ノーベル経済学賞2017、セイラー教授と最終提案ゲーム、エコン、ヒューマン
いわゆるノーベル経済学賞というものは、他のノーベル賞とは違って、
ノーベルの遺言には無かったとされるし、歴史もやや浅くて、設立も
賞金もスウェーデン国立銀行によるもの。それは、公式HPのプレス
リリースにもはっきり示されてる。
大見出しが「ノーベル賞」ではなく、「ノーベル記念・スウェーデン
国立銀行・経済学賞2017」となってるのだ。制度的・形式的な
ことだけでなく内容的にも、自然科学3部門に対するノーベル賞
よりは多少、格下に見られてる感はある。
ただ、逆に一般人にとっては、より身近に感じられる内容でもある。
日常的な社会で、リアルな「人間」がどう行動するかを論じたのが、
今回の受賞者セイラー教授(Richard Thaler)。上図の最後、
授賞理由は「行動経済学への貢献に対して」だと書かれてる。
5年前、2012年に受賞した「婚活理論」も似たような話で、当サイト
でも記事にした。
ノーベル経済学賞に輝いた婚活(マッチング)理論~OR4
☆ ☆ ☆
5年前がやや数学的な話だったのに対して、今回2017年はむしろ
心理学的な話で、ノーベル実験心理学賞のような印象もある。
既に今年はノーベル賞記事を3本書いたので、経済学賞はスルー
する予定だったが、朝日新聞が面白いコネタの形で紹介してたから、
予定変更。英語の原論文も読んだ上での軽い解説を書いてみよう。
まず、2017年10月11日・朝刊のコラム「天声人語」から引用。
やや長くなるが、これ以上省略すると意味が分からないと思う。
今年のノーベル経済学賞に輝いたリチャード・セイラー米シカゴ
大教授(72)の功績を縮めて言うなら「人間くさい経済学」を
打ち立てたことだろう。従来の経済学が想定した常に冷静で
合理的な人間を「エコン」と呼び、「人間はもっと不合理。エコン
ではなくヒューマンだ」と唱えた。
ヒューマンらしさは「最終提案ゲーム」という実験に端的に表れる。
2人に1万円が与えられる。配分額は1人が決め、相方は拒否権
を持つ。拒否すると両者とも取り分はなくなる。従来の理論では
1円を渡すのが「正解」とされた。9999円を手にでき、相方も
「0円よりマシ」と拒まないと考えた。
実験結果は違った。最も多かった選択は折半である。フェアマン
(公平な人間)とゲームズマン(かけひき屋)。行動経済学者は
「人の中には両面が同居する」と考えた。 ・・・ (以下略)
この後、朝日の筆者は総選挙批判に向かう。要するに、政界は
かけひき屋だらけだけど、我々は公平な人間として選ぶべきだと
いう話だ。セイラー教授自身がそんな正論を語るかどうかは不明。
賞金は「非合理的に使う」と、ひねった冗談を口にした人だから♪
ネットの朝日新聞デジタルには「ぐうたら経済学」という妙な題名が
付いてるが、これも遠回しの総選挙批判のつもりだろう。紙の新聞
にそんな題名はない。
☆ ☆ ☆
さて、天声人語には出典が何も書かれてないから、気になった私は
すぐにネット検索。セイラー教授本人の英語論文が直ちにヒットした。
米国経済学会の雑誌に、1988年に掲載されたもののようだ。既に
30年前になる。
「Anomalies
The Ultimatum Game」
変則的なもの 最終提案ゲーム
「変則的なもの」(アノマリー)とは、従来の経済学において合理的
に説明できないものを指す言葉で、この論文の中心テーマ。
「最終提案」と訳してる「ultimatum」は、ラテン語で「最後のもの」
を示す言葉をそのまま英語にしたもの。普通の英単語なら
「ultimate」。
つまりアルティメットであって、究極の総合格闘技の名前として有名
だろう。格闘技を意識した遊び心で付けたタイトルかとも思ったが、
格闘技団体UFCの設立は93年だから関係なさそうだ。
☆ ☆ ☆
では本題。セイラー教授の論文だと、最終提案ゲームの説明は
