« W杯で日本中が一つになってた時代が懐かしい・・&踵痛11km、1km4分台 | トップページ | 今週すでにほぼ15000字、底が硬めのシューズで両足の痛みをこらえて15km走 »

コロナ(感染症)の患者数の推移、数学理論による計算(SIRモデル)の入試問題(青山学院大・経済学部、2021年)

朝日新聞・朝刊(2022年11月17日)の教育欄に、感染症の数理モデルに関する受験問題の解説が掲載されてた。かなり変則的な応用数学の問題だが、やや意外なことに、経済学部の入試で出題されてる。

       

221119a

  

明日へのLesson・第3週、クエスチョン。問題を通じて色々と考えてみようという企画。学習塾SEGの講師・大澤裕一の寄稿の形になってるが、本人の側から寄稿したのか、それとも編集部の依頼を受けた原稿を寄稿と呼ぶパターンなのか、ハッキリしない。担当記者(名前は不明)は冒頭、「解説してもらった」と書いてた。

   

一読して、明らかに難しい。一般的な受験生なら、よく分からないまま何とか部分点を狙う問題だろう。ところが解説者にとっては「面白い試み」で「アリ」。それに対して、共通テストの問題はダメらしい。「大学入学後の学問習得にほぼつながらない」し、「数学の基礎を問う試験としても疑問がある」。独特の強い主張だ。

    

   

     ☆     ☆     ☆

私がすぐ思ったのは、SEG(科学的研究グループ)らしいなということ。全国的にはあまり知名度はないだろうが、東京のエリート校中心に高校生を集めてる中規模の塾で、もともと東京大学の数学科の一部(大学院生・学部生)らが中心になって作った所だ。数学教育への独特のこだわりが強いし、全体的に目線が高い。

       

私の感覚だと、この青学の問題は確かに「面白い」が、やや変則的すぎて「奇問」に近い感もあるし、受験問題としていま一つ完成されてないと思う。もちろん、全国50万人が受ける共通テストには使えない。少なくとも、このままの形式では。

      

解説者は、大学入試に関して独特の自論を展開してるが、この問題の受験情報は書かれてない。問題の良し悪しを評価するためには、受験者集団の特性、解答時間、配点、合格最低点が重要になる。単なる数学研究や趣味の数学、義務教育などではなく、特定の人達にとって人生がかかったテストなのだから。

           

221119b

   

いわゆる赤本(教学社)とネット(パスナビ)で調べてみると、そもそもこの問題は、数学が得意な受験生用の試験(個別B方式)で出題されてる。しかも、数学は250点満点中の100点で60分。大問が4問だから、この感染症モデル問題(4番)の配点は25点前後で15~20分くらい。

        

受験生にとっては、数学の1番~3番がわりと簡単だから、唯一の記述式の4番では部分点で10点(配点の4割)ほど取れれば何とかなるだろう。合格最低点は250点満点の約7割。たとえ数学が60点くらいでも、配点150点の英語で十分取り返せる。

   

そうゆう事なら、この出題は、私もアリだと思う。ただ、具体的な出題の仕方にはもう少し配慮が欲しいし、赤本の模範解答にも少し疑問を感じた。数学好き、理屈好きのマニアとして。

    

   

     ☆     ☆     ☆

では、青学の問題文の前半だけ、引用させて頂こう。時期的には、日本でコロナ第3波が拡がった頃で、医療従事者や高齢者からワクチンを打ち始めようという話が出てた。

     

ある都市における感染症の流行の推移を、3つの数列の漸化式で表した。漸化式はn=1,2,3,・・・・・・で成り立つものとする。

  

 Sn₊₁ = Sn-βSnIn    ・・・①

 In₊₁ = In+βSnIn-γIn ・・・②

 Rn₊₁ = Rn+γIn      ・・・③

  

ここで Sn、In、Rn は、それぞれ第n週における未感染者数、感染者数、回復者数を表す。β および γ は、それぞれ感染率、回復率を示し、0<β<1、0<γ<1 とする。また、S₁=N>0、I₁=M>0、R₁=0、βIn<1とする。βN/γを基本再生産数、βSn/γを第n週の実効再生産数と呼ぶ。このとき、次の問いに答えよ。

