ブラッドベリ『霧笛』(Fog Horn)~ゴジラの原作映画の原案小説
日本を代表する怪獣映画『ゴジラ』に、原作のような米国映画がある
らしいと知ったのは、もう1年近く前、2017年の春頃だったと思う。
サブカルチャー本を流し読みしてたら、ゴジラ人気に軽く突っ込む
感じで一言書かれてたのだ。
その1953年の特撮映画は、
『The Beast from 20,000 Fathoms』。
原題の英語をほぼ直訳すると、「海底2万尋(ひろ)から来た獣」。
上の劇場公開用ポスターは、英語版ウィキペディアより。カラーに
なってるけど、映画はモノクロ(白黒)。
「尋」(ひろ、じん)とは水深などに使う長さの単位で、約1.8m。
「海里」(約1.8km)と似た数字だから紛らわしいけど、1000倍
近くも違う別の単位だ。
20000尋とは海底36000mということで、要するに、全く未知の
深さを表してる。現実の深海だと、有名なマリアナ海溝(グアムの西)
でさえ、水深11000mほどだ。
☆ ☆ ☆
54年12月に日本で公開された時の邦題は、『原子怪獣現わる』。
「原子」と「原始」の意味を重ねた、上手いタイトルだと思う。ストーリー
にも合ってるし、直前の11月には最初の『ゴジラ』が公開されてた。
どちらも、原子力を用いた爆弾(ゴジラは水爆)の影響で目覚めて、
人間を襲う巨大怪獣なのだ。
ちなみに当時まだ、原子力の平和利用(発電)はほとんど開発されて
ない時期で、原子と言えば原子爆弾。未知の特殊で凄惨な破壊力
を表してる。水爆は開発されたばかりで、米軍による54年3月の
ビキニ環礁実験では、第五福竜丸の被曝事故が発生した。
日本語ウィキを見ると、ゴジラの制作段階の仮題は『海底二万哩
(マイル)から来た大怪獣』とされてる(出典の明記なし)。
明らかに直前の米国映画の原題を真似したものだが、これが事実
なら単位を1000倍間違えたのかも♪ 二万マイルだと32000km
だから、地球の直径(13000km弱)を超えて突き抜けてしまう。
下のポスターは日本語ウィキより。怪獣の造形や撮影は、ゴジラの
方が遥かに上。特撮担当・円谷英二の才能と造形スタッフらの共同
作業のおかげか。
☆ ☆ ☆
さて、前置きが長くなったが、ゴジラの原作映画に近い米国映画の
原案小説が、米国のSF作家レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)
の小説『霧笛』(Fog Horn)なのだ。
これは後のタイトルで、1951年に発表された時のタイトルは、
「The Beast from 20,000 Fathoms」。
これがそのまま映画のタイトルに転用されたらしい。
(☆追記: この記事末尾のP.S.で補足した。)
日本語ウィキは「原作」と書いてるが、物語的にはあまり似てない。
英語版ウィキを読むと、もともと直接的関係は無かったようで、小説
は後から加わった原案の1つのようだ。タイトルを除くと、目立つ関連
は1つだけ。怪獣が夜の灯台を襲うシーン。
上はウィキメディアより。予告動画からのキャプチャー画像。ゴジラ
と比べるとスラッと痩せた体型で、巨大トカゲのように見える。体長
30m(+尻尾9m)。ゴジラ(初期は身長50m)より小さいけど、
代表的な恐竜ティラノサウルス(10m強)と比べると3倍の大きさ。
☆ ☆ ☆
というわけで、ようやくゴジラの源流となってる小説の話に入れる。
下は、短編集『The Golden Apples of the Sun』。
英語版ウィキより。『霧笛』はこの本の巻頭に収められてる。
『霧笛』の英語原文は、なぜか堂々とpdfファイルで公開されて、
検索するとトップに出る。子ども向けの教材みたいな扱いだから、
元の英文と違うのかも知れないけど、大体は合ってそうだ。
発表から70年近いとはいえ、作者の死亡は6年前の2012年。
著作権の扱いは不明だけど、英語の文献で珍しくない黙認という
ことか。外国のことでもあるし、ありがたく読ませて頂いた。
☆ ☆ ☆
まず、小説のあらすじをまとめとこう。ネタバレなのでご注意あれ。
主人公ジョニー(Johnny)は、先輩マクダン(McDunn)と
2人で、へき地の淋しい灯台を守ってる。5年前に建造されて
以来、霧でライトが見えにくい夜でも、霧笛で船に合図してる。
マクダンがそろそろまた来そうだと話した時、全長30mくらいの
恐竜が現れる。霧笛の音が自分の叫び声に似てるから、灯台を
自分の仲間だと誤解したようだ。
その時、マクダンが試しに霧笛のスイッチを切ってしまう。すると、
恐竜は怒りと苦悩の目で灯台の塔に突進。あわててスイッチを
入れたけど間に合わず、恐竜は塔を破壊する。2人はギリギリ
で下に降りて、命拾いした。後には、淋しげで悲しげな泣き声
が響き渡る。まるで、霧笛のように。
翌日は晴れて、恐竜も朝には消えた。マクダンは救助隊に、
強烈な波で灯台が壊れたとだけ説明。1年後には新しい灯台
ができたが、既にジョニーは別の仕事についてた。残った
マクダンによると、怪物は二度と戻って来なかった。。
☆ ☆ ☆
いかにも文学的な、哀愁ただよう筋書きと終わり方で、映画とは
全く違ってる。ブラッドベリの恐竜好きの影響もあって、小説の恐竜
は愛と畏怖の対象だけど、映画の怪獣は恐怖の対象だ。
映画では、核実験で目覚めた怪獣が人間を襲った後、人間の
放射能ライフル弾によって倒されて、火炎に包まれて死ぬのだ。
映像的に見栄えがするし、核開発競争や戦争への皮肉や批判
にもなってる。
小説に戻ると、マクダンが霧笛のスイッチを切る直前、どうなるかを
予言するような台詞がある。
“That's life for you,” said McDunn. “Someone
always waiting for someone who never comes
home. Always someone loving some thing more
than that thing loves them. And after a while
you want to destroy whatever that thing is,
so it can hurt you no more.”
