眞子さまの診断名「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と、国際的な分類基準(ICD11英語版、DSM Ⅳ・5)

2021年10月1日、宮内庁は、秋篠宮家の長女・眞子さま(29歳)と小室圭さん(29歳)の結婚を発表。その際、眞子さまが複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されていたことも明らかにされた。下は朝日新聞デジタルより

   

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会見に同席した、精神科医の秋山剛・NTT東日本関東病院品質保証室長が中心となった診断ということだろうか。そもそも、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)は昔から有名な病名だけど、複雑性PTSDという言葉は聞き覚えがない。

   

  

     ☆     ☆     ☆

この診断名は、英語の Complex PTSD の訳語。略すと、C-PTSD。この場合のコンプレックスとは、複合的な状態を表す英単語で、日本語でありがちな劣等感という意味ではない。

    

2018年に発表されたICD11(国際疾病分類・第11版)で導入された新しい診断名で、まだICD11は(2022年頃まで)日本で正式採用されてないはずだから、ちょっと踏み込んだ診断と言える。

  

さらに調べてみると、WHO(世界保健機関)が発表するICDの該当箇所と並ぶ、もう一つの精神疾患(心の病)の診断基準、DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル、米国精神医学会)では、この診断名は見送られてるようだ(後述の英語版Wikipediaより)。したがって、世界の専門家の間でも、この診断に関する合意は十分には形成されてないことになる。

   

ということは、やはり担当する主治医の個人的見解が大きく働いてるのだろう。そこから確認してみよう。   

  

   

     ☆     ☆     ☆

複雑性PTSDの診断に関する発表全文は、以下の通り(朝日新聞デジタルより引用)。

  

 眞子内親王殿下は、ご結婚に関する、ご自身とご家族及びお相手とお相手のご家族に対する誹謗中傷と感じられるできごとを、長期にわたり反復的に体験された結果、「複雑性PTSD」(複雑性心的外傷後ストレス障害)と診断される状態になっておられます。

 PTSDでは、強い恐怖を感じるトラウマの体験のために、トラウマを想起させる出来事の回避、何らかのきっかけによるトラウマの再体験、些細な刺激で強い脅威を感じるといった症状が起こります。

 「複雑性PTSD」は、ICDの第11版で、2018年に新しく導入された診断名です。この診断名は、PTSDと診断されていた方の中で、長期的に反復する、逃れることが難しい人為的なトラウマを体験していて、「自分には価値がないと思い込む」「感情が不安定になる」「他の人との関係を避けてしまう」といった持続的な症状のみられる方を特徴づけるために導入されたものです。「複雑性PTSD」は新しい診断名ですので、現在PTSDと診断されている方の中にも、実際には、「複雑性PTSD」の診断に該当する方がかなりおられると思います。

 「複雑性PTSD」は、言葉の暴力、例えば、ネット上の攻撃、いじめ、ハラスメントなどでも起こります。こういったトラウマを体験すると、どなたでも「複雑性PTSD」になる可能性があります。ネット上の攻撃、いじめ、ハラスメントなどのために、尊い生命が失われていることは、みなさまよくご存じの通りです。

 (引用、終了。赤色の強調は引用者による。)

    

   

     ☆     ☆     ☆

続いて、ICD11の英語原文を見てみよう。数字とアルファベットによる分類記号は、6B41。つまり、心・行動・神経の障害の中で(6)、心理・社会的な神経症的側面が強いものの内(B)、41番目。直前の6B40が、普通のPTSDとなってる。

   

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普通のPTSDに加えて、次の特徴があると書かれてる。改行は引用者によるもの。

   

In addition, Complex PTSD is characterised by severe and persistent

 1) problems in affect regulation;

 2) beliefs about oneself as diminished, defeated or worthless, accompanied by feelings of shame, guilt or failure related to the traumatic event; and

  3) difficulties in sustaining relationships and in feeling close to others.

   

   

大まかに日本語訳を書くなら、(1)感情表現の調節の問題、(2)自分はもう打ちのめされてダメだ、恥ずかしいという信念、(3)対人関係の維持における困難、が重く執拗に続いてるということ。

  

前述の秋山剛医師の、「自分には価値がないと思い込む」「感情が不安定になる」「他の人との関係を避けてしまう」という説明は、ICD11の説明の順番を変えて、(2)(1)(3)の順に平たく説明してることが分かる。

    

   

     ☆     ☆     ☆

最後に、すべての病気を扱うICDよりも専門的な、米国精神医学会の診断基準DSMについて。英語版ウィキペディアのC-PTSDの項目には、次のように説明されてた

   

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つまり、DSM第4版への採用が考えられてたけど、実際には1994年に不採用。続く2013年の第5版でも不採用のままで、結局、PTSDという診断は1つにまとまったまま掲載されてる。下の英語版原書の目次でも確認可能。

   

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とにかく、要するに、深刻な病気だからもっと配慮して欲しいという要請。当サイトでは、これまでもかなり控えめに書いて来たが、より一層注意深く見守ることにしよう。

   

とりあえず、ご結婚おめでとうございます。ではまた。。☆彡

    

       (計 2294字)

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子どもの睡眠からの起床、アラーム(電子音)より早く目覚めるのは母親の声、もっと早いのは足音か♪

フーッ。。 ようやく仕事が終わったのに、一息つくヒマも無く、今日の分の記事に追われるブロガー (^^ゞ もう疲れて眠いけど、時計の時刻表示を見ただけで目が覚めてしまう。

  

しかし、それは私が起きてるからであって、寝てたら時計は見れない。その代わりになるのが、音だ。音は寝てても結構、聞こえるというか、反応してしまう。

    

今日(21年8月25日)の朝日新聞・朝刊コラム「天声人語」には、ちょっと面白い実験結果が書かれてた。要点だけ書くと、小学生はアラームの電子音より遥かに早く、母親の声で目覚めるというお話♪

   

   

      ☆     ☆     ☆

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研究者は滋賀大の大平雅子教授(38歳)ら。ちょっと美人に見える写真もある・・とか学者仲間が言うと、セクハラやルッキズム(外見主義)で厳しくバッシングされるはず(笑)。

  

とにかく、夏休みに小学生13人を昼寝させて、深い眠りに落ちたことを脳波で確認。目覚めるまでの時間は、ピッピッピッの電子音だと平均310秒(5分10秒)。かなり遅いけど、5分後のスヌーズで起きたのかな? 私もよくやってる事(笑)

    

続いて、それぞれの母親が録音した声だと31秒。見知らぬ女性の声だと25秒。アラームの約10分の1の速さ。しかも、「いつまで寝てるの!」とかしかりつける怒鳴り声は禁止♪

   

誤差の範囲とはいえ、見知らぬ女性の方が早いのはどうしてかね? 被験者の子どもが男の子で、萌え系の可愛い声とか?♪

   

   

     ☆     ☆     ☆

マニアック・ブロガーは当然、なるほど、面白いね・・では済ませない♪ 直ちに、出典(元の研究論文)を探してみたけど、いくら探しても論文は見当たらず。

  

すぐヒットする関連情報は、共栄火災の情報ものしり帖というページ。2019年に、「夏休みも目覚めスッキリ」という記事がアップされてる。もとの情報は、毎日新聞が提供してるようだ。  

  

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「人の声で目覚めた場合は、起床後も注意力が高く、誤りが約2分の1に減少しました」。

   

目覚まし時計のメーカーから反論を用意してるかも♪ そもそも13人で1回行っただけの実験みたいだから、科学的エヴィデンス(根拠)としてはかなり弱い。

   

   

     ☆     ☆     ☆

では、元の研究はどこまで精密に行ってたのか。検索語やフレーズを変えて調べまくると、ようやく情報が分かった。論文ではなく、口頭の研究発表が2回あったらしい。

   

最初が、2018年2月5日。学部生か大学院生の朝倉大晟との共同発表。「目覚まし音の違いが覚醒度及び覚醒後の持続的な注意力に及ぼす影響」。第45回・滋賀県学校保健学会、一般講演。

    

次は、大平雅子の単独で、2019年6月28日。「目覚まし音の違いが覚醒度及び覚醒後の持続的な注意力に及ぼす影響」。日本睡眠学会・第44回定期学術集会。全く同じ題名と内容の発表を、別の学会で行ったわけか。いいのかね?

