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人間に戻りたくなった椅子、屈折したSM的欲望~江戸川乱歩『人間椅子』(NHKドラマ&原作小説)

一瞬、乱歩の原作小説を模倣して、手紙形式の記事にしようかと思ったけど、分かりにくいし面倒だから止めとこう。過去15年間、ウチのブログでそうした形を使ったのは、木村拓哉のドラマ『CHANGE』の最終回レビューだけかも。既に12年が経過。

    

さて、仕事や出張にあおられて、ここ半月ほどはほとんどテレビを見てなかったから、昨日(20年9月10日・金曜)の夜、ふと夕刊のテレビ欄をチェック。日付け変更後の11日・1時から、江戸川乱歩の『人間椅子』のドラマがあるようだから、録画の準備をして待ってた。放送時間は30分、ブログ記事のネタにもちょうどいい。

   

乱歩というと、小学校時代に探偵・明智小五郎シリーズを何冊か読んだのが最初。多分、図書館というか、図書室の本が多かったと思う。

   

その後、中学1年ぐらいで、なぜかたまたま家にあった『パノラマ島奇談』という妖しい小説を読んだ。大人向けの文庫本で、言葉も話も難しく感じたから、流し読みみたいになったけど、読みながらムラムラ、モヤモヤ、変な気分になった。内容は覚えてないけど、それ以来、乱歩という文字を見るだけで、反射的にエッチ、エロという言葉が浮かんで来る。

  

大人になってからは多分、ほとんど読んでなくて、ブログの暗号記事を書くために、青空文庫で『二銭銅貨』を読んだくらいか。後は、ラジオ英語講座で英訳を聞いたり読んだりした程度だと思う。

   

    

     ☆     ☆     ☆

さて今回、ドラマを見ながら同時に小説も読んだ、『人間椅子』。名前は小学生の頃から頭に残ってて、読んだつもりになってたけど、内容は全く知らないものだった。というか、私はどうも、他の何かと混同したイメージを持ってただけらしい。

     

ということは、小説の題名の奇妙さだけが頭に残ってたわけか。そもそも「椅子」という漢字は、小学生にはなかなか「いす」と読めない。普通に読むと、「きこ」(奇子)だろう。奇妙な女の子。

   

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1時開始の予定が、災害情報で2分遅れになって、1時02分にスタート。このタイトルバックは、色使いも文字も私の好みに近くて、乱歩らしい。

   

「妖しい愛の物語」というのは、第2シリーズ・3本のサブタイトルみたいで、最初は2016年12月末、NHK・BSプレミアムで放送(ウィキペディアより)。第3シリーズまで、合計9本はすべて、満島ひかりが主演。この名字、「まじま」と読むのかと思ってたけど、「みつしま」だった。有名な女優だけど、個人的には今までほとんど見てない。

  

  

     ☆     ☆     ☆

このシリーズは、気鋭の映像作家を演出家として起用したもので、今回は渋江修平。名前さえ知らなかったけど、検索すると、かなり活躍してるのが分かる。1985年生まれらしいから、制作時は31歳。

   

たまたまなのか、ある意味、関連があるのか、乱歩が『人間椅子』を発表したのも、31歳になる直前。1925年(大正14年)だった。文化・芸術の世界だと、強烈に自己アピールする年代。乱歩は奇抜な筋書(プロット)で才能を誇示。渋江も独特の映像作りを見せてる。

  

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上は渋江のtwitterより。衣装や髪型、お化粧も含めて、満島は若き美人作家として魅力的に撮影されてるし、イスの側から見た、お尻や背中の映像がユニーク。

  

お尻の下着(パンツ)映像は、連続的に多用し過ぎて、『タモリ倶楽部』になってしまってるけど、多分わざとだろう。要するに、シリアスとかホラーの路線ではなく、ほんのりコミカルな味付けなのだ。それは一番最初のシーンから、すぐ感じ取れた。

  

