石原慎太郎追悼レビュー、映画『太陽の季節』(1956年、原作者本人も特別出演、弟・石原裕次郎は脇役)
最近、見かけなくなったとは思ってたが、こんなに早く他界するとは思ってなかった。とはいえ、享年89歳。既に、政治家としても文学者としても、石原慎太郎は十分すぎるほど力を発揮。本人もご遺族も満足してると思う。
賛否両論はあるものの、これほど存在感のある政治家は滅多にいない。田中角栄、石原慎太郎、安倍晋三といった感じか。個人的には、東京マラソンの創設と、大震災の廃棄物の引き取りが印象に残ってる。
尖閣諸島は、良し悪しはともかく、最後の落としどころが少し曖昧だった。民間から集めた購入資金の大半は、いまだに東京都に保管されてるらしい。
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さて、文学界新人賞と芥川賞に輝いた、石原慎太郎のデビュー小説『太陽の季節』(1955年)については、10年近く前、精神分析的なレビューをアップしてある。
石原慎太郎の小説『太陽の季節』、軽~い感想♪
「軽~い感想」という記事タイトルだが、今読み返すと、かなり難しめの精神分析的批評になってた。元の小説が、性と「男性的なもの」を中心としてるのは間違いない。
その後は全く読んでなかったので、ボクシングとヨットが出て来る暗いラストの小説だったか・・といった程度の記憶しか残ってなかった。太陽の季節とか太陽族というと、明るい青春小説をイメージしがちだろうが、実際はかなり暗めの内容。
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では、戦後まだ間もない時期の昭和映画だとどうなのか。昨夜、訃報を伝える報道をあちこち見渡しながら、ふと思いついて、1956年の古い映画をじっくり鑑賞してみた。
さすがに映像的には、夏の青春の輝きみたいなものがかなり入ってる。ヒロインも典型的な美人女優で、そのルックスだけでも映画が華やぐし、服装も上品でオシャレ。
ただ、全体的には薄暗い屋内や夜の映像が多いし、原作に忠実な脚本だから映画も暗かった。もちろん、暗さを批判してるわけでない。そもそも、人間の生の始まりは母の胎内(子宮)、終わりは棺桶とお墓。暗い方がはるかに自然で現実的とも言えるのだ。不良高校生のタバコ、博打(バクチ)、ケンカのシーンが多いのも、快楽的で攻撃的な人間の本性に即してる。
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ポスターだけはカラーで、映画は白黒(モノクロ)。映画には石原慎太郎本人も特別出演してると知って、役どころを調べずに映像内で探してみると、2つのシーンを発見できた。どちらも、ストーリー展開との関係が薄い場面だから、慎太郎の出演のためにわざと挿入したのかも。
下の写真の下側はあまり自信がないが、上側は正しいと思う。前髪の左側(向かって右)が下に下がってるのが特徴か。日経新聞HPに掲載されてた当時の写真を見ても、髪型はそうなってた。
映画を見た後で調べると、石原慎太郎の役どころはサッカー選手。ウィキペディアで公開されてるポスター画像の左下の囲み写真がそうだろう。そのすぐ上の囲み写真は、弟の裕次郎で、こちらは脇役としてかなり多くのシーンに登場してた。独特の甘くて渋いルックスはすぐ判別可能。下は映画終盤の裕次郎。プロデューサー・水の江瀧子がプッシュしてたとのこと。
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では以下、映画の進行、あらすじにしたがって、十分に縮小した画像キャプチャーと共に解説して行こう。ネタバレになるので、ご注意あれ。監督・脚本、古川卓巳。
一番最初に、チーンと音が鳴る。これは主人公の高校生(小説ではK学園、映画はTOHO高校)・津川竜哉が打ち込むボクシング(拳闘)のゴングだ。試合開始。しかし、おそらくラストも意識したものだろう。チーン。。 お葬式の鐘、鈴(りん)の音のイメージを重ねてる。試合終了。今風に言うと、最初から悲劇だと示してる「死亡フラグ」。
オープニングのタイトルバックは、何か不気味な白いものがブツブツと沸き上がる映像になってたが、何なのか分からなかった。黒い背景の中で、白いものがいくつか膨れ上がる。竜哉が持て余すエネルギーと性の象徴かも。
