梅崎春生『飢えの季節』(23共通テスト)、全文レビュー~戦後の日常・欲望・幻想をユーモラスに描くエッセイ私小説

いきなり個人的な話で恐縮だが、私は市民ランナーなので、ダイエットが必要になる。しかし、ずっとストイックに我慢するのは難しい。昨日も、昼食は抜いたが、夜になって小説の全文を読みながら一気に3食分も食べてしまった。

     

・・・というのは自虐的な軽口で、私に関する事実だ。食べてるだろ!、我慢してないだろ!、とか突っ込みたくなる。2023年・共通テスト・国語・第2問で扱われた梅崎春生(うめざき・はるお)の短編小説「飢えの季節」も、基本的にはそういったトボけた内容なのだ。

     

例えば去年の共通テストの黒井千次『庭の男』みたいに、全文を読むともっと小説らしい異常で劇的なものが描かれてるのかと予想してたが、全く違ってた。最初から最後まで、微笑を誘うような軽妙なエッセイ調の文章が続く。

   

ただ、これが単なるエッセイとかコラムではないのは、長くて詳細な描写で、最低限の一貫した物語(ストーリー)があって、やや分かりにくい非日常的な文学的表現も含んでるから。ストーリーとは、新しい職場に入って辞めるまでの、飢えと食べ物を中心としたエピソードの流れ。

    

   

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それでは、全文を簡単にレビューして行こう。批評というより、文字通りのレビュー、見直すこと。ネット上に(ほとんど)見当たらない正確な書誌情報を含む、長めの個人的感想。

      

私が使ったのは、小説の初出の雑誌である『文壇』第2巻・第1号(前田出版社、1948年・昭和23年1月)と、『梅崎春生全集・第2巻』(沖積舎、1984年・昭和59年)。雑誌は、国立国会図書館デジタルコレクションのデジタル画像でネット閲覧した。

  

なお、共通テスト実施直後の1月15日に、問題文などに関する記事はアップしてある。ただし、その時点では、小説全体の終盤の5分の1しか読んでなかったことになる。

      

 誰が、何に、どれほど飢えているのか?~梅崎春生『飢えの季節』(初出『文壇』2巻1号、2023年・共通テスト・国語)

    

   

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まず、国会図書館のサイトで検索してもなかなか到達できなかった、掲載雑誌の小さなサムネイル画像をお見せしよう。なぜか、この号の画像だけ表示しにくかったが、出版社名を入れて検索し直すとようやく出て来た。

  

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これだけ小さい画像だと全く見えないが、実はこの表紙には、鉛筆らしき書き込みがある。数字と英語で、意味不明。それだけを見ても、かなり限られた読者層を対象にした文芸雑誌だろうと想像できる。戦後の混乱期だから、紙にも不自由して、メモ代わりにしたのかも知れない。

     

雑誌の価格は2円。小説本文の記述と合わせると、現在の貨幣価値なら100倍~200倍、200円~400円くらいだろうと推測。現在の文芸雑誌より安いのは、中身が少ないからと考えれば納得しやすい。

   

最後の編集「後記」には、「創刊以来始めての創作特集」と書かれてた。細かい話だが、「初めて」ではなく「始めて」。当時の漢字の使い方だろうか。後記の最後に、「最近の出版事情の不振」とたたかうと宣言してるが、残念ながら2年間しかもたなかったようだ。2年も頑張った、と言うべきかも知れない。

     

最後の後記と出版情報までで、全体は81ページ。梅崎の小説は、60ページから80ページまで、21ページ。最初だけ、原友木(はら・ともき)によるカット(イラスト・挿画)が付いてる。可憐な花の絵で、主人公の「私」が住んでる田舎のイメージだろうか。「私」自身は、その花に似た感じはしない。画家自身は、名前で検索してもなかなか情報がヒットしなかった。

    

前の記事で指摘しておいた通り、雑誌の目次では、「飢の季節」と書かれてる。「飢え」でも「飢ゑ」でもなく、「飢」。ただ、なぜか本文の冒頭の題名は「飢ゑの季節」になってた。正確には、「飢」と「節」は旧字の漢字。作者名の「梅」も、右下が「母」になってる字体。

   

後の全集では、中盤の235ページ上段から255ページ上段まで。偶然なのか必然なのか、雑誌と同じく全21ページとなってる。ただ、ページごとの内容・区切り方は違ってたから、完全に合わせてるわけではない。内容が一字一句、一致してるのかどうかはチェックしてないが、ほとんど同じなのは間違いない。漢字の字体は違ってる。

   

   

      ☆     ☆     ☆

続いて、小説全体の内容について。共通テストの問題文冒頭では、「第二次世界大戦の終結直後、食料難の東京が舞台である」と書かれてる。間違いではないが、ややミスリーディングな(誤解を招きやすい)説明だと思う。というのも、食料自体は一応あるからだ。

      

戦争で食べ物が不足してるのは事実だが、主人公の「私」の周囲にはかなりの食べ物やお店がある。どこにも食べ物がなくて焼野原をさまよい歩くイメージとは全く違う状況なのだ。

