鴨長明『方丈記』と座布団、三浦春馬にたむけるラブコメディー~『おカネの切れ目が恋のはじまり』第1話
(☆追記: 21年1月8日、新しい記事をアップ。
テレビ未放映、『カネ恋』幻の第5話~第8話における『方丈記』の引用と意味(大島里美『シナリオブック』) )
☆ ☆ ☆
ゆく河の流れは絶えずして しかも もとの水にあらず
淀みに浮かぶうたかたは かつ消え かつ結びて
久しくとどまりたるためしなし
世の中にある人とすみかと またかくのごとし
(鴨長明 『方丈記』)
☆ ☆ ☆
三浦春馬が急逝して、ほぼ2ヶ月。この間、ドラマのスタッフとキャストは大変だったと思う。撮影中の連続ドラマの主役級が自殺した時、どうすればいいのか。しかも、まさかのコロナウイルスの流行で非常に不自由な中で。
ちょうど2週間目の7月末に、ドラマ短縮放送の方針をした後も、全8話から4話完結へと変更だから、脚本(大島里美)の書き直しも編集も難しい。
それを考えると、昨日(20年9月15日)に放送された第1話は素晴らしい出来だったと思う。『おカネの切れ目が恋のはじまり」。流石は、「ドラマのTBS」。いずれ、元の脚本もどこかで公表されれば、比較してみたい。
上は、最初の偶然の出会い、恋のはじまりのシーンより。雑貨屋か食器店みたいな所でお皿を手あたり次第に買いあさる場面だけど、子どもみたいなあどけない笑顔がまぶしい。
あくまで社長の息子、お金に無頓着だけど純粋な心の持ち主・慶太を演じ切ってて、プライベートの影みたいなものは全く感じなかった。演技力なのか、それとも、この瞬間の素顔なのか。
☆ ☆ ☆
『方丈記』の冒頭と、方丈(小さな庵=いおり、離れの小部屋)の様子から始まった後、まもなく、九鬼玲子(松岡茉優)のお祈りシーンが映される。
あくまで、コメディの軽いツカミのエピソードとして、130円のくるみクッキー(九っ鬼ー)1個にお辞儀してるのだけど、訃報と方丈記の後だと、やはり三浦への祈りにも見える。
第1話の全体が、あくまで明るいコメディーとして描かれつつ、所々で、静かに色々と物思いにふけるようなシーンやカットが挿入されてるのだ。音楽も含めて、ちょっと石原さとみ主演の日テレOLドラマ『校閲ガール』に似た感じもあるけど、『カネ恋』の方が閑静な作りになってる。時折、コトンと響くししおどしの音が効果的。演出は平野俊一。
☆ ☆ ☆
玲子の離れの部屋(=方丈)でバイブル的な扱いになってた方丈記は、1212年頃、京都に相次いだ災難を背景に、無常観を書き記した作品。下は国立国会図書館デジタルライブラリー、鴨長明学会の書籍より引用。原本ではないけど、慶長7年(1602年)の写本らしい。
同じ鎌倉時代の『平家物語』と似てるのは、偶然じゃないとして、三浦の遺作の最初から大きく使われたのは、偶然なのか、スタッフの配慮なのか。私の言葉で現代語に「超訳」してみよう。
世の中は常に変化していて、その時々で生きてる人も、以前と同じではない。一見、変化しない淀み、水溜まりのように見える部分の物事を見ても、消えたり生じたり、そのままであり続けたことはない。世の中の人々も住まいも、同じようなものだ。
ここで「住まい」が出て来るのは、火事・竜巻・地震などで家が消えてしまった時代だし、自分が方丈という小さくて静かな住まいで書いてるからだろう。生、世の中といった言葉の代わりでもある。
☆ ☆ ☆
方丈記を少し読み進めると、今回のドラマでは出てないけど、次のような文章にも目が留まる。
朝(あした)に死に 夕(ゆうべ)に生まるるならい
ただ水の泡にぞ似たりける
知らず 生れ死ぬる人 何方(いずかた)より来たりて
何方へか去る