  

口頭発表以外にも、2019年3月の卒業論文(または修士論文)として、朝倉の単独で同名の研究が出てた。

  

以上が、「テンメイのRUN&BIKE」ブロガー、テンメイによる2021年8月25日のブログ発表だ♪ 少なっ! いや、でもこんな所まで調べる人間は他にいないだろうし、検索アクセスは入ると思うな。月に1コくらいは(笑)。淋しっ。。

   

   

     ☆     ☆     ☆

早くも最後に、私自身の経験について。私も子どもの頃は、実家で母親に叩き起こされてた♪ 朝だけじゃなくて、試験勉強の時とか♪ 朝は、父親が部屋の外から怒鳴ることもあったけど、それは母親の命令によるもの(笑)

   

一番すぐ目覚めたのは、母親がノシノシと階段を上がって来る足音(笑)。私の部屋は最初、中二階という変な場所にあって、やがて本物の二階に移ったけど、どちらも階段の上。あのノシッ、ノシッと近づく足音ほど怖いものはない♪

   

ドアを開けられる前には必ず目覚めてた。・・っていうか、そう言えば部屋に鍵はついてなかったのかな? 中二階は無かったけど、本物の二階はあったような気もする。まあ、これはテンメイ回想録の記事ではないから、良しとしよう。

   

とにかく、目覚めの早い順で言うと、結論は次の通り。

  

 ①母親の足音  ②母親の怒鳴り声  ③目覚まし時計のベル(ジリリリ!) ④アラームの電子音(ピッピッ)

   

次の日本睡眠学会で報告する予定♪ 入ってないだろ! それでは、まだ寝れないけど、今日はあっさりこの辺で。。☆彡

    

        (計 1779字)

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うつ病(抑うつ状態)の心理検査尺度CES-D、日本語訳と英語原文(米国NIMH、Radloff)の対比

心理的な検査、テストというものは、英語圏を中心に多数発表されてるし、中身が単純で似てるので、これ自体に特別な注目ポイントはない。ただ、女性タレントがブログでうつを発表した時に画像まで載せてて、かなりのメディアも記事にしてたので、つい調べることになった。

   

CES-D scale(Center for Epidemiologic Studies  - Depression scale:疫学研究センター・抑うつ尺度)。

  

最後の「scale」(尺度)という英単語を省略したり意訳したりしてることが多いが、省略すると単なる米国国立精神保健研究所(NIMH)のセンター名に近くなってしまう。

   

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センター所属のラドロフ(L.S.Radloff)が1977年に開発して、世界に普及。一般人の自己報告用。平均して90%の精度があるとか言われてるが、日本人や日本語で同じとは限らない。もともと曖昧で論争的な精神状態の計測だから、精度を求めるのも困難。

   

   

     ☆     ☆     ☆

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上の写真は「小林礼奈さん」に渡された、CES-D検査結果用紙。自分でブログに公開してるし、既に各種メディアで拡散してるし、そもそも自分でクリニックのグループの広告にも出てるから、縮小引用は許容範囲だろう。

   

堂々と公表してるから、ステマではない。人気も知名度もある、ゆうメンタルクリニック。私も前から知ってる。

    

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ただ、彼女は失礼ながら名前も顔も知らなかった。グラビア系のタレントのようで、過去のニュースを検索すると、お笑いコンビ・流れ星の瀧上伸一郎との結婚や離婚が話題になってる。離婚後も対立してるらしくて、ストレスも大きくのしかかってるはず。

   

  

     ☆     ☆     ☆

尺度の中身自体は、既にあちこちのサイトの画像で公開されてるので、ここでは元の英語原文(ブラウン大学)と日本語訳(産業医科大学)との対比に注目してみる。単純な直訳ではないのだ。

  

全部で20項目の簡単な質問リストを提示。過去1週間、どのくらいの頻度で質問文のように感じたか、4段階(0点~3点)で回答する。

   

ネガティブな16項目では、少ない方が低い点数。ポジティブな4項目では、少ない方が高い点数。合計点が高いほど、抑うつ的だと判定。16点以上が抑うつ状態。

     

 ほとんど、または全くなし (1日未満)

 たまに、または少し (1~2日間)

 時々、またはかなりの時間 (3~4日間)

 ほとんど、またはずっと (5~7日間)

  

ちなみに上の4段階の日本語は、私が元の英文から直訳したもので、日本で広まってるものとは少し違う。日本向けの画像を見ると、「感じることはなかった」といった日本語が後半に付いてるが、英語原文にそうした言葉は入ってないので、念のため。

  

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どのくらいの頻度で感じたかをたずねてるので、頻度の4段階には「感じた」という言葉が入らないのは自然なことだ。入れると重複になる。

   

   

     ☆     ☆     ☆

1.普段は何でもないことが煩わしい。

  I was bothered by things that usually don't bother me.

これは日本語も英語もほぼ同じ。ただし、英語は過去形で、過去1週間の報告だから過去形の方が正確。

  

2.食べたくない、食欲が落ちた。

  I did not feel like eating; my appetite was poor.

これもほぼ同じ。ただ、食欲が「落ちた」のではなく、poor(乏しかった)ということ。落ちたと訳すと、ずっと食欲がない人の場合におかしな事になってしまう。

  

3.家族や友達から励ましてもらっても、気分が晴れない。

  I felt that I could not shake off the blues even with help from my family or friends.

ほぼ同じだが、直訳は「たとえ手助けがあったとしても」。そう書かないと、もともと家族や友達がいない場合に困る。

  

4.他の人と同じ程度には、能力があると思う。 (頻度が少ない方が高い点数

  I felt I was just as good as other people.

「能力がある」ことに限らず、「good」(良い)かどうかが本来の設問。

   

5.物事に集中できない。

  I had trouble keeping my mind on what I was doing.

これはほぼ同じ内容で、上手い翻訳。

  

6.ゆううつだ。

  I felt depressed.

これもそのまま。

  

7.何をするのも面倒だ。

  I felt that everything I did was an effort.

「面倒」というと、始めるまでの嫌気の意味合いが強くなる。元は effort(骨折り、苦労)だが、意外と訳しにくいから、面倒という訳は適切かも。

  

  

    ☆     ☆     ☆

8.これから先のことに対して積極的に考えることが出来る。 (頻度が少ない方が高い点数

  I felt hopeful about the future.

「積極的に考える」という言い回しは一般にはほとんど使われない堅い表現なので、普通に「未来に希望を感じる(または、感じた)」と訳す方がいい。

   

9.過去のことについてくよくよ考える。

  I thought my life had been a failure.

これはかなり異なる。「くよくよ考える」のではなく、「人生は失敗だったと考える」だけ。

   

10.なにか恐ろしい気持ちがする。

  I felt fearful.

これはほぼ同じ。

  

11.なかなか眠れない。

  My sleep was restless.

なかなか眠れないと言うと、布団に入ったのに寝付けないという意味が強くなってしまう。あまり眠れないとか、十分眠れないと訳すべき。

   

12.生活について不満なく過ごせる。 (頻度が少ない方が高い点数

  I was happy.

不満なく過ごせると、ハッピーでは、かなり違うはずだが、日本人の性格や文化も絡んで訳しにくいのは事実。

    

13.普段より口数が少ない。口が重い。

  I talked less than usual.

これは前半だけにすべき。「口が重い」というと、言うべきことを言わないようなニュアンスになってしまう。

   

14.一人ぼっちで寂しい。

  I felt lonely.

「一人ぼっちで」は無い方がいい。一人でなくても lonely (寂しい)ことは普通にあるので。

  

  

     ☆     ☆     ☆

15.皆がよそよそしいと思う。

 People were unfriendly.

よそよそしいだと、もともと親密な関係に限られてしまう。好意的でないとか、冷たいの方が近い。

    

16.毎日が楽しい。 頻度が少ない方が高い点数

  I enjoyed life.

その時々、あるいは1日単位の感情をたずねるのだから、「毎日」という言葉はない方が適切。

  

17.急に泣き出すことがある。

  I had crying spells.

急に、ではなく一時的にと訳す方が近いが、それだと堅いので、急にという訳で良い。

   

18.悲しいと感じる。

  I felt sad.

これは、時制を除いてそのまま。

  

19.皆が自分を嫌っていると感じる。

  I felt that people dislike me.

皆というより人々だが、皆という訳の方が自然か。

    

20.仕事が手につかない。

  I could not get "going".