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上の映像、よく見ると、ヒロイン・佳子(よしこ)と肘掛け椅子の間に、男性が隠れてる。まさに、そのまんまのリアル人間椅子。映し方によっては、「座った位置」を性的に描くものになってただろうけど、渋江はむしろ軽い笑いを取りに行く。

   

夫らしき男性が、前が見えないまま、紅茶を飲もうとするけど、それを途中で佳子が奪い取って、男性の手が残念そうに震えるのだ。私が演出家なら、ここで佳子が読んでる本をひそかに『人間椅子』とか『江戸川乱歩全集』にして、ごく一部の視聴者のツッコミを誘うところか。

   

   

     ☆     ☆     ☆

このドラマ、最初の画面の左側にわざわざ、「ほぼ原作通り映像化」というテロップが出た。役者の台詞(セリフ)は無くて、小説の一部を朗読する形にもなってたから、私はすぐにタブレット端末で青空文庫にアクセス。正直、「ほぼ原作通り」とわざわざ最初に告知するほど似てるわけでもないから、これもパロディとか自虐の類か。

      

江戸川乱歩が亡くなったのは1965年だから、既に50年経過ということで、著作権が消滅して無料で読めるのだ。あと3年ほど後だったら、例のTPP関連で、保護期間が70年に延長されてたから、無料では読めなかった。

  

ただ、国立国会図書館は、民間の業者に配慮してるのか、デジタル資料はまだ一般公開してない。小説の初出の雑誌『苦楽』はそもそも保存されてないようだった。

   

200912b

    

ドラマのスタートは、「美しい閨秀作家・・」。恥ずかしながら、「閨秀」(けいしゅう)の意味が分からなかったから直ちに検索。要するに、優秀な女流作家という意味らしい。

  

小説の冒頭では、「彼女は今、K雑誌の・・為の、長い創作にとりかかっている・・」と書かれてる。ドラマは省いてたけど、これは小説の構成的には重要な部分。

   

Kというのは『苦楽』の頭文字だから、ヒロイン佳子が今まさに、この『人間椅子』を書いてるという、複雑でテクニカルな構成なのだ。小説『人間椅子』が佳子を描いて、佳子が小説『人間椅子』を書く。エッシャーのだまし絵みたいな、無限の自己言及的構造。

   

    

     ☆     ☆     ☆

以下は、どうしてもネタバレ的な内容になるので、ご注意あれ。あらすじは次の通り。

    

名もなき見知らぬ男から突然、美人小説家のもとに、原稿みたいな「手紙」が送られる。自分は醜い家具職人で、椅子作りが専門。外国人向けのホテルの椅子を頼まれた時、その椅子に自分が入り込むことを思いつく。食べ物も中に備えてるから、二、三日、中にいても大丈夫。

      

最初は、隙を見て椅子から出て、金品を盗むのが目的だったけど、やがて薄い皮を隔てた人間との接触、特に若い女性との接触に快楽を覚えるようになった。

  

その後、椅子はホテルから、日本人の官吏のもとへと転売された。書斎で椅子を使うのは、若くて美しい肉体の夫人。自分は彼女に恋してしまったから、一目、顔を見て言葉をかわしたくなった。それこそ、奥様、あなたなのだ。。

   

   

     ☆     ☆     ☆

最後のオチは後回しとして、ここまでの話を、説得力のある映像やイメージにするのなら、ポイントは当然、椅子になる。ヒロインは女流作家としても、主役は椅子だ。

   

ところが、今回のドラマに限らず、本当にリアルな人間椅子を描いたイメージはほとんど見当たらない。Googleで画像検索をかけても、ピッタリ来るものは無いのだ。

   

ということは、おそらく、この小説の最後のオチを考慮して、人間椅子という物をあまり本気にしてないのだろう。ドラマの中だと、3つのひじ掛け椅子が映されたが、どれも成人男性がひそめるようには見えない。

  

200912f

   

本当に、二、三日いられるような椅子なら、座る面はかなり高くして、背もたれも高くして、ひじ掛けも含め、全体的に分厚い作りにする必要がある。原作小説では、その点を考慮してるからこそ、わざわざ身体の大きな外国人向けの椅子とされてたわけだ。

