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蜂飼耳の小説「繭の遊戯」(25共通テスト国語)全文レビュー・書評 ~ 家畜として玉繭で糸を出した蚕の幼虫、成虫で飛び立てたのか

蜂飼耳(はちかい・みみ)という名前も、「繭の遊戯」(まゆのゆうぎ)という小説のタイトルも、読みにくい漢字で、私は聞いたことも見たこともなかった(申し訳ない)。

  

ところが小説を読むと、子どもが語る形式だから、ひらがなだらけで句読点も多い、非常に読みやすい文章。また、過去の日経新聞を調べると、多数の記事がヒット。おまけに現在は、立教大学文学部の教授で、大学の図書館長にも就任したらしい。当初のイメージは激変した。

   

私の周囲に1人もいないこともあって、現代の詩人というと何となく、地味にひっそり孤独に生きてるイメージがある(個人の感想)。ところが、社会的にも見事な成功。今回は遂に、若い頃の短編小説が一気に数十万人の読者を獲得した。印税は入らないが、ベストセラー作家に出世。

    

   

     ☆   ☆   ☆

ということは、まさに、繭の中で現代詩などの遊戯をしてた幼虫が、見事な成虫として羽ばたいたということになる。

   

しかし、蚕(カイコ)というものは、幼虫と糸にのみ価値を置かれる家畜昆虫であって、成虫は野外でも生きていけないらしいし、飛び立つことも出来ないとのこと。

   

作品の中の2匹の幼虫は、繭から出て飛び立つことが出来たのか。全文を読み終えてすぐ、その点が気になった。もちろん、その種の思いは直ちに反転する。

 

読者である自分は、飛び立つことが出来たのか。そもそも、繭とか絹糸で人々の役に立てた存在なのか。私にせよ、今ここで読んでいるあなたにせよ。。

   

   

     ☆   ☆   ☆

何の役にも立たないような一般人ブロガーでも、例えばセンター試験や共通テストの国語に関しては、少しお役に立てている気がする。

    

実際、過去のレビュー(特に小説全文の記事)はかなりのアクセスを頂いてるし、熟読してくださる方もいらっしゃる。コスパ、タイパのいいネタバレ記事としてサラッと読み流している人も大勢いると思う。

     

今回、2025年の共通テストの国語では、終了直後のX(旧 twitter)の投稿を見ると、「おばあちゃん」がキレた「ヒス構文」を面白がってネタにするものが目立っていた。

     

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しかし、私が実際に小説の全文を読んでみると、おばあちゃんは単なる脇役というか、チョイ役。「おじさん」と「わたし」が主人公の物語だ。主人公と語り手の関係というより、テレビドラマでいうW主演のような形になっている。

     

初出は、角川書店(当時)雑誌『野性時代』2005年8月号、p.138~p.144。タイトルの下には、両手とオカリナのイラストが挿入されてた(立川綾子)。オカリナには糸が付いていて、蚕の幼虫が糸を出してるようにも見える。

     

20年近く前ということもあって、ほとんど図書館にも置かれていないし、ネットでも流通していない。amazonの古書でも取り扱いがなかったし、カドカワの公式サイトでも検索範囲からギリギリで外れていた。

            

下はamazonより。野「生」時代ではなく、野「性」時代なので、念のため。

   

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     ☆   ☆   ☆

2つ上の縮小画像で、小説タイトルの右側には、「8月の極上てのひらの物語」と書かれてる。当時のこの雑誌は、両手ですくい上げたような原稿用紙10枚の短編小説を連載していたようで、30人分まとめた単行本が2006年に出版されていた

    

極上掌篇小説』。この中に『繭の遊戯』も収録されているが、元の発表作品との違いは未確認。私は初出しか確認してないので念のため。加筆・修正の可能性はある。p.211~p.220に掲載。

(☆追記: 単行本を確認。初出の雑誌との違いは、漢字のふりがなだけ。新たにつけられてたり、前のが削られてたり。)

    

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当時の雑誌巻末の作者プロフィールには、「・・身の回りの情景や心ふるわす書物を、繊細で鋭敏な語感と言葉で綴ったエッセイ『孔雀の羽の目が見てる』も好評」と紹介されていた。1974年生まれ、早稲田大学大学院・修士課程終了。中原中也賞ほか、受賞歴も豊富。

   

