自転車というキュウリに乗って、馬よりゆったりと♪~井上荒野『キュウリいろいろ』(2018センター試験・国語)
(☆20年1月19日追記:最後のセンター記事アップ。
妻、隣人、そして自分・・戦争をはさむ死の影のレール
~原民喜の小説『翳』(2020年センター))
(☆18年1月22日の追記: 続編記事を新たにアップした。
井上荒野「キュウリいろいろ」2
~長編小説『キャベツ炒めに捧ぐ』全体を読んで )
☆ ☆ ☆
今年(2018年)の大学入試センター試験・初日の問題が公開された
のは、夜21時半ごろ。河合塾その他で確認した。
寝不足だから、問題を読むだけで寝るつもりだったが、いい小説だと
感心したから、簡単な感想と解説だけサラッと書いとこう。レビュー
とか批評というほどのものではない、3000字の記事だ。
ちなみに当サイトでは、2011年と13年~17年にセンター試験・
国語の記事をアップして来たから、これで6年連続、7本目になる。
この記事の末尾に一覧あり。他に数学の記事もある。
例年、国語の問題については大量のツイートが流れてお祭り状態
になるけど、今年は数だけ多くて、内容的に盛り上がってなかった。
去年までと違ってフツーだったというような感想が大多数。その中で、
一部の受験生は、いい小説だなと素直に感動してた。
実は私も、居眠り気分で小説を一読した直後、「何、これ?」と思って
しまった。「さっぱり分からない」(by ガリレオ福山)。そこで文字通り、
この小説は何だったかな?と思って、先頭のページに戻った途端、
一気に視界が明るく開けた。あっ、題名は『キュウリいろいろ』か!
なるほど。「実に素晴らしい」♪
ガリレオ湯川が書きなぐる物理学の数式の代わりに、日本語の題名で
一気に謎が解けた。今年の第1問(評論)、有元典文・岡部大介の
『デザインド・リアリティ──集合的達成の心理学』を踏まえて言うなら、
小説のタイトルが読み方や解釈をデザインしてくれてたのだ。
☆ ☆ ☆
もちろん、書き手のデザインが、読み手にそのまま受け入れられる
とは限らない。授業において、「後でテストをする」と言われた学生
なら、フツーはちょっと気合いを入れて暗記・理解しようとするだろう。
ただ、『キュウリいろいろ』を読んだ高校生・浪人生達が、自転車とか
電話・手紙とか電車とか、いろいろなキュウリを探そうとするかどうか
はビミョーな所。そもそも、お盆のキュウリという古い慣習を知らない
受験生が多そうだからこそ、文末の注1で説明してくれてたわけだ。
実際、当日の深夜の時点で「キュウリいろいろ 自転車」のツイッター
検索をかけると、1つもヒットしない。「キュウリ 自転車」でも、関係
ないつぶやきが2つヒットしただけだった。
☆ ☆ ☆
ところが、作者・井上荒野(あれの)のツイッターを見ると、センター
試験のつぶやきの僅か1時間前に、クロスバイク(街乗り用スポーツ
自転車)で転倒した話が書かれてるのだ。私のこのブログ自体が、
クロスバイク日誌からスタートしてるので、すぐに気づいた。
自転車の比喩に気づいてもらえなかったという事を暗示してるのか
と本人にたずねれば、否定するはず。ただ、単なる偶然なら恐るべき
シンクロニシティ(同時性=共時性)。いずれにせよ、恐るべき存在に
「戦(おのの)きながら」、さらに記事を書き進めよう♪
ちなみに問1(イ)の意味の答が5番なのは、「おびえ」という説明が
ポイント。2番の「驚いてうろたえ」とかだと、意味がちょっと弱いのだ。
なお、問題作成者がキュウリ=馬=自転車という関係、イメージの
連鎖を理解してるのは明らかだろう。問題文はキュウリの馬から
始まって、自転車に乗るシーンで終わってる。おまけに、「キュウリ」
という言葉は冒頭で本物の野菜を指した後、使われてないのだから。
☆ ☆ ☆
一応、あらすじを超簡単にまとめておこう。35年前に息子の草(そう)
を亡くし、去年には夫・俊介も亡くした郁子(いくこ or ゆうこ)。60代
半ばくらいの女性らしい。昔なら「未亡人」と言われたと思うけど、
最近はこの言葉を聞かなくなってる。
ちなみに著者は今現在56歳だから、自分の人生をそのまま描写
した私小説ではない。
はじめて一人きりで迎えたお盆。郁子は楊枝をキュウリに刺して、
