サグラダ・ファミリア(Sagrada Familia)、カタルーニャ語の名前の意味は聖家族(聖母+養父+キリスト)&高負荷ジム

(10日) BIKE (indoor) 23.5km,54分10秒

平均心拍 124,最大 136,マシン表示 1094kcal

   

LEG PRESS 片脚(左右) 66kg×15回×2

                       73kg×5回,79kg×1回

LEG CURL 41kg×20回

   

移動 JOG 2.8km,20分

  

     

    ☆   ☆   ☆

いつ完成するか分からない壮大な構想とか言われてたのに、もう完成したのかと思ったら、メインの塔が出来たというニュースか。まあ、キリストの塔ということだから、カトリック建築としては、ほぼ完成みたいな感覚なのかも。

  

早速、記念に公式サイトを訪問してみた。小市民としては、もし倒壊したら周囲の被害が甚大だろうなと思うけど、耐震性は高いのかね。神が守ってくれるとか♪

     

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サグラダ・ファミリア(Sagrada Familia、アクセント記号省略)。私が一番気になってたのは、建築自体より、この妙な名前♪ 特に「サグラダ」という前半部分。どうしても、日本の桜田門を思い出してしまう。あるいは、ちょっと似た名前の同級生とか(笑)

  

要するに、カタルーニャ語で、「聖なる家族」。英語で直訳すると、sacred family だけど、ほとんどの場合は holy family と言うらしい。

   

ちなみにカタルーニャ語は、スペイン語と並んで、バルセロナの公用語の1つ。バルセロナというと、スペインの代表みたいなイメージもあるけど、スペインの首都はマドリード。さっきまで忘れてた♪

    

   

     ☆   ☆   ☆

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この建築物の名前の意味である、「聖家族」という概念も、日本の小市民にとっては興味深い。聖母マリアとイエス・キリストはいいとして、父親は「養父」みたいな扱いなのだ♪ マリアは「処女懐胎」だから、実の父親はいないと。「性家族」ではなく、「聖家族」。あえて父親を挙げるなら、人間ではなくて神とか。

  

それは人間の父親が気の毒だろうと私は思ってしまうけど、カトリック(やキリスト教)の世界では普通というか、当然なのかね。「聖父ヨセフ」とは呼ばないと。

   

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NHK『クローズアップ現代』を流し見してると、専門家が、建築における直線の重要性について、「直線は無限だから」と説明してた。それを言うなら、平面も空間も無限だし、円も完全な図形と考えられるけど♪

  

もちろん、桑子真帆アナは従順だから、そんなツッコミは入れなかった。その辺りが、NHKの限界か。あるいは、ニュースキャスターの限界。むしろ、芸人やタレントのコメンテーターとかの方が鋭かったりする。あるいは、マニアック・ブロガーとか(笑)

    

   

     ☆   ☆   ☆

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ステンドグラスの色と光は素晴らしく美しいけど、実物もこんなにキレイに見えるのかね? 天気と時間帯によるのかな。

   

テレビや写真・動画は、条件のいい日時を狙うだろうし、編集も簡単だから、実際どうなのかは不明。実際、日本の小市民は今まであちこちの名所で騙されて来た♪ 自分一人ならともかく、誰かと一緒だと、間がもたなかったりする(笑)

   

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私が最初に公式サイトにアクセスしたら、上のポップな画像が表示された。これは、若者ウケを狙ったデザインと色使いかな。サイトの他の部分や建築とは全く違う路線になってる。THE DREAM OF A GENIUS、ある天才の夢。

   

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歴史のページを見ると、144年前、1882年に計画された当初は、全然違う設計図だったらしい。まあ、それを言うなら、今現在の建築がアントニオ・ガウディの構想と合ってるかどうかも問題らしいけど。ガウディが亡くなって既に100年だから、かなりの紆余曲折はあったはず。

  

とにかく、あと10年くらいで全て(?)完成するらしい。日本の小市民としては、NHKスペシャルくらいで満足しよう♪ 実際の現地は既に、いわゆるオーバーツーリズム、観光公害で大変という話も出てた。。

   

   

     ☆   ☆   ☆

一方、単なる小市民アスリートの方は、昨夜もまたまた短時間ジム。今度こそ長時間・・と思いつつ、また1時間もバイクを回せなかった。というか、1時間はあったけど、マシン筋トレに時間をちょっと回したのだ。言い訳になってないけど♪

   

54分強で、僅か23.5km。こんなにスピードが遅いということは、負荷が高かったということでもある。わざと重いマシンを選んで、また過去最高レベルの高負荷。

  

内容は、レベル9と10で30秒ずつ、レベル11で1分。さらに、レベル12で11分、レベル13で27分(重いマシンで最長)、レベル14で10分(同)、レベル15で2分。最後はレベル12の高回転で2分ちょっと。

   

それなりに頑張ってるけど、やっぱり重いマシンのレベル13以上はクルクル回せない。グイッ、グイッと無理やりペダルをこぐことになってしまう。

   

   

     ☆   ☆   ☆

他に、レッグプレス中心のマシン筋トレが少しと、移動ジョグが2.8kmジムから帰宅した後、すぐにシャワーを浴びると、湿疹が少ないみたいな感じだ。今まではやっぱり、帰宅後はしばらく疲れでボーッとして、飲み食いしたり、ネット見たり、ブログ書いたりしてた。

    

あと、痒くなる前に早めに寝てしまうのも、湿疹対策として有効っぽい。というわけで、今日はそろそろこの辺で。。☆彡

    

      

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     (計 2130字)

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藤井風MV「It′s Alright」の解釈、土・天界・楽園・星空宇宙・究極自我、上下5段のインド的階層構造&15km走

(29日)RUN 15km,1時間12分42秒

平均心拍 127,最大 142

  

  

     ☆   ☆   ☆

藤井風というミュージシャン・アーティストは、前から好きで高く評価してるし、「瀬戸内海」出身仲間としての親しみも持ってる。言葉がちょっと似てるし、藤井という姓も周囲に数人いた。

     

その藤井の新作MV(ミュージック・ビデオ)「It's Alright」(イッツ・オールライト)がネットで話題になってたので、さっそく鑑賞。凄く面白くて、繰り返し見て、意味を解釈したり構造を分析したりしたので、軽く記事にまとめとこう。

  

世界全体と自分の捉え方が、凄くインド的で興味深いと思う。例えば、天女の首がろくろ首みたいに上に長く伸びる理由を考えるには、そもそも、天女がかなり下の階層にいるという理解が前提となる。

     

日本人の普通の感覚だと、天女というのは一番上あたりの天界の存在だろうけど、インド思想的にはそれほど上でもない。むしろ、ある意味、かなり下。だから、そこから遥か上を目指すことになるのだ。

   

しかし、頭部だけ上に行くようではまだまだ。上には、頭・心と身体の全体が一体となった世界が、重層的に待ち構えてる。楽園、星空  

   

     ☆   ☆   ☆

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ごく小さく圧縮したキャプチャー画像を7枚、YouTubeの公式動画から引用させて頂こう。まず、最初の世界は、土とか大地。和楽器(木魚・横笛・尺八)が鳴り響く中、地底に埋まった藤井風が掘り起こされる。最初に映るのが、切れ目が目立つ丸い木魚なのは、母なる女性の象徴と見ることも可能。

     

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この辺りの衣装と群舞、照明は、半世紀前に時代を切り拓いたマイケル・ジャクソンのMV、またはPV(プロモーション・ビデオ)、「スリラー」へのオマージュ(敬意を込めた模倣)か。そう言えば、スリラーのゾンビ達も、地底と結びついた下の存在と言える。

   

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そのすぐ上に、ピンク色の蓮みたいな円形舞台に座って、不気味な天女が笑ってる。「静かなる心」(Quiet Mind)とかアピールしつつ、まだ煩悩的で、水晶玉みたいな透明なボールの中で舞う青緑の蝶と白の蝶を楽しんでる。

    

陰と陽、まだ2つが分かれてる段階は、画面の左側の樹木の2色でも表現されてるもの。天女は、陽とか光に近いけど、まだ陰や闇と混ざってる。欲望とか、狭い自我とか。

  