「俺たちの人生と同じさ」、マクダンは語った。
「人はいつも、決して戻って来ない人を待ってる。いつも
人は、自分が愛される以上に、相手を愛してしまう。
だからやがて、相手が何であっても破壊したくなるんだ。
これ以上、自分が傷つけられないように」。
人間に運命づけられてる過剰な愛の反転としての、憎悪と攻撃。
程度や頻度はともかく、誰でも思い当たることだろう。元の愛が
自己愛なら、壊す相手は自分自身になる。
ちなみにこれとは別に、もっと原初的な攻撃性というものを仮定
する考えもある。ただ、憎悪や攻撃の主たる要素は、要するに
不満や不快だろう。どうにもならない不快なものを破壊するのは、
不快の減少でもあり、快楽の増加でもあるのだ。。
☆ ☆ ☆
なお、この作品も含む短編集の邦訳が、新潮文庫になってる。
下はamazonの中古本。恐竜愛に満ち溢れてる。だからこそ、
あり得ない存在は恐竜じゃなくて人間の方だという、マクダンの
説明もあった。恐竜の方が先だし、人間の歴史より長く生きてる。
まあ、人間も恐竜だけど♪
伊藤典夫の翻訳は、ちょっと古くて硬いのを除くと滑らかだ。でも
やっぱり出来れば英語で味わう方がいい。例えば物語の印象深い
箇所で比較してみよう。
「塔はなくなり、光が消えてしまったのだ。百万年の歳月を
こえて自分を呼んでいたものが、いなくなってしまったのだ」
“The tower was gone. The light was gone.
The thing that had called it across a million
years was gone.”
元の英文では、3重の変化をすべて「gone」という単語で
統一してるのだ。go(行く)の過去分詞。ところが邦訳だと、3つとも
違う日本語に訳し分けられてる。日本語としての自然さを重視。
私が訳すなら、むしろ原文のこだわりに即して、
「塔は消え、光が消え・・・、呼んでいたものが、消えて」
とする所だ。これでも、去って行ったというニュアンスは出せてない。
外国文学の翻訳は難しいのだ。AI翻訳もまだ当分は苦戦するはず。
残念ながらブログで音は表現できないから、最後は灯台のライトの
写真で終わりとしよう。150年の歴史を誇るカリフォルニアのピジョン
ポイント灯台。ウィキメディアより。映画に似てるからロケ地かも。
それでは今日はこの辺で。。☆彡
P.S. IMDb(インターネット・ムービー・データベース)
のトリビアに、出典なしで、小説と映画の関係が書かれてる。
早速、根拠を検索してみると、ブラッドベリ自身の事情説明を
Google ブックスで発見できた。
『Conversation with Ray Bradbury』。
映画スタッフが小説からアイデアを「借用」した後、不思議な
交流を通じて、映画用に権利を買い取りたいという電報が
届いたとのこと。ブラッドベリ自身は映画には関わってない
と主張してる(1972年のインタビュー)。映画スタッフの
言い分までは調べてない。
(計 3733字)
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コメント
内容ではなく、申し訳ないですが、
ブログの最後に、(計 3457字)とありますが
どのようにして、数えているのですか?
単にwordに載せて文字数をクリックすると
全角+半角=3022と出てきます。
投稿: gauss | 2018年3月 8日 (木) 10時25分
> gauss さん

こんばんは。質問コメントどうもです。
既に追記で字数が増えてますが、私のWord2016で
カウントした限り、元の字数に間違いありません。
ちょうどいい機会なので、
明日(10日)、短い記事を書いて説明します。
とりあえず指摘したいのは、「全角+半角」という部分。
半角カタカナで数えると、半角英数字が入りません。
特にこの記事は半角英字が多いので誤差は大きくなります。
投稿: テンメイ | 2018年3月 9日 (金) 00時50分