2頭の馬を作り、息子と夫の写真の前に置く。お盆に仏様2人が
馬に乗って、速く来てくれますように・・との願いを込めて。ただ、
今年は仏様がゆっくり帰るための牛は作ってない。帰らずそのまま、
自分のそばにいて欲しいから。
そんな時、たまたま同級生から、名簿用に夫の写真が欲しいと依頼
を受ける。おそらく最初は手紙で、次に電話で話したのだろうと思う。
郁子は直接、写真を持って行くと告げて、関係ない写真まで色々と
見てる内に、ようやく気付く。実は私たち夫婦も、哀しみに沈んでた
わけじゃなく、笑顔で仲良く暮らしてたのだ。少なくとも表面的には。
夫の実家があった辺りで、相手に待ち合わせ。白髪の上品な男性・
白井さんは自転車で、2人乗りさせてくれた。夫の母校まで行くと、
かつて聞かされてた高校時代の様子を思い出して、目の前の現在
の風景と重なって幻のように見えた。夫の過去は、無意識の内に
自分の心の中へと保存されてたようだ。。
☆ ☆ ☆
さて、「キュウリ」を「いろいろ」探す問題が出題されてたら、受験生も
当然、自転車とか、お盆に訪れた手紙や電話を挙げてただろう。
その意味では、出題者のデザインが物足りない感もある。小説という
対象とそれに向き合う読者に、「異なる秩序を与える」企画・構成が
あっても良かった。まあでも、できるだけ客観的な問題と解答を作る
ためには仕方なかったのかも知れない。
自転車について言うなら、夫の記憶を呼び戻してくれたと同時に、
ひょっとすると新たな夫を連れて来てくれたのかも知れない。2人で
夫について語る内に、より親密になっても不思議はない。キュウリに
乗った夫を待ってると、自転車に乗った上品な男性に遭遇。まるで
恋愛小説みたいな出会いだろう♪
ただし、年齢と状況もあるので、スピードはゆったりと。馬の速度は
時速40kmくらいだけど、高齢者・・と言うより60代の自転車2人乗り
なら、時速10km以下だろう。新しい人生の最後の訪れなら、その
くらいのスピードでちょうどいいのだ。
☆ ☆ ☆
依頼の手紙や電話というものも、そのおかげで素早く夫に「再会」
できたのだから、「キュウリ」と言っていい。
他には、高尾山駅に向かう京王線だろうか、郁子が席を譲られて
古い記憶が甦った電車もキュウリ。譲ってくれた人もキュウリだし、
共学になってる夫の母校でハードルの練習をしてた女生徒の姿も
キュウリと言える。そのおかげで、男子校時代の夫が女子校の生徒
と交換日記をつける姿も思い起こせたのだから。
なお、キュウリという細長い野菜には、男性的な意味合いもあるが、
ここではもう触れないことにしよう。また記事が長くなって来たし、既に
今週は15000字制限を超えてしまった。
☆ ☆ ☆
この小説が短編集『キャベツ炒めに捧ぐ』(角川春樹事務所、
2011)に収録されてるのは国立国会図書館で確認できたが、まだ
初出の年や雑誌は確認できてない。題材は古いけど、普遍性の
ある新しい小説なのは確かだろう。
(☆追記: 初出は角川PR誌『ランティエ』2010年1~11月。
加筆・訂正して単行本出版。)
今週は15588字で終了。今日はそろそろこの辺で。。☆彡
P.S. 問題文には、“小説「キュウリいろいろ」”と書いてたが、
作者はツイッターでこう書いてた。
“「キュウリいろいろ」は小説のタイトルではなく章タイトルで、
「キャベツ炒めに捧ぐ」という長編の一部です。”
なお、“「キャベツいろいろ」って間違えている人がいる”との事♪
cf.「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』
~2017センター試験・国語
キャラ化されない戦後の人々、佐多稲子『三等車』~16センター
啓蒙やツイッターと異なる関係性、小池昌代『石を愛でる人』
~15センター国語
昭和初期の女性ランニング小説、岡本かの子『快走』~14センター
幻想的な私小説、牧野信一『地球儀』~13センター・国語
鷲田清一の住宅&身体論「身ぶりの消失」~11センター・国語
(計 3183字)
(追記 187字 ; 合計 3370字)
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