生きるべきか、死ぬべきか・・~『怪盗 山猫』第7話
To be, or not to be, that is the Question:
Whether 'tis Nobler in the minde to suffer
The Slings and Arrowes of outragious Fortune,
Or to take Armes against a Sea of troubles,
And by opposing end them:
生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。
どちらが高貴な精神だろうか。
凶暴な運命が投げつける石と矢に耐えることか、
あるいは、無数の困難に対して武器を持ち、
立ち向かい、終わりにすることか。
(シェイクスピア 『ハムレット』、第三幕・第一場。
英語原文は電子図書館グーテンベルクからの引用。日本語訳はテンメイ。)
☆ ☆ ☆
素晴らしかった。一瞬だけ映った、藤堂健一郎(北村有起哉)の新・美人秘書
が♪ 細かっ! 手錠姿で監禁されて身悶えする赤松杏里(中村静香)も、い
いね♪ 足枷もあればもっと良かった・・・って、アブナイわ! って言うか、どう
ゆう振れ幅だよ!
格調高くシェイクスピアでスタートして、いきなり萌え系つぶやきに跳ぶと。い
や、単にブログの英語ノルマをこなして疲れたから、甘いものが欲しくなった
わけ。400年前の悲劇の英文、訳しにくっ!
たとえば最後の表現は、今の普通の英語なら、「and end them by
opposing」だろう。語順が違うこともあって、「end them」(終わりにする)
の意味が曖昧になってるのだ。
私は訳文にわざと目的語を入れてない。エッ、スクロールしただけで、読んで
ない? あっ、そう♪ 終わりにする「them」とは、無数の困難であると同時に
自分自身でもあるから、訳さずにボカしたのだ。要するに、闘って死ぬべきだ
ろうか、という苦悩。闘って生きるという可能性は、ほぼ無し。。
☆ ☆ ☆
さて、視聴率10.1%で踏ん張った今回。コア(核)となるシーンは、杏里の監
禁だった♪ まだ言うか! そうじゃなくて、山猫(亀梨和也)と藤堂の討論、
ディベートだ。
もちろんアレは、正義の味方と悪の権化の対決ではないし、藤堂は論争に負
けたとも思ってないはず。裏世界での金儲けには、政治資金のためだという
言い訳も一応ある。ただ、悪事が動画でバラされて、都民にも嫌われてしまっ
たから、都知事の立場から日本を変えて行く野望は崩壊した。
それでも、「いい意味で」「バカに」なって、刑務所で必死にやり直す道もあっ
たはず。結果的に死刑としても、執行までには数年の時間があるから、本や
手記で主張を残すことは可能だった。ちなみに、派手に失脚した前・都知事
も、それなりに頑張り続けてるらしい。
ところが藤堂は、気が動転したのか、絶望したのか、死んだ母ちゃんに会い
たくなったのか。関本(佐々木蔵之介)の車にあったピストルで自殺してしま
う。折角、自殺用の毒のカプセル(?)は、山猫が取り上げたのに。まあ、ドラ
マ作りの観点だと、次の悪役・ユウキテンメイの話に切り替えたかったわけ♪
☆ ☆ ☆
これと似たパターンの物語は、古今東西、現実でもフィクションでも珍しくない。
ある意味で非常に優秀で有能な人物が、世の中のレベルの低さを嘆いて、強
引な改革を目指す。ところが最後は大きく挫折して、様々な形で消えて行く。
例えば、『美味しんぼ』騒動で妙な話題になった原作者・雁屋哲の古い代表作、
『男組』は、格闘技や武道、学園紛争のマンガであると同時に、政治思想の対
立も描いてる。極端に単純化するなら、左派が連携して右派(神竜ら)の独裁を
倒す物語であって、その筋書きはやがて、原作者の放射能鼻血批判につながっ
た形なのだ。多少、脱線気味に。
今回のドラマの場合、山猫vs藤堂は、左vs右と言うより、中立vs右と言うべき
だろう。あるいは、右派の中での、ハト派vsタカ派の対決。実際に、台詞のコ
ア(核)を引用してみよう。
藤堂 愚民が・・・。これで、この国は、立ち上がるチャンスを失った。
人が国を作るんじゃない。国が人を作るんだ。
この国の人間には思想がないんだよ。
戦争に負けてからそうゆう教育を受けて来なかったからな。
戦後レジームによって我々は闘う姿勢を徹底的に排除され、
大和魂たるものを失った。
その結果、弱腰の政治家しか残らなくなり、国民も負けの
美学をもてはやす、お気楽な人種に成り下がった。
だから私はこの国を変えようとした。
世界と渡り合える、強い日本を作ろうとした。
それの何が悪い?
