『コティホローシュコ』(エンドウ豆太郎、転がるエンドウ豆という意味)~日本の昔話『桃太郎』に少し似た、独自のウクライナ民話
海外の文化を日本に紹介する時、日本の何々に似てるとPRするのは普通で自然なことだろう。特に、ロシアによるウクライナ侵攻が続く今(2022年4月)だと、ウクライナと日本の間の類似を強調したくなる気持ちはよく分かる。
ただ、翻訳でこのウクライナ民話を読み終えて感じたのは、むしろ違いの大きさの方だ。別にネガティブな意味ではない。私がこのブログ記事のタイトルに、わざわざ「少し似た」と書いたのは、作品の内容自体にも注目すべきだという意味。もちろん、共感を育てるための素材とするのも良いことだろう。
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さて今回、珍しい記事を書くキッカケになったのは、朝日新聞の大きめの記事(22年4月5日・夕刊)。見出しは、「危機乗り越える 豆太郎のように」、「ウクライナの桃太郎 和訳した絵本 重なる境遇」。朝日新聞デジタルの記事へのリンクもつけとこう。
在日ウクライナ大使館で昨秋まで勤務。現在はチリに避難中の女性、ヴィオレッタ・ウドヴィクさんが編集者になって、昨年12月に完成した絵本が、『エンドウ豆太郎 コティホローシュコ』だ。文化の紹介のため、ネットでpdfファイルとして無料公開されてる。ウクライナ外務省の資金支援も受けてるらしい。ネタバレを避けたい方は、お先にそちらをご覧あれ。
和訳、イワン・ジューブ。翻訳校正、岡部芳彦、ナディヤ・ゴラル。イラスト、ゾヤ・スコラパデンコ。翻訳する前の原文を誰が書いたのかは不明。ウクライナ大使館その他、スタッフの方々、その点は明記した方がいいかも♪ 民話や民間伝承といえども、文章にまとめた人がいるはず。合議なら、「日本語版コティホローシュコ製作委員会」とか。
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マニアック・ブロガーの私がまず気になったのが、「コティホローシュコ」という題名の意味。公開されたpdfには意味がない。元のウクライナ語は書かれてたので、コピペしてGoogle翻訳すると、AIでも翻訳不能♪ 訳語は、原語のまま。
そこで、人間の私の感覚で、前側の「コティ」と後ろ側の「ホローシュコ」に分割してウクライナ語の翻訳を行うと、後ろ側は「豆」という意味の言葉。前側はすぐには翻訳できなかったけど、「関連項目」に飛んでみると、どうも「転がる」というような意味らしい。
最後に、フランス語版ウィキペディアで確認(英語版は無い)。フランス語への直訳は確かに、「転がる(小さな)エンドウ豆」(Roule (-Petit) -Pois)とされてた。
コティ ホローシュコ
転がる (小さな)エンドウ豆
そこに日本の『桃太郎』との類似を加味すれば、『エンドウ豆太郎』という邦訳タイトルが完成する。納得。切手の写真も付いてた。主人公とこん棒と竜の絵。
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物語を実際に読んで、最も意外だったのは、物語が長くて複雑なこと。日本の桃太郎もロング・バージョンがあるのかも知れないけど、誰でも知ってる標準形をまとめると非常に短いストーリーだろう。小学校1年の教科書はもちろん、幼稚園の教育でもおそらく大丈夫なはず。
ところが、このウクラナイ民話は、小学3、4年生以上でないと読み通しにくい長さなのだ。試しに、日本語への翻訳文の全体の文字数をカウントすると、8000字超もあった。長すぎると批判されることもあるウチのブログ記事の3~4倍♪ 簡単にまとめれる話ではない。
冒頭の2段落だけ、翻訳の原文をそのまま引用しとこう。「起承転結」の起のような内容だが、まだ302文字だから、この26倍(!)の文章が後に続くのだ。「起承・・・・・・・・転・・・・・・・・結・・・・・・・」の起に過ぎない♪
昔々、ある男がいました。男には息子が6人と、オレンカという娘が一人いました。男は、息子たちに、畑を耕すように言い、娘にはあとでお昼ごはんを持っていくように言いました。「どこにお兄さんたちがいるのか分からないわ」と妹は言いました。お兄さんたちは「僕らは家から畑まで鋤(すき)を引いていくから、その跡を辿っていくといいよ」と答えました。そして畑を耕しに行きま した。