これはかなり違う訳で、ほとんど誤訳に近い。仕事の場面に限ったとしても、かなり意味が違う。原文は、何かをやり始めることが出来ない、動き出すことができないということ。ただ、そもそもの英語原文が曖昧すぎるかも。

   

   

     ☆     ☆     ☆

というわけで、英文和訳に限っても、色々と問題を含んでいる検査だと分かった。最も疑問なのは、カッコで日数を示している点。

    

本来は日数ではなく時間がポイントだから、日数を補助的に入れるのなら小文字にすべきだろう。1日どころか、1時間の内にでも色々と気分は変わるものだ。

     

肝心の自己報告については、私の場合、元の英文で計算して、22点前後。診断は「軽度抑うつ状態」。もう少し悪化すると病院に行くレベルらしいから、注意すべきか。

  

しかし根本的に、これほど単純な基準で人間の精神状態を測定しようという発想自体に大きな問題を感じる。人間は、疫学統計の論文を書きやすくするために生きてるわけではないし、向精神薬の開発を簡略化できるようにできてるわけでもない

  

精神科医とかカウンセラーなどは、そういった基本を常に頭に入れておくべきだろう。「ほとんど、またはずっと」。なお、今週は計14151字で終了。ではまた来週。。☆彡

    

      (計 3409字)

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日常生活や仕事での「イップス」(yips)~動かない身体と心との闘い

最近は多少マシになってるけど、私は昔から(意外と)人前で緊張

するタイプで、特に身体が思うように動かなくなることが多かった。

 

よく覚えてるのは、ほとんど初体験だったシティホテルの宴会場の

アルバイト。次々とディナー料理をテーブルに出したり下げたり

する中で、苦戦したのは細かい手の動き。

 

醤油(?)か何かを若い女性客の前に出した(or 注いだ)時には、

醤油差しを持つ指が震えて、受け皿とカタカタカタとぶつかる音が

したから、女性客は笑ってた (^^ゞ 別にイヤな笑い方ではなかった

けど、そのシーンは強烈に印象に残ってる。

 

田舎から出て来て、1年後くらいの貴重な経験。それから数年経った

今でも(笑)、緊張というか力み過ぎというか、どうしても出来ない事

は数多い。

 

 

      ☆       ☆       ☆

スポーツで、精神を集中する時に緊張し過ぎて震えや硬直を起こす

ことは、イップス(yips)と呼ばれてる。yipの複数形。

 

語源的には、子犬が甲高い音でキャンキャンッ!と吠える時の

泣き声だとか説明されてるようだけど、人が失敗した時のうめき声

とはあんまし似てないと思う。

 

特に、典型的な症状とされるゴルフのパットのミスだと、紳士・淑女

のスポーツだから、せいぜい小さなうめき声とかため息が普通だろう。

私の場合は、黙って苦笑したり顔を歪めるパターン♪

 

スポーツだと、私はテニスのサーブが苦手で、特に試合だと急に

身体が固まってしまう。練習試合でもダメなくらいだから、生まれて

初めて市民レベルのシングルスの大会に出た時は、ガチガチに

なって逆に観客を集めたほど (^^ゞ 普通のストロークも振り切れて

ないから、すっぽ抜けで次々にアウトになってボロ負けだった。

 

 

     ☆       ☆       ☆

このイップスという言葉。私はかなり前の朝日新聞のスポーツ記事

で読んだと思うけど、スポーツ以外の日常生活や仕事に使う例は

ほとんど増えてない。

 

たぶん、「固まる」、「緊張しすぎ」、「壁にぶつかる」とか、「もっと

リラックスして」とか、普通の言葉で十分対応できるからだろう。

深刻な症状の場合なら、精神疾患の言葉も色々と使える。

 

ただ、私はもっと広く使われていい便利な言葉だと思うし、個人的に

自分に対してよく使ってる。たとえばここ1ヶ月半だと、書くべき数学

記事がどうしても書けなかった。能力や時間の問題より、心理的な

硬直なのだ。自縄自縛。興奮はしてない(たぶん♪)。

 

で、いざ縄がほどけて身体が動くようになると、案外スムーズに事が

進んだりする。最近、数学記事が続いてるのは主にそうゆう理由

なのだ。まあ、別の特殊な事情もいくつか絡んでるんだけど。。

 

 

     ☆       ☆       ☆

ブログ関連だと他にも、毎年恒例、各種のレジャー人口の推移記事

を今日ようやく更新できた。冷蔵庫に溜まってた物も無事に処分。

お腹は大丈夫みたいだ(今の所は・・笑)。

 

PCデータも外付けHDDにバックアップしたし、iPadもiOS12

にアップデート。放置プレイだったスマホや昔のPCも、引っ張り

出して来て使用。仕事でも、ずっと出来なかった事が少しずつ

出来るようになって来てる。

 

ただ、根本的にやる事が多過ぎて、とても処理が追い付かないし、

何から始めるべきなのか迷ってしまう。やる事も、持ち物も多過ぎ

なのだ。

 

これはこれで、イップスとは別次元の問題みたいだから、改めて

考えてみることにしよう。物事を大量に集めて放置する溜め込み症

は、「強迫的ホーディング」(Compulsive Hoarding)と

して精神障害に認定されてる (^^ゞ。病気か!

 

まあ、薬も治療も不要。単に「捨てればいい」んだけど、ときめくモノ

が多過ぎて、世界の近藤麻理恵のコンマリ片づけメソッドも通じず♪

ブログみたいに、ときめかないのに続けてしまうものもあるし。仕事

もときめかないな。

 

そういえば人生自体もあんまし、ときめかないかも(笑)。コラコラ!

ときめかなくても、人は生きる。それが天命=テンメイなのだ。

あぁ、まだ仕事しなきゃ! ではまた明日。。☆彡

 

          (計 1641字)

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うつ発病から1年、回復に向かう将棋のプロ棋士~先崎学『うつ病九段』

たまたま今日、2018年10月17日、昨年春から大注目の将棋界の天才児・藤井聡太七段が新人王のタイトルを獲得した。

   

まだ16歳、あどけない顔つきの高校1年生で、プロ棋士というより将棋大好き少年といったイメージの方がピッタリ来る。羽生竜王以来かそれ以上、数十年に一人の逸材と言われるほど。

   

スマホ使用疑惑事件で大揺れだった将棋界と日本将棋連盟は、彼の活躍をはじめとして、ネットの動画配信、SNS、映画、漫画などのおかげで、倍返しの人気を獲得。一部の女流棋士たちは、ちょっとしたアイドル的扱いにもなってる。

   

こうしたV字型の盛り上がりの中で、まるで逆行するかのように、うつ病の谷底に沈んでいた将棋指しが1人いた。先崎学・九段、現在48歳。羽生世代の有名棋士で、今回の著書でも同期の大棋士を「羽生」と呼び捨てにしてるのが目立つ(同学年)。

   

スマホ騒動の火消しにも尽力したらしい先崎が、将棋界から2年ほど遅れてV字回復を目指す姿を描いたのが、『うつ病九段』(文藝春秋)だ。副題は、「プロ棋士が将棋を失くした1年間」。すぐ読み終えた友人から頂いたので、さっそく拝読。簡単に感想その他をまとめてみよう。

   

ちなみに私も田舎の少年時代は微かにプロを夢見たことがあるし、このブログには精神医学関連の記事も多い。個人的にも身近な話だった。

   

下は奥様の囲碁棋士、穂坂繭・三段のツイッターより。『週刊現代』の「泣けるインタビュー」と、2人で1年前から経営する囲碁将棋スペース「棋樂」もPR。

   

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     ☆       ☆       ☆

この本を知ったのは、先月の朝日新聞の書評欄(9月29日朝刊)。「売れてる本」(7月刊行で28000部)として、タレント精神科医・香山リカが好意的にレビューしてたのを読んでたのだ。題して、「発病から詳述した“心の良書”」。

   

このレビュー・タイトルには、香山自身の考えも少し反映されてると思う。反論というほどではないけど、著者・先崎とは微妙にズレた見解で、わりと普通のものだ。

   

本文後半で香山はこう語る。「著者は何度も繰り返す。『うつ病は脳の病気』」。その後で香山は、心やそのふれ合いも大切だと強調。おまけにタイトルに「心の良書」と書いてるわけだ。「脳の良書」ではなく♪

  

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上は先崎が精神神経科に1ヶ月間(17年7月末~8月末)入院した、慶応大学病院。「綺麗という一言・・・看護師さんたちも綺麗」で、先崎が「顔で面接をしてるんですか?」とたずねたら、そうなんですよ、分かります?」と即答されたそうだ(笑)。

   

美女は金と力のある場所に集中する。古今東西、変わらぬ真理♪

   

   

     ☆       ☆       ☆

話を戻そう。先崎は心の揺れ動きや微妙なひだをわかりやすい言葉で記録してるが、脳の具体的な話や写真・図解はないし、薬の名前も作用メカニズムの話もない。脳の病気を引き起こしたのは心のストレスでは?、といった本質的な問いかけもない。