慎太郎と裕次郎の兄弟は、仲良く同じフレームで紹介されてた。原作者の慎太郎だけは大きめの活字。ちょっと目立ってたのは、「協賛 レナウン商事株式会社」という文字。今はなき日本の代表的アパレルで、映画内のファッションの多くはレナウン製ということか。
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映画の最初は、バスケットをやってた竜哉(長門裕之)が、ボクシングに転向するシーン。バスケは「1つの穴」、1つのゴールにシュートし続けるのに対して、ボクシングは色んな相手と闘う。
このスポーツの選択自体が、竜哉の生き方を暗示してる。1人の女性を本気で愛し続けることが出来ず、色んな女性に手を出してしまう浮気性なのだ。
その後、休日にボクシング仲間5人で遊びに行く。上の画像は、ヒロイン達3人を最初に見かけた場面。ルノアールは銀座を示す看板だ。試しに今、「ルノアール」でGoogle検索すると、喫茶店などの銀座ルノアールがトップにヒットした(広告ではない)。洋品店の名前、ジュリアン・ソレルはフランスの小説『赤と黒』の主人公。石原はフランス好きの文学者だ。
クジで負けた竜哉が、オドオドしながら3人の美女に丁寧に声をかける。見る角度によっては、サザンオールスターズの桑田佳祐に似た顔。
男は5人なのに、相手は3人。全員お嬢様だが、明らかに中央の武田英子(エイコ)が飛び抜けて美しい。強敵に燃えた(=萌えた)竜哉は直ちに、英子をターゲットにする。他の2人は、幸子(サチコ、手前)と、由紀(ユキ、向こう側)。
映画を見終わるまで、誰なのか分からなかったが、若き日の南田洋子だと知って驚いた。ポスターでは一番最初に最も大きな活字で書かれてたから、既に人気があったということか。
この主人公とヒロインを演じる2人は、やがて結婚しておしどり夫婦になるが、南田は晩年、認知症をわずらう。まるで映画の英子の哀しいラストと重なるかのように。
上のようなショットは、協賛するレナウンのファッションのPRだろう。思い切り目立つ映し方になってた。70年前から、映像と商業広告が融合してたわけか。
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まだ高校生なのに、横浜、逗子の辺りから東京の銀座に出かけてナンパ。大人びた服装で、ナイトクラブ(?)で女性とダンスする。そんな文化が当時、それほど一般的とも思えないが、首都圏の金持ちの子どもにとっては普通だったのかも。竜哉もそうだが、英子は明らかに富裕層で、竜哉にお金を渡すシーンも度々あったし、左ハンドルの外車を自分で運転してた。
この高校ボクシング・トーナメントのシーンが妙に長いのは、当時、ボクシングが非常に人気のあるスポーツだったからか。女の子3人も応援に来て、キャーキャー歓声をあげてた。ちなみに映画ではバンタム級という設定だったが、小説ではフェザー級(少し重め)。結果は、映画だと逆転KO勝ち。小説だと2つの試合に分かれてて、まず負けた後、勝ってる
黒いサングラスでモーターボート。今でもそうだろうが、映画の設定だと、車のドライブより高級な遊びだとされてた。上流階級のシンボル。ただ、費用はもちろん、日頃の手入れも大変そうに見えた。その意味でも、余裕が無いとできない。そう言えば「遊び」という言葉には、余裕、ゆとりという意味も含まれてる。
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そして中盤の問題のシーン。英子が竜哉の家に遊びに来る。竜哉がシャワーを浴びてる間に、英子はうっとりするような微笑みでサンドバッグを叩く。明らかに、男性、男根の象徴。実際、この直後にそうなるのだ。
上のカット。本来なら、男性性器で障子を突き破るはずだが、映画では撮影されなかったのか、あるいはビデオ化する際にカットされたのか。とにかく、私が見ると、英子がジッと竜哉の方を見つめた後、読んでた本を障子に投げつけて破ってた。もちろんこの障子は、女性の象徴でもある。実際この後、初めて2人は結ばれた。
とにかく、英子のおねだりで、竜哉はサンドバッグを思い切り叩く。その後ろから英子が抱きついて、竜哉の部屋のベッドへ。部屋の外側では、サンドバッグが大きく揺れてた。英子の身体の動きを示すかのように。
