盗んだ絆、釣りのルアー(疑似餌)~是枝裕和監督・脚本『万引き家族』
4年半前の2015年夏、フジテレビのドラマのレビューで、「盗まれた手紙」を話題にした。
エドガー・アラン・ポーの小説『盗まれた手紙』との比較~『恋仲』6話
知る人ぞ知る、この興味深い短編小説についてのあらすじその他は、上の記事で書いたことだし、ここでは省略しよう。今回、たまたまアマゾンのプライムビデオで見つけた映画『万引き家族』を無料で鑑賞して感動した後、小説「盗まれた手紙」を思い出したのは、映画のキャッチフレーズがこうなってたからだ。
「盗んだのは、絆でした。」
1年半前、2018年6月公開のこの映画で急死する高齢者の役を好演した樹木希林は、3ヶ月後に本当に急逝。カンヌ国際映画祭・パルムドール(最高賞)が、永遠の旅立ちへのはなむけとなった。お世辞とか気遣いの美辞麗句は抜きにして、素晴らしい作品と演技を遺してくれたと思う。
ちなみにフランス語のタイトルは、「UNE AFFAIRE DE FAMILLE」(家族のある問題、事件)、英語タイトルは「Shoplifters」(万引き犯人たち)。どちらも日本語タイトルとは微妙にずれたものになってた。
☆ ☆ ☆
さて、日本語公式サイトの映画紹介「ABOUT THE MOVIE」の最後には、「・・・万引きなどを重ねていくうちに、一層強く結ばれる一家。だがそれは、社会では許されない絆だった」、「真の“つながり”とは何かを問う・・・」と書いてある。
これは映画の素晴らしさ、温かさをPRするためのややミスリーディングな(誤解を招きやすい)説明だろう。これだと、万引き家族の絆こそ真のつながりであって社会が許さないだけだ、という「誤解」も生じてしまう可能性もある。
つまり、少年・祥太(城桧吏:じょう・かいり)も、幼女・ゆり=リン=じゅり(佐々木みゆ)も、血縁的な家族には恵まれてなかったから、柴田治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)の夫婦が2人を「万引き」(誘拐)して、真のつながりを持つ家族にしたという、分かりやすいイメージ。
本物の親が、あるいは社会が「捨てた」人間を、大切に「拾った」だけの、人間らしくて温かい生活。もしかすると監督・脚本の是枝裕和も少し共有してる考えかも知れない。
☆ ☆ ☆
しかし、2時間の上映時間の内、最後の30分の種明かし的な部分で、万引き家族という「疑似」家族は一気にバラバラに崩壊。社会という大きな魚に立ち向かった「スイミー」(小さな魚、絵本のタイトル)たちの反抗は失敗して、「ワークシェア」(少ない仕事を分かち持つこと)なんて綺麗事も吹っ飛ぶ。
さらに男性警察官(高良健吾)、女性警察官(池脇千鶴)らによって、隠されたブラックな事情も明かされた。実は治(本名・エノキ祥太)には、信代(本名・タナベユウコ)の前の夫を殺して埋めた前科があったらしい。だから、初枝おばあちゃん(樹木希林)がポックリ死んだ後、家の地中に埋めて隠したのは、2回目の作業だった。
治=祥太はおそらく数年以上の実刑。信代は正当防衛で無罪判決になったようだが、クリーニング店の悪女仲間(松岡依都美)に軽く脅迫された時、「殺す」と怖い顔で言って凄んでたのを見ると、恐ろしく攻撃的な側面も内に秘めてる。
信代は刑務所の面会室で、やっぱり自分たちではダメだと言いつつ祥太を本物の両親のもとに帰そうとする。信代の腹違いの妹ではないらしい亜紀(松岡茉優)も、仲良しだった初枝おばあちゃん(樹木希林)は単なる金目当てだったのかと疑いを持つ。
☆ ☆ ☆
一番最後のささやかな救いとなってたのが、子どもたち。先に祥太(と呼ばれる本名不明の少年)は、半年ぶりくらいに「治」のもとに遊びに来て、釣りを楽しんで新しい家に宿泊。自分が万引きで逃げる途中に大ケガして入院した際、治が自分を捨てて逃げようとしたことを確認。