   

     ☆   ☆   ☆

天女が白い(桜の)花を、下界に降らせると、泥まみれの藤井風は一気に上昇。天女の世界を超えて、花の楽園に到達。「大地は花と笑う」。ここが、下から数えると3番目の世界。

   

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藤井風の後ろには、巨大な顔が傾いて、頭頂部は破壊されてる。頭だけの存在や偶像の神はもう終わりにしようと。

  

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巨大な顔が涙をこぼすと、星屑みたいに輝く無数の光の粒になって,パワーやエネルギーを降り注ぐ。下から2番目の天女は、ろくろ首みたいに上に伸びて行く。黒と白、ねじり合わされた首は、一なる存在へと向かう前の段階。

  

一なる存在は「愛」の具現、具体化でもあるので、上側にハートマークが作られてる。長く伸びたものが愛につながるという形は,性的な象徴表現でもある。男性的な形の長さと、女性的な快楽の長さ。

    

さらに、一番下の土の世界の藤井も、星屑を浴びて一気に上昇。楽園さえ超えて、下から4番目の星空の宇宙に到達。「我らは星光」。

   

天女の世界や花の楽園より上に、星空の光があるという発想も、普通の日本人には思いつかない発想。藤井がインド的な思想に深く傾倒してることがうかがえる。

     

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     ☆   ☆   ☆

そして最後は、西遊記の孫悟空と三蔵法師を思わせる壮大なオチの結末。星空の段階まで上がった藤井も、実は究極の自分、究極の自我の手のひらに乗った巨大卵に過ぎなかった。巨大な藤井の目も、ゆで玉子みたいに白く光ってる。

      

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音楽に留まらず、素晴らしい芸術作品だけど、あえて言うなら、ラストはもうちょっとゆっくりブラックアウトさせた方が良かったと思う。いきなり真っ黒の画面で終わりにしてしまうと、まるで最後が、巨大な自分のオモチャ遊びみたいに見えてしまうから。

  

最後はむしろ、その究極の自分でさえ消えてしまう段階だろう。もちろん、そこでは卵と自我の区別も無に帰するのだ。非常に長いプロセス、過程を経た上で。。

  

  

   ☆   ☆   ☆

一方、単なる小市民アスリートの方は、最下層で地味に活動する日々♪ 昨日の29日は、4月のランニングの走行距離を大台乗せるために、15km走

  

呼吸困難に苦しんだ今月の終盤,薬を使わずにRUNペース(1km4分台)で15km走れたのは良かった。ただし、まだ本調子ではなくて、ノド飴は舐めてる。トータルでは1km4分51秒ペース。前日、荷物ウォーク10kmをこなしたことを考えると、まずまずの出来。

   

他に、クールダウンでウォーキング0.5km(細かっ♪)。心拍計のデータ送信ができない状況なので、詳しくはまた後ほど追記する予定(☆既に完了)。ではまた明日。。☆彡

  

  

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往路(1.9 km) 10分49秒 107 128

LAP 1(3.1) 15分27秒 123 131

  2   14分48秒 131 134

  3   14分31秒 135 138

  4(1.6) 7分03秒 137 142

復路(2.2)   10分04秒 128 141

計 15km 1時間12分42秒 127 142

    

     (計 2098字)

  (追記57字 ; 2155字)

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高市「その手は桑名の焼き蛤」♪、出典は東海道中膝栗毛ではなく『品川楊枝』(原著引用)&呼吸困難ジョグ

(6日) JOG 9km,48分05秒

平均心拍 123,最大 142

WALK 2km,23分,2900歩

  

   

              ☆   ☆   ☆

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今日はいきなり、「桑名の焼きハマグリ」♪ 三重県観光連盟のサイト「観光三重」より引用。食べたことも行ったこともないけど、いいね。 

   

急に貝の話から始めたのは、昨夜、Yahoo!で国会のニュース記事が目に留まったから。参議院の予算委員会で、高市早苗首相のジョークに、赤沢大臣が爆笑したという軽いお話。ホントに口を大きく開けて笑ってる♪

   

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ABEMAニュースによると、国民民主党の足立康文議員が補正予算について、高市に質問したらしい。予算が遅れてるから、まず補正予算を作れという意図での誘導的な質問だったから、高市が腕を組んでニヤリと笑った後、反論。

   

「その手は食わない」、つまり、あなたの質問の流れにうっかり従って補正予算をすぐ組むようなことはしない、と言う際、ダジャレ、軽口のノリで、「その手は桑名の焼きはまぐりでございます」と答えると、後ろで赤沢が爆笑。

    

 

     ☆   ☆   ☆

これを読んで、すぐ思い出したのは、去年の春たまたま見たNHK『ブラタモリ』。伊勢神宮に向かう長い旅路の最初あたりで、三重県桑名市の名物を食べる時に口にしてたのだ。

    

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上の地図はコトバンクより縮小引用。名古屋あたりから、三重県の真ん中あたりの伊勢神宮を目指す時、最初に通るのが桑名。三重の左(西)の県境で接してるのが、高市の地元である奈良。彼女にとっては、地理的に、小さい頃から馴染んでる言葉遊びだったのかも。

   

私は、小学校の頃、子ども向けの本で『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅう・ひざくりげ)を読んだ時にその言葉を知った・・・と書こうとして、念のために調べてみたら、どうも勘違いらしい (^^ゞ いくつかの記憶が混ざったのか。

    

江戸時代の十返舎一九(じっぺんしゃ・いっく)のその旅行物語(1806年)で、旧東海道の宿・桑名の焼きハマグリが登場するのは事実で、挿絵でも強調されてるけど、「その手は・・」という言葉遊び(地口)までは書かれてなかった。

   

    

     ☆   ☆   ☆

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私の記憶では、上の絵に似たものを子どもの頃、見た気がするのだ。国立国会図書館デジタルコレクションより引用。その時はじめて、桑名という地名と、焼きハマグリという食べ物を知ったと思う。ただ、「その手は・・」という言葉を知ったのは、しばらく後だったのかも。

    

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『東海道中膝栗毛』五編(上)、冒頭。図の中央に崩し字で、「桑名につきたる悦びのあまり。めいぶつの焼蛤に酒くみかはして」と書かれてるけど、例のダジャレは無い。

    

もともと、自然発生的な言葉遊びだろうから、初出(最初の出典)は正確には分からないけど、あちこちに書かれてる最も古そうな文献が、芝晋交『品川楊枝』(1799年)。

   

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ここまでは、ネットのあちこちで触れられてるけど、実際にその著作から引用したものはなかなか見当たらないから、私が探してみた。元は、かなり高度な言葉遊びなのだ。

  

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上図の左から2行目。「其手はくはなのやき蛤。四日市夜のつきえゝだア」と書かれてる。

    

要するに、「一夜の付き合いだ」と言いたいのだけど、その直前に「四日市」という地名を加えて、さらにそこにかかって行く言葉として、「くはなのやき蛤」を付けてるのだ。

   

「四日一夜」という表現はほとんど見かけないけど、「千夜一夜」なら有名だから、その類の合成語だろう。全体の流れは下の通りで、百人一首の和歌に似た技巧的表現。

  

 「一夜の」→「四日一夜の」→「四日市夜の」→「その手は桑名の焼き蛤、四日市夜の」

 

この江戸の洒落本、他にもちょっと面白そうだから、いずれ全体を読んでみたいと思った。

  

    

     ☆   ☆   ☆

一方、単なる小市民アスリートの方は、ちょっと呼吸困難が和らいだから、またリフォームの後片付けで頑張ってたら、またまた症状が悪化してしまった (^^ゞ まあしかし、やらなきゃいけない事だから仕方ない。

    

ちょうど咳がゴホゴホ出て来たタイミングで、公園に出発。喘息発作の吸入薬は使わず、パブロンと咳止めの飴9kmだけ頑張って、トータルでは1km5分21秒ペース。遅っ! 呼吸困難に加えて、2日連続のジム・バイクの直後だから、こんなもんか。

  