   

にも関わらず、彼が「脳の病気」だと繰り返すのは、基本的に兄の精神科医(先崎章、埼玉県総合リハビリテーションセンターか)の影響だし、現代精神医学の主流(の強調)とも言える。

   

先崎の数ヶ月前に同じ文藝春秋社から出た、歴史学者・與那覇潤の『知性は死なない 平成の鬱をこえて』も、その路線で学術的に論じた著作。

   

薬と休養(休職、入院)で脳の機能を回復させれば治る、あるいは実生活が可能な程度に緩和されるというのが、「うつ病(大うつ病性障害)」の標準的考えだ。正確には、軽症は別として、中等症・重症のうつ病に対するもの(日本うつ病学会・治療ガイドライン)。

   

脳内物質セロトニンを、SSRI(選択的セロトニン再取込阻害薬)で実質的に増やせばいい、とか。商品名なら、ルボックス、パキシル、ジェイゾロフトなど。もともと自分の脳にあった物質を、薬の助けで有効活用する。改良版のSNRIなら、トレドミンとか。

   

   

     ☆       ☆       ☆

ただ、医学以外の社会的現実もあるようだ。それほど具体的には強調してないものの、心の病、精神の病に対する偏見のようなものを感じてるらしい。こちらには薬物療法は効かない。

    

ここ20年ほど、有名人が続々と告白する時代になってるが、まだ近寄りがたい雰囲気は残ってるし、閉鎖病棟や拘束に限らず、治療の現実の問題も報道されてる。ヨーロッパの先進的で共生的な動きに対する、日本の現場の遅れも指摘される。

   

先崎は本の末尾近くでこう語る。もちろん、かなりの実績とプライドを持つ自分自身に跳ね返ることも承知の上で。

   

 「医者や兄は、今は理解がある世の中だし、精神病なんてものは昔のことばであるという。だが、実際はそんなに単純なものではあるまい。 ・・・偏見がある・・・。他者に優越感を持つことによって快感を得る人間が多いことを知っている」。

   

   

     ☆       ☆       ☆

「精神病」という言葉は伝統的に、重くて治りにくい病(分裂病=統合失調症など)を意味して来た。

  

だから医学の世界ではここ数十年、その言葉を避け、「精神疾患」、「精神障害」といった言葉に置き換えてる。やわらかい表現なら、「心の病」。

   

しかし、まだ一般社会では、この使い分けが理解されてない。

 「うつ病 → 精神病 → 治らない・リスクが高い・遺伝する」

といったネガティブ思考で、うつ病を必要以上に恐れる傾向は残ってる。だから、うつ病患者を何となく遠ざけることにもなる。

  

より正しくは、

 「うつ病 → 精神疾患 → かなりの場合、治療と周囲のサポートで実生活可能

と言うべきだろう。

     

もちろん、寛解(症状の緩和・軽減)の後、再発のリスクはあるし、退院後の通院・服薬も含め、完治までの道のりは大変だろうが。

 

 

 

先崎の兄が、「必ず治ります」、「必ず安定します」と短い断定を繰返すのは、身近な家族だからこその愛情、思いやりであって、プラセボ(偽薬)的な心の効果はあったらしい。

  

ちなみに「躁うつ病(双極性障害)」は、「うつ病」と微妙に異なる別の病とされ、もう少し困難なので、一応分けて考えるべきだ。

   

   

     ☆       ☆       ☆

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とにかく、回復期(たぶん末期)に入った先崎は、兄の勧めで、1月半ばから3月末にかけて本書を執筆。春から、将棋連盟などの仕事と、上の写真の「気樂」で頑張ってるらしい。これも奥様のツイッターより。東京都杉並区、西荻窪駅から徒歩1分。

   

将棋の公式戦の最初は、6月半ばの順位戦(B級2組)だろう。さすがに初戦も含めて苦戦中、現在までの成績3勝6敗なってるけど、それよりまず、心と身体をしっかり立て直して欲しい。

   

家庭にも、棋士仲間(特に後輩たち)にも恵まれてるようだから、気樂のベランダから見える景色のように、青空が広がることを期待しよう。ひょっとすると、著書の続編もあるかも。闘病中に親身になってくれた弟弟子、中村太地王座との共著『この名局を見よ! 20世紀編』(マイナビ出版)は7月末出版。気樂HPより。

    

  

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    ☆       ☆       ☆

それにしても、凄いのは藤井聡太七段&新人王。正直な先崎は、ふざけんな、ふざけんな、みんないい思いしやがって」と、本の帯みたいに悔しがってるかも♪ 

   

2014年の厚労省・患者調査によると、うつ病関連(躁うつ病込み)総患者数は110万人。医療機関に行かない人も含めると、実態もっと多いはず。健全な嫉妬や焦りも、うつから抜け出すパワーやエネルギーに出来るだろうと祈りつつ、そろそろこの辺で。。☆彡

   

   

P.S. 2020年12月20日、NHK・BSプレミアムでのドラマ化が決定。主人公の俳優は安田顕。

 

201220c

  

  

cf. うつ病の診断基準と抗うつ薬~NHK『ためしてガッテン』

 大胆かつ繊細な試論~香山リカ『雅子さまと「新型うつ」』

 携帯連絡が返って来ない時の認知療法スキル(技)~朝日新聞「100万人のうつ」

   

           (計 3074字)

   (追記48字 ; 合計3122字)

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アリストテレス『動物部分論』の間違い♪~「人間のみが、くすぐったくなる」(英訳原文)

週初めの月曜の朝、時間が無いから、わりと楽に書けるコネタで

お茶を濁すことにしよう。一昨日(2018年5月12日)の朝日新聞・

朝刊別刷beに掲載された記事は、面白い切り口だった。

 

 くすぐったくなるのはなぜ?

   (連載「ののちゃんのDO科学」)

 

180514a_2

 

記者は小宮山亮磨。取材協力は、ベルリン・フンボルト大学の石山

晋平研究員。

 

 

     ☆       ☆       ☆

結論から書くと、他の仲間たちと遊んで楽しむための脳の仕掛け

ではないか、という推測。もちろん、これは生物学的な解釈の1つで

あって、真相は神のみぞ知る、あるいは理由なしの偶然かも♪

 

本当は、ラットがくすぐったがる写真が可愛いから、その実験の

論文を調べたい所だけど、それより古代ギリシャの賢人の話を

調べた方が地味にウケる気がする。

 

 「(・・・くすぐったくて笑っちゃうのはなぜか・・・)。

  このことは、2300年も昔のアリストテレスという哲学者も、

  疑問に思っていたらしいよ。

 

「らしい」という書き方が気になって、直ちに検索。英語の原文

(の1つ?)がすぐに出て来たので(ウィキソース)、その箇所だけ

引用して、大まかに訳してみよう。

 

『動物部分論』(On the Parts of Animals)

第3巻・第10章より。時間がないので、同時通訳みたいな反射的

翻訳だ。ギリシャ語原文まではチェックしてないので、念のため。

 

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     ☆       ☆       ☆

For when men are tickled they are quickly

set a-laughing, because the motion quickly

reaches this part, and heating it though but

slightly nevertheless manifestly so disturbs

the mental action as to occasion movements

that are independent of the will.

 

人はくすぐられると、すくに笑い出す。なぜなら、くすぐりの動きは

直ちにその部分に届き、僅かではあるけどハッキリと刺激し、心の

能動的な動きを妨げて、意志とは違う反応を引き起こすからである。

 

 

That man alone is affected by tickling is due

firstly to the delicacy of his skin, and secondly

to his being the only animal that laughs.

 

人間のみがくすぐりを感じるのは、まず第一に、皮膚の繊細さ

によるものであり、続いて、唯一の笑う動物であることによる。

 

 

For to be tickled is to be set in laughter, the

laughter being produced such a motion as 

mentioned of the region of the armpit.

 

というのも、くすぐられるとは笑わせられることだからである。

わきの下の領域について述べた動きで引き起こされるように。

 

 

     ☆       ☆       ☆

一番最後の、「the laughter」以降の英語は構文がよく

分からないし、その前にわきの下について語った箇所もまだ発見

できてない。「しばしば言われるような・・」といった一般的な意味

かな? とりあえず保留しとこう。

 

前置詞 by が抜けてるか省略されてるのかも。あるいは、英訳か

英文入力のミスかもしれないし、特殊な省略表現の可能性もある。

 

ともあれ、ラットもチンパンジーもゴリラも笑うし、犬・豚・イルカも

そんな反応を見せるそうだから、アリストテレスは間違ってた。

現実主義者と言われるにも関わらず、現実に動物をくすぐったこと

はなかったのだろう♪

 

ちなみに、一番可愛いのはもちろん女性の反応だ(笑)。合意の

もと、笑い出す直前で寸止めするのが効果的♪

それでは今朝はあっさりこの辺で。。☆彡

 

              (計 1583字)

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吃音(どもり)の多因子モデルCALMS~『ラヴソング』第2話

広平  じゃあ、オレのは? これ。 (白いスニーカーを見せる)

さくら  真っ黒!

