ドーピング・義肢・かもめのジョナサン、限界を超えた景色へ~『インハンド』第6話
the speed was power,
and the speed was joy,
and the speed was pure beauty.
(Richard Bach "Jonathan Livingston Seagull")
スピードは力だった。
スピードは歓びだった。
そしてそれは純粋な美ですらあったのだ。
(リチャード・バック著、五木寛之創訳『かもめのジョナサン 完成版』、新潮社)
☆ ☆ ☆
今回は記事ローテーション的にスルーするつもりだったけど、予定変更でレビューしよう。素晴らしい回だった。唇の左端を上げる仕草が、宗猛そっくりで♪ そりゃ、首を左(前から見て右側)に傾ける昭和ランナーだろ! 古っ!
・・っていう細かすぎて伝わらないコネタから入ってみようか。いや、どうも、あの唇の左端を上げてた演技の意味が(ほとんど)理解されてないみたいだから、演出・岡本伸吾らのこだわりを解説したい。何と、ツイッター検索でもYahoo!リアルタイム検索でも、つぶやきが1つもヒットしなかった。
今回の長距離ランナー・野桐俊(清原翔)には、明らかに2人のモデルがいる。現役のトップランナー、設楽悠太(前・マラソン日本記録保持者)と、大迫傑(現・日本記録保持者)。クセのある個性的な性格は2人のミックスだけど、唇は明らかに設楽選手を左右逆転させたもの。設楽は、口の右が上がってるのだ。
それに対して野桐(上の写真は公式サイトより)は、唇の左(前から見て右側)を何度も上げてた。だから、変わり者仲間の紐倉(山下智久)も、真似して軽く唇の左を上げてたのだ。美青年はリアクションが薄いから、3倍増しの角度で注意深く見る必要がある(笑)。光と影の境界が、唇の左上だけ小さくくぼんでる辺りもポイント(細かっ・・)。
☆ ☆ ☆
で、そんな事より、本質的な問題に入ろう。「くっそ~」のサインだ♪ コラッ! そうじゃなくて、磯辺焼きだ♪ そこか!
いや、あれは結構、重要だった。紐倉が甘いもの食べたいと唐突に言い出して、牧野(菜々緒)が磯辺焼きを用意するボケ、山P「しょっぱい」(笑)。その後、高家が、遺伝子をくっつける糊(ノリ)と海苔(ノリ)を重ね合わせるボケを口にして、紐倉がまた突っ込み。
どこまでが原作マンガ通りなのか分からないけど、田辺茂海苔(笑)・・じゃなくて茂範の脚本は冴えてた。コミカルだし、本質をついてたのだ。
磯辺焼きの「磯辺」は、食べ物全体から来る言葉じゃなくて、単に海苔を巻いてることから来てる。「部分的に後から何かをプラスすることで大きな変化」を生み出してるわけだ。これぞ、クリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)による遺伝子操作の核心。
上の画像は英語版ウィキより。周囲の白い背景も含めて、全体は人間の細胞だ。磯辺焼きみたいな肌色の部分が、細菌の免疫システム(クリスパー)のたんぱく質9番(キャス・ナイン)と、それに取り込まれた人間の遺伝子DNA。
もともとのDNAのターゲット遺伝子部分(薄い緑)をカットして、別の遺伝子(濃い緑)をプラスする遺伝子編集で、働きが大幅に変わる。プラスした濃い緑色の部分こそ、磯辺焼きの海苔♪ それだけで全体の評価が激変。強迫性障害の野桐のルーティン(きっちり決まった形の動作)でさえ、少し変化したほど。
☆ ☆ ☆
部分的にプラスすることによる大きな変化は、『インハンド』全体の主題でもある。つまり、紐倉にとって義手という右腕がそうだし、助手という「右腕」もその類。
ただし、部分的にプラスしてるから、たまに妙なアクシデントが起きてしまう。それを冒頭で示したのが、紐倉の義手の充電切れ。終盤で示したのが、遺伝子操作のオフ・ターゲット効果(狙いではない遺伝子に傷)による、野桐の悪性リンパ腫発症。全体の物語の枠組みがキレイに構成されてるのだ。
冒頭、紐倉と握手した瞬間に義手の電池が切れたから、網野室長(光石研)が義手を右手に付けたままになってるカットは笑えた♪ 黒いから、ちょうど海苔に見える。
電池切れだと本当に義肢が全く動かなくなるのかどうかは、来年の東京パラリンピック2020までに研究しときたい。案外、他人事じゃなくなるかも。。
☆ ☆ ☆
握手した義手が外れなくなるくらいなら笑って済むだろうけど、10000mのレース終盤にトラックで倒れて病院に運ばれるのはまずい。だからやっぱり、「ドーピングって」「しちゃダメなの」。
