生、死、そして沈黙~『怪盗 山猫』第5話
今井俊介さんの婚約者だったんですよね。
2年前、どうして父は今井さんに
大事な情報を渡したんでしょうか。
部下に打たれて、信頼した人に裏切られて、
これじゃ無駄死にじゃないですか。
父は託したんです。今井さんに。
なのにどうして裏切ったんですか。
父は命に代えてでも暴こうとしたのに、
どうして今井さんは裏切ったんですか。
『山猫』第5話のラスト近く。さくら(菜々緒)はバー「STRAY CAT」(野良
猫)に現れ、ジャーナリスト・今井の元・婚約者だった店主・里佳子(大塚
寧々)に詰め寄ってた。インスタグラムでスパムコメントとの闘争を宣言す
るくらいだから、元気がいいのだ♪
もちろん、理不尽な責めだとさくらも分かってるが、母親的存在への甘
えのようなものもあったんだろう。「母」里佳子は「娘」に、「ごめん」と謝っ
てた。ごめんと言えなければ人間じゃない設定のドラマだから♪ そうゆ
う理由か!
確かに、里佳子が今井と別れずにいれば、今井はさくらの父・霧島源一
郎(中丸新将)を裏切らなかったかも知れない。里佳子が今井を、「正し
い」道へと引きとめたかも知れない。
ただ、それは今井が殺される時期を早めた可能性もあるし、結局、売れ
ない硬派の雑誌『PROVE』(証明する、という意味の英単語)が不正を
暴いたところで、社会的にはほぼ黙殺されるだろう。実際、視聴率10%
程度のテレビドラマで大きく扱っても、「山猫 PROVE」のツイッター検索
で何もヒットしないのが現実だ♪
それに対して、「山猫 皆藤愛子」の検索なら、多数のツイートがヒット。
「山猫 豚キムチ」、「山猫 炭坑節」でも、かなりヒットする(笑)。これが一
般社会とかネット、メディアというものだ。良し悪しは別として、そうした現
実を、脚本家・武藤将吾はよく分かってることになる。。
☆ ☆ ☆
さて、命がけで警察の不正情報を託したさくらの父を、今井は裏切った(ら
しい)。しかし、その今井も殺されたのだから、命がけだったと言える。今井
を命がけに導いたのは、直接的にはさくらの父だが、元々、今井のジャー
ナリスト魂がその方向に導いたとも言えるだろう。
他にも、ソクラテス・・・じゃなくて福原刑事(渡部豪太)が殺されたし、森田
刑事(利重剛)も警察署内で自殺した感じの終わり方だった。ある意味、
「悪者が自業自得で死んだだけ」だが、
「一言で語っちまうと、報われねぇのが人間だ」
(by 山猫=亀梨和也)
誰の人生でも、一言で語ってしまうと報われない。山猫自身も、「勝手な思
い込みで違法行為を繰り返してるナルシストに過ぎない」と語っちまうと報
われねぇわけだ。それがよく分かってるからこそ、霧島刑事は死の間際、
山猫に愛ある忠告を残してた。
「山猫、お前は間違ってる。そうゆう世の中にしないとな。」
裏返して言い直すと、今現在はまだ、そうゆう世の中になってない。だ
から、お前は間違ってると言い切れない、ということになる。
家族向けテレビドラマのフツーの流れなら、最後は山猫が世の中をある程
度変えた後、「自己否定」して消え去るのが自然だろう。といっても、まだ継
続中の原作ものだから、ドラマ脚本の自由も制限されるのだけど。。
☆ ☆ ☆
ところで、「死」というものは、「生」との二分法で語られがちだが、この二つ
をもっと連続的・部分的にとらえる見方は昔からある。
考えてみると、我々の身体も心も、絶えず「部分的な生死」を繰返してるわ
けだし、身体がすべて死んでも魂は残るという考えは、古今東西しぶとく健
在だ。4年半前の日本でも、東京大学医学部教授・矢作直樹の著書『人は
死なない』が話題になった。
今回のドラマでは、生と死の中間が、比喩で強調されてたのだ。それこそ、
生きながらの沈黙。山猫はお遊び的なノリで、延々と口を封じたまま活躍
し続けた。ある意味、沈黙は死だが、沈黙したままの生にも意味や意義が
ある。
そのことを山猫は、タブレットの文字・音声会話機能で遊びながら、体現し
