エドガー・アラン・ポーの小説『盗まれた手紙』との比較~『恋仲』第6話
葵 手紙 読んだよ
待ち合わせ 行けなくて ごめん
1人で待たせて ごめん
あかり (ううん・・・と首を振る)
葵 今からでも間に合うなら 取り戻したいんだ
あかり ・・・・・・
☆ ☆ ☆
全国の視聴者の、「公平、余計な事するな!」っていう声が聞こえて来そうだ
ね♪ 全9話の完結、葵&あかりの結婚式までまだ3話残ってるから、誰かが
ジャマしなきゃ時間が余ってしまう(笑)
上手くいかない七海(大原櫻子)への恋に悩む公平(太賀)は、自分を旧友の
翔太(野村周平)と重ねつつ、翔太とあかり(本田翼)を復活させるような動き
を見せてた。もちろん、義理のお兄さん候補(笑)である葵(福士蒼汰)のジャ
マをする意図など、少しも意識せずに。
公平みたいに活動的で、周囲に変化をもたらす滑稽な道化役は、文化人類
学的にはトリック・スターと呼ばれてる。昔から世界的に活躍してる、古典的
な有名キャラなのだ。例えば、8年前に人気だったフジ月9、美青年主演の
『プロポーズ大作戦』における妖精(三上博史)が分かりやすいだろう。。
☆ ☆ ☆
さて、噴水と緑が爽やかな公園で、葵(福士蒼汰)が7年ぶりのやり直しを提
案した時、すぐにはOKの返事ができないあかり(本田翼)に対して、御守りを
渡してた。教員試験用の合格祈願のはずが、「健康御守」♪
私は公式動画を見ながら、「安産祈願の方が笑えたかも・・」と一瞬思ったけ
ど、ちゃんと色々考えてたわけね。
元々、以前の海岸バーベキューで、手紙には葵の健康(腹痛)の話を書いた
と、あかりが言ってたし、逆にあかりの受験時の体調に対する葵の気遣いメー
ル(スマホのLINEメッセージ)にもつながる。そして更に、病院のラストシーン。
生意気だけど可愛い心音(大友花恋)の容態急変を気遣うあかりの姿にもつ
ながってたのだ。合格祝いの約束も忘れて、ひたすら心音の健康を祈るあか
り。葵から連絡が来るスマホを入れた白いリュックを、病室に置き忘れたまま。。
やはり、脚本・桑村さや香&協力・LiLyの若手コンビは、なかなか面白いセン
スを持ってる。小物やコネタを何重にも使うような技は、連続ドラマだと少ない
のだ。その点は、あかりの手紙(メモ用紙のメッセージ)の使い方でも同じこと。
初恋を告白する大切なラブレターとはいえ、まさか第1話から第6話まで延々
と引っ張り続けるとは思わなかった。。
☆ ☆ ☆
という訳で、「盗まれた恋文」へのこだわりに敬意を表して、今回は名作推理
小説『盗まれた手紙』と比較してみよう♪ ネットで検索した限りでは、今のと
ころ、他に同種の記事は見当たらない。
エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)という作家は、今の日本だとメ
ジャーではないと思うけど、江戸川乱歩というペンネームの由来だと説明す
れば、少しは納得できると思う。怪人二十面相や明智小五郎が活躍する推
理小説で有名な乱歩に大きな影響を与えた草分け的存在が、ポーなのだ。
18世紀前半の米国の作家で、本人の人生もドラマチックだけど、ここでは
触れないことにしよう。
ポーが創作した、世界初とも言われる名探偵キャラが、フランス人という設
定のデュパン。反射的にルパンを思い出す所だが、むしろシャーロック・ホー
ムズの原型になってる。天才的な頭脳で事件を解決する変人と言えば、最
近の日本だと、同じくフジ月9のガリレオ湯川とかもそうだろう。。
☆ ☆ ☆
変わり者の天才・デュパンが活躍するポーの小説は、短編3本のみで、そ
の最後の作品が、『盗まれた手紙』だ。公式の日付けは1845年だけど、実
際は44年12月に発表されてる。英語版ウィキペディアより。今から170年
前、19世紀半ばのことだ。
この小説は、フランスのカリスマ精神分析家、ラカンが論文や講義(「盗まれ
た手紙についてのセミナー」)で構造主義的に解釈。それを同じくフランスの
哲学者、デリダが批判=脱構築したことでも知られてるが、あくまで現代思想
という限られた世界の話だから、一般にはほとんど馴染みが無い事だと思う。
