その後、社長室の大きな机の前にある、小さなイスにアナが座った途端、も

じもじと視線を斜めに向ける。筆記用具を忘れたので、机の上にあるグレイ

の「鉛筆」が欲しかったのだ。

 

机には、「GREY」の名前入りの鉛筆が、尖った芯を相手側に向けてズラッと

並んでる。分かりやすい象徴表現で、フロイト派精神分析的には、無意識に

「男性」を欲望して手に取ったことになる。1本ではなく複数になるのはよくあ

る変形だし、50本だと多過ぎるから、10本程度にしたのだろう。

 

これが考え過ぎとか深読みのし過ぎでないのは、その後のゼミ(授業)のシー

ンを見れば明らかだ。

 

アナが大学のクラスでボーッと(グレイの事を)考えてる時、知らず知らずの内

に、あの鉛筆を唇に当ててるのだ。しかもカメラは、その様子をしっかりアップ

で撮影してる。鉛筆には「GREY」の文字。アナの頬に当てた後、唇へとずらし

て、口が少し開く。でも鉛筆をくわえる所までは行かない。このシーンこそ、2時

間ちょっとの映画全体の要約、最も短いあらすじと言ってもいいものだった。

 

 

          ☆          ☆          ☆     

つまり、アナはグレイを受け入れそうになるのだが、あと一歩の所で踏み切れ

ない。やたら細かい奴隷契約書は結局、拒絶したままだし、この記事冒頭で

引用したやり取りの後のお試しプレイでも、アナは泣き出してしまった。

「1、2、3、4、5、6」。口でカウントさせられながら、6回ベルトでお尻を叩かれ

ただけで、アナはもう限界(ハード・リミット)。これ以上の関係は無理だと確信す

る。エレベーターのドアから始まった出会いは、同じくエレベーターのドアで一

旦終了。「アナ!」、「クリスチャン・・」、ガシャッ。。2人とも激しいアップダウン

を経験する物語だから、エレベーターという舞台装置が合ってるのだ。

 

もちろん、今回の映画で一番、上に昇ったシーンは、グレイが操縦するヘリコ

プターで夜景を楽しむ素敵なひとときだろう。左はシアトルの夜景で、ウィキメ

150708 ディア、kiyok

 un~jawiki氏

 の作品。あるい

 は、グライダー

 での飛行。

 

 ただし、どちら

もやがて地上に降りることになる。それは高層マンションの最上階辺りにあ

るグレイの豪邸でも同様で、やがて地上に戻るはず。

 

その意味で、この映画シリーズの最後(おそらく3本目の『フリード』)は、庭が

広がる一軒家がふさわしい。上向きにそびえ立つ「男性」的で支配的なマンショ

ンから、横にフラットに伸びるなごやかな一軒家へと、「解放される」(フリード

:freed)こと。支配者も従属者もフリー(自由)になること。

 

これでひとまず3本立て映画終了にして、商業的に好調なら、もう1本、グレイ

の目線で作ればいい。男目線の小説、サイドストーリー(外伝)は先日、既に

英語で発売されたのだ(15年6月18日)。『Fifty Shades of Grey As 

Told by Christian』(クリスチャンが語るフィフティ・シェイズ・オブ・グレイ)。

英語版ウィキペディアによると、直ちに125万部という話だから、外伝も3部

作を狙ってるかも。。

 

 

         ☆          ☆          ☆

視点を変えて、この辺りで、一般的な興味が集中しそうなBDSMについても

簡単に触れておこう。まず、R18上映版の125分と、エクステンディド(EXT

ENDED)版の128分は、おそらくほとんど同じ内容だと思う。

 

細かい比較はしてないが、この3分差の内、半分ほどは単なるエンディング

の回想シーンなのだ。すると、激しいプレイの追加は多くても1分半程度。

ネットの無料動画と比べても極端に短い♪

 

先ほど述べたアナの転倒シーンとか、アナがヘリコプターでベルトに拘束され

る何気ないシーンを除くと、30分過ぎにエレベーターで、アナの腕を上側にさ

せた上で激しくキス。37分~46分くらいが、赤黒いSMプレイルームの紹介

150708c や、ピアノを使っ

 た芸術的「駅弁」

 スタイルなど。

 左画像はその直

 前、公式動画

 り。49分、ネ

クタイで手首を縛るだけ(すぐグレイの母が妨害)。

 

62分からのシーンが最初の山場か。ネクタイで両手首を拘束した後、アナの

シャツを半ば脱がせるようにして、両腕を拘束すると共に目隠しに使う。これ

は契約書不要のソフトSMとして、使えるテクニックかも♪ そして、グラスの

氷を咥えたグレイが、アナの仰向けの裸体で氷を滑らす。かなり喘がせた後、

マッチョな肉体の彼がゴムを一瞬で用意して、うつ伏せで激しく。。

 

男性向けの映像なら、ここからがスタートになるのに、原作・脚本・監督がすべ

て女性だと、ここで終わりになってしまうのだ。まあ、その種の映像ではないし、

背景や身体の陰影が美しいのは確かなので、満足すべき所か。ダコタ・ジョン

ソンは、ほぼ完全に裸体を見せて、個人的にはまずまずだと思う。元々、普通

の女の子という設定だから、あのくらいが適度なのだ。喘ぎ声や表情はかなり

の熱演。もちろん、普通の映画としては、という話。

 

