野上弥生子『秋の一日』2~センター試験の省略箇所も含めた全文を読んで
先日書いたセンター試験の国語記事は、予想通り、かなりのアクセ
スを頂いてるし、一部の方々は熟読してくださってるようだ。
「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』
~2017センター試験・国語
今回は、先日のレビューを少し補う簡単な記事にすぎない。ただ、
私自身はかなりスッキリした。センターの問題文が省いてた部分
を読むことで、モヤモヤしてた思いがほぼ解消されたのだ。
☆ ☆ ☆
私が確認した小説全文は、岩波書店『野上弥生子全集』第1巻に
収録されていた(正確には、彌生子)。先日の記事の際、私は、初
出の雑誌のページ数とセンター試験のページ数を見比べて、試験
に出たのは半分くらいかと思ってたけど、実際は4分の3くらいだ。
正確に言うと、全文はp.315-326の12ページ。最後のペー
ジは3行しかないから、実質的には約11ページ。一方、センター
試験に出た部分は、全集で言うと、p.316の最終行から、
p.324の最後から3行目まで。つまり、ほぼ8ページだ。
ということは、センターに出たのは約4分の3。より正確に言うと、
7割ちょっとであって、残り3割弱が省略されてたわけだ。
☆ ☆ ☆
私が一番気になってたのは、終盤の省略部分。当然、展覧会の
後はピクニックみたいな事をするのだろうと思ってたから、実際に
全集で確認できて納得した。そうでないと、『秋の一日』という題名
がしっくり来ないからだ。
ただ、実際に読んでみると、終盤以上に、序盤の省略部分が決定
的内容を含んでた。少しだけ引用してみよう。
ひらがなの「く」を伸ばしたような、反復表現の省略記号になってる
箇所は、< >で囲んである。ひらがなの繰り返し記号「ゝ」はその
まま引用。これらが、1912年の初出時(雑誌『ホトトギス』第15
巻・第4号)の仮名遣いと同じかどうかまでは調べてない。
☆ ☆ ☆
・・・と何か一つの事を思ひかけるといつまでも<いつまでも>
その事に執着する癖のある直子は、暫時はその籠の事ばか
り思ひ続けた。そして其聯想の中にはピクニツクと云ふ字が
あつた。よく西洋の雑誌などで見るピクニツクの絵──打ち
晴れた高い空、きらめく様な美しい日光、透明な空気、活き
<活き>した緑色の植物、花の匂ひ、小鳥の歌、その階調
に縺るゝほのかな水の響き、こんなものゝ想ひ浮ばれる森
の蔭や、・・・・・・
(p.315-316)
長い一節なので、このくらいの引用に留めとく。要するにポイント
は、主人公(ヒロイン)の直子がこだわるピクニックが、外国の絵
のイメージだということだ。
下は、Thomas Cole作、『The Picnic』(1846)。
ウィキメディアより。
仮に直子が海外の経験を持ってるとしても、ピクニックに関して
はほとんど幻想のはず。だからこそ、引用文の段落の最後は、
「遠くの世界のやうに楽しんだ」
という表現で終わってた。
☆ ☆ ☆
一方、センター試験の第2問の冒頭には、手提げ籠の短い説明
に続いて、「直子は病床からそれを眺め、快復したらその中に
好きな物を入れてピクニックに出掛けることを楽しみにしていた」
とだけ書いてあった。
これでは、直子にとってのピクニックという存在が分からない。だ
から、問2の問題と解答もちょっと妙な感じがあった。
つまり、展覧会の後でピクニックに出掛ける自分のアイデアにつ
いて、「誠に物珍しい楽しい事が急に湧いたような気がして」と書
いた箇所について、「それはどういうことか」と出題。選択肢の中
だと、確かに最も適当なものは一応選べるが、小説を普通にまと
めただけで、あまり理由の説明になってないなと思ってたのだ。
ところが、元々ピクニックが海外の絵のイメージなら、直子の嬉しさ
がよく分かる。展覧会の後でピクニックをするというのは、芸術の絵
を味わった後で「現実の絵」を味わうということだから。
おまけに、その現実の絵、つまり実際のピクニックでは、自分自身
が主人公なのだ。これほどアートに満ち溢れた一日もなかなか無い
だろう。
ちなみに下は、私の環境で、「picnic」を画像検索した結果の最上
位あたり。Googleが示したのは、まさに絵に描いたような結果だ。
小説の冒頭の説明と同じようなカゴまで映ってる。
☆ ☆ ☆
私は先日のレビューを書いた時、直子の感性はかなり遠くを見て
るものだなと思ってたが、やはり幻想への感受性やこだわりが強い
のだろう。
なお、「ピクニック」は外で食事すること、「ハイキング」は外で歩く
こと・・・といった話は、2年前、不倫の人気ドラマ『昼顔』の記事
で書いたことだ。
あの時、「picnic」の語源的意味(の1つ)として、「小さい
物(nic)を刺す(pic)」と説明しておいた。この場合の「刺す」
とは、味わうことだから、小説の別の見方も浮上する。
つまり、運動会の鑑賞にせよ、子連れの外出にせよ、「小さい
ものを味わう」体験という意味で、まさにそれ自体もピクニック
だったのだ。
☆ ☆ ☆
したがって、この小説は副題を付けて、
『秋の一日 ~ピクニック~ 』
と考えてもいいだろう。
ただし、春の明るいイメージのピクニックであっても、やはり「秋」。
小説の終盤は、少し淋しいイメージも漂ってた。意外な展開でも
ないがけ、短編小説のラストのネタバレは差し控えるとしよう。
それでは今日はこの辺で。。☆彡
(計 2183字)
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