  

では、なぜ彼は「いつも空腹」(問題文冒頭の説明)なのか。それは、食べ物を買うお金が無いからなのだ。私は前の記事のタイトルに、「誰が、何に、どれほど飢えているのか?」と書いた。主人公は、確かに食べ物に飢えてるが、その原因はお金が無いから。お金に飢えてるのだ。

    

その意味では、主人公の飢えに、戦争は直接的には関係ない。お金が無くて食べ物を買えない状況は、21世紀・令和の現代日本でも少なからずあることだ。特に去年(2022年・令和4年)からの物価高騰は、格差社会の下側の食事に深刻な影響を与えてる。

   

   

      ☆     ☆     ☆

では、なぜ主人公「私」にはお金がないのか? もちろん、戦後だから困ってる人は非常に多かったはず。仕事や職場も、無くなったり、制限させたりしただろう。

  

「復員後ただちに上京してみると、私がつとめていた会社のあたりは焼野原になっていて、焼け残ったくさむらの中で蟋蟀〔こおろぎ〕がないているだけであった。社はどこに行ったのか判らなかった。こんな具合で私はうやむやの中に失業したのであった」。

  

これが筆者・梅崎の事実なら、会社は東芝ということか。検索をかけると、確かに東芝(当時は東京芝浦電気)の主力工場が戦争末期の空襲で壊滅的な被害を受けたという情報がヒットする。

    

  

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しかし、小説を読む限り、もしその気になれば、お金の問題はそれなりに何とかなりそうな感じなのだ。まず、上京してアパートを借りるだけでもお金を持ってたことになるし、新聞も読んでて、給料をもらう前から片道2時間の電車通勤を続けてる。多めの交通費は持ってるらしいのだ。往復の交通費だけでも、1食分か2食分の食費にはなるだろう。

   

そして決定的なのは、「失業したのであった」と書いた直後に一言だけつぶやいてること。「そして二箇月ばかり売り食いしてあそんだ」。あそんだのか!、と突っ込みつつ、私はつい笑ってしまった。この辺り、明らかにウケを狙った流れを作ってる。さんざん事細かく、飢えの苦しみを書いた後、

  

「失業したのであった。そして・・・あそんだ。だから金銭的な意味では、私は貧窮の底にいたのだ」。

  

漫才のボケのような言葉のつなぎ方になってる。横の相方が、「あそぶなよ!」と突っ込む所だろう。

   

この独特のボケの流れは、肝心の食事の描写にもある。彼の表現だと、「一食」というのが僅かな量の食事で、「二食」「三食」が沢山の量らい。職場近くの食堂で1ヶ月に食べる全体量は、「登録票」で決まってるから、自分はいつも一食だけで我慢して空腹だ。そう強調しつつ、よく読むとこう書いてる。どうもやっぱり、もっと食べてるような気もするのだ。  

     

「私はこらえきれなくて、二食分を買って食べたこともしばしばあったのだ。しかしそうすれば、必ず昼か晩を抜かねば勘定があわぬ筈だった。それがどんなに辛いことであるか、私自身が一番よく知っていた。だから歯をくいしばっても一食分なのであった。このきびしい戒律を自分に課しているつもりでいても、私の登録票はいつも先の日までくいこんでいたのである」。

   

この話を現代の女の子のダイエット話に直せば、こうなるだろう。「ダイエット、きつ~い! 我慢できなくて、やっぱ食べちゃうこともあるんだ。でもそれだと体重が増えちゃうから、必死にいつも我慢してるわけ。まあ、結局、体重は増えてるんだけどね」。

     

食べてるだろ!、と突っ込みたくなる。実際、登録票の一ヶ月分を早めに食べきったとしても、どうも逃げ道が色々とあるようなのだ。まず、遥か遠くの食堂に行かなくても、家主からまとめ買いして自宅に備蓄してる芋を食べれば済むらしい。

  

15円で1貫目(3.75kg)。150倍すると2250円だから、今現在(令和)の値段とほぼ同じ。たまにはタダで芋を御馳走してもらえることもある。家主の保守的で反共産主義的な話に相槌を打つだけで。「私はひとかけらの芋のために、思想をすら売りわたしたといってもよかった」。この言葉、文脈的には全く重みがない。おそらく誇張表現で笑いを誘ってる。真面目な左翼、共産主義者でもないはず。

     

実際すぐ後で、自分(梅崎春生)の先輩にあたる作家T・Iに対する主の悪口にも話を合わせると書いてた。「やはりひとかけらの芋のために、私は芸術家のたましいも売りわたしてしまったものらしかった」。

  

これはもう明らかに、文芸仲間に向けた大げさなジョークだろう。当時の読者はみんな、T・Iが誰なのかも分かるから、余計に笑えるのだ。おそらく、稲垣足穂(いながき・たるほ)。雑誌の目次の右側に、著作『桃色のハンカチ』の広告まで載ってる(序文は江戸川乱歩)。

  