気温18度、湿度62%、風速3m。他に、ウォーキングは2kmだけ。今夜もノドの調子が悪いけど、大きく見ると、ほんのちょっとずつマシになってるような気もする。それでは、また明日。。☆彡

 

   

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                     平均心拍 最大     

往路(2.4km)    13分52秒 114 123   

LAP 1(2.1)   11分44秒 120 127

   2     10分46秒 129 142

復路(2.3)   11分43秒 134 142

計 9km 48分05秒 123 142

     

      (計 1940字)

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遠藤周作の小説「影に対して」(26共通テスト国語)全文レビュー・書評 ~ 母と父、私の2つの影とエディプス・コンプレックス

毎年、このブログで恒例となってる、共通テスト(旧センター試験)の記事。特に、小説の全文レビューの需要が非常に多いので、今年もまず、小説の全体の書評を書くことにしよう。

    

国語の試験が14時半に終わると、SNS(特にX:旧 twitter)には受験生のつぶやきが溢れる。昔はその中に、問題文の画像が少しだけ混ざってたけど、今年はあらかじめ注意が徹底されてたこともあって、何が引用されたのかもなかなか分からなかった。

   

やっと評論と小説のタイトルを書いた投稿を発見したのは、約30分後の15時ごろ。待ち構えてた私は、直ちに元の小説を読みながら、ニヤニヤと笑ってしまった。

  

普通に考えると、笑う内容ではなく、重くて暗い内容。ただ、各年代における主人公の気持ちがどれも分かるし、父と母の気持ちや言い分もよく分かる。私がいっぱい登場してるよな・・と思って笑ってたのだ。

   

ということは、登場人物たちは、私の「影」でもある。つまり、私と「密接に結びついてる似姿、暗くて黒い分身」。

   

   

     ☆   ☆   ☆ 

さて、遠藤周作の未発表作『影に対して』。わずか5年ほど前、2020年に発見されたこの作品は、まず『三田文学』2020年夏季号に掲載。解説も2つ付いてた。

   

☆追記: 執筆は1965年~1969年と推定されてる。完成はおそらく1966年3月以降。)

     

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続いて同年、新潮社の単行本『影に対して 母をめぐる物語』が出版。「影に対して」という表題作以外に6本の小説がまとめられてるから、題名に「母をめぐる物語」と添えられてる。

   

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未発表作そのものには、このような副題は付いてないので、念のため。さらに2023年には、新潮文庫にも収録。ただし、「母なるもの」という作品だけは別の文庫本の表題作になってる。

   

   

     ☆   ☆   ☆  

単行本の中で、表題作「影に対して」は、実質的にp.9からp.81までの73ページ。その内、共通テストの国語・第2問で引用されたのは、p.40~p.46の7ページ分だから、全文の10分の1にすぎない。

    

ただ、普通に読解するだけなら、決して難しい物語ではないから、読みやすいと感じた受験生も多いと思う。要するに、父と母と子の関係という普遍的なものを描くストーリーだから、理解も感情移入もしやすいはず。

  

ちなみに、その小説は、かなり作者本人の自伝に近い私小説的な作品と考えられてるようで、NHKのETV特集でも2021年にミステリアスなドキュメンタリー的特別番組が放送されてた。「遠藤周作 封印された原稿」。現在はオンデマンドで視聴可能。

     

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     ☆   ☆   ☆

さて、「影に対して」というタイトルは、冒頭のまえがきで書いたように、主人公(かつ筆者)である私・勝呂(すぐろ)有造の「暗くて黒い分身に対して」という意味だろう。もう1人の闇の私、ダーク・エゴ。闇とは、「病み」でもある。広い意味で。

       

その影とは、表面的にはまず、母を表すように見える。実際、だからこそ単行本や文庫本では、「母をめぐる物語」として扱われてる。

   

共通テストの問題冒頭、引用直前の説明でも、「彼は母のことを思い出しては現在の自分の生き方について考えるようになる」とだけ書かれていて、父という言葉は使われてない

  

   

     ☆   ☆   ☆

以下、いわゆるネタバレになるので、ご注意あれ。すぐ手に入る新しい本だから、自分で先に全体を読むのは簡単。電子書籍にもなってるから、ネット購入すれば今すぐ読める。

    

母の勝呂(すぐろ)節子は、ヴァイオリンを極めようとして、結婚して子供が生まれた後も練習に打ち込んでた。それが、夫(主人公の父)や伯母に強く批判されて、結局は普通の専業主婦のような暮らしを始める。

    

でも、本当は一つの音を追求したい性格・生き方だから、内心では強い不満を隠し持ってる。母のそうした葛藤、つまり主人公の影の陰(または翳)は、やがて病院行きにもつながってしまう(おそらく服薬による自殺未遂)。

   

結局、父親に捨てられるような形で離婚して、満州から日本に帰国。息子とはほとんど会えないようになった後、ヴァイオリンでも上手く行かず、孤独死してしまうのだ。

   

   

    ☆   ☆   ☆

一方、母を愛する息子=主人公も、本当は小説家を目指してる。でも上手く行かないし、家族(妻と息子)を養う必要もあるから、仕方なく翻訳家で生計を立ててる。

   

でも、それは母を捨てた父のような、平凡で安全な生き方。母も、自分ならではの独自の生き方をして欲しいと、息子に強く話してた。歩きやすいアスファルトの道ではなく、歩きにくくても自分の足跡が残る砂浜のような道を歩いて欲しいと。

   

しかし現実として、母は1人さみしく死んでしまって、アパートの管理人に発見されることになった。砂浜に足跡を残したとしても、ほとんど注目されないまま消えてしまって、自分の記憶に残ってるだけ。

  

それどころか、どうも周囲の大部分の人に冷たい視線で見られてたらしい。母の従兄にも、成功したヴァイオリン仲間にも、学校の教え子たちにも。

      

それでは自分は、今後どう生きるべきなのか。愛する母を追うのか。それとも母から自立するのか。母子未分、一体化された幼児的状態から、分離不安を断ち切って、独立した存在になれるのか。。

  

   

     ☆   ☆   ☆

今年の共通テストが問題にしてたのは、そうした部分、側面にほぼ限られてる。

    

基本的には、文字通りの意味での「マザー・コンプレックス」。劣等感とか、通俗的な意味でのマザコンいうより、母に対する複雑な思い。母という「影に対して」強く持ってる、様々な感情や考え。同じく自伝的な遠藤の小説「母なるもの」には、「母に対するコンプレックス」で嘘をついてたという記述もある。

   

しかし小説の全体を読んで考えると、本質的にはむしろ、父の方を強く表してるのではないか。つまり「ファザー・コンプレックス」、父という「影に対して」強く持ってる、複雑な思い。

    

私がそう思い直すキッカケになったのは、ネットでも(ほとんど)全く注目されてない、父の不思議な趣味だった。主人公である息子も、その中身については考えてない。読者の大部分も、おそらく分からないまま素通りになると思う。私がある独自解釈に気づいたのも、半ば以上に偶然だった。

   

☆追記: この小説の仮題は「男」だったらしい。やはり、父親を中心に書かれた小説なのだ。専門家・山根道公の論文「遠藤周作『影に対して』より。『三田文学』2020年・秋季号。)

   

   

     ☆   ☆   ☆

小説の序盤(単行本p.13~)、は、翻訳家になってる息子に対して、原稿用紙300枚もの長い文章を書いたから有名出版社を紹介して欲しいと頼む。李商隠の伝記。電子書籍の無料サンプルでも確認可能。この妙なエピソードは、小説の結末の直前にも再登場する。

   

昔の中国の詩人で、知る人ぞ知る存在だけど、普通の日本人なら知らない存在、気に留めない人名だろう。私が知ったのは去年、三浦しをんのベストセラーをドラマ化した『舟を編む』をNHKで見て、レビュー記事を書いたから。

    

原作小説で引用されてるのが、李商隠の有名な漢詩の一部。

    

 嫦娥応悔偸霊薬

 碧海青天夜夜心

   

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上図は、ウィキペディアの項目「嫦娥奔月」より。詳しい説明は、以前のドラマレビューに書いたので、ここでは省略する。要するに、私と専門家の1人は、こんな感じで解釈してるのだ。チャッピー(最新AI、ChatGPT5.2)も賛成してくれた。