広平  いや 違うでしょ。

さくら  心がドス黒い。腹黒い。偉そうなのに小心者。 

     若ぶってスカしたクソジジイ。

     善人ぶったインチキ男。腰ぬけ野郎。

広平  ・・・ それから 他には?

さくら  てか、何しに来たんですか?

広平  (渡したパンフレットの裏にメッセージ:

      もう一度 7秒の勇気を 信じてみない か?

     まぁ、秒数は関係ないけどね。

さくら  ・・・・・・ アハハハハハ♪

広平  ・・・ ハハハハハ♪

滝川  先生、ヘルメットかぶってください。

 

 

           ☆          ☆          ☆

素晴らしい! おばさん・・・じゃなくて、涼子お姉さん(山口紗弥加)のパープ

ル・ミニワンピと黒ストッキングが♪ そこか! ・・・っていうのは毎度お馴染

みの無意味な自分ツッコミだけど、「秒数は関係ないけど」っていうのは広平

(福山雅治)の優しい自分ツッコミだった。靴だけオシャレな滝川(木下ほうか)

のヘルメット突っ込みも、いいね。

 

さくら(藤原さくら)にいい加減な話を連発してバレた直後だから、自嘲気味

に自分ツッコミすることで、さくらのモグりこんだ心を解きほぐす。と同時に、

7秒ではなく、ずっと自分を信じて欲しいと伝える高度なメッセージ。このクソ

みてえなジジイを信じれば世界は変わる(多分)。

 

さくらは、喜び・驚き・感謝の思いを、笑い声の形で一気に爆発させてた。大

笑いする時は、どもらないわけネ♪

 

ということは、さくらの吃音の場合、心理的なストレスがかなり大きいってこと

かな。もちろん、それぞれの個人差も大きいんだろうけど。ちなみに「笑い声

 吃音」で検索すると、他人に吃音を笑われる話がズラッとヒットしてしまった。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

さて、久々のひどい風邪で迎えることになってしまった、『ラヴソング』第2話。

最初、「7秒の勇気、世界を変える」とでも題してレビューしようかと思ってたの

に、見逃し動画のサブタイトルを見ると、「7秒の勇気が世界を変える」となっ

てた (^^ゞ そのまんまか!

 

自分の平凡な手抜きアイデアを反省して、「7秒の勇気、クソみてえな世界を

変える」にマイナー・チェンジしようかと思ったけど、先日、保育園の暴言ブロ

グを批判した後だから、タイトルに「クソ」とは書けない♪

 

それじゃあってことで、一気に難しい専門的タイトルを付けることにした。これ

なら流石に、ツイッターともカブらないだろう・・・と思って検索すると、お一人だ

ツイートしてて、20コほどのリツイートも発見。写真から俳優の顔をカットし

た上で、「リ・ブログ」させて頂こう。写真左側、ホワイトボードの図式が注目点。

 

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只者じゃないなと思ったら、アカウント名に見覚えがある。番組最後のエンド

ロールに「取材協力」として登場してる、九州大学病院の菊池良和ドクターだっ

た。読売新聞HPの記事を読むと、ご本人も吃音の当事者で、大変な努力の末

にここまで辿り着いたらしい。

 

私は当事者どころか、物心ついて以降、吃音の人と会った覚えがほとんど無い

けど、マニアック・ブロガーとして、もっと突っ込んだ話を書いてみよう。その前

に、モヒカン・ロッカーの方々にも軽くリスペクトを示しときたい♪

 

 

           ☆          ☆          ☆

「このクソみてえな世界を俺たちが変えてやるぜ!」と、ヴォーカルでもドラム

の身代金要求(笑)でも絶叫してた、ロック・バンドと言うか、パンク・バンド。素

人にしては上手いし、様になってるなと思ってたら、やっぱりプロだった。

 

名前はGEEKS(ギークス=オタク、マニア、変人)。挿入歌の曲名は「DIRTY

 BOY」(ダーティー・ボーイ)だけど、未発売の新曲かな? 下はカラー・モヒ

カンのヴォーカル、エンドウ.さんのtwitter。「乱闘シーンでアクション監督の

爺さんにすんごい怒られてビックリしました」とのこと(笑)

 

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「酷いパンクバンド」と自分で書いたり、爺さん呼ばわりしたり、流石の尖り方

だけど、実は3年前に東京マラソンも完走して、ブログで報告してた♪ 健全

なエネルギー発散もちゃんとやってる訳ね。リンクからジャンプする時は、あ

らかじめ音量を絞っといた方がいいかも(笑)

 

 

          ☆          ☆          ☆

あぁ、病人のパワーは既に無くなって来たから、本題に向かおう。検索が少な

くても、書くべき話はある。視聴率が低くても、放送すべきドラマはある。

 

言語聴覚士・夏希(水野美紀)の部屋で、「500マイル」の替え歌を作って音楽

療法する時、ホワイトボード(白板)には五角形の各頂点を結んだような図が

書かれてた。おそらく、吃音理論の有名なモデルだろうと思って検索すると、

偶然にも(?)ドラマの故郷・広島からの論文が無料公開されてた。

 

音声言語医学51、「吃音に対する認知行動療法的アプローチ」、川合紀宗

(広島大学)。認知行動療法は、ものの見方や行動の仕方を具体的かつ直

接的に修正する治療法で、日本の第一人者・大野裕は雅子さまの主治医と

してもお馴染みの有名人だ。ただし、雅子妃に適用してるかどうかは不明。

 

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           ☆          ☆          ☆   

ここでは、吃音を理解するための「CALMSモデル」の構造に、一言だけ日本

語訳に近いものを付加してる。一番上は、Affective(心理・感情面)。その左

下は、Cognitive。これを知識面と書いてるけど、英語との対応を考えると、

思考・知覚の方が近いと思う。

 

そのまた下が、Social(社会性)。社会面と書く方がいいと思うけど、ひょっと

すると新聞の社会面みたいな語感を避けたのかも♪ その右側がMotor 

(口腔運動能力)。英語を直訳するなら、発話動作の感覚-運動制御だ。そ

の右上が、Linguistic(言語面)

 

Cognitiveから右回りに頭文字をつないでいくと、C・A・L・M・S。日本語読み

は不明だけど、「落ち着かせる」という動詞と考えればカームズとかコームズ

という読みになる。

 

以上の5つの側面とか因子が相互的に関連しあってると考えながら、吃音を

多面的に理解していく。だからホワイトボードには、<吃音者の悩みの多因子

モデル>と書かれてた。

 

ただし、ドラマでは元の図を右に1/5回転(=72度回転)してたから、一番上

が「認知 Cognitive」となってた。まあ、その方が右回りにCALMSと読みや

すいのは事実。ちなみに、感情と運動を結ぶ線が無かったのは、スタッフのうっ

かりミスだろう♪ ウチでは福山のヒット作『ガリレオ』の数式でも、不注意と思

われる細かいミスを度々指摘してある。

 

 

          ☆          ☆          ☆

さらにギーク=マニアっぽい所まで進もう。CALMSモデル普及の中心となっ

てるような感じの英語原論文も、無料公開されてた。Healey(ヒーリー)他に

よる、「Clinical Applications of a Multidimensional Approach

for the Assessment and Treatment of Stuttering」。些細な指摘

だが、広大論文の文献名は、「Approach」を「model」と誤記してるようだ。

 

直訳すると、吃音の評価と治療のための多次元アプローチの臨床的応用。要

するに、CALMSモデルを実際に使うという話だ。2011年には、広島大学と

日本音声学会が中心となって、講演会も開催されたとのこと。また、広島だ。

 

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このモデルがそれほど目新しいものでもないことは、著者たちもハッキリ認め

てる。似た先行研究が色々あって、それをまとめ直したものなのだ。直近の2

つだけ参考までに掲載しとこう。Smithと、De Nil。いずれもGoogle books

で公開されてた。著作権の許可は得てるらしい。

 

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160419f2

 

 

これらと見比べると、五角形のCALMSモデルというのは、5つの側面の相互

性と対等性を重視してキレイにまとめたものだと分かる。だからこそCALMS

では、一方から他方への向きを表す矢印を使わず、単なる線で結んでるのだ。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

