自然数の素因数(遺伝子)に関する「abc予想」、例外が生じる簡易版と本物の違いの解説~NHK『笑わない数学』第10回
望月新一氏の宇宙際タイヒミューラー理論による証明まで出さなくても、今回のテーマのabc予想は、一般の人にとっては十分難しい。人力で確認するのは面倒だし、いろんな内容が含まれてる。しかも内容の一部は、大学1、2年のレベルだからだ。
素数、素因数分解は高校で出るし、この番組でも既に出てる。rad(ラディカル)という関数も説明と具体例があればすぐ分かる。ただ、小さい正の数を表すε(イプシロン)とか、「任意の」~に対して・・・が「存在する」といった論理(述語論理)も、普通は大学で習うものだし、(理系の)大学生でも苦手とする人が少なくない。
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昔の数学記事でも書いたけど、ここでもまず論理(ロジック)と記号の簡単な練習から入ってみよう。
∀x,∃y,x<y (任意のxに対して、あるyが存在して、x<y )
「任意の」という言葉は、「あらゆる」とか「すべての」という意味。x,yが実数なら、上の主張(命題)は正しい。いくらxが大きくても、それより大きいyがあるからだ。例えば、x=1000なら、y=2000とすれば、x<yが成り立つ。
上で、yはxの値の大きさに応じて決めることになる。例えば、x=30000なら、y=40000と決めるとか。だから、yはxの関数として、f(x)と書くことができる。すると、上の主張は次のように書き直せる。
∀x,∃f(x),x<f(x) (任意のxに対して、あるf(x)が存在し、x<f(x) )
これを難しくした主張が、今回の番組で示されたabc予想の形なのだ。ちなみに、abc予想にはいくつかの書き方、表現の違いがある。このブログでは、10年前にかなり詳しいabc予想の記事を書いてるので、参考までに紹介しとこう。
数学の「ABC予想」、簡単な解説(中学~高校レベル)
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では、番組の冒頭に出た、abc予想(abc conjecture:abc推測)の主張を見てみよう。
尾形の読み上げたセリフは次のようになってた。
「a+b=cの時、任意のイプシロンに対して、ケー・イプシロンが存在して、c小なりケー・イプシロン・ラディカルabcの1+イプシロン乗が成り立つはずだ」
正確には、任意の「正の」イプシロンだけど、番組では「正の」という条件を省略してた。要するにイプシロンとは、正の小さな数だから、0.1とかをイメージすればいい。整数でも別に構わないけど、普通は小さな小数を考える。
さらに正確に言うなら、本当は先頭の「a+b=c」は消して、2行目の左端あたりに、「a+b=cをみたす任意のa、b、cに対して、c<・・・」とすべき。そう書かないと、実は上の主張は当たり前のことになってしまう(Kをいくらでも適当に大きくできるから)。まあ、テレビのバラエティ番組でその辺りを簡単にするのは仕方ない。
上の画像の右下、小さな説明も実は重要。「※ a,b,cは互いに素な自然数」。「互いに素」とは、公約数が1しかないということ。番組の独自の言い回しなら、同じ遺伝子を持たないということ。
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番組で後に出て来た「簡易版」のabc予想でもやってたように、まず、分かりにくいK(ε)を消してみよう。すると、こうなる。
この主張は「ほぼ」正しいけど、少し例外が出てしまう。つまり、下側の不等式が「c≧」となってしまうことがあるのだ。
ただし、例外は限られた個数(有限個)しかないから、右側のradに何か大きめの数を掛ければ、「c<」とすることが出来る。そのための大きめの数は、εに応じて決まるから、K(ε)と書く。だから結局、元の形になるのだ。
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では、番組に即して、話を簡単化しよう。小さい正の数εは0として、K(ε)=1とする(つまりKを消す)。すると、まずこうなる。
ところで、rad(ラディカル:根基)とは何なのか? 番組では「遺伝子」という言葉と映像で感覚的に説明するだけだったので、むしろ分かりにくいと思った視聴者は少なくないはず。
rad(整数)とは、その整数を素因数分解した時の、異なる素因数の積(掛け算)のこと。
番組で最初に出た126なら、 126=2×3×3×7
だから、rad(126)=2×3×7=42。
素因数分解と違って、ラディカルの計算では、3は1回しか掛けない。ということは、ラディカルは元の数「以下」であって、多くの場合には、元の数より小さくなる。
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もう1つだけ、番組に出た数で計算してみよう。84=2×2×3×7だから、
rad(84)=2×3×7=42
ところで、番組では4×21=84という掛け算が登場した。
4=2×2だから、rad(4)=2
21=3×7だから、rad(21)=3×7=21
ということは、
rad(84)=rad(4×21)=rad(4)×rad(21)
これは、4と21が互いに素(公約数が1しかない)から起きること。
一般に、mとnが互いに素の自然数の時、
rad(mn)=rad(m)×rad(n)