翌日、施設に戻るバスの中で、歩道を走って追いかける治に向けて「お父さん」と初めて口にしたように見えた(唇のかすかな動き)。治が「おじちゃん」に戻ると言った後、ようやく「お父さん」と呼んだということか。最初で最後、帽子を脱いで。実は映画の最初のタイトルは「声に出して呼んで」だったという裏話も出てた。幼虫からセミに成長して、音を出してと。
そしてエンディングは、本物の両親の家(小さい団地か)のベランダで1人で遊ぶ、じゅり。祥太や信代たちにもらったと思われるビー玉を集めた後、箱に上って、高い塀の向こう側に何かつぶやこうとしたのだ。そこで画面はいきなり黒くなって、映像なしの文字だけのエンドロール。
安くて小さなビー玉をビンに入れる動作の映像は、祥太がケガして捕まった時、果物(オレンジ?)がバラバラに散らばった映像の反対となってる。つまり、バラバラになった疑似家族の絆を、自分の手で空想的・幻想的に取り戻そうとする思いの象徴表現なのだ。無意識的な意志を表す原初的パフォーマンス。
といっても、じゅりの切ない思いはもう、万引き家族のみんなには伝わらないわけだが。本物の両親にも、周囲の大人たちにも。そして天国の本物のおばあちゃん、偽物のおばあちゃん、かりそめのおじいちゃん(駄菓子屋やまとや:柄本明)にも。。
☆ ☆ ☆
ここで、ポーの小説「盗まれた手紙」のネタバレ的な核心部だけを簡単に振り返ってみよう。
ある婦人の大切な手紙を、「万引き大臣」が目の前で盗んで、代わりに偽物の手紙を置く。次に、名探偵デュパンが万引き大臣のすぐそばで盗んで、代わりに偽物の手紙を置く。「万引き探偵」が盗んだ手紙は、警視総監が受け取って、代わりに小切手を置いて立ち去る。
(第1段階) 婦人(本物)
(第2段階) 婦人(偽物)、万引き大臣(本物)
(第3段階) 婦人(偽物)、万引き大臣(偽物)、万引き探偵(本物)
(第4段階) 婦人(偽物)、万引き大臣(偽物)、万引き探偵(別物)、総監(本物)
この物語。結局、その手紙の内容(本文)は読者には不明だし、最後に婦人のもとに無事返されたのかどうかも不明のまま。婦人と万引き大臣のもとには、それぞれ別の偽手紙が残っただけだし、名探偵のもとの小切手もまだ換金されてない紙切れ。警視総監が持ち帰った手紙も実は偽物の可能性が残ってる。
みんな、本物を追い求めて、一度はそれを手にした気分になる。しかし、本物は常にすぐ自分の手を離れて、偽物(あるいは別物)だけが残される。
その点を、言語論・記号論と欲望の対象の欠如に結び付けて論じたのが、小説の舞台パリに実在した精神分析家ラカンだが、それはまた別の機会に回すとしよう。
☆ ☆ ☆
似たパターンで、映画『万引き家族』の物語を図式化すると次のような感じになる。2人の子どもの立場で、「手紙」の代わりに「絆」の変化を考える。
(第1段階) 両親と子どもの血縁(虐待付き、不仲)
(第2段階) 万引き家族(同居の絆、仲良しの雰囲気、非血縁・不法)
(第3段階) 警察(一時的な職務上のつながり)
(第4段階) 親なしの施設(祥太)、両親との不仲な血縁(ゆり=じゅり=リン)
「絆」を「盗んだ」プロセスが次々と続くだけで、どこにも「真のつながり」など存在しない。わりと仲良しの雰囲気があった万引き家族も、よく見ると映画紹介で「いつも笑いが絶えず」と言うほど笑顔に満ちてたわけではないし、裏では数万~数十万円単位でいつもお金が動いてた。
本物の母親ではないらしい初代ばあちゃんが死んだ後、治と信代はへそくりや年金を手に入れて喜んでたし、ばあちゃんも亜紀を自宅に同居させることで、亜紀の本物の両親から月命日にこっそり3万円を取得。だからこそ亜紀だけ生活費を入れなくて良かったわけで、自分の前夫が新しい妻と作った息子(緒方直人)の娘を「万引き」したのだ。パチンコ屋の隣席の玉みたいに。
結局、大人の中で一番不幸なのは、刑務所に5年(?)いることになった信代より、むしろ亜紀だろう。実家では、親の愛を妹・さやかに奪われて(「万引き」されて)居場所がないようだし、疑似家族も崩壊して、元の家はからっぽ。心の支えのおばあちゃんにも疑惑が膨らむばかり。心の支えはほとんど欠如。外見の可愛さと若さだけが支え。