またしばらく後、ドラマと無関係の別記事で扱いたいと思ってる。
あらすじは次の通り。青空文庫で翻訳&公開されてる小説や、ウィキソース
で公開されてる英語原文その他から、私がまとめ直したものだ。このドラマレ
ビューを意識した簡素なまとめ方なので、念のため。
小説には小難しげな理屈や論理が混ざってて読みにくいけど、東野圭吾の
『ガリレオ』長編ほどでもないと思う♪ 物語は短いし、基本的な骨格はシンプ
ル。もちろん、名探偵デュパンが鮮やかに事件を解決してくれるから、それな
りの爽快感もある。表面的には。。
デュパンと友人(語り手)の元へ、パリの警視総監Gが登場。未解決
の奇妙な事件について語り出す。
──高貴な婦人が非常に重要な手紙を受け取って、テーブルの上
に置いてた時、大臣Dがやって来る。Dはその手紙の重要性にすぐ
気付いて、別の物とすり替えて盗む。貴婦人はそれに気付いたけど、
周囲の目線を気にしたために、阻止することができなかった。
Dはその手紙を悪用して、権力を行使してるので、まだ身近に手紙
を持ったままなのは間違いない。ところが、警察がいくら探しても、そ
の手紙は見つからないので、困りはててる。。──
デュパンの助言は、「屋敷をもう一度完全に探す」ことだった。一ヶ月
後に警視総監Gが再びやって来て、やはり見つからないとボヤくと、
デュパンはいきなり盗まれた手紙を引き出しから取り出して、Gに手
渡す。驚いたGは、高額の報酬の小切手をデュパンに渡した後、無言
で部屋を飛び出した。
その後、デュパンは友人に種明かしする。デュパンが大臣Dのもとを
たずねると、予想通り、手紙は隠してなかった。すぐ見える場所に置
いてたのだ。デュパンはそれを、偽の手紙とすり替えて取り戻した。
まるで、Dが貴婦人に対して行った犯罪を反復するかのように。。
☆ ☆ ☆
この小説。表面的に読むだけなら、それほど『恋仲』と似てるわけでもない。
女性が大切な手紙をすぐ分かる場所に置いて、悪い男が気付いて盗む。と
ころがその男も、すぐ分かる場所に置いてたために、取り戻されてしまう。あ
と、悪い男が盗んだ時、代わりに「偽物」をそれとなく置く。葵にはフラれたけ
ど、俺たち(翔太&あかり)は運命的に出会った、という「誤った思い」を、あ
かりの心に。この程度の類似であって、もちろん、小説に恋愛という要素は
見当たらない。
でも、さらに突っ込んで分析・解釈すると、興味深い点に色々と気付いて来る。
まず、小説のタイトル。「盗まれた手紙」の元の英語は、「purloined letter」。
これには、「遅れた手紙」とか、「遅れさせた手紙」という意味がある。
翔太が遅れさせた手紙と考えると、特に第6話と重なるのが分かるだろう。
葵は、7年間の遅れを取り戻そうとしてるけど、なかなか上手くはいかない。
葵が本物の手紙を受け取った後、代わりにあかりに渡したのが、間違った
御守りだったのも興味深い類似点。健康御守に誘われるかのように、あか
りは病院に留まり、葵の気持ちやメッセージを受け取るのが遅れてしまった。
手紙と御守りは似てないだろうと思われるかも知れないが、実は小説でも、
手紙と小切手を同種のものと考えることが可能なのだ。その場合、最初の手
紙、大臣Dが置いた偽の手紙、デュパンが置いた偽の手紙、警視総監Gが置
いた小切手という形で、具体的な内容と無関係に、延々とメッセージの連鎖
が展開する形になる。ラカンの特殊な言い回しなら、シニフィアン(何かを意味
するもの)の連鎖。文字=手紙(フランス語の lettre)の連鎖といっても同じよ
うなものだ。。
☆ ☆ ☆
『恋仲』だと、普通に見るなら、本物の手紙と本物の内容、気持ち(葵に対する
あかりの初恋)がある。でも、本物の気持ちというのは複雑で、しかも変化する
ものだから、本人にとってもハッキリとは分からない。
7年の間に、メモ用紙自体は、あかり、翔太、あかり、翔太、蒼汰と手渡されて
行く。その時々の持ち主にとって、同じメモ用紙が、微妙に異なる別の意味を持
つことになる。だからこそ、本来の相手に渡ってめでたく終了・・・とはならない。