 

(1)Sn+In+Rn を求めよ。

(2)βN/γ >1 を仮定して、Inのグラフ(nが横軸、Inが縦軸)をかけ。さらにその特徴を記述せよ。

(以下、(3)(4)は省略)   

  

      ☆     ☆     ☆

私がこの問題文を読んで、最初に引っかかったのは、In(感染者数)の意味だった。感染者数という言葉は、「第n週における」という説明がついても、複数の意味を表し得る。そこまでの累積数、その週における新規感染者数、その週において感染した状態にある人の数。

   

問題文と数式をよく読んで考えれば、その週において感染した状態にある人の数だと分かるが、それだけでも時間がかかる。そもそも、その数は、ニュースや各種解説であまり話題になってないのだ。一番、話題になって来たのは、その「日」における新規感染確認者数で、次が累積だろう。

  

だからこそ、英語版ウィキペディアのSIRモデルの説明ではの意味について明確に定義されてた。これまでに感染して、今現在、未感染者を感染させる能力を持ってる(Infectiousな)人達だと書かれてる。Sは感染しやすい(Susceptibleu)人達、つまり未感染者。Rは、SでもIでもなくなった(Removedな)人達で、普通の社会ではほぼ回復者に相当。

    

221119c

   

あと、βやγは定数でいいのか?、という点も気になったから、元の論文の1つを確認してみた。解説者が書いてた、ケルマックとマッケンドリックによる1927年の論文とは、これの事だろうか。英語版ウィキの出典から飛んで、無料・無登録で読める。

     

221119d

  

上に引用した箇所では、青学の問題と同じく定数2つを使ってるが、それは特殊なケースだとわざわざ書いてる。普通に考えれば、感染率も回復率も時間tに応じて変化する係数だと思われる。

     

   

     ☆     ☆     ☆

問題の(1)は、単に①②③の辺々を足し合わせるだけですぐ解ける。

 

 Sn₊₁₊In₊₁₊Rn₊₁ = Sn+In+Rn

          =N+M+0

          =N+M  

  

nが変化しても定数のままだから、n=1で計算すればよい。これだけで4点くらい取れるから、受験生的には一安心。

  

   

     ☆     ☆     ☆ 

しかし、次の(2)は考えにくい。キレイに解ける連立漸化式ではない、という点を理解するだけでも時間がかかるし、βN/γ >1 という条件式も分かりにくい。

   

βN/γを基本再生産数と書いてるが、この日本語だけでは意味が曖昧だし、なまじ時事ネタの知識を持ってる人は、余計に迷った可能性がある。ニュースなどで説明されてた意味と、数式での意味とが、なかなかピッタリ来ないのだ。

   

SEGの講師も、「全く免疫を持たない集団の中で、1人の感染者が平均して何人の二次感染者を発生させるかを推定した値」だと書いてて、これに似た説明がニュースや新聞でも目立ってた。しかしこれは、丁寧に説明しすぎで、数式から離れてしまってる。もっと、数式に即して考えてみよう。

   

  

     ☆     ☆     ☆

要するに、n(週の数)が増えるに応じて、Inが増えるか減るかがポイント。それを決めるのは、②の右辺の右側、βSnIn-γInの符号。今、かりにプラスとしてみよう。

  

βSnIn-γIn>0

∴ βSnIn/γIn > 1

   

ここで左辺の分母・分子をInで割って、Sn=N(初項)とすれば、条件式 βN/γ >1になる。この式は要するに、Inは一番最初に増えるという簡単な仮定なのだ。

    

一方、分母・分子をInで割る前の式 βSnIn/γIn を考えてみる。分子は、増えた感染者数。分母は、減った感染者数。要するに、増加/減少の比率、割り算であって、二次感染者を発生させるといった能動的・因果的な話と微妙に違ってる。

     

実際、朝日新聞のデータベースで検索してみると、明快でベターな説明が見つかった。20年7月7日、伊藤隆太郎記者。

      

「感染症学では、増減の割合を『再生産数』という。いろいろな計算方法があり、複雑になりがちだが、『今日の感染者を前日の感染者で割った値が、再生産数だと考えてよい』と、中山正敏・九州大名誉教授は解説する」。

