和算の「盗人隠」算と、村井中漸『算法童子問』、柳亭種彦『柳亭記』ほか
日本の算数・数学である「和算」の問題の一つに、「盗人隠し算」とか呼ば
れるものがあることを、最近教えて頂いた。ところが、出典(和算の原書)
と共に、問題を明記してるサイトは、ネット上になかなか見当たらない。
詳しい解説も発見できてない。
そこで、和算もくずし字もほとんど知らない私が、とりあえず原書まで調
べて考えたことをまとめとこう。
☆ ☆ ☆
まず、「盗人隠し」という奇妙な言葉の意味について。浦和大学の橋本
由美子氏の論文(pdfファイル)、「算数的活動を通して学生に考える
楽しさを感得させる教材の工夫」から、ごく一部を孫引きさせて頂く。
原著は佐藤健一『和算百話』(東洋書店,2007)とのこと。
唐と日本の国境の沖に船を改める番所があります。四方を見張
れるように各方7人ずつ並んでいます。ここに盗人が8人やって
きて、「われわれは日本におられなくなったので、匿ってほしい」と
いう。「四方7人見張りだから、人数が定まっているので無理だ」
といっているのをそばで聞いていた番人の一人が7人見張りを
増やさずに8人を隠しました。
☆ ☆ ☆
引用自体はこれで終わってるので、まだ問題の形にはなってないし、
佐藤が根拠としてる古典的文献が何なのかも分からない(柳亭種彦『柳
亭記』か)。ただ、引用の下に、図や授業の実際の説明があるから、上
の引用文に似た感じの状況を色々と考えるのだろうと想像する。
戸田孝氏のサイトによると、例えば(?)、下の図のような配置とのこと。
上図の上側が最初の状況。四辺のそれぞれに、7人が配置されてる
(黒丸7コ)。この時点で、総計16人。それを、上図の下側のように変
えると、四辺のそれぞれは7人のままで、総計24人になる。つまり、
番人16人+盗人8人の全員を配置できるわけだ。
現代の算数として考えるなら、橋本氏の図の方が扱いやすい。数字が
人数で、中央は合計。四隅が同じ数ではない場合にも触れてた。
☆ ☆ ☆
そもそも、どうして番所で盗人を隠すのかが疑問だが、まあ、子ども向
けのコネタということか。「唐」というのは、単に外国を指す言葉だとい
う説明が、戸田氏のサイトに書かれてた。コトバンクで小学館『大辞泉』
や三省堂『大辞林』を読んでも、そうした意味があることが示されてる。
私は普通に、中国と考えた方が分かりやすいと思うが、単なる枝葉の
問題だし、こだわるつもりもない。
一方、和算の原典としては、平林千恵氏の発表の短いまとめ文に、
『算法童士問』(1784)と書かれてた(なぜか現在、サイトがアクセス
しづらい状況・・)。
この書名はどうも、4文字目が誤字のようで、正しくは『算法童子問』ら
しい。村井中漸著、天明4年刊行。国立国会図書館デジタルコレクショ
ンで公開されてた。
☆ ☆ ☆
第三巻の七番が、「ならべものの事」と題する問題で、「盗人隠し」と
いった言葉や内容はないが、本質的に同じ話が紹介されてる。これが
原型で、少し後の柳亭種彦『柳亭記』(江戸後期、19世紀前半くらい)
では盗人隠として面白くアレンジされたのかも知れない。
たとへば碁石十六を図のごとくなら
ぶる時 縦横によみて七づつあり 是へ
次第に一つ増に加へ 八つまで加へて
縦横七つになるやうにならべやう 左のごとし
(cf. 古典数学書院による第三巻、1936)
第一局が例の総数16の場合で、第二局は一増やして、総数十七。
第三局は二増やして総数十八。以下、次のように例示されてた。
☆ ☆ ☆
ちなみに、この書物にも解説はないので、私が軽く説明しとこう。
8つのマス目の数字を文字で表せば、要するに自然数の不定方程式
ということだ。それぞれは1~6の自然数で、各辺の和が7。4つの等式の
連立ということになる。1~6の自然数という条件が非常に強いので、完
全に解くことができるが、解の種類が多過ぎて、全部書く気になれない。
そこで、大まかな解き方だけ示そう。
上図のように、四隅の数をa,b,c,dとした時、これらの組合せが決まれ
ば、全体も決定して、総計も分かる。
a=1~6で場合分けして、さらにb≦cという条件を付ければ、機械的に
解を書き並べることが可能。もちろん、b>cの場合は、b<cの場合を
考えて、対角線a-dに関して折り返せばよい。
(a,b,c,d)=(1,1,1,1),(1,1,1,2),・・・
☆ ☆ ☆
一方、 (各辺の中央の数)=7-両端
∴ (総計)=上辺+下辺+(中段の左)+(中段の右)
=7+7+(7-a-c)+(7-b-d)
=28-(a+b)-(c+d)
ここで、a+b=2~6、c+d=2~6だから、
(総計の最小値)=28-6-6=16
(総計の最大値)=28-2-2=24
こうして、合計16から24の間で変化することが示される。したがって、
(隠せる盗人の最大数)=24-16=8 (人)
もちろん、元の番人の配置人数によって、8人から0人まで変化する。
最初の引用文の場合、8人を隠せたとされてるから、元の番人は16
人と決定。配置は、四隅が3人ずつ。その間に1人ずつ。すなわち、
第一局の図と同様だ。
☆ ☆ ☆
なお、算数的には、0人の箇所を考えてもいいはずだが、すべての