    

 彼女はどうして、遥かな月の世界へと旅立ってしまったのか。

 今ごろ後悔して、こちらの世界を見てるんじゃないか。

 そう思いたいほど、彼女に対する私の思いは今でも強い。。

    

   

     ☆   ☆   ☆

これこそ、「影に対して」における、父の思いではないか。

  

 妻はどうしてヴァイオリンの世界へと旅立ってしまったのか。

 今ごろ後悔して、昔の家族生活を思い出してるんじゃないか。

 そう思いたいほど、別れた妻に対する私の思いは今でも強い。

  

父のそうした思いは、共通テストの引用箇所の直前にもハッキリ表されてる。離婚する前、母が演奏会を開いた時、父は廊下の椅子に座ったまま、壁と向き合って座ってたのだ。

  

父のうしろ姿には、だれからも相手にされない、寂しそうな翳があった」。

  

その姿を見る息子も、演奏会を抜け出して1人でトイレに向かう途中。他の誰かが見ればまさに、「息子のうしろ姿には、だれからも相手にされない、寂しそうな翳があった」ということになるはず。

  

ちなみに、男児がトイレ(便所)に行くということは、普通なら性器を触ることになる。母という愛する女性に相手にされなくて、自分の手で男性器を触る。非常に性的、自愛的な象徴表現。

    

そこで、ポイントになる言葉の「影」(かげ)が、「翳」という感じで書かれてる点も見落とせない。影=かげ=翳=父。「影に対して」という題名が、母だけでなく父に向けられてることが明示されてる部分の一つ。

   

   

   ☆   ☆   ☆

最後に、ウィキペディアの「遠藤周作」の項目にもある、エディプス・コンプレックスという概念と結びつけてみよう。

  

単行本の後半に収録された「母なるもの」という小説に、「精神分析学など詳しくはない私」といった表現が含まれてる。ということは、一応知ってるし、意識してるということの裏返しだろう。そこでは、母に似た人物が登場する夢を見る話が書かれてた。

      

フロイトが1900年ごろに創始した精神分析学の中心概念の一つで、神話のエディプスみたいな複雑な思いという意味。ごく簡単にまとめると、男の子の場合、父への憎しみと、母への愛ということになる。父殺しと近親相姦。

     

ちなみに、古代のエディプス神話では、息子のエディプスが知らないうちに(無意識の内に)父を殺して、知らないうちに母と結婚。その後、自分で気づいて、罪悪感に苦しむというような物語が展開されてる。

    

  

    ☆   ☆   ☆

ただ、ごく簡単にそうまとめてしまうと、その後はどうなるのかが抜け落ちてしまう。最も重要なことは、男の子は父を殺す代わりに、父と「同一化」するという点なのだ。そうすれば、母は父の妻だから、自分の妻ということになって、危ない葛藤は解消される。特に、無意識の領域では。

       

例えば、フロイトの「エディプス・コンプレクスの消滅」という論文では、次のように書かれてた。

  

「子供の自我は、エディプス・コンプレクスから目をそらしてしまうのである。・・・リビドーの対象充当が放棄され、同一化がこれに代わるのである。父親または両親の権威が自我の中に取り入れられ、そこで超自我の中核となる」(人文書院『フロイト著作集』第6巻)。

  

☆追記: 先ほどの追記のように、この小説の仮題が「男」だったとすると、遠藤周作自身が、父と自分を男として同一視してることになる。つまり、同一化を認識してるのだ。)

   

   

    ☆   ☆   ☆

小説の最初と最後が、実は、父との同一化について暗示してるのだ。冒頭は、主人公が、父との写真を見てるシーンになってる。

   

「・・・父と一緒である。どの写真のなかでも、今の彼と同じ年頃の父は愛想笑いを浮かべていた。(彼は自分も写真をとられる時、この父と同じように、気の弱そうな微笑を頬に浮かべることをふと考えた)

   

父と「一」緒、父と「同じ」。小説の最初から、これほど分かりやすい同一化の描写があるのは珍しいはず。

    

   

    ☆   ☆   ☆

ところが小説の最後。息子である主人公は、あれほど反発してた父にお金を借りに行くハメになる。自分の息子である稔(父の孫)の病院代。そして、妻にこう言われてしまうのだ。

    

あなたなんか、お父さまぐらいにも、なれないんじゃありませんか

   

父との同格の同一化に失敗する可能性。取り込まれてしまう恐れ。愛する母は、既に淋しく死亡。母の代わりになるはずの妻にも冷たく扱われてる。妻の言葉に激怒した息子は、妻を撲ろうとしたけど、父よりも気弱だから出来ない。

   

行き場を失った絶望的な場面で小説は終わる。最後に彼が思い浮かべたのは、「母の死顔」、「まだ苦しそうな翳」だった。

   

   

     ☆   ☆   ☆

他にも、母の演奏会の時、父と息子は同じく廊下で孤独な思いをする。現実の遠藤周作がどうだったのかは、また別の機会に考えてみたい。とりあえず私も、ブログにこだわり過ぎて孤独死するリスクは避けるとしよう♪

  

今週は計19380字で終了。それでは、今日の所はこの辺で。。☆彡

   

  

    

cf. 蜂飼耳の小説「繭の遊戯」(25共通テスト国語)全文レビュー・書評

  ~ 家畜として玉繭で糸を出した蚕の幼虫、成虫で飛び立てたのか

   

 牧田真有子『桟橋』(24共通テスト国語)、全文レビュー・書評

   ~ 漁師に拾われた魚、捻じ切れた血の橋を自分で生き始める

   

     (計 4883字)

(追記212字 ; 合計5095字)

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事実をもとにしたマンガ『塀の中の美容室』、東京拘置所で受刑者の矯正教育プログラムに採用&リハビリ14km

(19日)リハビリ JOG 14.2km,1時間21分25秒

平均心拍 115,最大 131

WALK 2km,24分,3000歩

   

   

    ☆   ☆   ☆

最近は朝、NHKニュース『おはよう日本』を見ることが多い。と言っても、画面を見る余裕はなかなか無いから、音声中心の流し見がほとんどだけど、昨日は途中で特集に引き込まれた。

  

刑務所。入ったことも行ったことも無いけど、誰でもみんな、紙一重だと思う。運とか偶然の部分が大きい。特に、恵まれない環境で育った場合とか。

    

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刑法改正で、これまでの懲役と禁錮を、拘禁刑に統一。受刑者を懲らしめるより、矯正と再犯防止、社会復帰支援に力をいれるようになったらしい。その実際の様子の取材。

    

正直、そんなにすぐ上手く行く試みとも思えないし、正しい事かどうかもよく分からない。罪人の刑務所が、宿泊費・食費・教育費すべて無料の学生寮・合宿所みたいになってしまうと、一般社会との関係やバランスに疑問が生じる。一般人の税金で支えるわけだし、一般人が教育を受ける際にはそれなりの費用を自分で払うのだから。学校もセミナー・講習の類も、安くはない。

   

あまり待遇を改善すると、わざと刑務所に入ろうとする人が増えても不思議はない。ただ、理想論としてなら正しい方向性だろうし、多様性の共生という時代の流れにも沿ってそうだから、興味深い社会実験ではある。

   

東京拘置所では、教育プログラムにマンガも利用。誰でも気軽に読めて、感情移入しやすいから。特に注目されてたのが、『塀の中の美容室』という漫画。それも含めて3冊、平積みにされたマンガを見て、ちょっと気になったから調べてみると、やっぱり全て、小学館のマンガだった。『塀の中の美容室』、『ドラえもん』、『ルックバック』。

    

実は、このプログラムを運営してるのが、小学館が中心となって出来た会社、小学館集英社プロダクション。ウィキペディアによると、集英社は後から資本参加したらしい。大手出版社の系列の会社が、刑務所内の教育まで手掛けてるとは知らなかった。

   

   