・・と考えるのがフツーかも知れない。安全性と平等性、この2つが、ドーピングを厳しくチェックして禁止するための主な理由だろう。その他に、人権の問題もある。組織や国家に無理やりドーピングさせられるのなら、選手にとっては人権侵害だ(旧・東ドイツとか)。
WADA(世界アンチ・ドーピング機関)の公式サイトだと、禁止の根本的理由はなかなか見当たらない。上はJADA(日本アンチ・ドーピング機構)の「よくある質問 ドーピングはなぜいけないのですか?」に対する回答。やはり、フェア(公正さ)と健康がポイントとなってた。
☆ ☆ ☆
ただ、少なくとも今現在、ドーピングする選手は、自分でリスクを理解して選択する方が普通だと思う。健康被害のリスク、バレて出場禁止や社会的バッシングを受けるリスク。スポンサーから損害賠償請求されるリスク(かつての自転車王、ランス・アームストロングとか)。そして、自分自身の罪悪感に苦悩するリスク。
それらを上回るメリット、魅力があるのだろう。自分の限界を超えた景色を見ること、それこそ、『バラ色の人生』。ダメだとクギを指しても無駄なのだ。人間は木材じゃないからクギは刺せない(by紐倉♪)。
陸上、自転車、水泳、重量挙げなど、単純な身体能力が問われる競技だと、ドーピング違反の摘発は相次いでるし、まだ発覚してない違反も数多いはず。クリーンと言われて来た日本人選手でも、最近はたまに話題になる。
女子陸上競技の世界記録を見ると、驚いたことに、100m、200m、400m、800m、すべて30年以上(!)も前のものだ。特に100m、200mのジョイナーは、記録達成直後の引退、最後の38歳での突然死も含めて、あまりに目立ってる。ただしドーピングの証拠はないとされる。
一方、別の方向から問題を突き付けて来たのが、義足アスリート。妙なスキャンダルで消えてしまった短距離走のピストリウス(南アフリカ)や、走り幅跳びのマルクス(ドイツ)らは、健常者と一緒に戦うことを望んだ。
さらに、女子800mなどの中距離走であまりに強すぎるセメンヤ(南アフリカ)は、男性ホルモンのテストステロンの値を下げないと出場できないことになったが、まだ論争は続いてる。ちなみに男子選手の記録と比較すると、全く通じないレベルに過ぎないから、あくまで女子選手としての登録を目指すはず。男女の性別で、記録はハッキリ違ってる。
☆ ☆ ☆
結局、どこまで認めて、どこから禁止・制限するか、何が平等なのか、今後もずっと基準や考え方が揺れ動き続けるはず。現在の本物の日本人トップランナー、設楽と大迫にしても、ナイキの厚底高速シューズを履いて記録を出してるのだ。以前、問題になった、水泳の高速水着を思い出してしまう。
視野を広げると、入学試験にスマホやパソコン、ネットを認めるかどうかも、色々議論されることになるだろう。自分の脳に、何かをプラスしてでも上に行きたい。難問を解決したい。それが人間の欲望、本能的欲求。
それでも多くの人は、大勢で競うこと、みんなで行動することを望むだろうから、どこかで必ず周囲との和解や妥協、調和の動きが出る。
たった一羽で孤独にスピードと喜びと純粋な美を求めてた、かもめのジョナサン(原著1970年)も、やがて仲間への愛や譲歩、優しさを覚えていくのだ。半世紀後の完全版(2014年)だと、わざわざ天国から現世に復活して(?)、変わり者の後輩に優しい配慮を示すらしい(ネタバレか!♪)。
自由に飛ぶこと、自由に生きることは、こんなに素敵なんだよ。ほら、君も、飛ぶために飛ぼうよ。生きるために生きようよ。こんなに楽しいんだから。。
☆ ☆ ☆
実はドラッグの問題も微妙な部分を含むけど、それを書くとサイバーパトロールに睨まれそうだから止めとこう(笑)。一般人に合法的に、限界を超える景色を見せてくれるのは、VR(ヴァーチャル・リアリティ)やAR(拡張現実)か。とりあえずは、夜の夢で超現実的な世界を楽しみたい。
あるいは、あの一瞬だけ限界を超えるとか♪ どの一瞬だよ?! 案外、マラソンランナーに男性が多いのは、ランナーズ・ハイ(走者の精神的高揚)が長続きするからかも(笑)。やっぱり女性の勝ちだな・・とかまとめつつ、今日はそろそろこの辺で。。☆彡
cf. 明るい未来は僕たちの手の中に~『インハンド』第1話
失ったものを受け入れて生きていく~『インハンド』第3話
右腕=助手で泣いて、笑って・・~『インハンド』第5話
(計 3680字)
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