朝には誰か、人が死に、夕べにはまた、別の人が生まれる。川の水の泡みたいに。生まれて死ぬ人は、どこから来たのか知らないし、どこへ去るのかも知らない。
人がどこから来たのかについては、生物学や日常の知識もあるし、あまり不思議に思われないけど、どこに去るのかは今でも人の心をとらえる話だ。
それはやっぱり、この世の人として死んだ後も、何らかの形でどこかに存在して欲しいからだろう。単なる骨や灰、水分、原子とかではない、もっと価値ある特別なものとして。愛する人にせよ、自分自身にせよ。。
☆ ☆ ☆
一方、映像的には、単なる演出なのか、あるいは台本に書き込まれてたのか、小さい座布団(飾り皿の敷物)の使い方も絶妙だった。
玲子が1年前から(?)ずっと欲しくて、やっと1300円くらい貯めて(笑)買いに行った時、目の前で見知らぬ軽薄そうな男子に買われて去ってしまった、猿(サル=去る)の絵柄の小皿。
わざわざ、部屋に小さな座布団まで用意してたのに、そこは空白のままになってしまった。空想、想像のイメージで埋めようとしても、現実の欠如は埋め切れない。下は私が、連続して流れる映像から2つの画面をキャプチャーして、合成したもの。
もちろん、このドラマで猿は、慶太=三浦春馬の象徴。父・富彦(草刈正雄)の会社は「モンキーパス」。慶太のペットのロボットペットは猿彦(商品名はサルー)。「猿」の発音が、「去る」と同じ「サル」なのも、単なる偶然とは思えないほど。
経理部のしっかり者に見える玲子は、慶太の上衣のボタンが1つ、取れそうなのが気になって、無理やり脱がせて繕う。綻びを繕うのが彼女の性(さが)。この映像の手前には、猿の小皿も何も座ってない座布団が飾られてて、その直前には三浦の笑顔が写されてた。
綻びとは、マイナスの変化も表す言葉だし、こらえきれず涙を流すという意味もある。このシーンはまさに、猿=三浦が去るという突然の出来事で綻びそうになってたドラマを、みんなで繕う努力のシンボルなのだ。
☆ ☆ ☆
もちろん、あくまでコメディだから、公式サイトもポップでキュート、カラフル。初回の最後にはキレイなオチも用意してた。
清く貧しく、静かな暮らしを真面目に送ってるように見えた玲子。実は陰で、愛する早乙女健先輩(三浦翔平)に無理やり貢いで、頭なでなでだけで満足してたのだ♪ 清貧女子に見えて、浪費女子。無駄遣いの多い母・サチ(南果歩)からの遺伝か。
『方丈記』にそんなオチは無いけど、作者の鴨長明は隠遁生活を始めるまで、わりと華やかな人生を送ってたようだから、元は浪費男子だったのかも♪
☆ ☆ ☆
とはいえ、結局ドラマの根本としては、単なる浪費なんてものはない、ということのはず。「ムダこそ宝」が社訓なのだ。会社が創ってるオモチャも、コロナ社会だと不要不急とか言われそうだけど、人間にとっては大切な宝物。
その意味で、作りかけてた作品を大切に生き返らせたこのドラマも、宝箱みたいなものだろう。天国で三浦春馬も喜んでるはずだ。むしろ、顔がほころんでると言うべきかも♪ ホラ、ほころんでるから、玲子さん、待ってるよ。
その笑顔をイメージしながら、今日はそろそろこの辺で。あらためて、合掌。どうぞ、安らかに。。☆彡
cf. 方丈記「かむなは小さき貝を好む」、『カネ恋』第2話に合わせた意味と現代語訳&プチジョグ
方丈記「いかにいはむや、常に歩き」、『カネ恋』第3話に合わせた意味と現代語訳&プチジョグ
方丈記「猿の声を聞いて 涙をこぼす」(原文「猿の聲に袖をうるほす」)、『カネ恋』最終回SPに合わせた意味
(計 2740字)
(追記219字 ; 合計2959字)
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