箇所を1人以上にする方が安全ということだろう。もし、0人の箇所
があれば、弱点として狙われてしまうはず。
それでは今日はこの辺で。。☆彡
P.S. 『柳亭記』の写本も国会図書館で公開されてた。
該当箇所の後半、図解の部分を引用しとこう。
くずし字はまだ正確に解読できてないが、1枚
目の右端に「盗人隠」という漢字がある。
P.S.2 直ちに、『和算百話』を自分で確認。原典とされて
いる和書には、『算法』、『柳亭』もあったが、より
早い時期のものとしては、明暦3年(1657年)の
藤岡茂元『算元記』が挙げられていた。「四方きん
ぢう」として書かれてるらしいが、国会図書館や
東北大学で調べても、まだ発見できてない。
(☆追記: 東北大で発見。下のP.S.3参照。)
一方、1612年にBachet『Problemes plaisans』で
にた話が書かれてたという話もあった。初版と1624年
の第2版をGoogle booksで流し見してみたが、無い
ような気がする。
ただし、第4版の復刻版をInternet Archiveで
見ると、私が書いた解説のような話が載っていた。
とはいえ、『和算百話』の説明とは少し違っている
ので、版によってかなり違うのかも知れない。。
P.S.3 2日後、ようやく東北大学デジタルコレクション
にて、『算元記』中巻の最後にある「四方きんぢう」
(意味不明)を発見した。四辺のそれぞれが、足し
て15になる場合をごく簡単に考えてる。
(計 2707字)
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コメント
佐藤健一先生に直接教わっている私よりずっと
丁寧で解りやすい説明です、お見事。
「盗人隠」、佐藤先生は送り仮名の”し”は省略しています。それと、0人はありです。
投稿: gauss | 2016年7月22日 (金) 00時56分
> gauss さん
おはようございます。
再びコメントどうもです。
昨夜と今朝、かなり調べ回って、
記事の末尾に追記しました。
400年前のフランス語文献は、
ネットで探し出すだけでも大変だったし、
中身を調べるのはもっと大変です。
『和算百話』にも証明は無いんですね。
まあ、厳密な話より、楽しく遊ぶところなんでしょう。
0人はありとのことですが、僕はいまだに
0と書いてる図を和算の原書で見てませんし、
フランス語の本も1以上になってました。
ご存知であれば、原書名を教えて頂ければ幸いです。
最後に、「盗人隠し」と「盗人隠」。
これは、ネット上だと「盗人隠し」と書いてる
サイトが多いし、その方が分かりやすいので、
僕も最初はそう書いてたわけです。
ただ、日本国語大辞典に「盗人隠」という項目があった
ので、それに合わせて記事タイトルを変更しました。。
投稿: テンメイ | 2016年7月23日 (土) 09時29分
0もOKの件ですが、和算中級の講義の
テキストである佐藤健一先生の著書
「数の謎解き和算塾」に問題が載っている
問41のヒントに”零も使うことも考えて
くださいとあります。佐藤先生はどこから
この問題をもって来たかははっきり書いて
ないですが、「算元記」か「柳亭記」の
可能性が高いです。情けない返事ですい
ません。
投稿: gauss | 2016年7月24日 (日) 01時05分
> gauss さん
おはようございます。度々どうもです。
さっき、ようやく『算元記』の「四方きんぢう」を
発見して、追記しときました。
ただ、『算元記』にも『柳亭記』にも、
直接的には0の話は書いてないような気がします。
Bachetも0無しでやってました。
0もアリというのは、「解釈」だろうと想像してます。
独自の解釈か、学界共通の解釈かはさておき。
うろ覚えですが、『和算百話』では、『算元記』に
触れた箇所で、0アリの場合も書いてた気がします。
各辺の和が15で、確か合計60まで書いてたと
思うので、各辺は「0,15,0」でしょう。
いずれまた、再確認してみるつもりです。
投稿: テンメイ | 2016年7月24日 (日) 09時15分
0もアリというのは、「解釈」だろうと想像してます。独自の解釈か、学界共通の解釈かはさておき。
→賛同します。私の不用意な発言で余計な時間を取らせてしまいました、申し訳ない。
投稿: gauss | 2016年7月24日 (日) 10時02分
> gauss さん
こんばんは。こちらこそ、どうもです。
残念ながら、くずし字がほとんど読めないので、
「算元記にも柳亭記にも無い」
とまで断定することはできません。
ただ、書かれてるとしても、「角の数をどんどん
減らして行く」というような大まかな話だと想像してます。
国立国会図書館まで行くと、どちらの本も
現代語で読めそうな感じですが、
なかなかそこまでの元気は出ませんね。
ただ、このレベルの古典資料まで来ると、Googleの
検索にも、相当な技術と努力が必要になるようです。
検索回数が少な過ぎるからなのか、
かなりハッキリ内容を指定してもヒットしません。
その意味で、マニアック・ブログの運営者としては、
いい勉強になったと思ってます♪
投稿: テンメイ | 2016年7月24日 (日) 23時02分