有名な先輩に対する悪口に相槌を打ちつつ、タダで呑気にイモを食べてる梅崎のとぼけた姿を思い浮かべて、読者は微笑むのだ。T・Iに対する主の悪口も過激。「もっとも役に立たぬ人間」、「あんなのが芸術家だというんかね」、「読んだことはないけんど、どうせろくな小説じゃあんめえよ」。

  

ちなみにT・Iは、「私」の前の住人で、食事付きの恵まれたアパート契約。それに対して、「私」は食事なしの貧しい契約。T・Iでさえバカにされてるということは、私はもっとバカにされてることをも意味してるのだ。この辺り、よく読むと、自虐的なユーモアに満ち溢れてる。

    

話を食べ物の調達に戻すと、芋もあるし、芋を買うお金もある。さらに本当に困ったら、家主の芋を盗むとか、近くの柿を盗むこともできて、実際たまにやってるのだ。盗みに、やり切れない感じがあると言いつつ、深刻な反省は感じられない。というのも、内心の葛藤や苦悩の何倍も、盗んだ食べ物の魅力を書き連ねてるから。

  

泥棒の話の最後も、明らかにふざけた文章になってる。柿の持ち主が、最近、柿が誰かに盗まれてるという話を「私」にするのだ。「『あんたもな、そんな奴めっけたら、遠慮なくしょょぴいて呉んろよな」(注.原文のまま) 私はだまってうなづいた。うなずくより手がないではないか。私はそのとき、お猿みたいにまっかな顔をしていたに違いないのだ。」。

  

反省というより、ヤンチャしたネタを武勇伝にして面白おかしく話してる印象だろう。

    

   

      ☆     ☆     ☆

結局、食べ物に飢えてるのは、お金がなくて、お金に飢えてるから。しかし更に、なぜお金に飢えるのかというと、小説の内部には書かれてないことが原因だろう。既に酒を飲んでカロリー摂取してる可能性もあるが、そこは時期的に確認できてないので保留しておく。

     

それより、この小説自体も含めて、小説の執筆に時間と労力をかけてるからだと思われる。準備となる長い空想も含めて。辞めるまでに会社で働いた期間は短いし、通勤時間を除けば、勤務時間も短め。日曜もヒマ。そもそも、会社に入るまでは遊んでるし、会社もすぐ辞めてる。

    

ということは、創作も含めて、空想・虚構・フィクションに飢えてると考えることも可能。実際、この小説には空想・夢想・幻想の類が最初から散りばめられてるのだ。冒頭、朝の目覚めの描写はこうなってる。起き上がる前に空腹で目覚めて、布団の中で色々と思い浮かべてるらしい。

  

「もはや眼覚めたそのときの私の想像に入ってくるものは、先ず白いご飯にあたたかい味噌汁をそえた朝食の幻想であった。・・・ごはんはつぶつぶに真珠のように光っていた。・・・豚肉の煮たものや秋刀魚の焼きたて。・・・鰻の蒲焼・・・」。

  

一連の空想が終わっても、またすぐ始まる。「乳首を唇から外した幼児のように、私はあわてて次の聯想の乳房にしゃぶりつく。また新しい知が湯気や匂いをたてながら、私の幻の食卓に置かれるというわけであった」。

   

  

     ☆     ☆     ☆

具体的な食べ物の空想を見ても、どうも彼はわりと美味しい物を選んでるような感じで、何でもいいからとにかく空腹を満たしたいという感じでもないのだ。「美味しい食べ物」に飢えてる。それは、小説執筆についても言えることだろう。美味しい小説を書きたい。だから実際、この小説も美味しい内容になってる。戦争の悲惨さや残酷さよりも、平凡な市民の食欲の欲深さ。

     

なお、上の乳首の表現の他にも、性的な表現が2ヶ所ある。「食物の幻想のオナニー」。「しょっちゅう見かける顔のひとりに二十歳位の若い女がひとりいて・・・いつも青いもんぺを穿いていたが、どういう訳かそれが少し破れていて、下着をつけていないのか裸の尻の一部分がむき出しにのぞかれた。いつまで経っても縫う気配もなかった」。

      

精神分析的に、性的欲望を中心に解釈し直すことも可能かも知れないが、さすがにこれだけでは素材が足りないだろう。美味しい性的対象に飢えてるというのも難しい。ただ、まだ若い男性の一人暮らしだから、女性に飢えてるという側面は十分あるはず。

  

少なくとも、悲惨な戦争でみんな食べ物が無くて飢えに苦しんでた・・というような悲しい歴史とは程遠い、軽い語り口の滑稽な小説だった。人によっては、あまりに悲惨だからこそユーモアでまぎらわせるしかなかったと受け取るのかも知れないが、この作品に限っては、日常のユーモラスな観察・表現の方が本質だろう。別の作品なら、戦争の生々しい話も色々と書いてるとの事。

    

   