やや複雑な流れになってる。学術論文らしく、先行研究に配慮
してるからだが、ここでは「最初の実験」とされてるドイツの実験
(1982)を見ておく。
経済学の学生42人を半々に分けて、一方は「プレーヤー1」
(配分者)のグループに、他方は「プレーヤー2」(受諾者)の
グループにした。
両グループの2人で、いくらかのお金(ドイツ・マルク)を分ける。
プレーヤー1が、プレーヤー2に配分する金額を提示するが、受諾
するかどうかはプレーヤー2が決める。拒絶すれば、両者ゼロ。
朝日は1万円と書いてたが、実際には4マルクから10マルクの
間だから、日本円だと500円前後の小銭で行った実験だ。
☆ ☆ ☆
従来の理論では、一つのモデルとして、配分者がゼロに近いプラス
の金額の提案をして、受諾者はそれを認めることになる。配分者は
なるべく多くのお金を手元に残したいし、受諾者もゼロよりは僅かな
金額の方がベターなはず。
ところが1回目の実験だと、最頻値、つまり最も多かったのは、半々
だった。21の実験例のうち、7例。平均値だと、元の金額の37%。
合計500円なら、185円を配分したことになる。
実は2回目の実験だと、もう少しプレーヤー1がずる賢くなる。半々
を提示したのは僅か2人で、配分の平均値も32%(160円)へと
低下。
ということは、経験を積むと公平性が少し減ったことになる。これは
朝日が触れてない、重要な現実的ポイントだろう。金額が上がると
どうなるか、実験ではなく実生活だとどうなるのか、そういった事も
気になる所だ。例えば、被験者はゼロ円になっても生活に困らない
が、労働者は収入ゼロ円だと困ってしまう。。
☆ ☆ ☆
ともあれ、要するに人は公平性と利己的態度の両方を持ち合わせて
いる。「合理的に」自分が最も得することを考えるだけではなく、相手
とのバランスも考えるわけだ。
正直、当たり前の結論であって、もし従来の経済学で当たり前では
なかったのなら、そちらの方が奇妙だろう。本当に従来の経済学が
非現実的な「合理性」にこだわっていたのかどうか、調べてみる必要
は十分ある。
ただ、ノーベル賞・公式サイトの詳しい説明を流し読みした感じでは、
セイラー教授による過去40年の理論的進展を高く評価してるようだ。
ちなみに「エコン」(econ : 経済学的な合理的人間)と「ヒューマン」
(公平性なども持ち合わせた現実の人間)の対比は、米国労働省・
統計局HPの去年の記事で確認できた。セイラー教授の2015年の
著書を用いたものだ。
確かに、実際の経済政策などに応用されてる証拠と言えるかも
知れない。
☆ ☆ ☆
しかし、この新しい(?)経済学理論があっても無くても、行政や経済
の全体には大差ないと思う。遥かに現実的で大規模な経験データが
大量に蓄積されているし、人間がさほど合理的、理性的でないのは
昔から自明のこと。多様な感情や欲望が混在する存在なのだ。
そもそも、半々の提案をした者が本当に「公平性」を示したのか
どうか、そこからして微妙な問題だろう。ちなみに私なら、相手に
よって選択を変えるが、全くの他人なら45%くらいを提案すると
思う♪
手数料程度の上乗せは認めて欲しいという、小市民的で実社会
的な振る舞いだ。もちろん、親しい相手なら半々で即決に持ち込む。
相手の方から手数料を認めてくれるなら、一度か二度断った後、
申し訳なさそうに了承するのが、日本人というものだろう。
それでは、今日はこの辺で。。☆彡
cf.体内時計と遺伝子の解明
~ノーベル医学生理学賞2017、授賞理由
重力波の観測 by LIGO(ライゴ)
~ノーベル物理学賞2017、授賞理由(英語原文と和訳)
カズオ・イシグロ『Never Let Me Go』
(わたしを離さないで)、英語原書と英語版ウィキのあらすじ
(計 3166字)
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