  

ネットを見渡すと、アダルト系は除くなら、楽天の電子書籍coboのこの画像が一番リアルな部類かも。もちろん、これは椅子ではないけど、成人男性が座った形で、上に女性が座れるようにはなってる。

  

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     ☆     ☆     ☆

上の画像、作者は不明だけど、物語の本質もよくとらえてる。両手を後ろに回してるのは、表面的には肘掛け椅子だから、おかしい。ただ、本質の一つは、マゾヒスティックな拘束なのだ。自分を拷問する快楽。だから、後ろ手に縛られてるような姿勢で、首にも首枷があるように見える。男性の股間の象徴も、何かで封じ込められてる様子。

     

もちろん、椅子には「ある用途の為めに大きなゴムの袋を備えつけたり」してるから、物語的には、手で性的欲望を解放できるはず。排泄だけでなく、衝動の放出も一応、可能だろう。

  

ただ、「触覚と、聴覚と、そして僅の嗅覚のみの恋」と書かれてるから、音や臭いの伝達はある。ということは、少なくとも男が太腿や腰で女性を支えてる間、手で快楽の頂点を得ることは使えない。焦らし責めのような状態が数十分~数時間ほど続くことになる。だからこそ、手枷か手錠で男の両手が背中に縛られてるような画像が、インパクトを持つ。

   

それでいて、特殊な椅子の事情を知ってるのは男のみで、能動的・意識的に身体を使えるのも男のみ。普通の「座った位置」以上に、男性優位な性的ポジションになってるから、サディスティックでもある。

  

基本的には被虐的だけど、加虐的でもあり、リアルな透明人間を作るものでもある、夢のSM装置。それこそ、人間椅子なのだ。

    

    

     ☆     ☆     ☆

ただし、やはり人間は、椅子にはなり切れない。最後は、人間に戻りたくなってしまうのだ。椅子から出て、普通に女性と会って、お話してみたい。当時はまだ、ストーカー規制法どころか、ストーカーという言葉さえ無かった時期。

   

膨張した性的欲望は、椅子から飛び出すことになる。そして、「青い顔をして、お邸のまわりを、うろつき廻って」いるのだ。ハンカチで合図してもらえれば、「訪問者としてお邸の玄関を訪れる」ことが出来るように。

   

ところが最後、悪寒と身震いが止まらない彼女のもとに、別の封書が届く。「別封お送りしましたのは、私の拙い創作でございます。・・・如何でございましたでしょうか。・・・表題は『人間椅子』とつけたい考えでございます」。

  

200912h

    

上の画像は、衝撃で腰を抜かした佳子が、這いつくばって恐る恐る手紙に向かうシーン。シースルーのドレスから透けて見えるお尻と太腿がセクシーでエロチック。NHK的には、このくらいのサービスショットが限界か。

      

その後のドラマでは、黒いドレスに着替えた女性が夫にすがりついて、夜の山道を車で逃げ出すような心象風景が描かれてた。顔を隠した男たちが複数、ゾンビのように取り巻く姿。女性にとっては、二通目の手紙でオチを読んでも、とても単なる創作とは思えない恐怖ということになる。

     

200912g

  

     

     ☆     ☆     ☆

映画や演劇の世界では、劇の中に(別の)劇が挿入される「劇中劇」という形式がある。ここでは、「小説 中 小説」。乱歩の小説『人間椅子』の中に、男の同名小説『人間椅子』が入り込む。その様子を描くのが、女性が執筆する小説だろう。

   

乱歩の小説の中の、女性の小説の中に、男性の小説がある。「小説 中 小説 中 小説」。個人的には、ここまで複雑な構成は初めて見た気がする。あるいは単に、今まで気付かなかっただけかも。

   

とにかく、非常に興味深い小説&ドラマだった。せっかく無料公開されてることだし、乱歩の他の小説もいずれ読んでみたい。それでは今日はこの辺で。。☆彡

   

         (計 4482字)

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