ペアノの公理、自然数の加法(足し算)、結合法則の証明~論文『算術原理』(1889年)
イタリアの数学者ペアノの『算術の諸原理』(ARITHMETICES PRINCIPIA、ラテン語)と題する論文が先駆的で重要なのは、6年ほど前から分かってたが、詳しく調べたのは1年前のことで、今まで記事を書いてなかった。既に10年前から、小学校から大学レベルまで一通りの記事は揃えて来たという思いもあった。
ただ、以前と変わらず英語圏でも、算数や数学の基礎理論を原書に基づいて具体的にとらえ直す作業は非常に少ないようなので、久しぶりに書いてみよう。既にアップしてある12本の記事(以下、参照)との重複はなるべく避けるよう心掛ける。最も読まれてるのは、素朴な疑問から始めてる1本目の記事だ。
自然数に関するペアノの公理~論文『数の概念について』に即して
0、1、「次の数」に関する哲学的考察~フレーゲ『算術の基礎』
☆ ☆ ☆
まず、「算術の諸原理」(算術原理と略記)と、当サイトで10年前に扱った論文「数の概念について」(1891年)との関係について。「数の概念について」の冒頭で、本人が次のように説明してた。小野勝次・梅沢敏郎訳、共立出版の日本語訳より引用。
私の「算術原理」の中で私は正の整数、分数および無理数の理論を論理学の式によって表現した。しかし、演算(函数)の理論の大要を紹介することによって、数のある性質を他のより一般的なものに帰着させることができ、またより簡明な形で取り扱うことができることになる。
要するに、2年後の論文「数の概念」の方が一般的なのだ。例えば加法(足し算)を考える時にも、他の似た演算をまとめた一般論を語る形になってる。それが「より簡明」かどうかは読み手の主観の問題も大きいが、一般性を求めて前進(または変化)してるのは確かだ。
いわゆる「ペアノの公理」(英 Peano axioms)の書き方も違って、「算術原理」では9つの「公理」を冒頭に掲げてるが、「数の概念」では5つの「原始命題」になってる。つまり、性質が異なる4つは別扱いする形で、数にとって本質的な5つのみを残してたわけで、実際、現在の数学でもこの5つをペアノの公理とすることが多いという指摘もある(英語版ウィキペディア)。「数の概念」の訳本もその立場となってる。
とはいえ、「算術原理」の方が2年早いし、こちらの方が英語圏では有名なようで、題名の影響もあるのかも知れない。ともあれ、この論文の冒頭を見てみよう。ラテン語の原書は Internet Archive で公開中。副題は「NOVA METHODO EXPOSITA」(新しい方式で提示された)。
なお、英訳をネット上で2種類発見したが、片方は数人の個人による草稿で未完成(論理的誤りもある)、もう片方は著作権の扱いが不明だから、リンクは付けないことにする。
☆ ☆ ☆
論文の最初で、論理学を準備して、ここからが算術(または算数)の話。最初に「公理」が9つ並んでる。複数形 Axiomata. だから、正確に訳すと「諸公理」。公理系とまで訳してしまうと、訳し過ぎだろう。
書き方、表記法が独特で、慣れるまでは読みにくくて分かりにくい。いちいち「.」(ピリオド)で区切るし、その次の区切りは「:」、さらに「∴」「::」と区切っていく。点の数が1コ、2コ、3コ、4コと変化するから、ペアノ本人にとっては規則的で分かりやすいのだろう。「⊃」は「ならば」と訳すが、本来は、前から後ろが「演えきされる」という意味だ。
1. 1εN. (1は、あるNだ。 ; 1はNのある要素だ。)
(引用者による注) 上の左側の訳がペアノ自身の説明に即したものだが、以下では分かりやすさのため「・・の要素」と略記。ただし9を除く。
2. aεN.⊃.a=a. (aがNの要素ならば、a=a。)
3. a,b,cεN.⊃:a=b.=.b=a. (a、b、cがNの要素ならば、a=bとb=aは同じことだ。)
(注) cは関係ないので、次の4の始めと混同した入力ミス。
4. a,bεN.⊃ ∴ a=b.b=c:⊃.a=c. (a、bがNの要素ならば、a=bかつb=cならa=c。)
(注) 最初にcを入れるのを忘れたミス。上の注も参照。
5. a=b.bεN:⊃.aεN. (a=b、かつbがNの要素ならば、aはNの要素。)
6. aεN.⊃.a+1εN. (aがNの要素ならば、a+1はNの要素。)
7. a,bεN.⊃:a=b.=.a+1=b+1. (a、bがNの要素ならば、a=bとa+1=b+1は同じことだ。)
(注) +という演算、写像は1対1の対応だということ。