山猫 悪いなんて思ってねぇよ。
いいとも思ってねぇけどな。
問題は、それが今のあんたの言葉じゃねぇってことだ。
☆ ☆ ☆
上のやり取りからも分かる通り、山猫は藤堂の考えに対して中立的なのだ。
単に、密かな金儲けの道へと逸れてしまった点を批判してただけ。
ここで、冒頭に引用した、ハムレットを思い出してみよう。彼の場合、個人的
に極度の不幸に追い込まれて、幸福どころか、平凡に生きる道さえ閉ざされ
てる。だから、苦悩と恥の中で生きるべきか、死ぬべきかという究極の選択
になる。
それに対して、藤堂の場合、不運に巻き込まれたと言うより、自分で不運を
作り出してるわけだ。こんなどうしようもない世の中に置かれた自分という
存在は、何と不運、何と不幸なんだ。それなら、自分がトップダウンで、上か
ら強引に変えてみせよう。オレが国を変え、国が国民を変える。
大筋では別に、間違ってるとまでは言えないだろうけど、今の民主主義の世
の中では、上から強引に人々をコントロールすることは悪とみなされる。だか
ら結局、藤堂は、自分で自分を悪の側に導いて挫折する、気の毒なピエロな
のだ。
☆ ☆ ☆
しかし、山猫が藤堂に説教できる立場かというと、非常に怪しいのは明らか。
巨悪に立ち向かう山猫も結局、「半ば」私利私欲のために、あまり感心しない
人生を送ってるのだ。むしろ、少し前までの藤堂の方がマシかも。
それでいて、自分に似た他人に大声で説教する辺り、山猫は藤堂以上のピエ
ロだと言えなくもない。だからこそ、山猫はあの時、自分のことを「クソガキ」と
自嘲してた。大活躍で勝ちまくるヒーロー役だから、ジャニーズの人気者が演
じてるから、多くの視聴者も彼を批判しない。そこで、自分で自分を批判するか、
本格的な強敵を待つことになる。
ひょっとすると、来週以降の最終章では、ユウキが山猫に説教する流れなの
かも。「お前のコアは何だ?」と、ユウキがたずねるとか。全10話らしいから、
まだ3話も残ってるのだ。強敵と、事の深刻さを、じっくり描いて欲しいもの。例
の古典的名作マンガ『男組』では、ユウキに相当する「影の総理」と呼ばれる
存在が登場。70年代の日本社会の状況を反映してた。。
☆ ☆ ☆
ところで、藤堂のモノローグ(独白、独り言)に戻ると、似たような話は今の
政治状況でも普通に出てるのだ。ただし、難しげな英語で、「ポピュリズム」
(populism)と称して。
この言葉、分かりやすく言うと、ポピュラー主義、ポップ主義のこと。もっとく
だいて言うなら、人気主義とか大衆主義だ。それには2つの側面がある。大
衆に合わせるという受動的な面と、大衆を動かすという能動的な面。
どちらにせよ、ポピュリズムがしばしば批判されるということは、政治家だけで
なく、その相手の大衆、国民も批判されてるということ。だから、ポピュリズム
に対する批判には、悪役・藤堂の大演説に似た部分があるのだ。
にも関わらず、テレビや新聞といったマスメディアは、国民をほとんど批判せ
ず、政治家ばかりを批判する。国民は大事なお客様だから、ごく遠回しに少し
批判するだけ。まさに、マスメディアも「悪い意味で」ポピュリズムに陥ってるの
であって、「メディアの使命は、権力に対する監視」などという綺麗事に惑わさ
れてる場合ではない。
☆ ☆ ☆
最後に、私もその一人である、国民とか大衆について。多くの日本人はそも
そも、現状を「生きるべきか、死ぬべきか」といったレベルの悲惨な状況だと
は思ってない。「笑顔」は今でも溢れてる。質的にはともかく、量的には昔より