最後に、ホワイトボードを参照しながら、モデルをさくらに適用してみよう。

 

C(認知)においては、「どもる自分が悪い」、「吃音を隠したい」とか考えてる。

A(感情)においては、「どもるんじゃないか・・」(予期不安)、「恥ずかしい」、

「私は劣ってる人間だ」(劣等感)を感じてる。だから、結婚式のスピーチは

断って、救急車を呼ぶのに苦労した直後は激しく落ち込むことになった。そ

の劣等感を、甘える形で臨床心理士・広平にぶつけてたのだ。もちろん広平

は、大人のブロの男性だから、包容力で優しく受け止める。

 

L(言語)においては、どもり易い言葉、どもりにくい言葉とか、細かい言語能

力が関わってる。例えば、菊池医師の場合、実家の下関(しものせき)は言い

やすかったから、しばらく引っ越さなかったとのこと。そう言えば、ドラマのさく

らも、時々スラッと喋ってるような気がする。言葉自体のおかげなのか、状況

の手助けなのかは分からないけど。

 

M(運動)だと、「ど・・ど・・ど・・」と同じ音を繰返す「連発」、「ど・・・・・・」としば

らく音が途絶える「伸発」、「・・・・・・」と最初の音が出ない「難発」。3つのタイ

プがあって、人それぞれ、言葉や状況で変わるようだ。今度から、さくらの特

徴も考えながら見てみよう。

 

S(社会)だと、吃音を他人にからかわれる場面(幼い頃の養護施設の思い出

など)があったし、どもる社交的場面を回避することになる。披露宴、ライブハ

ウス「S」でのNEW STAR LIVE(ニュー・スター・ライブ)。

 

 

           ☆          ☆          ☆

しかし結局、さくらは「7秒の勇気」を出して、せかすサラリーマンのプレッ

シャーをはね返し、ハムカツ&コロッケそばを注文した♪ 違うわ! そうじゃ

なくて、特天海老玉わかめそばでゲップしたって話でもなくて、ライブで歌うこ

とにしたのだ。

 

そのキッカケ、最大の因子はやはり、A、感情だった。原論文の図の通り、A

が最上位なのだ。広平先生、好きという感情から、「一緒に人前に出たい」、

「仲良く練習したい」と考え、ライブという社交的な場面に向かうことを決定。歌

の場合、歌詞も自由にできるから、言語面や運動面も問題ないはず。

 

ただし、問題は広平の隠された心。さくらの姿と歌声に、亡くなった恋人(?)・

春乃(新山詩織)のイメージを重ねてること。と言っても、案外、さくらにバレて

も大丈夫かも知れない。冒頭の高齢女性・志津子(由紀さおり)みたいに、実

は広平以外にも好きな人がいるとか。

 

 

           ☆          ☆          ☆

それはここまでの流れだと、女性の真美(夏帆)である可能性もあるのだ。で、

さくらの取り合いで、広平と真美がバトルするとか♪ 『ラスト・フレンズ』か!

性同一性障害というものの存在を認知させた『ラスフレ』、吃音を認知させた

『ラヴソング』。フジテレビが誇る、社会貢献活動なのだ。

 

なお、ゲームの場面で、真美がプレイするキャラ・春麗(チュンリー)にKOされ

た、さくらの超ミニ・セーラー服キャラは、「春日野さくら」(笑)。そのまんまか!

そろそろ体調的に限界なので、今日はこの辺で。。☆彡

 

 

 

cf. 故郷の広島、東京から「500マイル」(800km)~『ラヴソング』第1話

   やさしさに包まれたなら、二重の陽性転移~第3話

   もっかい、もう1回!、音楽療法~第4話

   ブルーハーツ「終わらない歌」、終わる夢~第5話

   月夜に好きよ♪、ろくでなしのダメ男~第6話

   雨の彼方に虹、Leola(太陽の声)「Rainbow」~第7話

   過去の自分との幻想的ふれあい~第8話

   ラヴソングへのラヴソング~第9話

   さよなら、やさしい悪魔(DIABLO)~最終回

 

                         (計 4480字)

            (追記 174字 ; 合計 4654字)

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元少年Aと『絶歌』、香山リカの「サイコパス」という見解(SPA!)を読んで

激しい批判や反発を招く一方、初版10万部はすぐに(ほぼ)完売、5万部を

追加とか言われてる、元少年A『絶歌(ぜっか)』(太田出版)。

 

私は元々、神戸連続児童殺傷事件に関心があったし、当サイトでは精神医

学関連の話もかなり書いてる。だから、すぐに読んで感想を書こうかと思っ

てたが、いまだにその本自体は読んでない。世間の反応の大きさに驚き、

とまどってるからだ。

 

元少年Aが書くこと、出版社が発売することだけでなく、それを買うこと、読

むこと、図書館その他が扱うことまで非難される状況。こうなると、せめて、

1000万円レベルの印税の大部分が被害者の遺族に渡されるのを確認す

るまでは読まないことにしようか・・・とか考えつつ、メディアの情報だけは

それなりに目を通してる。

 

松谷創一郎のレビュー、<「酒鬼薔薇聖斗」の“人間宣言”──元少年A『絶

歌』が出版される意義>も大胆な内容とタイトルだったが、昨日『SPA!』か

ら配信された記事も、別の意味で大胆な内容だ。

 

   香山リカ、『絶歌』から「元少年A」の脳の機能不全を読み解く

 

そもそも彼女は、今春の妙なツイッター事件の後でもあるし、一段と反発を

招きやすい状況だと思うが、今回の記事はなかなか専門的で本格的なもの

になってる。見解が妥当かどうか、根拠が十分かどうかはさておき、精神科

医や心理の専門家達が真剣にじっくりと語る機会はあっていいと思う。

 

彼に似た人間が少なからず存在するのは事実だろうから、具体例に即し

て、理解、事後対処、予防措置を進めていくべきだろう。香山の文章の末

尾は、次のように書かれてた。

 

   いずれにしても、程度の差こそあれ、「素行障害(非情緒的特性タイ

   プ)」の子どもや少年は確実に一定数、存在しており、より効果的

   (社会にとっても本人にとっても)なプログラムの開発が早急に望ま

   れる。犠牲になった方々や遺族のためにも、少年法に守られ、いま

   は社会で暮らす元少年A自身そして今回の手記が、せめてプログ

   ラム作りの一助になることを願いたい。

 

 

           ☆          ☆          ☆

さて、手記を読んだ香山の長文コメント。普通の人にとって、読みやすくは

ないだろう。

 

予備知識があれば、よくある話として、すぐ理解できる部分が多いだろうけど、

病名や精神鑑定、診断基準(最新のガイドラインは2013年の『DSM-5』)

に慣れてないと分かりにくいはず。おまけに、香山(と編集担当者)の不注意

によるミス、書き間違いがいくつかあるから、無用な混乱を招いてる。

 

最大のポイントは、元少年Aがかなりの「サイコパス」(精神病質の患者)で

あって、「『心の闇』といった心理的な問題ではなく、何らかの脳の機能不全

に基づいている」、という主張だ。病名、障害名だと、「サイコパシー」。

 

これについては以前、PC遠隔操作事件の時、当サイトで記事にしてある。

香山の記事には書かれてないが、サイコパシーの診断基準として、「PCL 

-R」(サイコパシー・チェック・リスト、改訂版)と呼ばれるものが使われて

るのだ。20個の項目の内、香山の主張と深く関わるのは次の3つだろう。

 

   良心の呵責・罪悪感の欠如

   浅薄な感情

   冷淡さ/共感性の欠如 (callousness and lack of empathy)

 

香山の表現で言うと、「冷淡で非情緒的」。現在ではこれが、素行障害のサブ

タイプの特徴とされてるようだ。この冷淡という言葉の元になってる英語は

callous」であって、冷たいと言うより、「無感覚」を表す言葉。語源を遡ると、

「皮膚が硬くなってる」という意味だから、触れても感じない状態なのだ。

 

 

         ☆          ☆          ☆  

もちろん、何も感じないからといって、罪と罰は別問題だし、そもそも香山

も、「完全なサイコパスかといえばそれも違う気がする」と書いてる。

 

私はまだ手記を読んでないけど、少なくとも今現在の元少年Aは、サイコパ

スの度合いがそれほど高くない状態だろうと想像する。あの事件以降、既

に18年も静かに経過してるし、今回の出版に関しても相当なやり取りや作

業があったようで、そうした社会生活をクリアして来てるのだから。

 