     ☆     ☆     ☆

いつの間にか6000字も書いてしまったので、もう終わりにしよう。なお、私が一番笑ったのは、職場の先輩の女性・長山アキ子との英語論争。アキ子は「わざわざ自宅から物すごく大きな英和大辞典を・・・あの満員電車にもまれながら抱えて来」て、私を言い負かしたらしい。

   

東大卒の作家の梅崎を力づくで言い負かす、大辞典持ち運び女。これまた只者ではないし、大辞典を買うだけのお金は確保してたのだろう。弁当は「小さな芋のきれはしだけ」で我慢しつつ、争議のリーダーになって会社を解雇されるような側面も持ってた。

  

ともあれ、今日のところはこの辺で。。☆彡

    

       (計 5944字)

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パズル「漢字抜け熟語」の解き方2、三字・四字・五字熟語(難易度5、ニコリ作、朝日新聞be、23年1月14日)

朝日新聞・朝刊、土曜別刷beのパズル(ニコリ作)については、今まで多数の記事を書いてますが、「漢字抜け熟語」については5年前(2017年)に1本書いただけでした。

    

ところが、一昨日(2023年1月14日)から今日にかけて、その昔の記事にかなりの検索アクセスが入ってます。そこで問題を見ると、なるほど、言葉の数も多いし、内容も難しいですね。

   

私は、ネット検索を100回くらい使って解きましたが、1時間半くらいもかかってしまいました。引っかけみたいな落とし穴も、いくつも入ってます。もう丸2日、経ってますが、せっかく解いたので、久しぶりに記事にしときましょう。

    

   

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上図が今回の問題。著作権を守るため、わざと読めないくらいに縮小してます。横に7個、縦に9個並んでるので、全部で63コも漢字の熟語が並んでます。しかも、漢字が1つも書かれてない熟語も21コあるので、確かに難易度5(☆☆☆☆☆)のパズルでしょう。

   

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上は、私が解いた様子。文字は読めないでしょうが、すべて赤い字で書き込んでるのが分かると思います。何ヶ所か、間違って訂正してるのも分かるでしょう♪ 四字熟語の「〇〇四〇」と、五字熟語の「〇〇〇〇郎」は、思い切り間違えて、ムダな時間を使うことになりました。

   

  

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解き方は色々ありますが、ここでは右下から始めてみます。右下の2つは、五文字の内、三文字が分かってるから、解きやすいのです。

  

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まず、「46 家 52 務員」。つまり、〇家〇務員の形の五字熟語。これはもう「国家公務員」で決まり。46 の漢字は「」。52 の漢字は「」。

  

その上は、「水 25 両用 40」。つまり、水〇両用〇の形の五字熟語。これは「水陸両用車」か「水陸両用機」のどちらかなので、25 の漢字は「」ですが、40 の漢字は「車」か「機」のどちらか分かりません。引っかけ問題の1つ。

   

   

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ここで、46の漢字が国だと分かってるので、少し左上にある四字熟語「2 間 46 宝」(〇間〇宝)も分かります。〇間国宝だから、人間国宝。ということは、2 の漢字は「」。

  

ここでもう、応募用の答の漢字(1と2)の内、片方が分かったので、カンのいい人なら 1 の漢字も気付くかも知れません。新春特集のパズルだから、1 と 2 で出来る二字熟語はおそらく、新年らしいものでしょう。

   

でも、やっぱり全部、解きたい人が多いはず。そうすると、次に分かりやすいのは、すぐ上の「59 25 移 39 説」。25は陸だから、〇陸移〇説。この五字熟語は、大陸移動説ですね。だから、59 は「」。39 は「」です。

   

この次にすぐ分かるのは、右上の「52 民権 17 39」(〇民権〇〇)。ただ、このサイトではなるべくネタバレにならないようにしてるので、いつものように、ここでしばらく記事を中断します。

    

次の更新(アップデート)は、今日(16日・月曜)の夜の予定です。ではまた後で。。

    

  

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はい。夜になったので、少し先に進みます。52 は公、39 は動だから、右上は公民権 17 動。公民権運動ですね。だから 17 は「」。

  

また、左下の三字熟語「52 31 書」(〇〇書)は、公〇書だから、おそらく公文書。たぶん 31 は「文」でしょう。これだけだと間違ってるかも知れませんが、右側の五字熟語を見ると合ってることが分かります。

   

31 20 高島 26」(〇〇高島〇)。31が文だとすると、文〇高島〇。文金高島田ですね。和装の花嫁さんの髪型。だから、31 は「文」で決定。20 は「金」26 は「」です。

  

さらに、左上の三字熟語「部 50 39」(部〇〇)は、部〇動だから、おそらく部活動。だから、おそらく50 は「活」です。

  

試しにそう考えてみると、右下の五字熟語「35 者復 50 13」は、〇者復活〇。敗者復活戦ですね。ということは、50 は「活」で決定。35 は「」、13 は「」。

  

今日はこのくらいで止めときましょう。次の更新は、明日(火曜)の夜の予定です。ではまた。。

   

        

      ☆     ☆     ☆

では、火曜の夜になったので、もう少し進みましょう。敗者復活戦の少し左上の四字熟語「35 13 投 38」(〇〇投〇)は、敗戦投 38 なので、敗戦投手。38 は「手」です。

