哲学者シェーラーの名言「愛こそ、貧しい知識から豊かな知識への架け橋」、ドイツ語出典と原文、英訳(『ここは今から倫理です。』)
『ここは今から倫理です。』というマンガが人気なのは、ネット情報で一度だけ目にしたことがあった。雨瀬シオリ原作、謎めいたイケメンの倫理教師が主人公。その時は、どこかでチラッと漫画を確認しただけで終了。
その後、今年(2021年)になって、NHKドラマ(よるドラ)の第1話をたまたま目にしたけど、この時も15分くらい見ただけで終了。
ただ、派手な女の子よりも、倫理の教師が今どきタバコを吸ってる姿は印象に残った。脚本は高羽彩だけど、タバコ好きは原作からある設定らしい。
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私自身はタバコを全く吸わないし、正直言うと、嫌いだ。臭いも嫌だし、密室で目にしみて苦痛だった経験もある。
しかし、10年以上前から続くタバコや喫煙者への冷遇には、多少の違和感もある。多様性や共生への配慮もほとんど感じない。そうした態度は、攻撃しやすい標的を見つける度に一斉に激しく襲い掛かって叩きつぶそうとする、最近の社会やネットの状況と似たものにも見える。
だから、国営放送のドラマの問題提起的な姿勢に興味を抱いたけど、10代~20代前半の少年少女向けのドラマに見えたこともあって、それ以降は全く見てなかった。実際、マンガの愛読者の年齢層もかなり若いと言われてる。
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ところが金曜(3月18日)の深夜、寝る前にTVerの動画をチェックしたら、『ここは今から倫理です。』の最終回がトップページで配信されてたから、試しに流し見。
何となく最後まで見続けて、エンディングの綺麗なカットが印象に残ったのだ。高柳先生(山田裕貴)にフラれた逢沢いち子(茅島みずき)が、雑踏を歩きつつ、振り向いてマスクを外した微笑みを見せるカット。その後、黒板に映し出されたパスカルの有名な言葉より、遥かにいい。

もちろん、このカットでの「ここ」、雑踏は、高校の教室ではなく、大学か社会に進んだ後の彼女の状況を指してる。ここで今から、私が生きる姿こそ、実践的な倫理です。渡辺哲也の演出は、別にオシャレな洋服に身を包んだ可愛い子の笑顔だけを撮りたかっただけではない。
とにかく最後の印象が良かったから、ブログの記事を書くことに決定。ただし物語的なレビューではなく、名言・格言について。いつもの事ながら、今現在まだネットに正確な記事は見当たらないので。英語圏にも不十分な記事しか見当たらない。大半は単なるコピペだろう。
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「愛とは 貧しい知識から豊かな知識への架け橋である」
各種のネット情報によると、この言葉は第1回に出たものらしいから、公式HPや公式twitterで探したけど、見当たらない。
そこで、週刊ヤングジャンプのサイトで原作第1巻を無料で試し読みしたら、運良く載ってた。わざわざ下の名前(ファーストネーム)まで入れて、「マックス・シェーラー」と呼ばれてる。右下の小文字の説明は、「※ドイツの哲学者。“愛”のもつ意義について説いた。」

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この出典と原文を見る前に、ドラマの映像をよく見てみよう。実は、告白してるいち子にとって、先生は少し上の場所に立ってるのだ。地面にハッキリ、傾斜がある。
2人の間に、いち子を愛する男の子の姿を小さく挟んでる所(もう一つの小さな架け橋)まで含めて、おそらくこれは監督の演出。非常に繊細で丁寧だと思う。
つまり、愛とは、上の「存在」に向かうもの。あるいは、そうした側面や部分を合わせ持つもの。これが、この名言やシェーラーの哲学の本質なのだ。「知識」には限らない。原書では、前にも後ろにも、「存在」という言葉を入れた文が並んでる。
ではまず、分かりやすい英語の文から見てみよう。ドイツ語原文の英訳で、名言サイトの類でそこそこ拡散されてる。
出典はGoogle booksで一部公開されてる論文集『On feeling, Knowing, and Valuing』(感じること、知ること、そして価値づけること)に収録された論文、「Love and Knowledge」(愛と知識)。
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Love is a bridge, or better, a movement from poorer to richer knowledge.
愛とは、より貧しい知識からより豊かな知識への1つの架け橋、より正しく言うなら、1つの運動である。
図の下から4行目が、この英文。「愛とは・・・架け橋(ブリッジ)である」とだけいうと、愛が静的なもののように感じられるけど、動的な動き、進化としてとらえられてるのだ。
他に、簡単に分かるのは、前後に古代ギリシャの超有名哲学者3人衆の名前が並んでること。前には、プラトン、アリストテレス。後ろには、ソクラテス。
普通に考えれば、シェーラーの恋愛論の源流は古代のプラトン哲学、特にイデア論ということになる。イデア、つまり理想的な存在に関する考え。
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では最後に、ドイツ語原文。初出の文献(雑誌?)まではたどり着けてないけど、ネットで普通に無料で手に入るのは、インターネット・アーカイブの論文集『Krieg und Aufbau』(戦争と再建;1916)に収録された論文、『Liebe und Erkenntnis』(愛と認識;1915)。Max Scheler。
同名の短めの論文の前半に、こう書かれてる。下図の6行目から9行目あたりまで。英訳とは、文の区切り方が少し違ってる。

・・・ die Liebe ganz intellektualistisch nur ・・・ als Ubergang und “Bewegung” einer ärmeren zu reicherer Erkenntnis verstanden wird, ・・・
・・・愛は、より貧しい認識からより豊かな認識の成立への架け橋、そして「運動」として、まったく知的である・・・
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ドイツ語特有の飾り文字(フラクトゥール)のせいで、余計に難しく感じるけど、構文的にはわりと普通の文章だ。文の切り方以外にも、細かく見ると、英訳とは色々と違ってる。
大きい違いは、ドイツ語だと、愛の知的性格を主張する文脈になってること。英訳は、文を区切ってるから、その文脈が切れてしまってる。また、橋を表すドイツ語「Ubergang」には、移行とか過渡期という意味が含まれる。単語を2つに分解すると、文字通りの意味は「上への動き」。
他にも例えば、英訳の「or better」(より正確には)という語句はドイツ語に入ってない。単に引用符でくくられてるだけだ。英訳の不定冠詞(a)も、ドイツ語にはない。普通に読むなら、ドイツ語の方が「愛は架け橋、運動」という点が強調されてることになる。
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最後に一言、少年・少女とは言いにくくなった視聴者の素朴な感想♪ 下はNHKの公式HP、トップより。「この授業は、人生に効く。」

このキャッチコピー自体が、私には効かないどころか、完全に逆効果だ♪ むしろ、「人生に効くとは言わない。でも、この授業を見て欲しい」とか、「この授業は、心に響く」の方がマシ。そもそも倫理も哲学も、分かりやすい効き目を主張するものではない。
その辺りが、昔の「NHK教育テレビ」的発想のままだけど、視聴者層の好みやニーズとは合ってるのかも。本のベストセラーを見ても、人生に(すぐ)効くものを求める人が非常に多いのは明らかだから。
ともあれ、キレイな終わり方で、ドラマ全体がより上のレベルに向かう架け橋のような構造になってた。なお、今週は意外と文字数オーバー、計15192字で終了。ではまた来週。。☆彡
(計 3084字)
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