     ☆   ☆   ☆

さて、小日向まるこ『塀の中の美容室』は、桜井美奈の同名小説の漫画化。漫画は第一章だけなら無料サンプルで読めるし、小説はamazonのキンドル読み放題に入ってたから全体をチェックできた。

    

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岐阜県の女子刑務所である笠松刑務所・みどり美容院を取材した上で書いた作品で、あくまでフィクションの物語だけど、受刑者が一般客の髪を刃物で切ってるのは事実。誰でもちょっと警戒するだろうから、作品の第一章にも、ごく控えめにその緊張感が描かれてる。もちろん、刑務官が同席してるけど、刑務官が受刑者の行動を完全にコントロールできるかどうかは微妙。

    

すぐ上に縮小引用した小説の表紙のイラストは、主人公=ヒロイン・小松原葉留。殺人未遂の受刑者。長く伸びた髪を切ろうとしてる姿は、暗い人生に一区切りつけようとしてるのだろう。小説の最後に、そんな話が書かれてた。

  

一方、2つ上の漫画の表紙では、美容室の設定との関連で、青空が強調されてる。副題も、「The Depth of the Sky」。空の深さ。井の中の蛙、塀の中の人間だからこそ感じ取れる、空の深さもあるという意味。

    

青空へのこだわりは、小説の取材日がたまたま晴天で、スタッフもにこやかで優しい人達だったからとの事(小説のあとがき)。ただ、作品内の美容室が「あおぞら美容室」なのは、実在する「みどり美容院」の名前を少しだけ変えた形にもなってる。青空と緑の場所だから、妹の名前がハル(春)、姉の名前がナツ(夏)とか。

    

   

     ☆   ☆   ☆

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矯正プログラムの受講者の1人が涙を流したと語るのは、漫画の終盤、146ページ。

    

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「塀の中の美容室の146ページ 葉留の姉奈津が妹の葉留に向けて言った一言で涙が出ました。『私の店で一緒に美容師やろう』。私にも待っていてくれる弟がいるため葉留の気持ちと一緒でとてもジーンときました」

    

ちなみに、小説だと、その台詞はもっと抑制されたものになってる。「葉留。いつか、一緒に・・・・・・」。テレビドラマでどうなってるのかは調べてないけど、マンガと小説の違いがよく現れてる。マンガは、誰にでも分かりやすいように書かれてるのだ。普通、ドラマもそうなってる。

    

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担当者の山辺さおり課長は、魅力的な大人の女性だから、おそらく男性受刑者に人気だと思う。私の女友達に、ちょっと似た教育係がいて、普通に色々と声をかけられるとか言ってた。

     

その辺り、独特の難しさがあるかも知れないけど、教育的なマンガの感想をみんなで温かく共有するという「試み」はいいことだと思う。結果や成果、影響がどうなるかはさておき、長期的な視点でチャレンジして頂きたい。フィクションみたいなハッピーエンドになるかどうか、はたして。。

   

    

     ☆   ☆   ☆

一方、単なる小市民アスリートの方は、相変わらず右脚の裏側の故障が完治しないから、一昨日の19日(水曜)リハビリジョグ。ただ、距離を14.2kmに伸ばしてみた。半端な0.2kmは、単なる気分的なオマケ♪

   

まだ痛みもあるから、スピードは出せないけど、余裕を持って完走。トータルでは、1km5分44秒ペース。気温8.5度、湿度55%、風速2.5m。ゆっくり走ってるから、上3枚でも寒かった。手袋してても、手先が冷え切ってしまう。

    

他に、ウォーキングも2kmだけ。それでは今日はこの辺で。。☆彡

   

   

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           平均心拍 最大

往路(2.4km) 14分51秒 107 131

LAP 1(2.1) 12分36秒 112 116

  2   12分15秒 115 118

  3   12分02秒 116 120

  4   11分16秒 121 127

復路(3.2) 18分25秒 117 131

計 14.2km 1時間21分25秒 115(70%) 131(79%)

    

    (計 2368字)

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NHK『映像の世紀 バタフライ・エフェクト』昭和の文豪たち、主役は三島由紀夫と国家・天皇&リハビリジョグ

(17日)リハビリ・スロー JOG 7km,48分21秒,

平均心拍 109,最大 114

WALK 7km(荷物 4.5kg),1時間24分,10500歩

 

    

    

     ☆   ☆   ☆

三島由紀夫という作家については、かなり興味を持ってるけど、作品はまだ『金閣寺』しか読んでない。それでも、凄い文章だなとは思った。好き嫌いとか、良し悪しとか言うより、あれほど華やかな文体の日本語を読んだ覚えがない。

   

・・・と、ここまで前置きを書いてる内に、そう言えば、あの小説と三島の最後もちょっと似てるなと気づいた。お寺の代わりに三島が「放火」したのは、自衛隊と自分自身だろう。

   

金閣寺の放火犯は、犯行直後に自殺し損ねたからこそ、三島は仲間に介錯(割腹自殺の手助け)させたわけか。まあ、その話については、またいずれ別の機会に。

    

番組では、遺作となった大作『豊饒の海』に焦点が当てられてたけど、そう言えば昔、この作品に心酔してる若者と出会ったことがある。わりと大人しくて控えめではあったけど、ちょっと怖いくらいの思い入れが伝わって来た。ひ弱そうな身体に見えたのも、肉体改造する前の三島と同じか。

  

ちなみに、三島関連のウィキペディアの項目も、妙に詳しくて熱い内容になってる。ウィキに限らず、情報量は非常に多そうで、一般社会の関心の大きさをも示してる。

    

    

     ☆   ☆   ☆

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さて、NHKのドキュメンタリー番組、『映像の世紀 バタフライ・エフェクト』。いつも、寝不足と疲れでフラフラの時に放送されるけど、今回はすぐ目が覚めた。いきなり、三島の自決直前の映像から始まったから。

    

今回のサブタイトルは、「昭和の文豪たち」。火野葦平、林芙美子、永井荷風、司馬遼太郎らの映像も興味深かったけど、やはり三島由紀夫のインパクトが圧倒的。放送日が11月17日なのは、事件の日付けの11月25日にほぼ合わせたわけか。

    

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諸君の中に 一人でも俺と一緒に立つ奴はいないのか

   

陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地のバルコニーに立つ三島。演説する声に、それほど迫力がないなと感じてしまったけど、マイクを付けてない屋外の高所だから当然かも。

   

軍服がオシャレだなと思ったら、当時の人気デザイナー・五十嵐九十九に頼んだオリジナルらしい。色もボタン使いも独特。身体にかなりフィットしてるから、肉体美は誇示できるけど、実用性は不明。

   

   

     ☆   ☆   ☆

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二十歳の時(1945年)本名・平岡公威(きみたけ)で書いた遺書(遺言)。弟に遺したメッセージは、自分へのメッセージでもある。

  

皇軍ノ貔貅(ひきゅう:勇ましい兵隊)トナリ

 皇恩ノ万一ニ報ゼヨ

 天皇陛下萬歳

   

軍からはすぐ家に帰されたから、この遺書はとりあえず無意味になったけど、三島にとってはずっと唯一の遺書であり続けたらしい。自決まで、思いが変わらなかったのか。それとも、その後の人生が遺書に支配されたのか。

   

   

     ☆   ☆   ☆

番組では、自分がノーベル文学賞を取れなくて、師の川端康成が受賞したことが、三島のその後の人生に影響した一因みたいに描かれてた。川端と疎遠になって行ったのも、そのせいだと言いたそうな番組構成。

    

試しに最新AIのChatGPT5.1(つい最近、5からバージョンアップ)に聞いてみると、それは番組が作った分かりやすい物語にすぎないとの事。もちろん、実際のAIの回答は、遥かに細かくて長い。

     

三島が右翼的活動を本格化させたのは1966年頃。川端の受賞は68年。三島の自決が70年。少なくとも、川端の受賞と三島の活動との関係は、それほど強くはないはず。

   

あと、番組で川端の自殺をスルーして、平成まで急に飛んでしまったのは、「作家と国家」というテーマと関係なさそうだからか?・・とAIにたずねると、ほぼ同意してくれた。数十倍の補足説明付きで。

   