   

また、敗戦投手の右の「35 北 30 義」(〇北〇義)は、敗北〇義なので、たぶん敗北主義でしょう。だから、おそらく 30 は「主」

 

その予想が正しいなら、左下あたりの三字熟語「30 1 分」(〇〇分)は、主 1 分になります。ところで、応募用の答は「1 人」で、新春に関係するもの。これでかなり 1 の漢字が分かりやすくなってますが、ここでは保留しときましょう。

  

右側の五字熟語に戻ると、40 は「車」か「機」でしたが、右上あたりに「40 能 51 57 品」(〇能〇〇品)と書いてます。「車能」という言葉はないので、「機能」でしょう。だから 40 は「機」。そして、その熟語は機能〇〇品。たぶん機能性食品だから、おそらく 51 は「性」、57 は「食」でしょう。

   

まだ少しアクセスが続いてるので、明日(水曜)の夜、もう少し書き足すことにします。ではまた。。

    

   

     ☆     ☆     ☆

はい。水曜の夜になったので、最後の更新をします。敗北主義の下の「17 否 6 賦〇否〇賦)は、運否 6 賦だから、検索すると、運否天賦が見つかります。6 は「天」

   

また、左下の三文字「40 48 57」は、機 48 食(機〇食)だから、たぶん機内食。おそらく 48 は「内」

   

最後に、左上あたりの「4 合 13」(〇合〇)は、〇合戦だから、たぶん雪合戦。おそらく 4 は「雪」でしょう。そう考えると、人間国宝の上の4 見障 19」は雪見障〇だから、雪見障子だとわかります。だから 4 は「雪」19 は「子」

   

このくらいでもう止めときます。完成した表を1から順に見ると、なるほど・・と思うでしょう。これも実はヒントです♪ それでは、この辺で。。☆彡    

   

       (計 2401字)

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誰が、何に、どれほど飢えているのか?~梅崎春生『飢えの季節』(初出『文壇』2巻1号、2023年・共通テスト・国語)

☆追記: 小説全体を読んだ感想記事を別に新たにアップした。

 梅崎春生『飢えの季節』、全文レビュー~戦後の日常・欲望・幻想をユーモラスに描くエッセイ私小説 )

   

    

    ☆     ☆     ☆

10年ほど前から、センター試験(現在は大学入学共通テスト)の国語の記事(特に小説関連)を書き続けて来た。

   

その中でも、アクセス数や熟読者数が多い記事が2種類、4本ある。去年(2022年)の黒井千次『庭の男』の記事(試験記事全文レビュー)と、18年の井上荒野『キュウリいろいろ』の記事だ(試験記事全体レビュー)。

      

この2つの小説には共通点がある。普通に問題文だけを読むと正直、あまり面白くはない。前者は変な話で、後者は平凡にも見える。しかし、小説全体を読んだり、深く読み込んだりすると、非常に興味深いのだ。ポイントはどちらも、小説の題名に表れてる。

    

「庭の男」とは誰で、何者なのか? なぜ、庭にいるのか? 「キュウリ」とは何のメタファー(比喩)で、「いろいろ」とはどんな種類なのか? もちろん、そうした考察・分析は、大規模の受験のレベルを超えたものになる。センターや共通テストでは、当たり障りのない「普通」の答を素早く求める力が求められてるのだから。

    

そして、その「普通」とは、基本的には出題者や学校・塾・予備校の教師が決めて、それを素直に学んだ生徒が繰り返していくことになる。コピペ的な再生産。しかしそもそも、小説とか小説家というものは、普通の枠を大幅にはみ出したもののはずだ。

   

その典型が、去年の小説。問題ではカットされたり、スルーされたりしてたが、実は、特殊な性の問題が小説全体で展開されてたのだ。その刺激的な部分を取り除いたのが、試験問題と正解になってた。

  

ちなみに問題・正解・分析は、河合塾の速報ページより。どの予備校・マスメディアでも、夜遅くの22時過ぎになって、ようやく公表。

    

    

      ☆     ☆     ☆

今回の小説「飢えの季節」も正直、普通に読むと面白くはないし、目新しさもない。ロシアがウクライナへ侵攻している現在、戦争の悲惨さを具体的に語ることは教育的に重要だろうが、それだけでは小説独特の価値には届かない。

   

これは私の「個人の感想」というより、かなり多くの感想だろう。ツイッターのネット民たちも、盛り上がってないのだ。せいぜい、主人公の「私」は女性かと思ってたら、実は男性だった・・とかいう感想が目につく程度。

     

戦争または敗戦の直後、食べ物その他、極度に飢えた主人公が、入社後に「夢」を語ってしまって挫折。退職して、新たな生き方へと向かう。問題文の切り取り方や設問、正解から考えると、出題者サイドは、夢や「新たな生き方を模索しようとする気力」(問6)を強調したいようにも見えるが、おそらく元の小説全体は、その逆の内容だろうと想像する。