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ところで、abc予想のaとbとcも、互いに素という条件がついてた(最初の画面の右下)。
だから、上の簡易版の式は、下側の不等式の右側をかけ算の形に書き直すことができて、次のようになる。
さらに、下の不等式の両辺をrad(c)で割り算すると、番組の中盤の簡易版の式になる。1985年に予想を立てた数学者、エステルレ博士(Oesterle)が黒板に書いた式。ちなみに、radは正の数だから、割り算しても不等号の向きは変わらない。
上の画面でも、右下の小さい文字は重要。「※ abc予想"簡易版" ε→0,K(ε)=1として単純化」。「ε→0」という書き方は間違いではないけど、矢印など使わず、「ε=0」とした方が分かりやすい。
ちなみに、「ε→0」という書き方は、指数関数の連続性という少し面倒な話を前提にしたもの(高校2年の数学)。rad(abc)の1+ε乗とは、{rad(abc)}の1+ε乗という意味だから、指数関数がポイントになる。1+εという指数の書き方が特殊で、誤解しやすい点なので、念のため。ここでは、聞き流して頂いても構わない。
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いよいよ、a=2ⁿ、b=3ⁿとする話に入ろう。c=a+b=2ⁿ+3ⁿ
すると、簡易版の式はこうなる。とりあえず、cはそのままにしておく。
c/rad(c)< rad(2ⁿ×3ⁿ)
右辺のラディカルは、2×3=6だから、
c/rad(c)< 6
ここで、左辺について考えてみる。c/rad(c)について、前に見たc=84=2×2×3×7で計算してみると、rad(84)=2×3×7=42だったから、
84/rad(84)=84/42=2
要するに、c/rad(c)とは、cを素因数分解した時に重複した素因数(c=84なら、2)になる。
しかし、cは、a=2ⁿやb=3ⁿと互いに素だから、c/rad(c)が2,3,4(=2×2)になるはずはない。
だから、c/rad(c)< 6 より、
c/rad(c)=1,5
1と5しかないのだ。1というのは、cを素因数分解した時、何もダブってないということ。番組の言い方だと、遺伝子に、「長さ1の枝しかない」ということ。
5というのは、cを素因数分解した時、5が2つ出て来て、他にはダブってないということ。番組の言い方だと、「5の位置に長さ2の枝 他は長さ1」ということ。
こうした理由で、上図のような番組の予想が出来上がる。ただし、左下の小さい文字に注意。「※ abc予想"簡易版"による計算のため一部の例外あり」。
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では、尾形が計算で確かめた場面を見てみよう。
n=2の時、c=13で、遺伝子(素因数)は13のみで、枝は1本だから、予想は正しい。以下、n=6までチェックしてた。
しかし、実はこれはあくまで「簡易版」にすぎないから、予想が外れてしまう例外があるのだ。
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私は表計算アプリ2種類(excel、number)で計算して、n=21が簡易版の例外の1つだと突き止めた。
6よりわずかに大きい素因数7が2つダブって、49の倍数になってるcを探したのだ。最後のセル(マス目)の計算式は、49で割った余りを求めるもので、答が0になってる。
(2の21乗)+(3の21乗)
=2097152 + 10460353203
=10462450355
確認のため、毎度おなじみ、カシオの計算サイトで、素因数分解もしてみた。
10462450355=5×7×7×463×92233
このcの値は、遺伝子7の位置に長さ2の枝があるから、予想が外れてる。
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結局、εとK(ε)を省略してしまうと、数学的には正しくないし、それ以外の部分の説明にもかなりの省略がある。テレビ番組の説明は、あくまで分かりやすさや面白さを狙った「簡易版」。学問としての数学とは別物なのだ。
なお、宇宙際タイヒミューラー理論の説明も、非常にざっくりしたもので、あれでは別の宇宙や難しい理論を持ち出す必要はない。
宇宙Aと宇宙Bの代わりに、普通に集合Aと集合Bを用いて、Aの各要素xに対して、Bの要素x²を対応させるだけ。Aで、7+8=15。それに対して、Bでは、7²+8²=113≠15²で、足し算は「答えが食い違う」のだ。一方、かけ算は「ちゃんと成立する」。Aでは、7×8=56。Bでは、7²×8²=56²。
そもそも、宇宙Aと宇宙Bを「全く同じもの」というのも難しい。対応する要素が異なるのだから。「全く同じ」なら、1つの宇宙の中で対応させればいいはず。ともあれ、今日はそろそろこの辺で。。☆彡
cf. デカルトが「虚数(nombre imaginaire)」と名付けたという説明は誤り(or不正確)~『笑わない数学』第6回
初期値敏感性とカオス(混沌)理論でピザ作り、「パイこね変換」具体例の計算と解説~第8回
素数の積(11×19)を公開鍵209にしたRSA暗号、作り方と解読方法の具体例の解説~第9回
(計 4063字)
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