船ではなく、枠のない海の波を係留する桟橋を夢見る少女〜牧田真有子の小説『桟橋』(2024年・共通テスト・国語)
(☆24年1月23日追記: 全文の書評を新たにアップ。
牧田真有子『桟橋』、全文レビュー・書評 ~ 漁師に拾われた魚、捻じ切れた血の橋を自分で生き始める )
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小説というものは最近、センター試験や共通テストの国語のブログ記事を書く時しか読まなくなってる。基本的には好きだし、コスパやタイパ(タイム・パフォーマンス)が悪いとも思わないが、他の事より後回しになってるのだ。「つかみ所がない」からだろうか。まるで今回の小説の若い「おばさん」みたいに。
社会的にも、小説は、芥川賞とか本屋さん大賞とかの目立つ話題しか扱われてないような感もある。まあ、それを言うなら、似たような事が他にも色々と言えてしまうが。例えば、物理学が大きな話題になるのは、ノーベル物理学賞の時だけとか。
大学入試の試験問題として小説を読むと、ほとんどの場合、とりあえずは一部分のみを読むことになる。このブログの場合、後で全文を読んで別記事も書いてるが、全文を読むと印象が変わることが多い。というより、印象が良くなることが多いのだ。こんなに出来の良い、面白い小説だったのか、といった感じで。
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さて、2024年の共通テスト・国語の第2問(小説)は、牧田真有子(まゆこ)の短編小説『桟橋』。雑誌『文藝』2017年・秋季号(河出書房新社)で発表されてる。
表紙には書かれてないが、56巻・3号。国立国会図書館の目次情報によると、p.152-165。14ページの短編らしいから、問題文はその4分の1くらいだろうか。(☆追記: 全文を確認すると、約6分の1だった。)
おそらく、これが初出でいいのだと思うが、先にどこかの同人誌とかウェブで発表してたのかも(未確認)。翌年には、日本文藝家協会『文学 2018』(講談社)にも収録されてる。2017年のベスト短編小説アンソロジー(選集)。amazonより。
しかし、検索しても情報は僅かで、43歳(または44歳)の現在まで、単独の著作は出してないようだ。私も、名前さえ知らなかったけど、この小説は全文を読んでも面白そうな気がする。好感触。
上の写真は、16年前の2008年、『文学界』(文芸春秋)新人賞の辻原登奨励賞を受賞した時のもの。母校の『同志社大学通信』154号より縮小コピペさせて頂いた。大学院まで行ってるらしい。何気に、洋服もオシャレでユニークに見える。ボーイッシュな顔と髪型に見えるのは、偶然なのか必然なのか、あるいは単なる気のせい、先入観か。。
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私がGoogle検索すると、最初に目に飛び込んで来た単語は、「百合」。X(旧 twitter)で、受験生たちが(?)そう投稿してるらしい。主人公の16歳の高校生・イチナと、8歳上の若いおばさんの関係が、女性同性愛に見えると。
問題文だけ読んで「百合」は言い過ぎだろうと私は思ったが、そんな言葉に触れる機会はほとんど無いので、試しに調べてみた。
するとどうも、「百合」という言葉が指す範囲は非常に広くなってるらしい。女性と女性が少し好意的に触れ合うだけでも、百合。つい先日、スマホにインストールしたばかりのアプリ「LINEマンガ」で「百合」を検索すると、ズラッと作品が並んだ。サブカルチャーの世界ではごく一般的な言葉になってるわけか。
私ならむしろ、女の子のマザー・コンプレックス(母親への複雑な思い)の変化形と呼びたくなる。あるいは、おばの父親的な要素・側面も加味するなら、エディプス・コンプレックス(両親への複雑な思い)のバリエーション。
実際、問題文の冒頭には、「イチナが幼少期に祖父母の家で親しく接していたおば」と書かれてる。3歳と11歳なら、11歳は母親的な存在だろう。問題の前半では圧倒的に巨大な存在とされてるし、後半でも、おばさんはイチナの母と重なるような形で描かれてるのだ。