    

   

      ☆     ☆     ☆ 

例えば、問題文の中央の一文。「・・・ただ一食の物乞いに上衣を脱ごうとした老爺。それらのたくさんの構図にかこまれて、朝起きたときから食物のことばかり妄想し、こそ泥のように芋や柿をかすめている私自身の姿がそこにあるわけであった。こんな日常が連続してゆくことで、一体どんなおそろしい結末が待っているのか。それを考えるだけで私は身ぶるいした。」

   

唐突に現れた、不気味な感じの老爺は、去年の小説なら、庭の立て看板の男(庭の男)に似てる。それは、自分自身の暗い闇の部分を、強調して可視化させる外的存在なのだ。内部の極端な投影としての現実。共同便所の横のうすくらがりで、寒いのに外套もなく、汚れてやせ細った身体で必死に食べ物にすがりつこうとする人間。「人間というより一枚の影」。

   

金儲け主義の会社を辞めた後(問題文の最後)も、「勇気がほのぼのと胸に」と書いた直後、会社についてこう書いてた。「曇り空の下で灰色のこの焼けビルは、私の飢えの季節の象徴のようにかなしくそそり立っていたのである」。

   

そう。会社を辞めた所で、悲惨な現実は目の前に「かなしくそそり立って」いるままなのだ。自らの無力さを感じさせる、強大な負の秩序として。

   

その強大な壁みたいな限界は、自分の中にもあるかも知れない。夢見ることさえ不自由なほど。あるいは、不自由すぎて僅かな夢を見ることしかできないほど。

    

問題文にある夢は唯一、「緑地帯には柿の並木がつらなり、夕昏散歩する都民たちがそりをもいで食べてもいいような仕組」のみだった。空腹で柿を勝手に食べても捕まらない社会。この夢が「都民の共感を得ない筈は」ないと思いこんでたら、会社では散々の悪評。「ただただ私は自分の間抜けさ加減に腹を立てていた」。

    

なお、これがどの程度「私小説」的な実話を含んでるのか分からないが、作家(著者)もあまり夢や勇気に満ちたリアルライフには見えない。「58年ごろからの心身不調に加えて過度の飲酒による肝硬変のため」、50歳で死去。年齢だけ見るなら、ほぼ当時の男性の平均寿命と思われるが、死に方が気になるところだ。アルコールへの飢えは、別の欲望の歪曲だろう。

    

    

      ☆     ☆     ☆

おそらく、小説の全体を読むと、底なしの暗さがさらに確認できると思うので、今年も後ほど別記事で全文レビューを書こうと思ってる。今日は全文が手元にないし、今週は既に制限字数15000字をかなりオーバーしてしまったので、もう止めよう。

       

なお、小説の初出の信頼できる情報がほとんど見当たらないし、問題文には「一九四八年発表」と書かれてるだけだが、おそらく、雑誌『文壇』第2巻・第1号(1948年、前田出版社)だろう。

     

原題は、「飢の季節」らしい。「え」がないし、旧字を使った『飢ゑの季節』(大日本雄弁会講談社)でもない。雑誌の最後に掲載されてることもあり、元のページ数は不明だが、短編小説なのは確実。

   

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マイナーで短命、同人誌的な文芸誌なので、極端にデータが少ない中、他の号の非常に小さいカラー写真なら国会図書館が掲載してた。古書店の一部で扱ってるらしい。

   

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ともあれ、おそらくまた1週間か2週間後くらいに記事を書く予定。今週は計16402字で終了。ではまた来週。。☆彡

 

   

  

cf. 黒井千次『庭の男』全文レビュー~居場所も力も失った高齢男性(家の男)の不安と性的倒錯(窃視症)

 看板の視線への対人恐怖、軽い社交不安障害+限局性恐怖症か~黒井千次『庭の男』(22年・共通テスト・国語

 フィクションとしての妖怪娯楽と、フーコー的アルケオロジー(考古学)~香川雅信『江戸の妖怪革命』(21年・共テ・国語)

 妻、隣人、そして自分・・戦争をはさむ死の影のレール~原民喜の小説『翳』(2020年センター試験・国語

 妻と再会できた夜、月見草の花畑~上林暁『花の精』(2019センター試験・国語)

 自転車というキュウリに乗って、馬よりゆったりと♪~井上荒野『キュウリいろいろ』(18センター国語)

 「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』~17センター国語

 キャラ化されない戦後の人々、佐多稲子『三等車』~16センター国語

 啓蒙やツイッターと異なる関係性、小池昌代『石を愛でる人』~15センター

 昭和初期の女性ランニング小説、岡本かの子『快走』~14センター

 幻想的な私小説、牧野信一『地球儀』~13センター

 鷲田清一の住宅&身体論「身ぶりの消失」~11センター

    

      (計 2913字)

   (追記79字 ; 合計2992字)

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兵庫・西宮神社「福男」選び(福女も可)、一番福の境内230m走タイムは27秒前後か&高心拍15km走

