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点字を「南無阿弥陀仏」で表す換字式暗号~江戸川乱歩『二銭銅貨』(追記:頭脳王)

☆追記: 22年1月、関連する別記事を新たにアップした。

 ポリュビオスの暗号(表)と解読方法の実例・解説~江戸川乱歩『黒手組』&ドラマ『真犯人フラグ』第14話  )

   

  

     ☆     ☆     ☆

日本の著作物の著作権保護期間は、基本的に死後50年とされてる。そのため、日本の本格推理小説の草分け、江戸川乱歩(1894~1965)の著作権が切れて、無料の電子図書館・青空文庫で公開され始めた。

   

死後50年目の翌年の元日から公開可能となるので、乱歩の場合2016年1月1日から。今日(2月4日)の時点で公開されてるのは3作のみで、その1つが「デビュー作」とされる短編、『二銭銅貨』だ。発表は1923年だから、100年近く前。ウィキペディアによると、当時はまだ「探偵小説」と呼ばれてたらしい。

   

私は恥ずかしながら、つい先日まで『二銭銅貨』という小説を知らなかった。単に、著作権が切れるとか切れたとかいう話をネットで見かけて、青空文庫に飛んだ時、一番面白そうな題名だと思ってクリックしただけのこと。他の2作品はまだ読んでないけど、これを選んで正解だった気がする。デビュー作だし、物語の構成も暗号も興味深かった。

   

ところで、江戸川乱歩というペンネームが、19世紀前半の米国作家、エドガー・アラン・ポーから来てるという話は有名だろう。そのポーという名前が、『二銭銅貨』の中で「ポオ」として出てるし、この小説がポーの短編『盗まれた手紙』と少し似てるのも明らかだ。私はたまたま去年の夏、『盗まれた手紙』と関係するドラマレビューを書いてるので、後ほど2作品を比較してみよう。

   

   

         ☆          ☆          ☆

まずは、あらすじから。当然、ネタバレになるので、知らない方はまず青空文庫その他で直接読むことをお勧めする。ポーの小説も邦訳で公開中。

  

 「私」と松村武が、2人で貧乏生活を送ってる頃、5万円が盗まれた事件が話題になった(注. 大まかに言うと今なら1000倍で5000万円)。犯人は捕まったが、隠し場所については黙秘したまま。2人も、大金が欲しいと羨む。

  

 ある日、松村は家で、奇妙な二銭銅貨に気付く。よく見ると、表と裏がはがれるようになってて、中にあった紙きれに暗号が書かれてた。

  

 陀、無弥仏、南無弥仏、阿陀仏、弥、無阿弥陀、無陀、弥、無弥陀仏、無陀、陀、南無陀仏、南無仏、陀、無阿弥陀、無陀、南仏、南陀、無弥、無阿弥陀仏、弥、南阿陀、無阿弥、南陀仏、南阿弥陀、阿陀、南弥、南無弥仏、無阿弥陀、南無弥陀、南弥、南無弥仏、無阿弥陀、南無陀、南無阿、阿陀仏、無阿弥、南阿、南阿仏、陀、南阿陀、南無、無弥仏、南弥仏、阿弥、弥、無弥陀 仏、無陀、南無阿弥陀、阿陀仏、

   

 松村は「私」から、銅貨を手に入れた経緯を聞いた後、牢獄の泥棒が外部の仲間に伝える暗号メッセージだと考える。南無阿弥陀仏の6文字を使った暗号なので、まず真田氏の家紋「六連銭」(むつれんせん)をイメージし、それに似た点字との対応を発見。わざわざ盲人の按摩(マッサージ)を頼んで、点字を教えてもらい、暗号を解読。5万円の隠し場所に行き、大金を家に持ち帰った。玩具(おもちゃ)の偽札の中に隠してたのだ。

   

 自分の頭の良さを、松村が「私」に話し終えると、私は爆笑する。その暗号は、別の読み方をすると「ご冗談」。実際、松村が持ち帰ったのは、単なる偽札だった。実は、「私」が仕組んだ壮大なイタズラに、松村が引っ掛かったのだ。知恵比べの勝者は、私。。

   

  

     ☆     ☆     ☆

物語的なポイントの一つは、偽札の中に本物のお金を隠すという発想。これは、ポーの『盗まれた手紙』と似たパターンだ。ポーの場合、手紙は名刺入れに差したままで、誰でもすぐ見える場所に隠されてた。だからこそ、警察はまったく気付かなかったのだ。

   

見えない場所に隠すのではなく、すぐ見えるけど気付かない場所で、背景に融け込む形で置く。これが共通する本質的な隠蔽トリック。

   

それだけでも、当時だと盗作とかコピペと騒がれることはなかっただろうけど、乱歩は遥かにヒネッた話に変えてた。オモチャの偽札の中に本物の紙幣を隠したと見せかけて、実は単なる偽札。おまけに、松村が巧みに事件を解決したと見せかけて、実は騙されただけ。

