闇夜に浮かぶ蒼い月、はるか遠い場所~『野ブタ。をプロデュース』第9話(再放送)
先生は 取り返しのつかない場所に行ったこと ありますか?
うん あるわね
一人で戻って来たんですか?
ううん 友達だね
そうですか
友達が連れ戻してくれた
人を助けられるのは 人だけなのかも知れない
誰かがいれば 取返しがつかない場所からでも 戻ってこれる
(脚本 木皿泉)
☆ ☆ ☆
再放送の冒頭、2人の挨拶が和気あいあいで、いいね♪ リモート撮影のCG合成ってことか。放送中の2人のプライベートなやり取りも流せばいいかも。
さて、15年前の本放送で『野ブタ。をプロデュース』第9話を見た時、蒼井かすみ(カスミ:柊瑠美)の悪意や描き方の異常さが気になってしまって、この回の全体的な評価はそれほど高くなかった。実際、当時のレビューは、珍しく長めの不満から書き始めてた。
取り返しのつかない場所からの帰還 野ブタ第9話
しかし今日、久しぶりに見直すと、素晴らしいエピソードだなと素直に感動、ウルウルできた。グッジョブ☆
理由は色々ある。まず、本放送の終了直後に読んだ白岩玄の原作小説の知識(原作レビューはこちら)。要するに、カスミの異常な心理や行動は、実は原作だと修二の心に潜んでるものなのだ。図式的にはこうなる。
ドラマの修二+彰+カスミ = 原作の修二
だから、ドラマのカスミと修二の対決は、原作の修二が自分の中で色んな思いの衝突を経験する姿なのだ。
ドラマの修二vsカスミ = 原作の修二の心の葛藤(ぶつかり合い)
そう考えると、カスミがプロデュースに参加するのも理解できる。冒頭、カスミが自宅に勝手に上がり込んで作ったハンバーグをゴミ箱に捨てた後、帰っていくカスミを追いかける修二が(内心)つぶやいた言葉の解釈も変わって来る。
「 嫌いとかそうゆうレベルじゃない オレはこいつが・・・」
「何考えてるか分からないこいつが 怖い」
オレが怖い「こいつ」とは、もう一人のオレ。自分でもよく知らない、コントロールできない、怪しくて危ないオレ。
そう言えば亀梨和也の主演映画の一つは、『俺俺』(2013年)。私は見てないし、星野智幸の原作小説も読んでないけど、当時の映画公式サイトには、色んな姿の亀梨の画像が出てた気がする。キャッチフレーズは「オレだらけの世界へようこそ」。これ、まさにドラマの『野ブタ。』の世界だろう。
☆ ☆ ☆
今回、評価が上がった2つめの理由は、蒼井カスミの映像的な描き方が芸術的だと気づいたから。以前は私も、主要な登場人物の物語、ストーリーとして見る傾向が強かったけど、今では映像作品の映像そのものにも自然に目が留まる。
15年前、ドラマ終盤のキャサリン(夏木マリ)とデルフィーヌ(忌野清志郎)が夜空の月を見上げるシーンを見た時、詩的でキレイだな・・とは思ったけど、この月の色が「蒼い」ことには気付かなかった。「蒼井」カスミのメタファー(比喩、隠喩)だと分からなかったのだ。
なぜ、もっとキレイな満月ではないのかも分からなかった。実はオンエア当日(2005年12月10日)の月齢を調べると(細かっ・・♪)、本当にこのくらい月が欠けてたらしいけど、要するに、人間的な心がかなり欠けた蒼井のイメージだろう。
蒼い欠けた月 = 蒼井の欠けた心
こうした事が見えて来ると、あのクロネコ(黒猫)の見え方も変わるのだ。いきなりデルフィーヌの携帯に「友達になろう」と電話して来た、淋しそうな声の相手。「電話をくれたのはあなたかな」とカワイイ黒猫におどけてたずねた直後、キャサリンが夜空の蒼い月=蒼井に気付く。黒くて淋しい心で、取り返しのつかないほど遠くにいる存在に気付いたことの詩的表現。
するとその後、廊下の窓で一人、遠くを眺めるカスミに、キャサリンが気付いて、「何、見てるの?」と声をかけた流れも頷(うなづ)けるのだ。
デルフィーヌへの匿名電話 → 学校の黒猫 → 蒼い月 → 学校から遠くを眺める蒼井
これは見事な構成だ。言葉や文字には表れないし、視聴者の直接的な意識にも上らない、映像的な構成、仕掛け。映像の文法の具現化。大衆的なテレビドラマから、芸術系の映画に近づいてる。
☆ ☆ ☆
演出が変わってるのでは?・・と思って、エンドロールで確認すると、この回の演出家は佐久間紀佳(のりよし)。ちょうど3年前の亀&山Pドラマ『ボク、運命の人です。』の監督だった。