てた。ということは、霧島刑事を裏切って、不正情報について沈黙し続けた
今井の2年間も、意味があるのだ。実際、雑誌の最終号で密かに不正を
「PROVE」(証明)したし、死後にも、不正暴露の流れを手助けしてた。
ちなみに、謎の「ウロボロス」も、生と死の狭間で存在し続けるものの象徴。
自分を食べながら、生きる自分。死につつ生き、生きつつ死ぬ、永遠の循
環構造なのだ。下はウィキメディア、lhcoyc氏の作品で、パブリック・ドメ
イン(公的所有)。
☆ ☆ ☆
結局、トータルで見ると、「人は死なない」と言えなくもない。沈黙という部
分的な死を選んでも、生物学的な個体死を迎えても、完全な無、絶対的
な死になるわけではない。
ただ、この種の考えはしばしば、「普通の意味で死ぬことは、実は大した
事ではない」というような考えや行動につながりがちだから、くれぐれも注
意する必要がある。短絡的な他殺や自殺、自死、自爆、命がけの冒険を
称揚する話ではないのだ。
その点は、新渡戸稲造『武士道』でもハッキリ示されてた。ドラマ第1話で
も、生きることの方が真の勇気となる場面があることが語られてたのだ。
リストカットという部分的な死を選ぼうとする真央(広瀬すず)に対して、山
猫から。
切腹という儀礼的な自殺も、武士の名誉という形で「生き延びる」ための行
為と言えるが、当然、その時を選ぶことが重要になる。霧島刑事は無念の
死であったとしても、「無駄死に」ではないはず。その点は今井も同様だろう。
今井が本当に霧島刑事を裏切ったのかどうかも、まだ分からない。。
☆ ☆ ☆
新渡戸の著書との関係は微妙だが、日本では新渡戸以上に有名かも知
れない『葉隠』(はがくれ)でも同様。新渡戸は武士の子だが、葉隠の著者・
山本常朝(つねとも、じょうちょう)は江戸の武士だ。冒頭に掲げられた次
の一節は、非常に有名だろう。
「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」
(葉隠聞書一、教訓)
原書の画像は、佐賀大学電子図書館・小城鍋島文庫より。左端に、有名
な一節の原文がある。
普通に読むと、細かい理屈は抜きで、とにかく死ぬことが武士の道だ、とい
うようにも解釈できてしまう。使い方によっては、ハイリスクな古典。「犬死」
などと呼ばれても関係ない、ということまで書かれてる。
ただ、よく読めば、常に死ぬ覚悟でしっかり生きることを説いてるわけだ。実
際、この著作が聞き書きによって作られた時、著者は既に60歳近く。当時
としてはかなり長く、「死ぬ事」ではないことを続けてたわけだし、そのおかげ
で現代日本にも「生き続けてる」ことになる。
☆ ☆ ☆
ドラマに戻ると、原作は別として、登場人物たちが自分以外の大きなものの
ために命をかけてるのは事実。だからといって、保守的とか右翼的という訳
でもなく、もちろんリベラルとか左派でもない。
結局、ストーリーがどの辺りに落ち着いて、視聴者がどう受け止めるのか。
カワイイ猫のお面やカップ麺、おもらしくらいしか記憶に残らないのか。そ
の辺りをしっかり見て行きたいと思う。自らの生死も見つめつつ。。
なお、今週は計16034字となった。沈黙とは程遠い生の状況を再確認し
た所で、今日はこの辺で。。☆彡
cf. 新渡戸稲造『BUSHIDO(武士道)』、英語原文~『山猫』第1話
節義・道義、新渡戸『武士道』&真木和泉『何傷録』~第2話
吉田松陰「かくすれば・・・大和魂」出典と新渡戸『武士道』~第3話
新渡戸『武士道』における「母」と「自己否定」~第4話
笑顔と任侠、野ブタ、武士道~第6話
生きるべきか、死ぬべきか・・~第7話
誕生日違った山猫死ね!~第8話
死ぬ恐怖、殺す快楽~第9話
維持に負けた改革、音痴の「上を向いて歩こう」~最終回
(計 3043字)
(追記 89字 ; 合計 3132字)
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