吉田松陰「かくすれば・・・大和魂」出典と新渡戸『武士道』~『怪盗 山猫』第3話
疲れた。。たった一つの文章の出典をこれほど探し回ったことはない。何
と、3時間もネット探索してしまった (^^ゞ その分、レビューにかける時間
を削ることにしよう。まだ完全じゃないけど、謎の8割くらいは解明できた♪
今回のポイントは、「テンメイ」が省略されて単なる「ユウキ」になってたこ
と(笑)・・・じゃなくて、山猫(亀梨和也)が語った吉田松陰(よしだ・しょうい
ん)の和歌。
「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」
いかにも政治的なリベラル派(=左派)が批判しそうな言葉だし、ちょっと
危ないものを含んでるのも事実。「やまとだましい」が国家と結び付くと、
神風特攻隊的な行為にもなりかねない。
とはいえ、私も含めて共感する日本人は多いはず。実際、明治時代の新
渡戸稲造も『武士道』で引用してるし、平成のドラマ視聴者のツイートも好
意的なものが並んでた。普通に松陰の言葉の意味を解釈するとこうなる。
「密航を企てれば いずれ投獄その他の処罰を受けると 知りながら
日本のために自分が外国へ行かざるを得ない 私の大和魂」。
幕末、1854年(嘉永7年=安政元年)のことだった。吉田松陰(1830
~1859)は尊王論者の長州藩士で、満29歳(数え年なら30歳)で刑
死。画像はウィキメディアより。山口県文書館の資料で、パブリック・ドメ
イン(公的所有)。
☆ ☆ ☆
さて、この短歌はネットのあちこちに溢れてるが、いつもの事ながら、正確
な情報はほとんど見当たらないし、間違ってる(と思われる)情報もある。
代表的なのが、『幽囚録』とか『留魂録』を出典として挙げたもの。これら
の著書は近代デジタルライブラリーその他で公開されてるが、例の和歌
は見当たらない。
多かったのは、兄への手紙で書いたとか、江戸の牢獄(伝馬町獄)に送
られる途中、高輪・泉岳寺の前で詠んだとかいう情報。このどちらかだけ
を書いてるサイトが多いが、これは両方とも正しいようだ。つまり、山口県
の下田で投獄されて、江戸に移送される途中(到着寸前)に和歌を詠ん
で、その年の暮れ、兄・杉梅太郎への手紙に書いたらしい。
では、その手紙はどこで読めるのか。これがなかなか分からなくて、ほと
んど諦めそうになった。かの有名な国語の専門家、齋藤孝の『日本人の
心はなぜ強かったのか』をGoogle booksで見ても、「獄中から出した手
紙」としか書いてない。pdfファイルの論文を調べても、出典なしで済ませ
てる。もちろん、ウィキペディアやウィキソース、ウィキクォートにも無い。
試しに、松陰全集で書簡を調べると、あまりの多さに困惑 (^^ゞ それでも、
しらみつぶしで調べてしまうのがマニアの哀しい性(さが)。「そんな事をす
れば 膨大な時間と労力を費やすものと 知りながら やむにやまれぬ
マニア魂」なのだ♪
☆ ☆ ☆
では、正解を書こう。手紙は1854年(安政元年)12月8日付けで、普通
に読めるものだと、近代デジタルライブラリーの吉田松陰全集・第5巻(岩
波書店、1935)に収録されてるのだ(p.269-p.272)。和歌の掲載は
p.271。
「かくすれは かくなるものと 知ながら 已ムニ已マれぬ 大和魂」
右側の説明も松陰が自分で書いてるようだ。ここまでで、2時間経過♪
残りの1時間は、手紙の現物探しに費やすハメになったわけ。この全集
が出版された時点では、「東京市吉田茂子所蔵」と書いてるけど、既に
80年経過。そこから、いつ、どうなったのか、いくら探しても情報が出な
かった。
一応、手紙の現物らしきものの写真は、個人ブログで発見。たぶん本物
だと思うけど、諸々の事情を考慮して、紹介は差し控えることにしよう。気
になる方は、Googleの画像検索をお試しあれ♪ 画像の右端に、松陰
の達筆で「下田獄中の歌」と書いてる画像(1つしかないはず)がおそらく
本物。ところがなぜか、資料館、歴史館、展示の類を検索しまくっても、他
の情報が出て来ないのだ。1時間頑張って、マニア魂も白旗。。_| ̄|○
☆ ☆ ☆
一方、第1話レビュー、第2話レビューでも扱った、新渡戸稲造の『BU
SHIDO』(武士道)だと、第16章「IS BUSHIDO STILL ALIVE?」
(武士道は今でも生きてるか?)に書かれてる。下は毎度お馴染み、イ
ンターネット・アーカイブより。余計な線は、私が引いたんじゃないので
念のため(笑)
Full well I knew this course must end in death;
It was Yamato spirit urged me on
To dare whate’er betide.