サイコパスの診断基準PCL-Rの20項目には、「病的な虚言」、「偽り

騙す傾向/操作的(人を操る)」、「貧弱な行動コントロール能力」、「衝

動性」、「無責任」(おそらく、周囲について)、「自分の行動に責任が取

れない」、「仮釈放の取消」といった項目が並んでる。

 

出版に至るまでの大変な道のり(執筆、出版交渉、書き直しなど)をクリア

したことを考えると、これらの項目に当てはまってるかどうかを示す点数は

低いだろう。サイコパシーの度合いは合計点を重視するようなので、ここ

数年に関しては、あまり度合いが高くないことになると思う。

 

 

         ☆          ☆          ☆

とにかく、そもそも心が硬化して無感覚な人間がある程度いて、そこには脳

の問題もあるようなのだ。根本的な治療法の開発には時間がかかるだろう

から、それまでは現実的な妥協の努力を続けるしかない。

 

例えば、元少年Aに対する心理的サポートや医療ケアについて、香山は気

がかりだとしてるが、法的、制度的、実社会的にどうなのか。本来なら、出版

や増刷よりもそちらの方が先決問題だろう。

 

なお、単なる不注意だろうが、香山の記事には少なくとも3ヶ所くらいミスが

ある。まず、素行障害(旧・行為障害)の英語を「condut disorder」として

るが、正しくは「conduct disorder」。また、序盤でサイコパスと「反社会性

パーソナリティ障害」を比較する時、「前者」と「後者」が逆になってる感じだ。

 

さらに、<犯行当時には「素行障害(非情緒的特性タイプ)」と診断された

のではないか>と書いてるが、正しくは、<犯行当時には「行為障害(現

在なら素行障害の非情緒的特性タイプ)」と診断されたのではないか>と

書くべきだろう。

 

「冷淡で非情緒的」(callous and unemotional)なタイプという区分は、

一昨年からの診断基準DSM-5で登場したものだから、犯行当時には

存在しない。

 

 

         ☆          ☆          ☆    

あと、それらのミスとは別次元の話だが、「サイコパス」について語る時、

「一切の良心を持ち合わせていないような人たち」と書いてる。

 

診断基準PCL-Rにおいて、「良心の呵責・罪悪感の欠如」というのは、

20項目中の1つだし、3段階評価である。1つ「に過ぎない」とは言わな

いが、冷静に全体を総合判断する必要があるだろう。

 

とはいえ、香山が専門家として、それなりに突っ込んだ話を書いてるのは

確かだ。次は、脳の専門医や、支援プログラムの専門家の意見などを聞

きたいと思う。とりあえず、今朝はこの辺で。。☆彡

 

 

 

P.S. 9月10日、巷で話題になり始めた少年AのHP(らしきもの)を少し

     だけ見た。と言うか、自己PRに乗せられて見ること自体、気が引け

     るし、メインの「ギャラリー」で、あまりに不気味な絵が大量に描かれ

     てるし、ナメクジの写真もあるから、差し当たりスクロールで飛ばし

     てしまったのだ。かなり引き締まった肉体美も誇示してるけど、本人

     の写真かどうかは不明。

 

P.S.2 翌日、あとがきだけ読んだ簡単な感想を追加した

 

 

cf. 香山リカ『しがみつかない生き方』を読む (上)

   香山リカ『しがみつかない生き方』を読む (下)

   大胆かつ繊細な試論~香山リカ『雅子さまと「新型うつ」』

 

    ・・・・・・・・・・・・・・・

   サイコパス&マインドコントロールの迷宮~『世界仰天』ドラマ・成海朔2

 

                                  (計 3035字)

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「したい」と「してみたい」の差異、「やった」への跳躍・・

   海にお舟を 浮かばせて 

   行ってみたいな よその国

 

               ( 『海』(ウミ)  作詞・林柳波 作曲・井上武士

                 1941年の初出時はカタカナで、ウカバ「シ」テ )

 

 

普通の子どもが言葉を覚える時、「・・・してみたい」という表現は、かなり後に

なってからではないか。直接的な願望表現の「・・・したい」と比べて、ハッキリ

と高度な表現だと思う。

 

私が「・・・してみたい」という日本語を初めて知ったのは、いつ頃だったか。子

供時代を振り返ってみると、両親はそんな表現をほとんど使ってないから、幼

稚園くらいで習ったこの童謡の歌詞を通じてだったような気がする。

 

「行ってみたいな よその国」。。海岸の田舎町で生まれ育った私にとって、海

も島も身近な自然だったけど、この曲でイメージが一気に広がったのだ。まっ

たく見えない所まで広がる海。その向こうにある、まったく知らない国。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

「~~したい」と比較すると、「~~してみたい」という言い方は婉曲表現だ。

語感が柔らかいし、やや曖昧で遠回しの軽い願望を表してる。

 

遠回しと言うよりは、「遠い」と言う方がより正確だろう。「してみたい」物事は、

自分から遠いのだ。たとえそれが、普通の意味で身近なものでも、ちょっと近

づいた後、すぐにまた遠ざかるような心境、状況。ということは、すぐ元に戻

ろうという心構え、身構えがある。

 

   「・・・したい」とは思わないけど「・・・してみたい」とは考える

 

ネットに残されたつぶやきにも、仮にそれが本物とするなら、本気でそこに向

かいたくはない思いが読みとれる。しかし、髪型を一時的に変えて数ヶ月後

に戻すのと違って、リセット不可能な現実、不可逆的な試みというものも厳然

と存在する。その最たるものが、生命の喪失。だからこそ、暗闇への跳躍の後、

「やってみた」とはつぶやかなかった。あるいは、つぶやけなかったわけだ。

 

   ついにやった。

 

 

          ☆          ☆          ☆  

遠過ぎて帰って来れないような「よその国」は、思い描くだけにすること。他人

を連れて行かないこと。それが本人自身には難しいのなら、早めに周囲が手

を貸す。ところが今回は残念ながら、逆に手を離すような形になってしまった

ようだ。

 

海岸で遠くを眺める視線、不思議な舟を作る様子に気付いた時は、なるべく

気軽に微笑みかけたいと思う。それが他人でも、自分自身でも。。

それでは今日はこの辺で。。☆彡

 

                                     (計 981字)

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土中の餓死でミイラ化した遺体、「即身仏」をたどって~朝日新聞・夕刊

2014年12月3日から、朝日の夕刊で5回連載された短期シリーズ、「即身仏

をたどって」。朝日新聞デジタルでたまたま見るまで、紙面では気付かなかっ

たが、読むと小学生の頃の思いが鮮やかに甦って来た。畏怖と妖しい好奇心。

 

ちょうどその頃、幼心に、「みんな、いずれ死ぬんだな・・・」という事を理解して、

寝る前に「みんな、いつまでも生きて行けますように・・・」とかお祈りすることも

あった。一方、どうせ死ぬなら自分で厳かに死にたいという思いもあって、その

際の極限的なモデルが即身仏(そくしんぶつ)だったのだ。キッカケは忘れたが、

故郷の書店の宗教関連コーナーで何度か立ち読みした気がする

 

「コトバンク」で『世界大百科事典』第2版の説明を読むと、即身仏とは、「即身

成仏した行者のことであるが、通常その遺体がミイラ化して現存するものをい

う。・・・」と書いてある。ところがウィキペディアには、「即身仏と即身成仏は全く

別物である」と書いてある。

 

ウィキの間違いや出典の怪しさについては、これまでも度々具体的に指摘し

て来たし、この即身成仏の項目も、『岩波仏教辞典』だけを出典とした非常に

短い説明に過ぎない。ただ、朝日の即身仏の記事でも、おそらく意図的に「即

身成仏」という言葉を避けてるので、ここでも一応、別扱いとしとこう。個人的

には、おそらく『世界大百科』の方が妥当だろうと思う。総体的かつ相対的に。

 

 

           ☆          ☆          ☆

朝日の記者・川戸和史を即身仏へと向かわせた理由は、何とも文系的で漠

然としたものだ。── 社会全体の死が、ありふれた平穏なものになっていく

中で、悲しみ方、悼み方、社会保障の考え方なども変わっていくだろう。そうし

た変化への「考えを深めるには、何か対極から照射する強い光のようなもの

が必要だ」 ──。

 

現代の死生観の圏外から光を放ってくれそうなものこそ、即身仏。山形県の

日本海沿岸、庄内地方に集中して残ってるらしい。木の実や草の根を食べる

「木食」(もくじき)の苦行で腐らない肉体を作り、最後は土の中に埋まって餓

死。1000日後とか、しばらく経ってからミイラ(広義)として掘り出されるとのこ

と。ちなみに狭義のミイラは、遺体に人工的な防腐処理を施したもので、後で

登場するお寺、大日坊のHPでは、即身仏との違いを強調してた。

 