8. aεN.⊃.a+1 ─= 1. (aがNの要素ならば、a+1=1でない。)
(注) 横線は否定(ノット)の意味。今なら¬などの記号を用いる。要するに、1がNの最初の要素で、1+1、(1+1)+1・・・と続くということ。
9. kεK ∴ 1εk ∴ xεN.xεk:⊃x.x+1εk::⊃.N⊃k. (kがある集合で、1はkの要素で、任意のxについてそれがNとKの要素ならx+1もkの要素であるならば、Nはkに含まれる。)
(注) いわゆる数学的帰納法のこと。「任意の・・」を小文字の添え字で表すのは、省略されることが多いが、ここでは「⊃x」と書き添えてある。
☆ ☆ ☆
2年後の「数の概念について」では、上で「+1」と書いてる所は単なる「+」になる。つまり、+という記号は二項演算とか2変数関数というより、一項に対する右作用演算になり、「+」を1回行う演算が「+1」とされる。「+」を2回続けて行う演算が「+2」。
一方、「算術原理」におけるペアノの「+」や加法(足し算)の扱いは、普通の感覚に近い。まず、1に続く2、3、4、・・・といった自然数を、+1の足し算の形式で定義する。公理に続く「Definitiones.」(諸定義)。1行にまとめられた定義なのに複数形のタイトルを付ける辺りも、日本人にとっては細かく感じられる。
10 定義 2=1+1 ; 3=2+1 ; 4=3+1 ; etc.
上の最後の無限に続く箇所を「etc.」(エトセトラ)で済ませていいのかどうか気になるが、必要なら、5=4+1、6=5+1と増やせばよいということか。
少し飛ばして、いよいよ加法の定義に向かおう。原文には「加法の」という言葉は付いてないし、「Definitio.」だから単数形。つまり、既に何度も使われてる「+1」を除く加法は、1つの定義で済ませてる。
18 a,bεN.⊃.a+(b+1)=(a+b)+1 (a、bが自然数ならば、a+(b+1)は(a+b)+1で定義される。)
☆ ☆ ☆
上の足し算の定義の意味や意義は、実際に足し算の証明をしてみるとよく分かる。以下、ペアノの証明法に近いやり方で、私が証明しておく。
☆1+2=3の証明
1+2=1+(1+1) (2の定義)
=(1+1)+1 (加法の定義)
=2+1 (2の定義)
=3 (3の定義)
(証明終)
☆2+3=5の証明
2+3=2+(2+1) (3の定義)
=(2+2)+1 (加法の定義)
=(2+(1+1))+1 (2の定義)
=((2+1)+1)+1 (加法の定義)
=(3+1)+1 (3の定義)
=4+1 (4の定義)
=5 (5の定義)
(証明終)
要するに、加法の定義を1回使うごとに、右側で足す数が1ずつ小さくなるのだ。1+2=3の証明では、加法の定義を1回使って、1+1(=2)へと帰着させる。2+3=5の証明では、加法の定義を2回使って、2+1(=3)へと帰着させる。
ちなみに、ペアノに似せた現代的なシステムだと、普通は0も自然数と考えて、「+0」へと帰着させる。例えば、1+2=3の証明なら、加法の定義を2回用いて、1+0(=1)へと帰着させることになる。
☆ ☆ ☆
では最後に、加法の結合法則の証明を行う。ペアノ自身の書き方は分かりにくいし、補足的説明も必要だから、ここでは私がわりとペアノに似た形で証明する。以下、a、b、cはNの要素。cに関する数学的帰納法を用いる。
☆a+(b+c)=(a+b)+cの証明
a+(b+1)=(a+b)+1 (加法の定義)
a+(b+c)=(a+b)+c と仮定すると、
a+(b+(c+1))
=a+((b+c)+1) (加法の定義)
=(a+(b+c))+1 (加法の定義)
=((a+b)+c)+1 (仮定)
=(a+b)+(c+1) (加法の定義)
公理9(数学的帰納法)により、
すべての自然数cについて、
a+(b+c)=(a+b)+c
(証明終)
☆ ☆ ☆
上の仮定で、普通はc=kで成り立つと仮定すると・・などと書く所だが、ペアノは元の文字cのままで書くので、それを尊重した。文脈を作る接続詞が無いのも特徴。あと、ペアノ本人は、a+b+cを(a+b)+cで定義した後、a+(b+c)=a+b+cを証明してた(定理の23番、下図)。
この後また、別の記事も追加しようと思ってる(追記:既に追加済、下のリンク)。とりあえず、今日の所はこの辺で。。☆彡
cf.ペアノの自然数論、減法(引き算)、乗法(掛け算)、除法(割り算)~論文『算術原理』2
(計 3871字)
(追記61字 ; 合計3932字)
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