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番組のエンディングの画像は、国家に背を向けて冷笑し続けた永井荷風前歯が数本抜けた笑顔は、我が道を行く個人の生き方の象徴。あるいは逆に、軍服姿で檄を飛ばす三島と比べて滑稽だと見ることもできそう。。

    

   

     ☆   ☆   ☆

一方、単なる小市民アスリートの方は、昨日も右脚の痛みが治らないまま。それでも、リハビリで超スロージョグ7kmはこなした。気温15度、湿度49%、風速2m。スロージョグにはちょうどいい気象条件。

   

他に、荷物ウォーキングも7km。合わせて、それなりの運動量にはなってる。脚は痛くても、気力は充実したままなのだ♪ それでは今日はこの辺で。。☆彡

   

  

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    (計 1833字)

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小説『舟を編む』文庫本、馬締が香具矢に書いたラブレター(恋文)全文に引用された漢詩の意味(夏目漱石、李商隠の作)

先日、NHKで放送されたドラマ『舟を編む』最終話(最終回)。馬締が書いたラブレターが一瞬だけ映し出された。

     

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謹啓

 吹く風に冬将軍の訪れ間近なるを感じる今日このごろですが、ますますご清栄のことと存じます。

 貴方に打ち明けたいことがあり、この書状をしたためております。・・・・・・

   

    

     ☆   ☆   ☆

このラブレターというより恋文は、ものすごく長いようで、三浦しをんの小説の文庫本(光文社)の最後に「馬締の恋文 全文公開」と書いてるのに、その途中で「中略」と書かれてる(笑)

    

文庫本のページの下段(欄外)には、西岡と岸辺の会話の形で注が付いてて、こんなやり取りがあった。

    

 西岡  おい、「(中略)」ってなんだよ! 「恋文全文公開」じゃなかったのか。

 岸辺  だって、ものすごく長いんですもん。・・・・・・読みたいですか?

 西岡  「(中略)」でいいや。

    

   

    ☆   ☆   ☆

その省略された恋文でさえ、文庫本で10ページ(最初のサブタイトルも含めるとp.338~348の11ページ)もあって、普通の文だけでも読みにくい上に、難しい漢詩がいくつも引用されてる。

    

香具矢も軽く読み流しただけのはず(断言・・笑)。それでも、馬締がマジメなことだけは分かる。ちょっとアブナイくらい♪

    

私が一番興味を持ったのは、分かりにくい漢詩だけど、その前に、分かりやすい歌を引用しとこう。柿本人麻呂の歌は(そう書かれてるけど、本人の作かどうか不明、正確には「柿本人麻呂歌集の歌」)、知識が無くてもイメージ的に分かるし、それで十分だと思う。

     

  

     ☆   ☆   ☆

 天の海に 雲の波立ち 月の船

 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ

 (注. 文庫本だと1マス空けは、船と星の間だけ

   

馬締は引用した直後、「貴方(あなた)のために詠まれた歌のようだと思いませんか?」と書いてる。いつも、月のように美しい香具矢を仰ぎ見てると。警察に通報されても不思議はないかも♪

   

この歌では、「月の船」という言葉が、二重の意味で中心になってる。意味・内容的にも、言葉の配列でも。小説の題名『舟を編む』は、この歌と繋がってるのかも。どっちが先かは分からないけど。

    

   

     ☆   ☆   ☆

一方、分かりにくい漢詩。まず、本文2ページ目と3ページ目に引用されてるのは、夏目漱石が作った漢詩

   

2行+2行、合わせて4行(計20字)だけ引用されてるけど、もとの漱石の漢詩は10行らしい。明治三十二年、1899年の作。

 

 眼識東西字 心抱古今憂

  ・・・

 人間固無事 白雲自悠悠

    

漱石の思いとしては、こんな感じの超訳でいいと思う(個人の感想♪)。

   

私は古今東西について学んで来たけど、心はあまり落ち着かなかった。でも、30歳になって、やっと少し落ち着いて来た。世の中は穏やかで、白い雲が悠悠と流れる。そんな感じで、自然に生きていきたい。。

     

   

     ☆   ☆   ☆

上の漱石の漢詩を引用した後、馬締はこう書いてる。

  

この境地に至れるか否かは、今後の私の努力および、貴方の返答によって決まるでしょう」。

   

要するに、あなたへの恋心で私は落ち着かないから、どうかお返事で落ち着かせてください、という意味。OKにせよ、ごめんなさいにせよ♪

    

これに対して、欄外の注で、西岡がツッコミを入れてた♪ 「まじめのやつ、さりげなく脅迫してないか?」(笑)。そう。平成・令和の時代だと、脅迫する文書として警察沙汰になってもおかしくない。言葉のプロの馬締でも、恋愛や現実社会に対してはアマチュアなのだ。

   

   

     ☆   ☆   ☆

一方、遥かに難しいのは、李商隠の漢詩。p.345で2行だけ引用されて、p.346まで説明が続いてる。元の漢詩は、「七言絶句」(漢字7文字×4行の形式)らしくて、その後半の2行だけの引用。端末の環境によっては文字化けしてしまうかも。

   

 嫦娥応悔偸霊薬

 碧海青天夜夜心

   

馬締の説明は、こう続いてる。

   

「嫦娥とは、霊薬を飲んで月世界へ飛んでいった、かぐや姫のような女性のことです。この漢詩の作者は、自分を捨てて去っていった女性を嫦娥になぞらえ、恨みと思慕を詠んだ、という説があります。私も同感です。この詩は、私の心情そのものだと思えるのです。

禁断の霊薬さえ飲まなければ、ただ一人の人の顔を、夜ごとなつかしく心に思い浮かべずに住んだのに・・・・・・」

 

  

欄外の注に書かれてる岸辺の解釈は、次の通り。「嫦娥は霊薬を盗み飲んだのを後悔しているだろう。ひとりぼっちの月世界から、夜ごと、寒々とした紺碧の海を見下ろしながら」。

   

   

     ☆   ☆   ☆

岸辺の解釈はともかく、馬締の文章を普通に読むとかぐや姫=馬締という比喩になる。香具矢に対する恋愛に陥ることさえなければ、私はこれほど辛い思いをせずに済んだのに。

    

その場合、(特別な女性)=(普通の男性)ということになるけど、私は、かぐや姫=香具矢と考える方が自然だと思う。どちらも特別な女性で、名前の音も一致してるのだから。

    

ただし、かぐや姫=香具矢という解釈だと、「馬締による漢詩の引用」の意味は複雑になる。例えば、こんな感じの解釈。

  

あなたに対する私の思いはあまりにも強い。だから、あなたもきっと、私から遠ざかってることを残念に思ってるはずだ、と私は思いたいのです。私の勝手な想像で、あなたに申し訳ないし、お恥ずかしいのですが」。

    

  

☆追記: 河合康三選訳『李商隠詩選』(岩波書店、p.212)をチェックしても、残された男の思いが強調されてた。「眠れぬ朝を迎えるのは、一人のこされた男。去っていった女は今や月の世界。彼女もまた限りない孤独を覚えているだろうと思いを馳せる」。)

   

   

     ☆   ☆   ☆

要するに、あなたも私のことが好きでたまらないと、私は思ってしまいます♪ ゴメンナサイ (^^ゞ・・ということ。小説内の漢詩の解釈としてどうかはともかく、そうゆう恥ずかしい思いを持ったことがある人は多いはず。私も含めて♪

   

なお、今週は計13777字で終了。それでは、また来週。。☆彡

    

     (計 2270字)

   (追記136字 ; 合計2406字)

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驚きと感動の意味の感嘆詞「うひょっぐ」♪、出典(初出)は小説『舟を編む』(連載時2009年)&がら空きジム2

(13日)BIKE 46.3km,1時間30分03秒

平均心拍 122,最大142,マシン表示 2046kcal

心拍計表示 610kcal(脂肪 238kcal)

     

移動 JOG 4.5km,31分,135kcal

WALK 1.3km,12分,1600歩

    

      

              ☆   ☆   ☆

馬締・・じゃなくて真面目にレビューしてる余裕はないから、連日の小ネタでお茶を濁すことにしよう。久々に毎週見てる連ドラ、NHK『舟を編む』の第9話。

  

