「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』~2017センター試験・国語
(☆20年1月19日追記:最後のセンター記事アップ。
妻、隣人、そして自分・・戦争をはさむ死の影のレール
~原民喜の小説『翳』(2020年センター))
☆ ☆ ☆
5年連続、6回目のセンター国語解説となる今回。10年ぶりの体
調の悪さに苦しみつつ発表を待ってた問題文は、20時45分
頃に河合塾が公表。その時点で東進はまだだった。
試験直後からツイッターで「おっぱい、おっぱい」という短い連呼
が賑やかに拡散してた、今回の第2問・小説。大御所の女流作家、
野上弥生子(やえこ)の『秋の一日』で、問題文には「(1912
年発表)の一節」とだけ書かれてたが、元の半分ほどらしい。
(☆追記: 原作の全文を読んだ後、補足記事を別にアップした。
野上弥生子『秋の一日』2
~センター試験の省略箇所も含めた全文を読んで )
国立国会図書館の書誌情報と、文芸雑誌『ホトトギス』HPで出典
を調べた所、原作は1912年のホトトギス第15巻・第4号
で発表。p.34-38、p.40-44となってるから10ページ
構成だ。途中の空きページには挿絵があったのだろうか。
ちなみに、この記事を読む人の大半は受験生と大人だろうが、
大人の方々にたずねてみたい。
ツイッターの無邪気な声に、涙がこみ上げましたか?
小説の主人公・直子の涙を誘うのは、女性の裸体の胸に歓声を上
げたりする現在の子どもたちと、多感でお転婆な過去の自分たち。
つまり、純粋で繊細な幼さ。「春」のような若さだった。そして、時の
流れも、小説の物語も、「春」から秋へと重層的に流れてるのだ。。
☆ ☆ ☆
100年前の文化や習慣はよく分からないが、ピクニックとか遠足
というもののイメージは春だろう。暑くも寒くもなく、日が長いし、新
緑も美しい。
ところが、直子はもともと秋が好きだし、今年の秋は珍しく体調もい
い。だから、「一昨年の秋、夫が旅行の土産に」買って来てくれた、
あけびの蔓(つる)で編んだ手提げ籠(かご)に、好きな食べ物を
入れて、どこかへ出かけたい。
そこでふと思いついたのが、展覧会&ピクニック。明日の天気が良さ
そうだから、朝早く展覧会に行って、そのあと田舎へ行けばいい。
「誠に物珍しい楽しい事が急に湧いたような気がして」と書かれた
部分の直子の心情は、病気や自分の子どもはあまり関係ないし、
展覧会とピクニックの組合せがポイント。だから、問2の正解は4。
☆ ☆ ☆
私はこの箇所を読んだ時、ふと個人的に胸を打たれてしまった。家
族で日帰り旅行に出かけた時、母親たちが一生懸命、食べ物や飲
み物をかごに詰め込んでた姿を思い出したからだ。
私はその時、あまりに準備が遅かったのでつい、「そんなの、向こう
で買えばいいだろ」と口にしてしまった。曖昧に返答しながら、準備
の手を止めない姿を見て、私はすぐに深く反省したのだ。
準備の楽しさは、お店では買えない。出発前の自宅だけに、しかも
一定の期間だけ存在するもの、「春」だった。ちなみに小説にも、
準備で頑張る直子に対して、「家の人々は笑った」と一言書いて
ある。
☆ ☆ ☆
話を小説自体に戻そう。美術館に向かう途中、大きく黒く異様な
烏の話が入ってる。深読みするなら、病気や死など、直子の不安
を象徴してるとも考えられるが、深読みの根拠は曖昧だし、セン
ター試験の解答では無視すべき所。
最初の注目点は、小学校の運動会のお遊戯。久々の光景を5分ほど
見てる内に、「ふと訳もない涙」がにじみ出す。
訳(わけ)もない涙でも、理由(わけ)を説明させるのが国語の試験だ。
しかも、間違えやすい設問になってる。子どもを見て、涙。子どもに
乳房を与えて、涙。さらに、じっと見てる自分の子どもへの微笑みの
底にも、「涙に変る或る物」。
すると、つい涙と自分の子どもを結びつけてしまいがちだが、そうとは
限らないことは小説の後半でハッキリする。もちろん、病弱な自分とも
直接的には無関係。よって、問3の答は5番となる。
☆ ☆ ☆
話が大きく展開するのは、「幸ある朝」という絵画の前に直子が立っ
た時。この画家(藤島武二か?)の義妹である淑子は、直子の二級
上で、親しく交流してたらしい。
その淑子が10年近く前の夏、こっそりモデルになって描かれた絵が、
その秋にサプライズの形でお披露目された。題名は、「造花」。
淑子が花を造る様子を示すタイトルが、今となっては別の意味も含