   

だから、問題が「基本再生産数」という言葉を強調してるのも、受験生にとっては不親切すぎるのだ。知識が無ければ意味が曖昧だし、知識があれば数式と結び付けにくいから。(3)では基本再生産数と実効再生産数という言葉を使って(2)を説明させてるが、無用な混乱・困惑を招く恐れが強い。出題者と違って、受験生は理論も用語もよく知らないのだから。

      

    

      ☆     ☆     ☆

(3)では、等比数列という言葉をヒントに入れてるのだが、これも、理論を知らない受験生にとっては分かりにくいし、使 いにくい。②を変形して、In₊₁=(1+βSn-γ)In と出来たとしても、これを等比数列のように扱うのはかなり困難だ。

    

カッコ内は定数ではないから、公比のように扱うのは難しい。私ならむしろ、公比とすることはできないと考えた受験生の方を評価する。危うい単純化の誘惑を断ち切った、冷静かつ慎重な知性として。

       

赤本の模範解答では、nが十分小さい時にはSn≒NだからInが等比数列的に増加して(2倍、2倍・・とか)、nが十分大きい時にはSn≒0だからInが等比数列的に減少する(0.5倍、0.5倍・・とか)といった論法を使ってたが、その大まかな近似を仮に認めるにせよ、それではグラフの両端しか分からない。グラフの中央には、等比数列の話は使えないのだ。

    

出題者としては、「nが限りなく大きくなるとき」Inが0に収束する、つまり、感染の波が静まるという話に持って行かせたいのだろうが、それなら例えばInのグラフの右端についてだけ説明させればよいのだ。グラフの中央の処理で悩んでしまった受験生は少なくないはず。      

   

   

      ☆     ☆     ☆

記事が長くなり過ぎてるので、この辺で終わりにしよう。

   

ちなみに(4)では、基本再生産数を1より小さくするにはどうすればいいか、感染率と回復率を使って説明させてる。Nは定数だから、βN/γを小さくするには、β(感染率)を下げて、γ(回復率)を上げればいい。マスク使用や「三密」回避、医療サービスの充実などを書けば点数を稼げるはず。結局、配点25点として、10点取るのはそれほど難しくない。

    

なお、朝日の記事では、見出しが示す通り、数理モデルが「社会課題の解決 導く『武器に』」なると考えてるようだ。それなら、現実社会の感染状況との照らし合わせが必須のはず。

    

2020年から21年にかけての新規感染確認者数のグラフは、下の通り。NHKの特設サイトで21年・夏に保存してたものだ(ブログ記事に使用)。その時点で感染している人の数(問題ではIn)も、大まかな形としては似たような推移だろう。ここでの「感染者数」という言葉の使い方が、問題文とは違う点にも注目。

     

221119e 

    

山型に増えて減るだけなら、数理モデルなど必要ないし、数理モデルのおかげでコロナの被害が減ったという実感もない。有名人の「8割おじさん」、西浦博教授とかなら、そう自負するのかも知れないが。ワクチン以外で重要なのは、マスクと距離と換気であって、スーパーコンピューター・富岳の計算(シミュレーション)が多少の参考になった程度か。イメージ的に。

     

私はむしろ、数理モデルが現実離れした数学的フィクションになってないか、その点を考え直すべきだと思う。政策や専門家の提言とどのように関係して、結局どうだったのか。朝日新聞の担当記者には、そこまで追求して欲しい。数学の塾講師の寄稿だけに頼るのではなく、ジャーナリストの総合的能力、包括的知性を活かして。

      

それでは、今日のところはこの辺で。。☆彡

    

       (計 4577字)

| |

« W杯で日本中が一つになってた時代が懐かしい・・&踵痛11km、1km4分台 | トップページ | 今週すでにほぼ15000字、底が硬めのシューズで両足の痛みをこらえて15km走 »

数学」カテゴリの記事

教育」カテゴリの記事

医学・医療」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« W杯で日本中が一つになってた時代が懐かしい・・&踵痛11km、1km4分台 | トップページ | 今週すでにほぼ15000字、底が硬めのシューズで両足の痛みをこらえて15km走 »