そのうち、畑のむこうの林にいる竜がお兄さんたちが鋤を引いた跡を消して、その代わりに自分の城まで、鋤の跡を引きました。妹はお兄さんにお昼ごはんを持っていく時、新しい跡にそって、歩いて竜のお城にたどり着きました。竜はオレンカを捕まえてしまいました。
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まず、朝日新聞の記事が書いてたあらすじをそのまま引用してみよう。岩本修弥記者によるものか。
「ある日、お母さんがエンドウ豆を拾い、生まれた息子をエンドウ豆太郎と名付ける。エンドウ豆太郎は姉を連れ去った竜をこん棒で成敗。姉や、竜との戦いに敗れて捕らわれていた6人の兄を救出する。3人の仲間から裏切られる場面もあるが、最後は王女と結婚し、仲良く暮らす」。
書いてることは間違ってないし、字数的にも適切。しかし、抜け落ちてる大切な要素もあるし、これではそもそも『桃太郎』との類似が分かりにくい。桃太郎に6人の兄は登場しないけど、3人の仲間から裏切られる場面もないのだから。
私なら、「捕らわれていた兄たちを救出する。その後の一人旅の途中、3人の風変わりな仲間と出会い、裏切られる・・・」と書く。
これなら、兄たちはオマケに過ぎず、3人の風変わりな仲間が桃太郎の犬・猿・雉に対応するのが明確。6人を消して、3人という数字だけに集中するのがポイント。そもそも6人の兄それぞれの違いや特徴は書かれてないのだ。
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今、兄たちはオマケと書いたが、それは桃太郎と比較した場合の話。主人公以外で竜と戦ったのは6人の兄であって、3人ではない。また、兄たちは、助けてくれた弟・エンドウ豆太郎を裏切るような形のことを行ってて、それが弟の家出みたいな一人旅につながる。元のウクライナ民話においては、6人の兄も重要な役割を果たしてる。脇役として。
突出した能力の持ち主が、兄たちにも、3人の仲間にも裏切られる。日本の幼児教育にはビミョーな内容かも知れないが、リアルではあるし、現在のロシアのウクライナ侵攻を考えると暗示的でもある。
試しに、明治時代の尋常小学読本における桃太郎の教え方をチェックすると、「本童話における教訓的要素は 親の慈愛 桃太郎の孝行 慈勤 勇気 進取 犬等の忠勤 協力 等である」と書かれてた。国立国会図書館デジタルコレクションより。
『エンドウ豆太郎』には、親孝行という要素は薄いし、3人の仲間の忠実な態度も目立たない。協力はあるけど、それよりむしろ、裏切りとか敵意、攻撃性が目立ってる。
その象徴が、敵の「戦うつもりなのか、仲良くするつもりなのか」という問いかけに対する、豆太郎の応答。「仲良くするものか。戦いに来たんだ」。
竜に対しても、小人の爺さんに対しても、主人公は戦闘モードを保ってる。兄たちとも別れたし、近所の人達の敵意に対しても強く反発して撃退(序盤)。裏切った仲間(桃太郎の犬・猿・雉に対応)も許さず、懲らしめてる。
この辺りも、現在のウクライナにつながってるのかも知れない。橋下徹を始めとして、ウクライナに妥協を勧める意見が一部にある(orあった)が、ウクライナ側からは妥協は論外といった感じの反応、反発が目立ってた。
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とはいえ、最後はヒーローがヒロイン(王女様)を手に入れて(または、ヒロインと結ばれて)、幸せに暮らすのであった。フェミニストやジェンダー学者の受け止め方はさておき、古今東西、普遍的に愛されてる物語の構造だろう。力を持つ男性が、美しい女性と結ばれる。上のイラストにおける男女の描き分けも、典型的。
そう言えば、現在のウクライナでも、男女の違いは明確だった。なお、兄と姉を含めて8人の兄弟というのが気になって調べてみると、ウクライナの出生率はかなり低いらしい。昔からそうであれば、8人兄弟という設定は、フィクションにおける願望充足ということか。
個人的には、地底に世界が広がってる設定やその絵が面白かった。日本なら、昔話というより、神話の設定に近いかな。それでは今日はこの辺で。。☆彡
(計 3317字)
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