んでることになる。「生花」とは異なる、生きてない「造花」。絵から
少し離れてにこにこ笑ってた淑子は、既に亡くなってるのであった。
ここでまた設問がある。「こうした雲のような追懐に封じられてる」と
はどういうことか。自分自身とか、淑子さんを強調し過ぎるのは、
可能な見方ではあるけど、「最も適当な説明」ではない。
自分、淑子、仲間たち。。これらを抽象的にまとめると、私の言葉
なら、「自分たちの春」ということになる。もちろん、小説の題名『秋
の一日』を意識し、「子どもたちの春」との対比を考えてのこと。
センター試験の正解としては、2番。全員の昔話を出すと共に、
「抜け出すことができずにいる」と書いてる点がポイント。要する
に、「追懐に封じられてる」という古い文学的表現をそのまま分
かり易く書き換えた文章。
ちなみに、選択肢の5番は部分点をくれてもいいと思う。そのまま
説明したのが2番、少しだけ読み込んだのが5番だ。
☆ ☆ ☆
そして最後。追憶に封じ込められてる直子を助け出したのは、
現在の現実からの叫び声。「とや。とや。」
とら(虎)の絵(中村不折)が怖くて、直子の子どもが泣き出したらし
い。幼さとはもちろん、恥ずかしさ、可笑しさでもあるし、生きにくさ
でもある。
ただ、その感覚はあくまで大人から見た幼さ。秋から見た春の断
面かも知れない。いずれにせよ、この日の直子はここまで、春の
陽気から秋の物思いへと変遷した。
ちなみに、私がテレビのフィクションと現実社会を別物だとハッキリ
認識できたのは、小学校高学年だったと思う。それと同時に、ヒー
ローの活躍から興味を失い始めて、お化けや幽霊の怖さも消えて
行った。。
☆ ☆ ☆
なお、今年の国語第1問は、小林傳司「科学コミュニケーション」。
おそらく、2002年刊行の勁草書房『科学論の現在』に所収の論
文だろう。31ページ。
一部で有名な科学論の古典、コリンズ&ピンチ『ゴレム』を扱って
る内容で、その世界では普通の話だが、引用の一番最後にいき
なりこう批判して終わってるのは、少なくとも引用として感心しない。
科学を正当に語る資格があるのは誰かという問いに
対して、コリンズとピンチは「科学社会学である」と答え
る構造の議論をしてしまっているのである。
これで終わりなら、直ちに反論が返って来るだろう。
科学論を正当に語る資格があるのは誰かという問いに
対して、小林は「私である」と答える構造の議論をして
しまっているのである。
写真は第二版の英語原書。amazonからお借りした。
☆ ☆ ☆
もちろん、こう指摘されれば小林は直ちに反論するはずで、それ
はコリンズ&ピンチでも同じこと。彼らの科学批判をメタレベルで
小林が批判したものがメタ批判とすると、それを彼らがさらに批判
すればメタメタ批判となる。
この種の議論には、そこまで読み込んだ仕掛けや深みが必要だ
が、センター試験の問題文は、単純なメタレベルの唐突な終わり
方になってた。
直接関係はないが、「重力波の存在は明確に否定された」と言い
切ってしまってるのも微妙な所で、ここでもより慎重に、「現在では
否定する議論の方が有力だ」などと書くべき所だった。実際、小
林の論文の僅か15年後の去年、明確に肯定された。
私の物理系の知人は当然だといった感じで喜んでた。つまり、
昔から重力波を確信してたのだ。批判に屈することなく。
ちなみに『Golem』には、福岡伸一による邦訳『七つの科学実験
ファイル』(化学同人)がある(確か部分訳)。当サイトでも以前、
一般相対論の再検討の記事で触れておいた。。
☆ ☆ ☆
科学というのも、もちろん昔は今以上に称賛されてた営みだし、
今でも理系の子どもなら無邪気に愛し、信頼してるのかも知れ
ない。したがって、数少ない理系の国語受験者の一部にとっては、
第1問はあまり心地よい問題文ではなかったかも知れない。
とはいえ、今は科学にとっても「秋」の時代。実用的な収穫は多い
ようにも見えるが、冬が近づいてる感もある。
冬を経て、また春が来るのか。いきなり次の春になるのか。あるい
は、冬のままなのか。考え始めると、現在の社会と自分への複雑な
思いに、「封じられて」しまうのであった。
なお、今週は計15000字で終了。
それでは今日は、早めにこの辺で ☆彡
(計 3384字)
(追記 140字 ; 合計 3524字)
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