性的な象徴表現として、非常に珍しくて興味深かったのは、2人がバーで酔いつぶれながらグチをこぼすシーン。竜哉が透明で巨大なものをしゃぶるような姿を数秒、見せてるのだ。サンドバッグをしゃぶるボクサーはいないから、その種のバーだという暗示か。あるいは男性性への執着の表現か。明らかに、あの様子。もし英子が舐めると、騒動になってただろう。
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上のヨットのデート・シーンは、シンプルに美しい。ただ、竜哉と同じく、人を本気で愛せないと最初から告白してた英子は、既に竜哉を深く愛してた。すると、相手にも愛して欲しいと思うようになるし、自分だけのものにしたいという独占欲も強まる。
そう、15年前のドラマ『野ブタ。をプロデュース』のレビューに書いたのをよく覚えてる。ほとんど初めて、共感コメントを頂いたから。
上は、竜哉が他の女性と遊ぶ姿を、浜辺で1人で見つめる英子。周囲が「太陽族」的な男女で賑わう中、英子だけが孤独。大きな帽子が少しずつ顔を隠すと共に、瞼(まぶた)も閉じられる。顔を曇らせて嫉妬する切ないシーンの、テクニカルな映像。ちなみに出会った当初はいつも、強気な笑顔だった。
ポスターでは、竜哉が兄貴にお金で英子を売ろうとしたことが強調されてたが(左端)、物語的にはあまり重要ではない。それよりもやはり、古今東西変わらない、あの問題なのだ。女性の妊娠。子どもが出来た時にどうするか。
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既に、つわりのような姿は映されてたが、英子がハッキリ告白したのは船を片付ける倉庫。夏、太陽の季節は終わった。ここからは、秋から冬。寒くて暗い季節。倉庫にはなぜか、元気な男の子の裸体像まで置いてある。お腹の赤ちゃんと、竜哉という高校生の子ども。2人の重ね合わせ。圧縮表現。
意外なことに、この時、竜哉は英子にやさしい態度を示す。寒くないかと、焚き木を火にくべつつ。産んでもいいのね。結婚してくれるのね。そんな甘い期待を、英子は抱いただろう。
ところが、最終確認すると、竜哉は子どもも結婚もどうでも良さそうな態度。既に4ヶ月だった英子は、直ちに病院へ向かう。中絶手術を受けるために。
ところが、当時の技術だと珍しくなかったのか、手術が失敗して腹膜炎で英子は死亡。友人の幸子が泣きながら電話して来た。お葬式は翌日。ドジしやがって! いまいましそうに受話器を置いた横には、電話の保留音用のオルゴール。この可愛い音楽が、英子のお気に入りだったのだ。待たされる喜び、マゾヒスティックな快楽の暗示でもある。
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黒い学生服で竜哉が葬儀に向かうと、祭壇の上から英子の遺影が睨みつけて来る。いつまでも人を愛せない、可哀そうな男(ひと)。でも、死んでもあなたを許さない。
竜哉が、やり場のない思いを込めて、鈴(りん)を遺影にぶつける。ガシャーン! 遺影のガラスのヒビは、英子が中盤以降度々流した、涙のようにも見えた。その姿には、少し前、倉庫で英子と仲良く焚火したシーンも重ねられる。
実は英子は序盤、彼氏が突然死んだ時に涙が出なかったと笑ってた。その彼女が、本物の涙を流すようになって、遺影からも涙をこぼすまでになったのに、竜哉の目に涙は浮かばない。
遺族に、お前らには何も分からないと怒鳴った後、竜哉は1人で長い下り坂を降りて行く。どこまでも落ちていくと。壁で見えなくなった所で、1時間半の日活映画は「終」。ちなみに、小説の最後はボクシングだった。
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今とは言葉づかいもイントネーション(抑揚)もかなり違うので、最初は早口の日本語がなかなか聞き取れなかったが、半ば外国映画だと思えば問題ない。文化、風俗、ファッション、見どころ満載の中で、私が最も印象深かったのは、佐藤勝が担当した音楽だった。
もちろん、ヒロイン・南田洋子の気品あふれる美しさは別格として。キス、下着、水着、官能的な姿が抑制的だったことも、魅力的な奥ゆかしさにつながってた。それでは今日はこの辺で。。☆彡
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