この道が死で終わることを、私はよく分かってた。
何が起きるにせよ、敢えて行動するよう、私を
駆り立てたものこそ、ヤマト・スピリットだった。
ちなみに、この新渡戸の英訳は、深読みすれば間違いとまでは言えな
いし、本質を突いてるかも知れないが、歴史的に正確ではない。
当時の知識だと、新渡戸が語るように、松陰が「死刑になる前夜に書か
れた」一節だとされてたのかも知れないが、これは間違い。死刑になっ
たのは歌を詠んだ5年半後で、直接的には別の理由によるものだった。
新渡戸だけ読んだ人から、誤解が拡散してるかも知れない。。
☆ ☆ ☆
最後に、ドラマのストーリー(物語)との関連について。もちろん、山猫自
身だけじゃなく、やたら濃い顔の達郎(加藤諒)のことを語る形になってた
わけだ。
「飛び込めば 銃弾で死ぬことは 知りながら 赤松杏里=セシリア
(中村静香)のために飛び込まざるを得ない 僕の愛」
怪しいブレスレット(腕輪)のおかげで杏里に看取ってもらえて幸せだと
語る切ない姿が、涙を誘ういいシーンだった。ちょっと暑苦しいけど♪
って言うか、彼、まだ25歳なわけね(笑)
ちなみに、滝川(浅利陽介)に向けて山猫が叫んでた台詞の後半は次の
通り。最初の7つの徳目は、『武士道』の第3章~第9章のタイトルだ。
「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義!
かつての日本人なら誰もが兼ね備えていた資質だった。
けど俺たちは、いつしかその心を忘却の彼方へおきざりにした。
それでも それでも侍の魂を持った人間はこの国にいんだよ!
確かにいるんだよ!」
☆ ☆ ☆
なお、『武士道』がらみの数字の暗号は、ページ数、行数、左から何文
字目かを書き並べてたんだと思うけど、ドラマで使ってる本が不明だか
ら解読不能(だと思う)。英語の原書で解読を試みても無駄だろうし、訳
書はおそらく脚本家・武藤将吾のオリジナルだと想像する。
今週は計13483字で終了。2週連続で2万字弱だったから、自粛した。
それでは、また来週。。☆彡
cf. 新渡戸稲造『BUSHIDO(武士道)』、英語原文~『山猫』第1話
節義・道義、新渡戸『武士道』&真木和泉『何傷録』~第2話
新渡戸『武士道』における「母」と「自己否定」~第4話
生、死、そして沈黙~第5話
笑顔と任侠、野ブタ、武士道~第6話
生きるべきか、死ぬべきか・・~第7話
誕生日違った山猫死ね!~第8話
死ぬ恐怖、殺す快楽~第9話
維持に負けた改革、音痴の「上を向いて歩こう」~最終回
P.S. 第3話視聴率は11.1%という噂。まだ未確認で、ウィキペディ
アの数字の出典は個人サイト(その後、確認)。
(計 2758字)
(追記 167字 ; 合計 2925字)
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コメント
検索探偵テンメイ様、お疲れ様でございました。
素晴らしいインターネットのない世界で新渡戸稲造がどのようにこの引用ミスに至ったのか・・・。
妄想すると楽しいですな。
「留魂録」には「身はたとひ武蔵の野辺に朽ぬとも留置かまし大和魂」という「大和魂」の歌があります。
時系列的には
「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」が先行しているわけです。
松陰の刑死に至る経緯を伝え聞いていれば・・・
「死刑になる必要もないのにあえて自白して死刑になった」ニュアンスがありますので
「四十七士を悼む歌」が
頭の中で置換されてしまう。
あの歌がこの歌だ・・・。
痛恨の引用ミス!
まあ・・・そういうことも指摘されてしまう・・・
恐ろしい時代でもございますねえ。
投稿: キッド | 2016年2月 1日 (月) 20時50分
> キッドさん


ご丁寧なレス、どうもです
基本的に、男の子は探究心が強くて
マニアックなんでしょう。
スカートめくり(死語?♪)なんていう
昭和のいたずらも、その特殊な例の一つ
ただ、一般男性にとっては、社会的に
認められる形へと昇華した方がいいですね。
研究とか、マニアック・ブログとか(笑)
フィクションの場合だと、もっと妖しい形、
あぶない形で探究心を表現することが可能。
それが『山猫』も含めた事件ものとかミステリー。
あるいは、一部の男子用の特殊映像とか♪
考えてみると、検索どころか「調べる」という
作業全般が、かなり現代的なことかも知れません。
情報、手段、時間が必要だし、調べた事を
公開する場がないと意欲も湧きにくい。
あと、他人が書いたものの正しさをチェックする
というのも、現代的なことかも知れませんね。
昔はそのまま受け入れる、学び取るのが普通でしょう。
新渡戸の『武士道』における引用や言及の仕方も、
非常に素直なものになってます。
まあ、今も基本的には素直なままとも言えますが、
一部のターゲットにだけ激しいアタックが生じます♪
これはネットが生んだ集団現象でしょう。
松陰のもう一つの「大和魂」は、追記しようとして
忘れたままになってました(^^ゞ
おかげで、書く手間が省けたかも♪
赤穂浪士の話は、僕はわざとスルーしてるんですよ。
というのも、出典の手紙で疲れて、赤穂浪士や義士の
話の真偽や詳細を調べる余裕が無かったもんで(^^ゞ
そもそも、この種の歴史ネタは、僕の苦手な分野だし。
いずれ、古文書やくずし字にはチャレンジしたいですね。
そうすると、色んな出典を現物で読めます。
まあ、引き延ばしてる間に、無料の実用的ソフトや

アプリが普及するかも知れませんが♪
これは語学全般にあり得ること。
恐ろしい時代でもあり、素晴らしい時代でもありますね。
ではまた。。
投稿: テンメイ | 2016年2月 4日 (木) 02時11分