(9日)RUN 15km,1時間14分01秒,平均心拍 148

消費エネルギー 690kcal(脂肪 145kcal)

  

昨日(2023年1月10日)の朝、ネットでYahoo!にアクセスすると、ランキングの上位に「福男」関連の記事が並んでた。

  

コロナ禍の中止を挟んで、3年ぶりの開催。下は神戸新聞HPより。早くもぶっちぎりの先頭になってるのが、今年の福男(一番福)。スタート直後に大きな差が開いてるのは、おそらく扉が両側に開く箇所の真ん前にたまたま並んでたということだと思う(未確認)。同時スタートの陸上競技だと、あり得ない。

     

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兵庫県の西宮神社、「開門神事 福男選び」。日本人なら一度は映像を見たことあるだろう。私も、元・陸上部で今でも市民ランナーだし、瀬戸内海出身だから場所的にも親近感がある。父親譲りのお祭り人間でもあるから、自分でも走ってみたいな・・と思ってた。

  

しかし、試しに調べてみて、あっさり諦めた♪ あの赤い門の向こう側、最前列に並ぶまでの道のりが大変すぎるのだ。抽選であそこに並ぶ確率が非常に低いし、運良く当選しても、前夜から早朝6時頃まで寒い中で待つ必要がある。抽選に参加すること自体が先着と書いてるから、ほぼ半日がかり。下は神社の公式サイトより。 みんな、徹夜なのか、近くで仮眠するのか。

    

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とにかく、陸上短距離のレースに出る方が遥かに簡単らしい。日本選手権の方が簡単かも(笑)。そうなると、境内230m走の優勝タイムも気になって来る♪ まずは、福男競走の様子を見てみよう。NHK『ニュースウォッチ9』の映像より。

  

  

    ☆     ☆     ☆

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「祝復活 全国に福よ届け」。しっかりカメラにアピールして、神社にも賽銭・・じゃなくて福が届くと♪

 

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コースだけは再び神戸新聞より。最初の緩い右折(てんびんカーブ)はいいとして、後半の二つの曲がり角がきついし、角と角の間でクスノキが障害物になってる。

    

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この門をギリギリまで閉じておくスタッフさん達(神職、禰宜)、参加者より逃げ足が速いかも♪ 全力で逃げて、その後から参加者が飛び出してるから、参加者は自力で手で押して開けるということか?

  

  

     ☆     ☆     ☆

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「福男道」を独走する大阪商業大学4年生、植本亮太さん(22歳)。硬式野球部で、50m走は5秒9の俊足。高校では甲子園出場(明石商)。部のユニフォームは、カメラを意識したコスプレか♪ 体型的にも、長距離じゃなくて短距離向き。

  

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「審判の楠」、マジで危ないと思うけど、衝撃吸収のクッションが向こう側に巻かれてるのかね? 待ち構える報道陣も大変。

  

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ストライド(歩幅)が大きいし、手の振りもダイナミック。コーナーの内側、最短距離のコース取り。

  

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最後まで全力疾走。ゴール後は、可愛い巫女さん・・じゃなくて、男性の神職に身体を受け止められてた♪ この係をイケメンにすれば、福女ねらいの女性が増えるかも。

   

応募要項には男性のみとか女性不可とか書かれてないし、過去、実際に女性も挑戦してた(ネット画像が複数ある)。ただ、走力には男女の差が1割ほどあるから、福男になった福女はいまだにいないらしい。ちなみに、後ろには延々と参加者が続いてて、NHKのレポーターものんびり走ってた♪ 抽選なしの人の方が多くて、合計だと約5000人。

  

   

     ☆     ☆     ☆

で、ここまでスクロールして読み飛ばして、タイムだけ探してるあなた♪ もちろん(?)公式記録は無いし、関係者による30秒とかいう非公式発言があるだけ。

 

ただ、わりと信頼できそうな情報源が朝日新聞デジタルにあった(2017年)。二番福、三番福の実績を持ってて、現地で練習(笑)まで積み重ねてる地元の男性(甲子園出場)が、「27秒」という数字を挙げてる。

     

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これは、200mや300mの陸上日本記録と比べても、納得できるタイムだと思う。要するに、陸上トラックでの日本一の速さ(約23.5秒)にはかなり負けるけど、石畳の境内では一番になれるタイム。下は日本陸連HPより。

     

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ちなみに私は、400m走なら58秒で3回ほど走ってるから、30秒くらいなら出せると思う(高校時代なら♪)。でも、既に高校を卒業して数年経ってるから(笑)、やっぱり止めとこう。ゴールの抱き止め係がレースクイーンになったら、考えるかも ♡

  

  

           ☆     ☆     ☆

また意外と長くなって来たから、最後は一言だけ。長距離の小市民ランナーの一昨日は、15km走。厚底カーボンシューズで往路から飛ばし過ぎたからか、心拍だけやたら高くて、スピードはいまいち。頑張ったのに、トータルでは1km4分56秒ペースに留まった (^^ゞ 目標の4分半が遠い。。

  