今現在、誰も書いてなさそうな小ネタ情報を書き添えておくと、彼女は「耳」がやや大きい(or長い)ようにも見える♪ 本人がペンネームの由来(本名?)をどう説明しているのかはともかく、無意識的には自分と「耳」が深く結びついていても不思議はない。根拠というか、参考資料は、2024年7月31日の日経新聞・朝刊の写真。

   

    

   ☆   ☆   ☆

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さて、2025年1月18日(土曜)の共通テスト1日目・国語・第2問では、ギターの話から小説の引用がスタート。最後は、楽器のオカリナをおじさんが自作してバザーで売るという話が出た所で終了。上図はいつものように、河合塾の共通テスト特設ページより。

       

問題文は長いので、元の小説の全文に近いが、最初の11行と、最後の6行(物語のオチ)だけが省略されていた

  

冒頭の2行は、「いま考えると、そのころおじさんは、まだ三十にもなっていなかったのだと思う」と書かれている。「けれど、五つや六つの子どもにとっては、想像もつかないほど年上の大人」。それなのに、「他の大人たちとは、ちがう匂いがした」。

   

他の大人たちは、遊ぶ時でも「上の空」。でも、おじさん(わたしの母の弟、叔父さん)は本気で遊んでいるし、私も一緒に本気で遊んでいる。

    

ここですぐ、私の頭には、繭の中に2匹の蚕の幼虫がいる姿が浮かんだ。試しに検索してみると、本当にそのような例があって、「玉繭」(たままゆ)と呼ばれているらしい。形や大きさも多少違うとのこと。

  

ということは、この小説のタイトルは、「玉繭の遊戯」でも良かったはず。1つの玉繭に、3匹以上の幼虫が入っていることもあるらしい。「おじさん」、「わたし」、著者(蜂飼耳)、そして、読者である私たちとか、SNSに投稿して遊ぶ受験生とか。

  

   

     ☆   ☆   ☆

話を戻すと、問題文で省略された部分には、「台所やトイレはないその小屋」という一文もある。ということは、「小屋に籠っている」と言っても、すぐそばの母屋(おもや)との行き来はかなりあるのだ。

  

小説の時代設定は、おそらく1970年代くらいの昭和。その頃、30歳くらいの身内の男性が、定職も持たず、家の敷地内の小屋で遊んでいて、食事やトイレの度に母屋に来る。これは姉(「わたし」の母)にとって、かなり目障りなはず。まだ「フリーター」という言葉さえ一般的ではなかった時代らしい

   

「ちゃんと仕事しなさい」、「いつまでも親のスネかじって」。母が怒っても、スルーするおじさん(母の弟)。すると当然、「お母さん、なんとかいってよ」、「おかあさんが甘いからよ」と矛先を変えたくなる。

  

するとおばあちゃん(「わたし」の祖母、「わたし」の母の母)は逆にキレて罵る。「もうわかった、あたしが死ねばいいんでしょ、じゃあ、死ぬよ」。実際には死ぬ代わりに、「豆の殻を剥(む)いた」だけ。私が受験生なら、教室で声を上げて笑ったかも。

     

おばあちゃんは内心では、おじさん(息子)の才能も理解しているのだ。中途半端でお金にならないとはいえ、小屋を自分で作ったし、トラックの運転手もできる。ギターの技術的に難しい曲、『アルハンブラの思い出』も少しだけ弾けるし、インドに旅行する行動力もあるし、ステンドグラスも陶芸も少し作れる。

   

息子は、やれば出来る。いつかは1人で大きく羽ばたいてくれるのでは。。 昭和の母親としては、男の子にそんな儚い期待や希望も抱いているはず。実はそれが意外な形になったのが、最後の省略部分、オチの箇所なのだ。

    

    

    ☆   ☆   ☆

時間が無くなって来たので、その最後のオチに向かおう。物語的に決定的な内容のネタバレなので、ご注意あれ。

    

問題文の最後では、おじさんが、自作のオカリナをバザーで売る考えをわたしに話したという流れになっていた。

   

その後、「オカリナは予想以上に売れ」、おじさんはオカリナばかり作り続ける。

   

しかし、ブームは終了。その後、おじさんは「なにもせず、小屋のなかで眠りつづけた・・・何ヵ月も」。そして、消えてしまったのだ。

  

「突然のことだった。帰らない。どこへ行ったのか、わかりはしない」。

    

  