   

こう見ると、ポーよりも2ヒネリ上の推理小説のように感じられるけど、ポーにも乱歩と違う長所がある。それは、盗まれた手紙の内容が何なのか、結局ハッキリしない点。だからこそ、高度に抽象的な解釈の余地が広がるわけだ。例えば精神分析家ラカンとか、哲学者デリダのように。もちろん、実はポーの小説でも事件は解決してなかったという見方さえ、可能だろう。。

   

一方、『二銭銅貨』にはシャーロック・ホームズへの言及もある。ホームズと相棒ワトソンの間で、「私」と松村のような知性バトルがあったかどうか、ちょっと思い出せない。何しろホームズは小学校以来ご無沙汰なもんで。。

  

   

      ☆       ☆       ☆

それではいよいよ、暗号の謎解きについて。これは、小説自体にキレイな解読表が付いてるのだ。丸ごとコピペするのは気が引けるので、冒頭だけ引用させて頂こう。

   

160204a

   

上段が元の暗号(6文字の有無)。中段が、対応する点字(6つの点の有無)。下段が解読されたカタカナの文章。

  

南無阿弥陀仏を左上から右下へと配列して、点字の代わりにしてある。ちなみに下は、NHK大河ドラマ『真田丸』のロゴの縮小コピペで、六連銭が背景となってる(円の中に正方形)。点字を横向きにしたデザインだから、六文字→六連銭→点字というイメージの連鎖はわりと自然な流れだ(単なる軽いネタ)。

   

160204b

 

 

 

結局、「 ゴケンチヨーシヨージキドーカラオモチヤノサツヲウケトレウケトリニンノナハダイコクヤシヨーテン」が元の文。つまり、「五軒町の正直堂から玩具の札を受取れ、受取人の名は大黒屋商店」という意味で、松村は大黒屋商店のフリをして、オモチャに見せかけた本物の紙幣を受け取った・・・と思ったら、単なるオモチャだったわけ♪

   

さらに、先頭から8文字ずつ飛ばして、9文字ごとに読むと、「ゴ ジ ヤ ウ ダ ン」、つまり「ご冗談」になる。ウィキによると、乱歩自身はこれを不自然だと思ってたらしいけど、換字式暗号からさらに「分置式暗号」へと進んでるわけで、松村をからかう技としては気が利いてる。

   

参考までに、日本点字普及協会の点字一覧表の冒頭も添付しとこう。

   

160204c

   

   

     ☆     ☆     ☆

最後に、暗号の本質について。要するに日本語のかなだと、基本的には50音プラスαを表せればいいのだから、6つの単純な記号の有無で間に合う。6つのそれぞれが有るか無いかで、 (2の6乗)=64通り。「ILOVEU」(アイ・ラブ・ユー)のアルファベット6つでも可能。「陀」の代わりに「E」と書けばいい。

    

より一般的には、6種類の記号のそれぞれに2パターンあれば十分。代表的なものが、1と0を並べた二進法の数。例えば、上の表の「ケ」なら、「110101」と書けばいい。

   

6つ以上の文字でも、例えば「南無妙法蓮華経」の前6文字とか、後ろの6文字を使えば間に合う。さらに言うなら、6文字は十分条件ではあっても、必要条件ではない。5文字以下でも可能だろう。というのも、点字で濁音「ゴ」を表す時とか、2個の点字を使ってるからだ(表の左端)。二進数を使うなら、「ゴ」=「000010  010101」。

   

これなら例えば、「ガ行」を1011(つまり11番目)、母音の「お」を0101(つまり5番目)として、「ゴ」=「1011  0101」と表せる。つまり、4文字を2単位組み合せても一応できるのだ。

  

   

      ☆       ☆       ☆ 

4文字だと実用性は微妙だけど、点字と違って暗号は読みにくくするものだから、別にいいだろう。単なる私の思い付きで、現実やフィクションでの使用例は知らないけど、あっても不思議ではない。

   

なお、『二銭銅貨』には他のウンチクも含まれてたから、関連する別記事をいずれ追加したいと思ってる。とりあえず、今日はこの辺で。。☆彡

   

   

cf. エドガー・アラン・ポーの小説『盗まれた手紙』との比較~『恋仲』第6話

   

  

P.S. 日テレ『頭脳王 2019』で、「輪廻転生」が答になる問題が出題された(2月15日)。

   

190216e

   

190216f

  

      

P.S.2 乱歩の別の人気小説とドラマをレビュー。

 人間に戻りたくなった椅子、屈折したSM的欲望~江戸川乱歩『人間椅子』(NHKドラマ&原作小説)

   

           (計 3175字)

   (追記215字 ; 合計3390字)

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