イメクラ的な性風俗のお客さん(4番さん:池松壮亮)に接近しても上手く行かないはず。いつも制服と紺のハイソックスを身に着けて脇乳を揺らす女子高生・さやかを演じるわけにはいかないし、2人の間に適度な境界(マジックミラー)があるわけでもない。彼は寡黙というより発声の障がい者だろう。そしてそもそも、彼が好きなのは「さやか」、亜紀の妹なのだ。
☆ ☆ ☆
最後に、私はこのレビューのタイトルを当初、「盗まれた絆、線香花火のように」とする予定だった。隅田川の花火大会が全く見えない家の縁側の小さな灯りは、望遠レンズが遠くから撮影して、線香花火に見えたのだ。
ちなみに本物の花火は全く映されてないので、意図的な演出。音と建物の灯りのみ。「おしまいだね」といった台詞を信代、治、ばあちゃんの3人が反復。その後、海水浴の楽しい思い出を作った後、ばあちゃんの命もおしまい、続いて疑似家族もおしまい。
もちろん、じゅりの行方不明がテレビで放映された直後、じゅりが元々来てた洋服を庭で燃やす時の炎のゆらめきも含めて。また、おばあちゃんが手を合わせてた2つの仏壇(自宅、亜紀の自宅)と、行政によるおばあちゃんのごく簡素な葬儀のお線香も意識して。
☆ ☆ ☆
ただ、映画の全体を見直すと、実は釣り(フィッシング)がストーリーや映像と本質的に関わってる。祥太のお気に入りの「スイミー」も魚の物語だけど、むしろルアー(疑似餌)というもの、概念がポイントだ。
美味しそうなエサに見えるルアーに魚が飛びつくと、釣られてしまう。すぐ放してくれる釣り人が相手でも痛いだろうし、そうでなければ食べられるか捨てられる。それでも魚は偽物のエサに食いついてしまう。下は釣具店の水槽。
人間も、ルアーのような偽の対象につい釣られてしまう。目先のお金や物(万引きの対象その他)、表面的な人間関係、偽物の家族愛。何度、失敗しても止められないのはやはり、本物の満足などどこにもないからだろう。本物のエサを見つけて食べたところで、すぐ腹は減ってしまう。
自分が生きてる限り、満足はごく一時的なものであって、だからこそ本物をいつまでも夢想する。それと同時に、かりそめの満足も常に求め続けるのだ。
盗んだ釣り竿かどうかはともかく、ルアー・フィッシングを楽しむ祥太はイケメンで、立派な男の子として大きく成長してるらしいから、今後はいくらでもかりそめの恋愛の快楽を得ることが可能。釣ると同時に、釣られる疑似恋愛ゲーム。少なくとも、大ケガするまでは。。
☆ ☆ ☆
なお、もう時間も字数も残ってないが、この名作には細かい笑いも散りばめられてたし、伏線の回収も精密だった。
例えば、治の骨折の描き方。まず出発前、メール出してサボろうかなとか言いつつ、仕事に向かおうと玄関に。すると靴に入ってたばあちゃんの爪が足裏に刺さる。移動の車内では、他の日雇い労働者がメール1本でサボったことが激怒されてた。今度ぶん殴ってやるとか、どうせ使えない奴だけどとかいう言葉を横で聴きながら、助かった・・と内心、冷や汗を流す治。
ところが骨折して、まさに使えない奴として松葉杖で帰宅。労災のお金を期待して、信代とかが優しく接してたのに、結局は労災が降りなくてガッカリされてた。
その後だからこそ、夏のにわか雨の中での久々の夫婦生活で治は喜んでたのだ。亜紀には強がってみせてたけど、オレもまだ男として役に立つんだなと。男性視聴者の一人としてはむしろ、松岡茉優と4番さんの激しい抱擁を見たかったけど♪ 若手女優だから、事務所的にはあれが精一杯の性的サービスか。「どてごろ」(童貞殺し)なんて言葉も新鮮。
ほっぺたにおたふく風邪がうつったとか自虐ギャグを飛ばしてた安藤サクラが上手いのはもちろんだけど、最優秀助演女優賞はやはり、佐々木みゆちゃんに贈っとこう。撮影当時の年齢は6歳だったはずなのに、極度に複雑な人間関係をごく自然に演じてた。
ささやかな人々の生活を遠くから引きの映像で綺麗に映してたカメラ(撮影・近藤龍人)、たまに控えめに響いてた細野晴臣の音楽(ギターみたいなBGM)にも拍手しつつ、今日はそろそろこの辺で。。☆彡
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