香具矢(美村里江)がみどり(池田エライザ)に話した、馬締(野田洋次郎)との馴れ初めシーン。香具矢が猫を見つけて抱いてると、馬締が探しにやって来る。

    

 香具矢 「迎えに来てくれたんだ♪」

 馬締  「うひょっぐ・・☆♡」

   

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月夜に突然、神秘的な美女が現れて、(猫を)「迎えに来てくれたんだ」と微笑みかけて来る。男なら誰でも、誤解をまじえて「うひょっぐ」と言うところ・・・ではないね(笑)。そんな感嘆詞、見たことも聞いたこともない。

    

ちなみに昨日、みどりに宮本が告白するシーンについて書いたけど、あのシーンはこの香具矢&馬締のシーンを反復する形になってた。左上にキレイなお月さま。そして、月の方向に微笑む女性に見惚れる男性。

    

仲をとりもってくれたのは、猫と紙(笑)。つまり、それぞれの男にとって、大切な物。

    

   

     ☆   ☆   ☆

で、その「うひょっぐ」。この作品とも関わりがある有名な辞書編集者、飯間浩明が以前、誤解して、うひょっぐは原作にないとかXに投稿。それがいまだにGoogle検索で上の方にヒットしてしまうけど、完全な間違いで、本人も指摘されてすぐ認めてた。

   

仕事内容を考えると、かなり恥ずかしい失敗だろう♪ 原作小説の序盤ですぐ出て来る台詞を見落として、ハッキリ間違った情報を拡散してしまったのだから。

 

三浦しをんの小説『舟を編む』の単行本(2011年)だと、p.39で登場。光文社文庫(2015年)では、p.50。

    

状況はドラマとほぼ同じだけど、「迎えに来てくれたんだ」という台詞は、「うひょっぐ」の後で登場。しかも、「うひょっぐ」の直前に、馬締は「迎えにきたよ」と話してる。小説の方が、自然で現実的。ドラマの方が、ドラマチック♪

    

   

     ☆   ☆   ☆

驚きと感動の意味を表す感嘆詞or間投詞「うひょっぐ」。「うひょっ」と「ショッキング」の合成語とも考えられる。

    

Google検索で期間指定を使って調べると、少なくとも小説の連載前(2009年の秋以前)には全く見当たらない。と言うより、2016年ネットで初めて使われた例は、2017年かも。ほとんどヒットしないのだ。

  

だから、初出の出典はほぼ間違いなく、小説の連載時(2009年・秋、光文社の雑誌『CLASSY.』)。GoogleのAI、Gemini 2.5 Flashにも確認して同意してもらった♪ Googleで単なる検索もれは考えられないとのこと(笑)。自信を持ってて、いいね。

   

面白い造語なのに、発表後も長くスルーされてた「うひょっぐ」。可哀想だから、私が今後ブログで使ってみようか。2回くらいは♪ 少なっ!

   

英語なら「uhyogg」かな?(笑)。海外の方、珍しい japanese interjection(日本の感嘆詞)として、拡散よろしく! 馬締じゃなくて、香具矢の写真やイラストとかと組み合わせて、ミームを創作するとか。

   

   

☆追記: ネット情報の通り、最終回香具矢が馬締に「うひょっぐ」と言ってた♪)

  

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    ☆   ☆   ☆

一方、単なる小市民アスリートの方は、昨日もお盆でがら空きのジムに行って来た。私自身はまだお盆休み前の仕事に追われてる最中 (^^ゞ 想定外のアクシデントにも見舞われて、苦戦してるけど、ジムには行かなきゃいけない(義務)。

    

またまた1時間半のバイクだけで終了。距離もほとんど同じで46.3km内容は、9で1分、10で1分半、11で26分半、12で53分。さらに、レベル13で5分、14で1分回して、最後はレベル12で2分。かなり工夫したけど、まだお尻が痛くて辛い (^^ゞ サドルが硬すぎるし、形も私のお尻に合ってない気がする。

    

他に、移動ジョグ4.5kmウォーキング1.3km。いまだにお尻の痛みが消えない中、今日はそろそろこの辺で。。☆彡

  

  

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     (計 1720字)

  (追記39字 ; 合計1759字)

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スマホ依存症の風刺画、携帯に顔が吸い込まれる加工写真、元ネタ作品は若手写真家アントワーヌ・ガイガー(Antoine Geiger)

昨日(2025年8月9日)たまたま、Yahoo!に配信されてたMerkmal(メルクマール:目印、特徴)の記事が目に留まった。

   

"「駅でスマホをいじる」ってそんな悪いの? 風刺画が巻き起こしたSNS論争、97%普及の現実を考える"

     

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ごく簡単にまとめるなら、X(旧 twitter)では、駅のスマホは悪くないと言われてるし、自分もそう思う、といった感じの内容だ。執筆はフリーライター、猫柳蓮。

    

かなり力の入った理屈系の記事だけど(orだから)、ネット民のリアクションが恐ろしく少ない。丸1日以上経った今現在でも、「学びがある」が1、「わかりやすい」が1、「新しい視点」が4。

   

ただ、そのわりにコメントは59件ついてる。要するに、ごく一部の人に注目されてるということ。私は、その風刺画を見たくなったので、ちょっと懐かしい投稿まとめサイトTogetter(トゥギャッター)をチェックしてみた。

    

    

    ☆   ☆   ☆

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駅のホームで、4人がスマホを見てて、手前のわりと若そうな3人の顔と髪の毛が、スマホまでビヨーンと伸びて融合してる。それに対して、一番手前のやや年配の男性だけは、空を見上げてる。

   

単なる生成AI作品ではなくて、本物の写真を加工したものらしい。一応、被写体5人のプライバシーとか肖像権も考慮した形になってる。

  

この画像の投稿に対して、ある人が批判的に返信。「電車の待ち時間という人間が持て余す傾向にある時間を、便利な道具使って連絡や情報にあててるだけなのに、現代を風刺すれば知的な人間を装うことが出来ると勘違いした変な人に変な加工して晒されるこの人達可哀想すぎて涙が止まらない」。

    

内容も文体も、いかにもSNS的な文章で、多少の賛同が集まってる。そして、元の元のオリジナル作品までたどって語る人が(ほとんど)いない辺りも、SNS的な傾向。

  

実際、今、私がYahoo!のリアルタイム検索で「Antoine Geiger」と入力すると、投稿は一つもヒットしなかった。外国語まで遡る投稿が極端に少ないのも、日本の(?)SNSの特徴と言える。今回と同様、ゼロのことが多いのだ。

   

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カタカナで検索しても、わずか3つのヒットで、今回の話と関連する2つはどちらも日本のサイトの過去記事を引用。

   

    

     ☆   ☆   ☆

では、SNS以前から続くマニアック・ブログが、作品のルーツをフランスまで辿ってみよう。

    

まず、上の写真それ自体は、日本の写真家がインスタグラムで2020年に投稿したもの。それが最近、他人によってXに転載されたということ(おそらく無断で)。

   

「smartphone addiction」(スマホ依存症)、「Tokyo tower」と書かれてて、他の投稿より遥かに多い2.2万のいいねが付いてる。ちなみにアカウント名は、私が加工で消しておいた。東京タワーも見ずに、多くの人が手元のスマホばかりを注視してる様子。

     

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このコメント382件のほとんどは、海外からのものだから、海外に拡散したようだ。それは、この写真が有名な東京タワーのそばのものだし、元ネタであるオリジナル作品が既に海外で流通してたことも影響してるはず。

     

実際、コメント欄には、盗作を批判するような内容もかなり入ってた。それらのコメントは削除されてないけど、管理人はそれらに対して返信せずにスルー。好意的なコメントにはかなり返信してるので、管理人が批判を意識してるのは確実。

    

おそらく、確信犯というか、信念を持った行為・反応だと思う。芸術作品というものの要素は、この程度なら自分の作品に使用してもよいものだし、わざわざ元の作者の名前を挙げる必要もない、ということか。相手はまだ若手で海外の芸術家みたいだし。