増えてる気もするほど。ドラマ『山猫』も、3割くらいはコメディ。
選挙の時とか、まるで世の中を憂い嘆くような言葉がメディアで流れるけど、
それでは普段から政治的な生活をしてるかというと、そんな事もない。デモに
行くのもごく一部の人達で、彼らの多くにとっても稀な行為だ。典型は、数年
前に流行った反原発デモ。
失われた30年、物価は落ち着いてるし、まだまだ十分な安全も確保されて
る。妥協すれば、あるいは悟りを開けば、わりと普通に生きられるのだ。セー
フティ・ネットもそこそこあるからこそ、ホームレスの姿もあまり見なくなった。
こういう時、「茹でガエル」の比喩が出されるけど、実際にぬるま湯から茹で
あがって死んだ人というのは聞かない。人口動態統計を見ると、自殺者の割
合は、死者の50分の1。内容的に、少ないとは言いにくいけど、少数派では
ある。ここ数年、かなり減って来たのも事実。
「でも、死ぬ気になって上を目指すことは大切だ」とかいう、ありふれた言葉も、
正しいかどうかは不明。私は個人的に結構好きだが、それはまさに、藤堂の
生き方なのだから。
今はむしろ、「上に生きるべきか、自然に生きるべきか」が問われてる時代。そ
して現代日本では、自然に生きる方が流行してるのだ。可能かどうか、何が自
然かはさておき。。
☆ ☆ ☆
今回、真央(広瀬すず)は、みんながバラバラになるのを心配してたけど、流
れとしては、少なくとも真央と勝村(成宮寛貴)は日常に戻る方が自然だろう。
ちなみに原作はまだ、本屋のチラ見しかしてない。
この記事に「生きるべきか、死ぬべきか」というタイトルを付けた理由は、もち
ろん藤堂だけを意識したわけではなく、KAT-TUNを意識したもの。1年前、
たまたま ISによる人質事件の頃、『Dead or Alive』という曲を歌ってた。
「死か、生か」。
まだまだ十分、フツーに生きられるのは、彼らも同じだろう。生きる形はともか
く。休みとは、生の一部でもあるのだ。一時的なものであるなら。「ハイフン」
(カトゥーン・ファン)の総意も、「生きて欲しい」という願いだと想像する。
それでは今日はこの辺で。。☆彡
cf. 新渡戸稲造『BUSHIDO(武士道)』、英語原文~『山猫』第1話
節義・道義、新渡戸『武士道』&真木和泉『何傷録』~第2話
吉田松陰「かくすれば・・・大和魂」出典と新渡戸『武士道』~第3話
新渡戸『武士道』における「母」と「自己否定」~第4話
生、死、そして沈黙~第5話
笑顔と任侠、野ブタ、武士道~第6話
誕生日違った山猫死ね!~第8話
死ぬ恐怖、殺す快楽~第9話
維持に負けた改革、音痴の「上を向いて歩こう」~最終回
(計 4298字)
(追記 54字 ; 合計 4352字)
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コメント
ハイフン、今、地獄なのだ。
「生きるべきか死すべきか」
投稿: みに子 | 2016年3月 3日 (木) 10時09分
> みに子さん



こんばんは。
これは本人ですね♪ あっ、これ「も」か
前回、よそゆきのコメントだったから疲れて、
今回は素が出たと。
地獄っていうのは、例えばAKBの
主要メンバーのファンとかでしょ♪
指原なんて、どん底に落ちた後にトップ
個人の実力とファンの支えで何とかなりますよ
山猫も、生きろって言ってたでしょ♪
投稿: テンメイ | 2016年3月 4日 (金) 01時40分