なるほど。そう言えば、ボク運の最終回の終盤でも、2人をつなぐ虹と指輪を映像的に重ね合わせてた。相合傘のフォルム(外形)の弓型まで利用して。
道理で、修二、彰(山下智久)、野ブタ(堀北真希)、カスミの4人で同時に見た自殺の夢の直後も、芸術的な映像にこだわってたわけだ。夢の同時性(シンクロニシティ)は、ユング的な集合的無意識の一例。
屋上のイスからの飛び降り自殺の跡にハッキリ残った、人の型。かなり強調した長めの映し方だったけど、先行する色んな芸術作品へのオマージュ(敬意を込めた模倣)だろう。
☆ ☆ ☆
例えば、80年代を代表するポップアート作家、キース・ヘリングの絵(イラスト)と並べてみよう。太くて柔らかい線と単純な色で描いた抽象的な人物の形で、両腕の肘を肩と水平の高さまであげてる点が特徴。ヘリング公式サイト、1982年の作品からトリミング(部分カット)して、少し左回転させて頂いた。
ヘリングの場合、同性愛者(ゲイ)である自分という存在を、どこにでもいる大勢の普通の人と同じように見て欲しいという主張や願望が読み取れる。ただし上の絵では、性の核心である下腹部が、大きな存在(ワニ怪獣)によって踏みつけられてる。彼の最期は、エイズ関連による死。
野ブタ第9話の人の型の場合、象徴的・幻想的な死んだのは、取り返しのつかない場所まで行ってしまったカスミの負の部分。あるいは、誰でもひそかに抱いてる、そこから抜け出したい自分自身の姿。だからこの後、修二は彰の家で、「もう一回やり直そうかな」と話してた。彰によるプロデュースはお断りで♪
ヘリングの他に私が思いつく芸術作品は、巨匠ヒッチコックの映画『めまい』(1958年)。高い場所から飛び降りて死ぬというモチーフ(主題、主要な要素)が重層的に反復される映画で、ポスターは高所恐怖症的なめまいの表現。これもトリミング&回転で並べると、野ブタとの類似がハッキリする。左右を反転させてるのだ。ウィキメディアより引用。
『めまい』のポスターだと、男性の人型の奥に、女性の人型も描かれてる。野ブタだと、修二とカスミの重ね合わせみたいなものか。修二と彰でもいいけど(笑)
☆ ☆ ☆
話を戻そう。今回、評価が上がった3つめの理由は、まりこ・・じゃなくてまり子(戸田恵梨香)が可愛くて可憐(いじら)しいから ♡
放課後の教室でカスミに泣かされる野ブタを助ける時のまり子は、『コードブルー』の緋山美帆子がちょっと入ってて、男前(笑)。ところがその後、修二に、ありがとうと言われた時には、一連の絶妙な表情を作ってた。「淋しがり屋がひとり いまにも泣きそうに・・」。第3話で流れた昭和の名曲、『真夜中のギター』の歌詞を思い出す(作詞・吉岡治)。
まり子! ・・・ありがとうな
・・小谷さん 大丈夫だよ
時間かかるかも知れないけど 大丈夫
本当のこと受け入れるのって すごく辛いけど
でも 出来ない事じゃないから
・・(無言で頷く)・・
ここでの「本当のこと」とは、カスミが野ブタの友達どころか敵だったこと。そして、彰とまり子の失恋を重ねて描いてた第7話。修二がまり子を愛してなくて、付き合ってるフリをしてただけだったこと。
修二は引き締まった顔と制服姿で、まり子に敬礼♪ 亀ドラマ『ストロベリーナイト・サーガ』か! 後ろでやさしく見守るPちゃんも、いいね♪ 多分、頭の中は、この日届いてるはずの通販のトレーニング用品と肉の焼き方のことで一杯だろうけど(笑)。『おしゃれイズム』か! 案外このシーン、両脚に力を込めて、ストイックに静的スクワットしてるのかも♪
☆ ☆ ☆
とにかく、15年の時を隔てて、その素晴らしさに色々と気付かされた第9話。物語の核心は、昔のレビューのタイトルに付けた通り。「取り返しのつかない場所からの帰還」。その本質は、当時から理解できてたから、『ボク運』第9話レビューでも、「取り返しのつかない未来からの帰還」というタイトルを付けた。
最悪の人間まで堕ちてしまった蒼井。学校を休んで家にひきこもってしまった、傷心の野ブタ。クラスメートに無視されるようになったし、まり子との恋愛ごっこも失った修二。酔っぱらって校長に辞表を叩きつけてしまった横山先生(岡田義徳)。
野ブタと修二は、友達が連れ戻しに来てくれた形で、帰還成功。横山先生は、担任の生徒や教師仲間が大量の嘆願書を偽造(笑)してくれたおかげで、何とか帰還。代わりにみんなが、私文書偽造で取り返しのつかない場所に行くと♪ ないだろ!
