海のそば、細く真っ直ぐに・・~『ホットロード』映画&原作(紡木たく)
夜明けの 蒼い道
赤い テイルランプ
去ってゆく 細い うしろ姿
もう一度 あの頃の あの子たちに逢いたい
逢いたい・・・・・・・・・
紡木たくの原作マンガ『ホットロード』(1986~87年、集英社)と、
同名の実写版映画(2014年)は、ストーリーの大筋や台詞がか
なり一致してる。
数ある原作ものの中でも、非常に原作に近い脚本だった(吉田智子)。
目立つ違いは、原作の「あたしのいるとこ あんのかよ?」が、「生まれ
て良かったの?」に変わってた程度か。
さすが、紡木たく自身が監修した作品ということで、原作の大ファンの私
が見ても、それらに関しては違和感は無し。十分満足できた。例えば、
上で引用した印象的なモノローグ(独白)は、原作と映画で全く同じだ。
☆ ☆ ☆
このモノローグだけ、あらためて読み直しても、非常に巧みな表現になっ
てる。「夜明け前」は、暴走族にふさわしいし、まだ幼い少年・少女たちに
もふさわしい。そしてもちろん、物語の結末にも合ってる。暗く重いけど、
2人の先には光が見えてるのだ。
「蒼い道」と「赤いテイルランプ」の対比=コントラストもいいし、テイルラン
プは、ヒロイン・宮市和希(能年玲奈=のん)の立ち位置をも表してる。バ
イクで走り去る春山洋志(登坂広臣)たちの後ろ姿を見送るポジション。
「細い」というのは、少年たちのか弱さやもろさの表現でもある。今にも折
れそうな姿で突っ張ってる十代。広大な海に泳ぎ出す直前の、未熟で繊
細なビーチボーイズ&ガールズたち。湘南海岸の象徴の一つ、134
号線も細い国道で、だからこそ道を挟んだ反対側からでも、海を身近に
感じることが出来る。
そして、日本語の特徴を最大限に活かしてるのが、主語の省略。「もう一
度 あの頃の あの子たちに逢いたい」のは誰なのか。解釈の余地を広
げてるのだ。
普通に読むなら、ヒロイン・和希が、仲間たちに逢いたい。あるいは、あの
頃の自分たちに逢いたい。さらには、元気に暴れ回ってた春山に逢いた
い。十年後でもいいから。。
もちろん和希とは、紡木たくの分身だろうから、紡木たくが昔の仲間たち
に逢いたいのかも知れない。それは、読者や映画観賞者、テレビ視聴者
にとっても同じこと。暴走族とかヤンキーでなくても、中学・高校時代特有
のまぶしい姿に、もう一度逢いたいと思うことはあるはず。儚いほど繊細
な、一瞬の輝きに。。
☆ ☆ ☆
さて、今夜(木曜の夜)、映画『ホットロード』をレビューするのは、ある意
味、偶然のキッカケによるものだ。
前日にYahoo!で芸能ニュースを見てたら、金曜の夜に日テレで地上波
初放送という話を発見。ところが、オンエアを見てレビューするのは日程的
に苦しいから、先に動画配信で見てレビューすることにしたわけ。119分
(=1時間59分)の映画だから、地上波だと20分くらいカットされてしまう
はずで、その意味でも、完全版を見て感想記事を書きたかった。
そこまでこだわるということは、やっぱり単なる偶然ではないということ。
私は海のそばで生まれ育ったバイク好きで、今でも400ccバイクに乗っ
てるし、紡木たくの漫画は『ホットロード』以外もお気に入り。だからこそ、
たまたま見かけたネットの記事にすぐ反応したんだろう。
原作との出会いの記憶は曖昧だけど、夏休みにバイクで河口湖あたり
にツーリングした時、たまたまコミックを見かけたような覚えがある。私は
今では安全運転だけど、以前は必ずしもそうではなかったかも知れない
ので(婉曲表現♪)、何も考えずに真っ直ぐ「熱い道」(ホットロード)を進
む純粋な姿にすぐ共感したのだ。
紡木たくは、絵が可愛くて、輪郭の省略とかアートになってるし、言葉も
詩的で素敵で、含蓄に富む。少女マンガらしくない、目の小さい顔を描く
ところも好きだ。ありがちな、顔の半分が瞳(笑)になってる絵とは全く
違ってる。小さいと言うか、あれがリアルな目だろう。
☆ ☆ ☆
目だけじゃなく、実は、人間の姿もわりと小さめなのだ。大きな風景や自
然の中に溶け込む、小さな人間たちの姿に差し向ける温かい視線。
そもそも『ホットロード』というタイトルも、人間ではなく、道路。その点は、
最初のコミック4巻本の表紙を見ても、後のコミック2巻本の表紙を見て
も明白。
最新のコミック完全版3巻本だと、2巻以外は上半身のアップになって