そもそも、最初にあかりが書いた時点で、それが本心だったかどうかもビミョー
なのだ。というのも、あれは夜逃げによるお別れ寸前に慌てて書いたもので、
それまでは幼馴染の関係を続けたいという気持ちが強かったのだから。
実際、世の中だと、幼馴染の淡い思いは告白しないままのことがかなり多いだ
ろう。私の小学校時代を考えても、恋の告白なんてとんでもない事。恥ずかし
いし怖いし、絶対にムリだった。幼心が可愛くて、いいね♪
☆ ☆ ☆
ちなみに、例のラカンの解釈だと、手紙の本当の内容とは、去勢、ファルス、
欠如、欲望の存在しない対象といった概念へとつなげられて行く。女性の場
合、本質的に重要なものを持たないだけでなく、それに似た性的器官も持っ
てないから、遥かに多様な代用物を次々に所有することになる。
こうした考えに対してデリダは、それらは本当の内容ではなく、ラカンが押しつ
けた(強引に配達した)真実もどき、真理もどきにすぎない、と批判する。まる
で、無能な配達人による手紙の「誤配」みたいなものだと考えて。しかしラカン
側に言わせれば、そもそも根本的に真理など無く、多様な誤りがあるだけな
のだ。デリダの批判は的外れか、当たり前の事、ということになる。
いずれにせよ、人から人へと伝えられるメッセージの本当の意味など、なかな
か分からないし、表面的な意味はその時々で変化する。その事だけは確かだ
ろう。
例えば、葵が翔太から、『ONE PIECE』51巻に挟まれたメモを受け取った時、
本当の内容はあかりの初恋だと思ったはず。ところが今回のラスト、三浦家特
製のカレーを作って、「合格おめでとう」のケーキまで買って待ってたのに、あか
りは連絡さえよこさず、ドタキャンしてしまった。当然、例のメモの意味が、葵の
心の中で変わるはずだ。それはまるで、また別のものとすり替えられたような
ものなのだ。。
☆ ☆ ☆
最後に、もう一言、思想的な話を書き添えとこう。実は私がこのレビューを書い
た一つのキッカケは、朝日新聞・朝刊(2015年8月23日)に掲載された、実力
派の社会学者・大澤真幸の書評記事だった。戦後70年シリーズの一つで、見
出しは「苦闘する思想」、「敗戦の傷を乗り越える力に」。
丸山眞男移行の戦後思想をごく簡単に振り返った後、最後はこう締めくくられ
てる。
・・・・・・敗戦は、国民的・世代的な「郵便的誤配」ではないか。
戦前・戦中世代がわれわれに遺した願望をそのまますべて叶
えるわけにはいかなくなったのが、つまりは前世代からの手紙
をそのまま受け取るわけにはいかなくなったのが敗戦なのだ
から。この誤配を活用し、未来への希望へと転ずることができ
れば、日本の戦後にまさに「思想」があったことになる。
メッセージの誤った受け渡しは、そうしたポジティブな活用につながるだけで
はない。『恋仲』なら、翔太がメモを盗んで、他のものをあかり達に渡した(=
それとなく、もたらした)ことによって、翔太&あかりの絆が深まってる。そこ
へさらに、偽の「手紙」(御守り、50万円など)も加わるから、葵&あかりの結
婚はまだまだ「遅れ」ることになるのだ。
☆ ☆ ☆
まあ結局、第6話の一番大切なメッセージは、男も料理ができないとダメって
ことなのかも♪ 私が最後にカレーを作ったのは、小学校の家庭科の時間で、
ほとんど女子にまかせっきりだった(笑)
軽く反省したフリをした所で、もう時間切れ。これ以上、記事を遅れさせるこ
とは出来ない♪ それでは今日は、この辺で。。☆彡
cf. 葵へ 待っ(てるから) あかり~『恋仲』第1話
「有心論」、心に神=キミが有るから・・~『恋仲』第2話
斜めから復活、鯛焼きシャチホコの初恋~第3話
PUNGENS(プンゲンス)、刺々しい裏切り~第4話
二重化というアート=技術~第5話
フィクションの建築、人間の設計~第7話
100年続く家で、エバートラベル(永遠の旅)~第8話
普通に輝きを増すノームコア~『恋仲』最終回
(計 4944字)
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