 

          ☆          ☆          ☆

79分くらいには、大学の卒業祝いの赤い車を見て驚いたという理由で、アナ

にお仕置きのお尻叩き(軽いお遊び)。83分くらいから第二の山場で、ソファー

からプレイルームに移動した後、アナの髪をグレイが三つ編にまとめて、手錠、

鞭、赤いロープなどを使ったBDSM。個人的には、正座させて向こうを向かせ

るお仕置きが新鮮だった。鞭は、映画の中でも痛くないことを確認してたし、ブ

ルーレイのオマケ映像を見ても、音だけ大きい物だと説明されてた。

 

107分くらいからは、赤いロープでベッドの四隅にアナの手足を縛って、アイ

マスクをかけて、刷毛やバラ鞭でやさしく撫でる。これも非常にソフトなプレイ

で、特に両足の拘束は非常に緩いから、両手だけ広げられてるようなものだ

ろう。その少し後、例の6回お尻叩きで終了となる。

 

まあ、このくらいが、世界中の夢見る女子たちの「ソフト・リミット」(最初の歯止

めとなる限界点)なんだろう。数千万人の女性読者も原作者の女性も、「鉛筆」

を唇にあてる所までは行く。ただ、その先に進むのはごく一部であって、あくま

で控えめで安全なマインド・トリップ(心の旅)なのだ。

 

映画ではなく現実なら、そもそも命の危険もあるだろうし、身体に傷が残る可能

性やリベンジ・ポルノのリスクもある。契約書なんて物は、いざとなったら何の役

にも立たないのは当たり前。だから、映画でさえこの程度に留めるのが妥当な線

か。数年前、流行り始めに日本の女性向けアダルト動画を少しだけ見たが、やっ

ぱり極端にソフトで驚いた。はっきり言って、あれでは「無理」♪ 男と女は、全く

異なる生き物なのだ。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

最後に再び、やや突っ込んだ解釈の世界に戻ろう。序盤のパーティー・シーン

の直前、アナとケイトがシェアするルームに、グレイから贈り物が届く。アナが

好きだと言ってた英文学の作家、ハーディの小説『ダーバヴィル家のテス』

(1891年)。英語原文は電子図書館グーテンベルクで公開されてる。日本語

訳だとしばしば、悲劇のヒロインの名前だけで『テス』と呼ばれてるようだ。

 

男性に翻弄される主人公テスが口にする有名な(?)台詞を、グレイがわざ

わざメッセージカードに書いて、高価な初版本のプレゼントに添えてた。文学

好きのアナとケイトがすぐ理解して、声を合わせて暗誦する。

 

  Why didn’t you tell me there was danger?

  なぜ、あなたは私に、危険があると教えてくれなかったの?

  Why didn’t you warn me?

  なぜ、警告してくれなかったの?

  Ladies know what to guard against

  女性は(普通)、気を付けるべきものを知ってる。

  ・・・ because they read novels that tell them of these tricks.

  なぜなら、彼女たちは小説を読むことで、そうしたたくらみを教わってるから。

 

 

これは要するに、グレイがフェアなトレード(取引)を考えてるということだ。あ

らかじめ、自分との付き合いには危険があることを、アナの好きな小説を使っ

て巧みに教えてる。

 

小説『テス』のヒロインの場合、本を読んで学ぶ機会が無かったと嘆いてるよ

うだから、アナには正々堂々と本で教えてるのだ。僕に近づくと、たくらみ(ト

リック)がある。ただし、トリックは適度なら、刺激的な快楽でもあるのだ。マジッ

ク・ショーとか超魔術がそうだし、BDSMの技でも同様。。

 

 

         ☆          ☆          ☆

既に5000字を超えてしまったから、この辺で終わりにしよう。なお、映画を見

て初めてハッと気付いたのは、アナのフルネームの発音。「Anastasia」を日

本では「アナスタシア」と訳すことがほとんどだが、映画では「アナステイジア」

と聞こえる。実際、英語本来の発音はこれが普通のようだ。

 

これに綴りと発音が似た、この世界で重要な語句がある。「anal stage」(エ

イナル・ステイジ)。日本の普通の翻訳だと、「肛門期」あるいは「肛門段階」。

ほぼ2才前後に相当する、人間の発達の段階で、精神分析によると、この時

期には肛門や排泄(トイレット・トレーニング)に関心が集まるし、サディズム的

な傾向(虫の解体など)も目立つとされてる。

 

そう言えば、支配者であるグレイはサディストでもあるし、アナル(肛門)の話

も契約書の修正シーンで2回登場してた。(十分な訓練や準備の後で)拳を

入れるとか、プラグ(押しこむ栓)とか。

 

フィフティ・シェイズの第2巻までは、エイナル・ステージ(肛門期)と深く関わっ

てる内容だが、第3巻は違う。案外、映画シリーズの最後、3本目では、「ア

ナステイジア」という名前の呼び方が消えるかも知れない。もはや、立派な

成人の段階に到達するのだから。

 

それでは、今日はこの辺で。。☆彡

 

                                    (計 5747字)

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