るし、一昨年の映画でも、有名タレントの顔が強調されてる感はあった。
ただ、監督の三木孝浩はちゃんと本来の紡木ワールドも映してくれてる。
松竹のYouTube公式動画から引用させて頂こう。
おそらく、単なる海と灯台の風景だと思った人が多いだろうが、真っ直ぐ
な道のように見える岸壁に、チョコンと小さく、和希が座ってる。これぞ、
紡木たく♪ この、巨匠・小津安二郎の映画『東京物語』を思わ
せる静かな風景映像から、人物のアップが始まる。
ちなみに、こうしたイメージの回想ヴァージョンが、部屋で一人でしゃが
みこんでる幼い頃の和希のちっちゃい姿。たまに突然挿入されるあの
回想も、内向きの紡木たくワールドだ。
☆ ☆ ☆
一方、下の映像だと、春山よりもむしろバイクの方が大きく映されてる。
HONDAのCBR400F。チーム『THE NIGHTS』
(ナイツ)の頭が受け継ぐ黒の「ヨンフォア」(CB400Four)
の後継機種だ。
もちろんここでも、海のそばの細くて真っ直ぐな道が、岸壁に置き換えら
れて表現されてる。太陽の光の反射と春山を重ねてる点は、基本的な撮
影テクニック。
ちなみに、上のバイクがメインだったけど、伝説の「4フォア」の画像も
載せとこう。ガジェット通信の記事より引用。70年代のいわゆる旧車
だが、今でも人気を誇ってる。黒いカラーリングは特に珍しい。
そして、夜の道を走る赤いテールランプ。ここでも、人とバイクは暗いホッ
トロードへと溶け込んで行く。見えなくなるまで映してるのが、紡木ワール
ド的で、いいね、なのだ。
マンガを知らない人のために、映画公開に合わせて出版された『紡木
たく PICTURE BOOK』の表紙もお見せしよう。
上に引用した映像の意味や意図が分かるはず。青空と白い雲、輝く大地
に囲まれて、ちっぽけな少年が全力で生きてる姿が描かれてる。そして、
描かれてない画面のこちら側には、それを見守る少女の視点も読みとれ
るのだ。読者が少女なら、自然に感情移入できるだろう。
☆ ☆ ☆
一方、ストーリーの方は、初めに書いた通り、最初から最後まで原作と基
本的に同じだ。あらすじをまとめると、次のようになる。ネタバレなので、ご
注意あれ。
父が死んだ後、母子家庭で育つ14歳の和希には、居場所が無い。ママ
は高校時代からの彼氏(離婚調停中の妻帯者)に夢中だし、家の中には
亡き父の写真さえ無いほど。自分は、ママが仕方なく結婚して生んだ子
供で、邪魔者なのだ。「私、生まれて良かったの?」という問いを、胸の内
に持ち続けてる。
転校生のえり(原作では絵里:竹富聖花)の紹介で、族のリーダーの彼
女・宏子(太田莉菜)に会い、リーダーのトオル(鈴木亮平)や、「切り込
み」役の春山との出会いにつながる。春山は赤信号の交差点に先頭で
切り込んで、車の流れを強引にストップさせる、命知らずのメンバー(原
作では16歳、映画では年齢をボカしてる)。
出会った途端、和希は春山に反発するが、居場所が無くて荒れた生活
を送る2人は、次第に接近し、付き合い始める。一方、トオルから総頭の
座を譲り受けた春山は、敵対する新宿のケンカチーム「漠統」から繰返し
挑発を受け、一人で約束の場所に向かった。「止められない自分」。。
そこで春山が直面したのは、漠統やナイツの仲間ではなく、車(トラック)。
空を5m飛んだ春山は、奇跡的に意識を取り戻した後、不自由な身体で
仕事とリハビリに励みながら、2人で仲良く生きて行く。和希は、いつか春
山の赤ちゃんを産んでママになることを夢見ていた。。
☆ ☆ ☆
ようやく映画化された決め手の一つは、紡木たくが能年を気に入ったこ
とらしい。確かに、能年はハマリ役だと思う。
2013年末の撮影時点で20歳だし、身長も高めだけど、童顔と小顔、
ショートヘアのおかげで、14歳に見えなくもない。小さめでクリッとした目
も、まさに和希。紡木たく自身、あの頃の自分に逢えた気がしたかも♪
一方、春山の役の三代目J Soul Brothers・登坂は、撮影時
に26歳。原作の設定(16歳~18歳)より10歳ほども上で、しか
も演技の経験は無かったのだから、普通に考えて「大人の事情」だろう。
髪型もチリチリのパーマ頭には出来なかったようだけど、話題性や観客
動員の上では上手く行ったと言えるのかも。『GTO』がヒットした頃の
反町隆史の面影がある。
ただ、映画では春山の年齢をボカすことになったし、原作で20歳く
らいのトオル役も、30歳の鈴木を使うことになってた。要するに、春