元・同級生で旦那を亡くしてる旅館のおかみの所まで旅行に出かけてしまった、おいちゃん(高橋克実)だけは、ちょっとパターンが違ってた。健康食品を売りつけられて、淋しく帰って来たのだ。友達が連れ戻しに来たというより、友達に追い返された形(笑)
☆ ☆ ☆
野ブタを学校に連れ戻すために、ビデオを作ろうとして、クラスメートに頭を下げる修二。まるで将棋の天才棋士・藤井聡太みたいな深いお辞儀♪(分かりにくっ・・)。
今 こうしてオレが言ってる言葉が
みんなに届いてないと思うと怖いです
死ぬほど怖いです
・・・届いてるよ 大丈夫 届いてるって♪
修二の孤立のキッカケを作った級友・谷口(大東駿介)が最初に協力の声を上げたことで、野ブタへのビデオ・メッセージが完成。野ブタも帰還できた。
ちなみに修二と一緒に野ブタのアパートかマンションに行った彰が、ドアをノックしながら、「コンコン、こうゆう時、使うんだ」と言ったのには爆笑♪ 冒頭、野ブタの「家内安全(アンゼン)」を受けて、「安産(アンザン)祈願」とボケたのも笑えた。脚本家ユニット・木皿泉のお得意のダジャレだろうけど、イヤイヤ期だったらしい山Pのアドリブかも。
☆ ☆ ☆
最終回の来週は、野ブタが蒼井を連れ戻しに行くシーンが涙を誘う・・って、ネタバレか!♪ なお、今回のレビューのタイトルに「はるか遠い場所」と書いてるのは、夜空の月と、修二の引っ越しを意識したもの。2020年の現在から見ると、2005年の『野ブタ』も、はるか遠い場所に浮かぶ月みたいなものだろう。
はるか遠い場所は、帰還すべき所とは限らない。魅力的な場所でもあるから、自由自在に往復すればいいのだ。現在と、15年前のドラマと、数十年前の芸術作品。そして、遠い昔の自分自身との間で。それでは今日はこの辺で。。☆彡
cf. 哲学者ニーチェ「神は死んだ。人間は仲間と創造のゲームで遊べ」~『野ブタ』第1話(再放送)
どんな服着てても笑える、好きな服ならもっと~『野ブタ』第2話(再放送)
真夜中に手をつなぐモグラ達、はかない奇跡の光~『野ブタ』第3話(再放送)
不意打ちのように訪れる、本当の心~『野ブタ』第4話(再放送)
「花の街」、七色の谷を越えて、リボンのキャッチボール~『野ブタ』第5話(再放送)
ちゃんとした人間になっても、道端の十円玉のままで~『野ブタ』第6話(再放送)
好きなものをあきらめて、自分という舟を好きになりたい・・~『野ブタ』第7話(再放送)
信じたいから信じる、本当の友達を~『野ブタ』第8話(再放送の前♪)
「山崎と海亀」がヤバイ♪、修二と彰は2人で1つ~『野ブタ』最終回(再放送)
(計 4636字)
(追記37字 ; 合計4673字)
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