ちなみに、問題文だけ読むと、イチナが女性だと確実に断定できる要素はない。ただ、名前と言葉遣い・行動から、おそらく女の子だろうとは思う。生物学的な女性かどうかはさておき。男女の固定的な二分法、二元論が通じにくくなってる、多様性の時代なのだ。
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問題文は、いつものように河合塾HPより頂いた。リンク先(保存場所)は産経news。去年は公開が遅かったが、今年は私が21時半にアクセスすると既に問題が掲載されてた。
文学だなと感じるのは、後半に出て来る、年上の友人との電話。昔、おばを中心にして、一緒に演劇的なままごとで遊んでた仲間。
問題の選択肢には書かれてなかったが、明らかにあれはマウント合戦になってる。自分の方がおばさんと親しい仲だというアピールの闘い。イチナがまず、うちには今、おばが居候してると話すと、「すばやい沈黙」が訪れる。
何なら電話代わろうか、とイチナが言うと、友人は、実は自分の所にも居候してたと切り返す。すると「絨毯の糸屑を拾っていたイチナの動きがとまる」。それに続く箇所は、設問に使われてた。
「言ってしまうと友人は、もう気安い声を出した。『私まで「おばさん」呼ばわりは悪いと思いつつ、イチナのがうつっちゃって』」。
「もう気安い声を出した」という文は、傍線部Bだが、その理由を選ばせる時の選択肢5つには、イチナとの競争心やライバル関係が反映されてない。当たり障りのない理由ばかりを選択肢に挙げてるから、選びようがなかった受験生も少なくないはず。
これは、幼い姉妹が母親の取り合いをしてるのだ。おそらく友人も女の子だろうから、女同士のプチ・バトル。「気安い」という言葉がしばしば、ネガティブな文脈で使われるもの。ここでのイチナの気持ち的には、「気安く『おばさん』なんて呼ばないで!」とか。
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今週は制限字数を大幅に超えてるし、時間も無いから、最後に「桟橋」という題名、タイトルについて触れとこう。
問題文を読む限り、「桟橋」の具体的な意味はハッキリとは分からない。ただ、Googleで画像検索すると、その意味が分かりやすい気がする。
桟橋とは、海に突き出して、船を係留しやすくするための橋状の構造物。おそらく、「どこからどこまでがおばなのかよくわからない様子があった」のだから、おばは船というより、大きくて形のない海だろう。さらに言うなら、寄せては返す波。今はうちに居候してても、どうせすぐどこかに行ってしまう。ずっと係留して欲しいのに。
一方、桟橋としてのイチナ自身も、しっかりした柱に支えられたものではない。桟橋そのものも、波のように揺れ動く不確かな存在。海に浮かんだ桟橋を、浮桟橋と呼ぶらしい。
実は私の生まれ故郷では、浮桟橋がすぐそばにあって、子ども達の遊び場になってた。ずっと上にいると、上下左右の揺れで船酔いみたいになるほど不安定な場所で、小さい船とゴツンゴツンとぶつかって波しぶきを上げてた。
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牧田の情報を探すと、「人が抱く寄る辺なさと、世界が孕む不確かさを、丁寧にすくいあげ描きとる」と書かれてる。早稲田文学編集室より。
彼女自身も浮桟橋で、寄せては返す海の波のような世界と触れ合ってるのかも。その僅かな係留こそ、小説というものだろう。
設問の「資料」に使われてた演出家・太田省吾の「自然と工作 ── 現在的断章」の言葉を借りるなら、人も世界も、「己れの枠を持たずに生活している」のだ。ただし、人の側だけは、普通は枠への欲望を持ってる。おばさんだけは例外として。
なお、今週は計17716字で終了。全文レビューについては、また近いうちに。ではまた来週。。☆彡
cf. 梅崎春生『飢えの季節』、全文レビュー~戦後の日常・欲望・幻想をユーモラスに描くエッセイ私小説
誰が、何に、どれほど飢えているのか?~梅崎春生『飢えの季節』(初出『文壇』2巻1号、23年共通テスト国語)
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(計 3582字)
(追記100字 ; 合計3682字)
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