将棋の加藤一二三・九段、称号「神武以来の天才」の出典・由来は新聞ではないので雑誌か?&右太腿の故障がまた悪化
(21日) RUN 9km,43分40秒
平均心拍 127,最大 138
WALK 0.8km,11分,1400歩
☆ ☆ ☆
また一人、才能あふれる人物が他界した。将棋の加藤一二三・九段、享年86歳は、単なる天才ではなく、「神武以来の天才」。確かに、記録にも記憶にも残る偉大な人で、晩年まで人気もあった。
じんむいらい、じんむこのかた、2通りの読み方があるけど、どちらにせよ、かなり凄い呼び名で、古いメディアが付けた巧みな表現、商業的な売り文句だろうと思われる。
普通に言い直すと、1000年に1人もいない天才ということだから、数十年に1人とか百年に1人とかの天才(羽生善治・九段とか藤井聡太・六冠とか)では足元にも及ばないことになる♪ 羽生も藤井も、否定せずに、微笑んで受け入れるだろう。
☆ ☆ ☆
昨日(2026年1月22日)、訃報が流れて来たから、色々とネットで記事を読んだり調べたりしてみたけど、おそらく誰一人として書いてないのは、「神武以来の天才」という表現の出典・由来。最初は、誰が、いつ、どこで使った言葉なのか。
ウィキペディアの項目も、「神武以来」の箇所に注と出典を色々付けながら、肝心の初出情報は無し。ただ、1958年4月1日付けで18歳3ヶ月で八段になった頃からの呼称のようで、実際に昇段が決定したのは2月27日だから、その頃にメディアが付けたのだろうと推測できる。
昔から今に至るまで、将棋と深く関わって来たメディアは、一般の新聞。そこで、朝日・読売・日経・毎日のデータベースで調べてみたけど、1958年ごろの記事に「神武以来」の表現は見当たらなかった。
☆ ☆ ☆
ただ、昇段決定のわずか2日後、朝日新聞(58年3月1日・朝刊)の看板コラム「天声人語」が、「加藤一二三少年」だけの内容になってたから、当時の注目の大きさが分かる。興味深いことに、コラムの最後にはこう書かれてた。
「少年八段よ、世間のおだてにのらないで・・・」
ということは、これ以前に「神武以来」と称賛する「世間」の動きがあったのかも。テレビではないと思うし、スポーツ新聞は調べにくそうだから、いずれ当時の雑誌・写真誌とかを調べてみたい。将棋世界とか近代将棋とかの将棋雑誌ではなく、一般の雑誌だろうと想像。
いずれにせよ、晩年は大手芸能事務所のナベプロ(ワタナベエンターテインメント)に所属して、タレントとか、ゆるキャラとしても活躍してた、神武以来の天才。あらためて合掌。。
☆ ☆ ☆
一方、いつ、どこにでもいる小市民アスリートの方は、大会直前だから調整中。ただ、最後にちょっとスピードを出しとこうと思って走った21日(水曜)、9km走でまた右太腿の故障が悪化してしまった。12月前半の肉離れ以来の痛み。
たぶん、日曜、月曜、水曜と、寒波の中、ウォーミングアップ無しでいきなりスタートからペースアップしてるのが主たる原因だと思う。普段は1km6分ペースくらいで走り始めるのに、ここ最近はレースを意識して、いきなり1km5分くらいで走り出してるのだ。もともと私は身体が硬いのに。
月・火と、違和感があったけど、水曜はハッキリした痛みになって、公園の1周目の途中で痙攣の兆しを感じたから、止まりそうになったほど。その後はちょっとペースを抑えて、左脚で無理やりかばうような走りで何とか完走。本当にギリギリで危なかった。かばったせいで、左ふくらはぎもちょっと痛い。
トータルでは1km4分48秒ペース。最速シューズのsonicblastを無駄に使ってしまった (^^ゞ 気温4度、湿度28%、風速3m。歩くだけで痛いから、ウォーキングはクールダウンの0.8kmだけにしといた。
前途多難、日曜の朝も寒いんだよな・・とか思いつつ、今日は早くもこの辺で。。☆彡

平均心拍 最大
往路(2.4km) 11分56秒 119 133
LAP 1(2.1) 10分15秒 128 137
2 9分55秒 134 138
復路(2.2) 11分11秒 128 138
計 9km 43分17秒 127(77%) 138(84%)
(計 字)






















































最近のコメント