初期値敏感性とカオス(混沌)理論でピザ作り、「パイこね変換」具体例の計算と解説~NHK『笑わない数学』第8回
NHKの数学バラエティ番組、『笑わない数学』第8回(2022年8月31日放送)のテーマは、「カオス理論」。カオスとかファジーという言葉は、最近あまり聞かなくなってるけど、本質的な重要性は変わってない。
実際の世界の複雑さ、予測困難性・予測不可能性を強調する言葉が、カオス=混沌。複雑で曖昧なものを上手く処理するのがファジー理論やファジー制御。
現実が非常に複雑なのは確かだが、それを予測できないかどうか、扱えないかどうかはまた別の話だ。実際、我々は複雑あいまいな世界で何とか生き続けてるし、天気予報も実用的な確率で当たってる。台風の進路は、1本線では表せないけど、大体こんなエリアを進むということなら示せて、非常によく当たるのだ。
ただし、複雑あいまい過ぎると、神頼み、運頼みのような感じになる。例えば、大地震がいつどこで起きるのか、いまだに実用的な予測はできない。数十年以内に数割の確率で発生するとか専門家に言われても、実質的にはあまり(orほとんど)役に立たないのだ。
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今回の番組でカオスの具体例として登場した、ピザパイをこねる作業も、微妙なものになってる。パイのある特定の「部分」(少し広がりがある)が、10回こねた後にどうなってるのかについて、正確にはほとんど示せない。そもそも、ピザ職人の1回ごとのこね方も、あいまいでファジーなのだ。
ただ、数学的に単純化したモデルで、ある特定の「点」が10回後にどこに行くのかなら、正確に予測できる。ある特定の「部分」についても、そこから数十程度の点を取り出して行先を正確に予測すれば、部分の全体がどうなるのかはある程度わかるのだ。
もっと簡単に言えば、どこがどうなるかはよく分からないけど、こね続ければ、生地の素材がよく混ざり合うのはほぼ分かる(と考えられる)。それをバラエティ的な極端な言い方にすれば、こんな発言になるわけだ。
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「俺たちは 昔っから カオス理論を利用しておいしいピッツァを作ってたんだぜ」。
本当は、カオス理論など知らないだろうし、意識的に「利用」してるわけでもないはず。だから、より正確に言い直すなら、「俺たちが昔っからピッツァを作ってたやり方は、カオス理論と関係あるんだぜ」。
ちなみに、日本語の「パイこね変換」に相当する英語版ウィキペディアの項目名は、「Baker's map」(パン屋の写像)。日本語ウィキでは、「Baker's transformation」(パン屋の変換)という英語を優先させてる。これは、天才として名高いフォン・ノイマンによる呼び名らしい。
いずれにせよ、ピザではなく、パン。それを日本でピザに変えてるのは多分、薄い形の方が分かりやすいし、パンよりパイの方が面白くて可愛い名前だからだろう。
☆ ☆ ☆
では、具体的な数学的解説に入る前に、番組の映像と説明を見ておく。
「こうした のばして畳んでの繰り返しを 数学では 『パイこね変換』と呼びます」。(語り 合原明子)
もともと、すぐ近くの点だった赤と青と緑の点が、パイをこねる内にバラバラな動きをして、ハッキリ違う点に到達してる。最初の状態が少し違うだけで、その後が大幅に変わってしまうという性質を、「初期値敏感性」と呼んでた。
☆ ☆ ☆
英語なら、「sensitivity to initial conditions」。初期「値」だと、数値データを思い浮かべてしまうが、もっと広く、初期「条件」敏感性ということ。例えば、数「式」が少し変わるだけでも、敏感な反応というのはあり得る。
初期値敏感性というのは、日常的にいくらでも経験してるものだ。例えば、合格最低点が80点の入試の得点で、80点なら合格、79点なら不合格。天国と地獄の差だ。電車に間に合うかどうかも、似たような話。1秒差でハッキリ差がつく。
あるいは、器に液体を入れる時、ある量まではこぼれない。ところが、それを少しでも超えると、下にこぼれてしまう。ネットの発言も、最初の言い方が少し違うだけで、炎上したり、しなかったりする。炎上する発言はしばしば、最初の言い方・書き方がキツくて攻撃的、侮蔑的、差別的なのだ。
☆ ☆ ☆
では、私が作った2次元の具体例と図で説明して行く。上図の黒い四角が、パイを真横から見た断面図。右向きにx軸、上向きにy軸を取る。長さ1、高さ0.3のパイ生地において、赤い点に注目する。xy座標は、(0.4,0.15)。
上から押しつぶして水平に2倍に伸ばし、半分の厚みにすると、点の座標は(0.8,0.075)となる。
さらに、右側の半分を上に折り畳むと、赤点は移動しないから、座標は元のまま。(0.8,0.075)。
英語版ウィキペディアの形式的定義に従って、一般的に示すなら、
{ 点(x,y)の変換後の点 }=(2x,y/2) (ただし、0≦x<1/2)
☆ ☆ ☆
続いて、最初の点が少し右側だった場合。xy座標を(0.6,0.15)としておく。
上から押しつぶすと、点(1.2,0.075)になる。
右半分をパタンと上に折り畳むと、点の座標は(0.8,0.225)になる。前と違って、上半分に移動。
一般的には、次のようになる。折り畳む直前、真ん中から右にはみ出た長さは、2x-1。これが、折り畳んだ後の右端からの長さだから、折り畳んだ後の左端からの長さは、1-(2x-1)=2-2x。
∴ { 点(x,y)の変換後の点 }=(2-2x,0.3-y/2) (ただし、1/2≦x<1)
英語版ウィキでは、最初の厚みは0.3ではなく1としてるので、変換後のy座標は、1-y/2と書かれてる。
☆ ☆ ☆
なお、3回こねた時の動きは、次のようになる。
(0.4,0.15)→(0.8,0.075)→(0.4,0.2625)→(0.8,0.13125)
(0.6,0.15)→(0.8,0.225)→(0.4,0.1875)→(0.8,0.09375)
たまたま、2回以降は近い位置になってしまった。これは、2点のx座標が、対称的な0.5-α と0.5+α だから。私の設定が下手だった。
違いをハッキリさせるためには、最初の2点は(0.4,0.15)と(0.55,0.15)などとすべきだった。今さら、やり直すのは大変なので、各自お試しあれ。
☆ ☆ ☆
ちなみに英語版ウィキには、多数の点の動きをシミュレーションしたgifアニメがあった。左半分の点を赤色、右半分の点を青色にして、8回こねる内に赤と青が混ざり合っていく様子が分かる。と言っても、これが正しいのかどうか、人間には分かりにくいが。やや重いので、少し圧縮して引用しとこう。
結局、パイこねのような簡単な操作でも、複雑で初期値敏感性を持ってるから、
「カオスはごく限られた場合に起きるものではなく 非常にありふれたものであるということが明らかになった」。
とはいえ、これは複雑で分かりにくいだけで、単純計算によって正確に予測可能な変化にすぎない。英語版ウィキでは、「exactly solvable model of deterministic chaos」(決定(論)的カオスの正確に解決可能なモデル)と書かれてた。
では、もっと難解なカオスはどうなのか、全体としてカオスとは何なのか。直ちに疑問が生じて来るが、今日はここまでにしとこう。ではまた。。☆彡
cf. デカルトが「虚数(nombre imaginaire)」と名付けたという説明は誤り(or不正確)~『笑わない数学』第6回
(計 3070字)
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