山より4歳上ということだ。トオルの彼女・宏子役も、春山とほぼ同年
代ということで、26歳の太田が演じることになった。
全体的に年齢がかなり上がったことで、原作に数多く入ってる子どもっぽ
いおふざけや下らない口ゲンカは、大幅にカットされてる。
母親役の木村佳乃は撮影時に37歳だから、原作の設定である35歳とほ
ぼ同じだけど、もともと大人びた美人顔だから、ちょっと違和感があった。
というのも、原作の物語的には、ママもかなり幼い少女で、和希よりか弱い
感じ。要するに、恋愛も含めて、心がある意味、高校時代のままなのだ。
和希と同じ、淋しげな子猫みたいな存在。
そんな母を大人びた鈴木君(小澤征悦)が支える構図は、和希を春山が
支える姿と重なる。だからこそ、母のお気に入りのピンクのガウンも、和
希が着てたのだ。2人ともショートヘアなのも、相互的な同一化ということ
だろう(映画の母はやや長め)。
☆ ☆ ☆
キャスティングはさておき、スマホや携帯の連絡を使わず、僅かな固定
電話に留めたのは正解。基本的には、直接の生身のふれあいだ。
主題歌も良かったと思う。十代のカリスマとも言うべき、尾崎豊の『OH
MY LITTLE GIRL』(本人の作詞・作曲)。
とても小さく とても寒がりで 泣きむしな女の子さ
・・・・・・
Oh My Little Girl 暖めてあげよう
「君は口づけせがむんだ」というフレーズも、和希が春山に口で強引に薬
を飲ませるシーンと合ってる。少年と少女の2人暮らしで、朝からカニを食
べて腹痛になるというエピソードは変わってるから、作者の実体験かも♪
あそこで唇が触れ合った映像が無かったのは、登坂ファンへの気遣いか。
あるいは、原作で直接的なカットが無いことに合わせたのだろうか。ちなみ
に原作ではその後、抱き合ってる。前後の流れやモノローグから考えて、
初めて愛し合ったと考えるのが自然だろう。
共通の不幸な偶然を通じて、逆につながりが深まる。物語全体の象徴表現
にもなってたのだ。。
☆ ☆ ☆
脇役エピソードだけど、個人的に残念だったのは、担任の男性教師・高
津(利重剛)が少ししか登場しなかったこと。弟が15歳の時、バイクでふ
ざけて死んでしまったと、和希に話すシーンとか。
彼は原作だと、まともな理屈を語る嫌われ役の先生、大人の代表として、
随所にいい味を出してるのだ。母親にとっても先生となってて、三者面談の
後、母親は和希に、「鈴木さん・・・と一度 会ってほしいの」と頼む。
それがあの、衝撃的な事実との直面につながる。和希にとっての、パパと
の大切な思い出、チューリップの遊園地は、実は鈴木との思い出を歪曲し
たものだった。私はパパを覚えてるどころか、パパのライバルの男性と混
同してしまってた。唯一の心の支えである、「死んだ父」という絶対的存在が
崩れた瞬間は、「生きてる父代わりの男性」を見直すことにもなった。
中学の卒業式後の先生も、大人の素直な本音をしみじみ語ってて、好感
持てた。あれは、いまや大人になった紡木たくの思いでもあると思う。
何を見ているのか わからなかったねェ・・・・・・
激しいのと弱いのが 一緒になった様な瞳(め)で・・・
ほんとうに難しかった・・・
この先 あの瞳に映るものが・・・
あの子を強くするものであることを 願うよ
☆ ☆ ☆
時間も字数も無くなって来たので、最後に原作の最後の台詞、モノロー
グを引用して終わりにしよう。春山との「小さな夢」を語った後、いかにも
紡木たくらしいエンディング。絵里からの別れの激励が、「がんばってね
和希」と反響する中。。
あたしたちの 道は
ずっと つづいてる
細くて真っ直ぐな、熱い道。ホットロードの向こうには、まぶしく輝く広い海
が待ってるはずだ。機会があれば、原作だけのレビューも書いてみたい。
それでは、春山のコロン「TACTICS」(タクティクス、資生堂)の
画像と共に、今日はそろそろこの辺で。。☆彡
(計 5213字)
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コメント
感想‼共感できて嬉しかったです
投稿: と | 2016年7月17日 (日) 01時01分
> と さん
はじめまして。コメントどうもです。
原作ファンの方でしょうかね。
共感してもらえて嬉しかったです♪
投稿: テンメイ | 2016年7月17日 (日) 08時11分