    

    

     ☆   ☆   ☆

で、元ネタは、フランスの写真家 Antoine Geigerの作品。「Sur-Fake」と題する、10年ほど前のシリーズらしい。以前は、個人サイトを運営してたけど、今は削除してるのか、インスタグラムが目立つ程度。

    

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上の2020年の投稿は、ドイツの建築雑誌「Arch+」(英語版の特集号)に自分の作品がいくつも大きく掲載されたことを、喜んで告知するもの。それなりの雑誌にかなり掲載されたのに、いいねは154に留まってる。

   

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日本の類似投稿の100分の1もついてない辺りも、何ともSNS的な現象。少なくとも、日本の投稿から元ネタまで遡った人がほとんどいないことを表してる。

    

   

     ☆   ☆   ☆

最後に、スマホ依存症について。最初のトゥギャッターの反応を見てると、本や新聞と同じだろうとか書かれてたけど、全く違ってる。

   

歩きスマホや運転スマホは大勢いるけど、歩き読書や運転新聞はほとんど無い。一晩中、スマホに夢中になる若者は多くても、読書や新聞で一晩中、夢中になる若者はほぼゼロ。

   

あえて言うなら、例えば昭和後半のラジオが少しだけ似てるけど、ラジオは視線を奪わないし、夢中さの度合いも人数もかなり違ってる。

     

場所も状況も踏まえず、非常に多くの人が、手元の小さな画面だけに夢中になってしまう所が問題なのだ。特に、実際にはゲームをする人も多いから、両手もスマホに取られてしまう。

  

ちなみに私自身は、電車の座席でタブレットを見ることは多いけど、駅のホームで立ったままスマホやタブレットを見ることはほとんど無い。たとえ、ホームドアが設置されてるとしても。歩きスマホや運転スマホは全くやらない。

    

ゲームもほとんどやらない。わりと好きだけど、あるいは好きだからこそ、意識的に避けてる。マイナスが大き過ぎるし、別に時間を持て余すこともほとんど無いから。

    

   

     ☆   ☆   ☆

なお、国際的な精神疾患の診断基準だと、ICD11(国際疾病分類)でゲーム障害が採用されたけど、スマホ依存症はまだ無し。米国精神医学会のDSM(精神疾患の診断統計マニュアル)にもまだ採用されてない。

   

ただ、ネット検索すると、日本の医療関連サイトでスマホ依存症に触れてる所は少なくない。世界的にスマホの見直しの動きが出て来てるし、スマホの功罪や長所・短所についてはあらためて考え直す余地が大きいと思う。各ユーザーの使い方次第という考えで済ませて良いのかどうか。

      

とりあえず、運転中のスマホはもっと厳しく取り締まるべきだろう。自転車も含めて。実際には、今でもよく見かけるし、非常に危険なので。

  

なお、今週は計15109字で終了。それでは、また来週。。☆彡

    

     (計 2635字)

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「恋愛」という言葉の語釈(辞書的意味)と恋・愛・異性、大渡海、広辞苑、大辞林、大辞泉~『舟を編む』第2話

個人的に今、レース直前だから、ドラマ見たりレビューしたりしてる場合じゃないんだけど、この辞書作りの作品は面白いから、またちょっとだけマニアックな感想を書いとこう。

  

ちなみに前回の感想は次の通り。今のところ検索アクセスに無視されてるけど、私自身はかなり気に入ってる♪ 独自の妙なこだわりを「愛」してるかも(笑)。自己愛か。

   

 「右」という言葉の説明、「(東の)朝日を見ながら泣いた時、

 (南の)風に吹かれて先に涙が乾く側のほっぺた」~『舟を編む』第1話

   

   

     ☆   ☆   ☆

さて、NHK『舟を編む』第2話は、「恋愛」(言葉、行為・状態)中心にしたエピソードだった。脚本・蛭田直美、演出・塚本連平。

    

すぐ思い出したのは、このブログで10年前に書いた「恋」の記事。

     

 「恋」という言葉、辞書的意味の比較~新明解・三省堂・岩波・明鏡国語辞典など

   

ポイントの部分だけ、自分で引用しとこう。

  

「やっぱり、恋と愛は違うし、恋と恋愛もちょっと異なる。本質的に不安定、不完全だからこそ、恋は心ときめくものなのだ。恋とは、軽い欲望を明るく示す言葉。そして欲望とは、存在しないものを求める思いのことだ。」

    

不安定、不完全、存在しないものを求める。これらは全て、今回のドラマの核心にもなってた。

   

   

     ☆   ☆   ☆

番組のラスト近く。岸辺みどり(池田エライザ)が、自分で考えた「恋愛」の語釈(辞書的な意味)をホワイトボードに書く。毎回、このパターンで一つの単語を中心にするのかな。新しい中辞典『大渡海』の編集作業として。

     

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恋愛  特定の二人の互いへの思いが、恋になったり愛になったり、時に入り交じったりと、非常に不安定な状態

    

辞書編集者として、「感情論ではない根拠」を元にした、「異性を外しても成り立つ語釈」を目指してる。

   

とはいえ、自分の元カレとの思いを、「あきらめて あきらめて あきらめて」考え出した語釈。「明らかにして 断念して 心を明るくして」、その直後の語釈。「非常に不安定」という言葉とか、ちょっと個人的すぎるから、推敲(すいこう)作業で洗練されるはず。

    

   

    ☆   ☆   ☆

ところで、このドラマの同名の原作小説(三浦しをん)は、2009年から2011年にかけての連載(光文社のファッション誌『CLASSY.』)で、ドラマの現在の年代設定は2017年。

    

この2017年というのはちょうど、日本の辞書の「恋愛」の説明が変わり始めた時期らしくて、代表的な中辞典『広辞苑』(第7版)の発売の前年になる。

    

ドラマの中での広辞苑の説明には、「恋愛」の冒頭にいきなり「異性」という言葉が書かれてた。現在の第7版を調べても、まだその点は改訂されてない。「(love の訳語)男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい。」。

    

ただ、「恋」の説明なら、少し変更されてた。「特に、男女間の思慕の情」とされてたのが、「(特に男女間の)思慕の情」に変わってる。男女という要素を丸カッコに入れてるのだ。

    

つまり、男女とか異性という要素を薄めてるわけで、次の広辞苑の改訂(第8版)だと、「恋愛」の項目でも男女がカッコに入れられるかも。

  

   

     ☆   ☆   ☆

そうした話は以前、朝日新聞の夕刊記事(2021年4月7日)で読んで、覚えてた。「[女]とは [男]とは 辞書も省みる」。恋や愛に限らない、もう少し広い視野の内容。

   

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小ぶりの記事だけど、4人の記者の連名だから力が入ってる。才本淳子、田中章博、杢田光、田中ゑれ奈。女性2人、男性2人という、細かい配慮。

   

やっぱり、独自路線で人気の三省堂『新明解国語辞典』が、多様性や少数派への配慮の時代に素早く対応してるようだ。

    

   

     ☆   ☆   ☆

三省堂の中辞典『大辞林』でも、2019年の第4版を見ると、既に「恋愛」の説明や用例から、「男女」や「異性」が消えてた。「互いに恋い慕うこと。また、その感情。ラブ」。

   

小学館の中辞典のネット版、『デジタル大辞泉』でも、「恋愛」の説明・用例に男女や異性は入ってない。「特定の人に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、互いにそのような感情を持つこと」。

    

まあでも、同性愛に対して「恋愛」という言葉を使うケースはまだかなり少ないと思う。それは、ドラマでも言われてたけど、「同性愛」という特別な言葉が別にあるからかも。

   

   

     ☆   ☆   ☆

本当は、恋愛と恋、愛の細かい関係についても書きたかったけど、もう時間が無くなったから、あっさり終わりにしよう。

   

準備が無駄になってしまうけど、「あきらめる」しかない。自転車のヒルクライム(山登り)レースでしか会えない、キツイ「激坂」に、「恋」して「愛」してるから。慕うというのはちょっと違うけど♪

  

それでは今日はこの辺で。。☆彡

    

     (計 1930字)

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