連載第1回「『やさしい』と女、『できない』と男」では、唯一、2体が並ぶ海向寺

が舞台。忠海と円明海、江戸時代の2体を目にした様々な反応を挙げてるが、

男である私はやはり、自分には「できない」というのが第一感。ということは、

「できるだろうか」と直ちに自問してるわけだ。女性にとってはあくまで他人で

あって、自分とは別物なのだろう。

 

掲載写真では、ちょうど仏様が見えない角度になってるが、画像検索すると

大量にヒットするから、必ずしも撮影禁止ではないのだろう。まあ、カメラやネッ

ト程度で有難みが薄れるような存在ではないはず。

 

キリスト教徒らしい外国人が「これは自殺だ」と叫んだとか、外国の宗教学者

が「これは宗教じゃないね」と語ったという話は、型にはまったものだが、本音

だろう。自殺と呼ぼうが自死と呼ぼうが、要するに自分から死んでるわけで、

自分が死んで神や仏になるという発想のない人には、非常に奇妙に見えても

不思議はない。

 

ちなみにキリスト教や仏教と自殺の関係については、以前、記事を書いてる。

 

  釈尊は自殺について価値判断せず~朝日新聞「自殺と宗教・上 仏教」

  罪の改釈、教義への柔らかい挑戦~朝日「自殺と宗教・下 キリスト教」

 

 

          ☆          ☆          ☆

連載第2回「誰と対面しているのか」は、本明寺にある現存最古の即身仏、本

明海をめぐって。元は下級の武士で、最後は修行で足腰が弱って、村人たち

が境内の縦穴に入れたとか。現代なら、自殺幇助の罪に問われる恐れもある

行為だ。禁止されたのは、明治維新の後らしい。

 

即身仏は、生前も死後も、周囲の人達と密接な関わりを持ってる。そもそも死

後、即身仏として掘り出すのは必ず周囲の人。それどころか、本当は病死な

のに、手術で内臓を取り出して即身仏にした例もあるらしい(南岳寺の鉄竜

海)。他の例でも、本当に土中で自ら餓死したと実証された即身仏は無いとの

こと。結局、即身仏とはそれ自体で存在するものではなく、周囲との関係性の

中で成立するものなのだ。

 

なぜ即身仏になるのかという、本人に対する問いは、なぜ即身仏を求めるの

かという、周囲に対する問いと不可分のもの。もちろん、この場合の周囲には、

現代の我々や記者も含まれることになる。その意味で、「誰と対面しているの

か」と問われれば、「仏様とわれわれ」だと、ひとまず答えるしかない。

 

そして、その場合の「と」という並立助詞の前後は、決して切り離せないわけだ。

客体と主体のようによそよそしい二項対立ではない。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

第3回は、「超越者は座り続ける」。月山の注連寺にある即身仏のスター、江

戸後期の鉄門海をめぐるお話。この寺での経験をもとに、森敦が小説『月山』

を執筆。翌年(1973年)に芥川賞。小説に鉄門海は登場しないものの、即身

仏をめぐる怪しげな話が登場するので、月山ブームで観光客が集まったらしい。

 

戦後、森と親交のあった太宰治を含めて、若者の自殺が増加。モーリス・パ

ンゲは『自死の日本史』で、「遅れてきた特攻」と語る。森にも自殺への思い

があったが、大義を持った自殺に対する疑問もあったので、即身仏に対する

斜に構えた態度が小説に表れたのではないか。視線は注ぐものの、真正面

から見つめることはない。

 

そう、記者は言いたいのだと想像するが、記者の文章自体が何とも曖昧な

のだ。「研ぎ澄まされた作家の感性を森は無意識の自己韜晦(とうかい)に

包み込んだように思えてならない」。こうした文自体が、記者の側の韜晦、自

分をつつみ隠すことになってる。

 

とにかく、小説や月山のブームが過ぎても、武士殺し、艶話、男根切除、片目

摘出などの派手な伝説が学問的にほぼ否定されても、鉄門海は超越者として

静かに座り続けるのであった。。

 

 

P.S. 2015年6月3日、NHK『歴史秘話ヒストリア』で、鉄門海がドラマ仕

      立てで紹介されたらしい。

 

 

           ☆          ☆          ☆

時間も字数も無くなって来たので、後は簡単に。第4回「歴史の闇はこの世の

興味」では、大日坊の即身仏、江戸の百姓だったという真如海をめぐるお話。

 

明治維新による廃仏毀釈(神仏分離)や火災などで、歴史の闇に沈んだ実態

が、観光ブームで再び勢いを取り戻す。メディア、観光客、寺に対して、記者

は冷めた態度を遠回しに示してるが、新聞記事そのものにも「この世の興味」

を超える深みがさほど感じられない。

 

その点は、最終回(第5回)、「生きる者だけの権力なのか」を読むと、より明確

になる。元々、金融・財政政策担当の論説委員だったという記者は、「即身仏

をたど」る前から、答えらしき持論を用意していたようだ。6体目、国内最後と言

われる即身仏、観音寺(庄内の南の新潟県)の仏海(~1903)をめぐって色々

書いた後、終盤に次のような話を持ち出す。

 

── 江戸も今も、大衆は愚かな支配層、権力に対して、哲学者ニーチェの言

うルサンチマン(怨恨)を抱く。そしてその思いは、即身仏をめぐる伝説に使われ

ることもある(生前の武士殺しとか)。

 

ただ、今は昔と違って、哲学者フーコーの言う「生の権力」を国民が支持する。

高齢化社会を支えるため、無理な国債発行でマネーを脹らませ、かろうじて

社会保障を保っている。しかし、国債という名の膨大な借金を背負うのは、現

在の生ではなく、未来の生。やがて、この先送りシステムは破たんし、「生」の

仮面をかぶった「死と差別の権力」が台頭するのではないか ──。

 

 

          ☆          ☆          ☆

こうした記者の考えは、平凡とはいえ、重要な議論であるのは確か。けれども、

それを即身仏とつなげる論理が、連載ラストの次の文章だけだと、あまりにイ

メージ的、人文的、あるいは詩的なつぶやきに聞こえてしまうのだ。

 

   「神仏に祈るほかない時代が残した即身仏に『メメント・モリ(死を想え)』

    といわれた気がするだけでも、人生に幾ばくかの含みが加わるように

    思える。」

 

政治・経済は、芸術ではない。テレビ朝日の『朝まで生テレビ』とかなら、田原

総一朗が強い口調で問い詰めそうだ。

 

  「頭が良過ぎて、何を言いたいのか分からない。要するに、十分な社会保

  障を諦めて、即身仏みたいにシンプルに死んで国債を減らせってこと? 

  アベノミクスの無理な金融緩和も危ないから、衆院選の投票にも気を付け

  ろってこと?」。

 

即身仏や飢饉みたいに、一人で自然の中で餓死するのは無理だけど、生と

死のシステムにかなり無理があるのも事実。だからと言って、民主主義の多

数決を基本にすると、システムを変えるのも非常に難しい。

 

多くの人は、今生きてる自分たちの生活を豊かにしたいのだし、不自由な状

況になると高度な医療や介護が欲しくなる。グローバル化社会の中、日本だ

け清貧の思想でやって行こうとすると、貧し過ぎて清らかでない状況になるリ

スクもある。実は、即身仏になれなかった失敗例も多いそうだ。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

とりあえず、われわれが出来るのは、目の前にある食べ物を大切にいただく

こと。任された仕事を誠実にこなすこと。出来る範囲で、助け合うこと。必ず来

る死を想いつつ、生を有難く享受すること。そういった当たり前の事だろう。

 

未来の生も含めて、他の生に過度の重荷を負わせることなく、いかにして、ど

の程度まで、自らの生を豊かにするか。そして、どのように死ぬのか。いかに

して、社会が決定を行うのか。これらを真剣に考え続ける生きた存在こそ、ミ

イラ化した死体とは無関係の、身近な「即身仏」かも知れない。あるいは、現

実的な「即身成仏」の方向かも知れない。

 

なお、以上に登場した6体の上人、高僧を安置する5つの寺はいずれも、月山

のすぐそばにある湯殿山信仰を担う真言宗の寺。ウィキの「ミイラ」の項目によ

ると、他に全国で12体あるそうだ(西生寺の弘智法印を最古とするなら11体)。

 

それでは今日はこの辺で。。☆彡

 

                                    (計 4104字)

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