     ☆   ☆   ☆

たまたまなのか、そのラストの左のページには、「日本ホラー小説大賞」という文字が、黒地に白抜きの不気味なデザインで目立っていた。私はそれを見て、ちょっと背筋が寒くなったが、それはなかなか正しい反応だったと思う。

    

というのも、蚕の幼虫は、繭を出ると生きていけないらしいから。飛べないし、外は外敵だらけ。さらに、繭の中で幼虫から蛹(さなぎ)になると、糸を取るために繭ごと処理されてしまうようだから。

   

本文には書かれてないものの、実はサナギのように何も作らなくなったおじさんは、姪の「わたし」にさえ相手にされなくなったと感じていたかも。色々と作っていた時には、あの子だけは相手にしてくれた。何も作らない自分は、もう誰にも相手にされない。そう言えばあの子は、自分が作った鶴のステンドグラスを見て、「あひるみたい」と切り捨てたし。

   

ふと、冒頭の省略部分の言葉も思い出してしまう。他の大人たちは「上の空」。それは、単なる心理的な「上の空」だが、おじさんは別の意味で「上の空」になったのかも知れない。世捨て人か、世に捨てられた人かはともかく、帰らない人になったのだから。。

   

   

     ☆   ☆   ☆

このオチだけ見ると、そんな簡単で単純な終わり方なのか・・と思われるかも知れない。

  

しかし、改めて全体を見直すと、周到に「死」のイメージや伏線が散りばめられていることに気づく。「上の空」、「死ねばいいんでしょ。じゃあ、死ぬよ」、お香、仏壇、あひる(飛べない鳥)。

  

最後の直前に登場するオカリナも、語源的にはガチョウのこと。つまり、これも要するに、飛べない鳥なのだ(生物学的にはそうは呼ばないらしいが)。

    

ちなみに、格闘技好きの私としては、小説のタイトルの「遊戯」という漢字の言葉を見て、『死亡遊戯』というタイトルの映画があったなと思い出す(見たことはない)。今でも世界中で人気がある、カンフー映画のスター、ブルース・リーの死後の公開作品。リーの死が72年、『死亡遊戯』が78年だから、この小説の時代設定と合っている形になる。

     

    

     ☆   ☆   ☆

一方、語り手である「わたし」はおそらく今、昔のおじさんと近い年頃だろう。実は、この作品を発表した時の著者・蜂飼耳も、ほぼ同年代

   

「満足と孤独。しのびこんだ蛾が、押せない窓を押して暴れ、しきりに乾いた音を立てる。そのとき、わたしはなにかを、教えられていたのだ。」

    

自分の世界にこもって遊ぶと、外に出れなくなるだけでなく、狭い世界の中で他の人とぶつかり合うことにもなる。

  

「いいと思わないものを、いいとはいえない。いってはいけない。これで嫌われるのなら、それはそれでしかたない」。

    

そもそも、わたしはおじさんより遥か下の存在なのだ。「おじさんの心配をしながら、自分も晴れない霧につつまれた。オカリナどころか、なにも作れない自分は、どうすればいいんだろう」。「他の人たちから見れば意味が薄いことを、自分の熱意だけでつづける。どこへ繋がっていくのか、わかりもしないまま」。

   

   

     ☆   ☆   ☆ 

幸い、著者の文芸的な遊戯は、大学教授の身分、図書館長の地位へとつながった。詩も小説もエッセイも評価された。結果的に、他の人達から見ても意味が生じた。

  

しかし、おじさんはどうなったのか。「わたし」はどうなるのか。そして、繭の糸の代わりに、ブログの文字を書き続ける自分はどうか。SNSでつぶやきと画像とリンクを作り続ける玉繭の中の人々はどうなのか。そもそも、蚕という生物は自らをどう認識しているのか。

     

小説という狭い枠、繭を超えて、「そういう考えをひろげ」つつ、ブログの遊戯を終わるとしよう。一時的にサナギのように眠った後は、また目覚める。人生という巨大な玉繭の遊戯は、しばらく終わらないのであった。

   

そう言えば、人間とは本質的に「ホモ・ルーデンス」(遊戯する人)だという考えもあったな・・とか思い出しつつ、それでは今日はこの辺で。今週は計19370字で終了、また来週。。☆彡

   

   

      

cf. 牧田真有子『桟橋』(24共通テスト国語)、全文レビュー・書評

    ~ 漁師に拾われた魚、捻じ切れた血の橋を自分で生き始める

   

     (計 4900字)

  (追記55字 ; 合計4955字)

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