気温7.5度、湿度75%、風速1.5m。新・心拍計は正常に作動。最大心拍161は久々の高さ。グラフの大きな落ち込みは、信号待ち。

   

珍しく、ちょっと厚手のウェアを上に着てみたら、序盤から暑くて困った(半ば言い訳♪)。それでは、また明日。。☆彡

   

  

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           平均心拍 最大

往路(2.4 km) 12分38秒 133 144 

LAP 1(2.1) 10分37秒 146 152

  2   10分21秒 151 155 

  3   10分27秒 152 155 

  4   10分22秒 154 157

  5   10分08秒 155 160 

復路(1.9)   9分29秒 151 161

計 15km 1時間14分01秒 148(87%) 161(95%)

    

      (計 2165字)

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放送作家・鈴木おさむの実録(?)「小説『20160118』」、SMAPのいちばん長い日~『文藝春秋』2023年1月号

『文芸春秋』2023年1月(新年特大号)に、興味深い「小説」が掲載されてる。

  

 SMAPのいちばん長い日 (目次の表記)

   小説「20160118」 (本文のタイトル)

   

目次の副題は、「“公開謝罪番組”担当作家が2016年1月18日を小説に」。本文の副題(タイトルの前文)は、「SMAPのいちばん長い日 ── “公開謝罪番組”担当の放送作家が描く崩壊と再生

   

   

     ☆     ☆     ☆

小説の形を取ってるが、明らかにほぼ(全て)実録、ノンフィクションだろう。その「裏返しの証拠」に、普通のスポーツ新聞などは一斉に無視してる。そもそも、これほど繊細な件について、人気作家が人気雑誌で単なる作り話(フィクション)に出来るはずはない。

  

公開の時期も、狙いすましたようなタイミングになってる。ジャニー喜多川が2019年の夏に死去。姉のメリー喜多川も21年の夏に死去。先日は、アイドル出身の幹部になってた滝沢秀明が退社。人気グループ、キンプリも5日中の3人が退所を発表(来年5月の予定)。

  

その他にもここ数年、ジャニーズに限らず、タレントの大きな動きが相次いでる。その大きな転機、キッカケになったのが、2016年1月18日だろう。その点は、小説の冒頭にも書かれてた。

   

   

     ☆     ☆     ☆

ちなみに当ブログは、別に芸能系でもファンサイトでもないが、SMAP解散の直接的な関連記事だけでも5本書いてる。

   

 「SMAP解散・分裂」協議報道、簡単なまとめと感想 (16年1月13日)

 SMAP解散報道直後、キムタクのラジオ『ワッツ』の感想&18kmラン (同 1月16日)

 生放送入り『スマスマ』、5人の言葉と感想&小雨18km走 (1月19日)

 遂に決定、SMAP解散の感想&また多摩川 (8月14日)

 『SMAP×SMAP』(スマスマ)最終回、スタッフとFAXのお花畑でさよなら・・「じゃないよな」♪ (12月27日)

    

他にも、ドラマレビュー、テレビ・ラジオ記事なども含めれば、100本以上の記事を書いて来た。長いレビューが多いので、字数は合計で30万字以上。本にすると2冊分にはなる。ファンでもアンチでもなく、一般男性ブロガーだが、単なる部外者や門外漢でもない。

    

試しに今、6年近く前に書いた「2016年1月18日」直後の記事を読み返すと、やはり結果的に正しく解釈してた。つまり、あの謝罪会見は色んな意味で、解散の否定になってないことを指摘してある。

   

ちなみに、かなりのメディアは、解散否定とか解散回避といった論調で報道してた。その多くは、今回の中心スタッフによる暴露小説みたいなものに関してもスルーしてる。これが日本の芸能界の実状だ。理由は簡単。ジャニーズ事務所の創業家に関わることだから。もっと絞ると、後継者(現・社長)である藤島ジュリー景子(メリーの娘)に関わることだから。

   

    

      ☆     ☆     ☆

さて、文芸春秋の発売日は2022年12月9日だから、既に11日間が経過。小説のあらすじやネタバレの類は、既にネットに拡散してるだろう。

   

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amazonのkindle(電子書籍)版では、なぜか「社会学」のカテゴリーで、ベストセラー1位にランクされてた。紙の雑誌の方は、文芸総合雑誌カテゴリーで1位にランク。

 

冒頭近くと核心部と結末近くについては、文春オンラインの紹介記事にも引用されてる。まず、『SMAP×SMAP』(スマスマ)に突然、緊急生放送が入ることになって、当日の未明にスタッフ達が慌てる様子。そして、放送の本当の直前、メンバーの1人の楽屋で、「言ってほしい言葉」を伝えた件。

  

さらに、僅か数分の生放送の直後の思い。「僕はテレビ番組を作る人間として。あの時。終わったのだと思う。死んだのだ。」

    

   

     ☆     ☆     ☆

20ページの短編「小説」は、かなり抑制された内容になってる。まず、SMAPの5人の名前の代わりに、愛称が使われてるし、ポイントになる箇所では、愛称さえ書かれてない。特定の誰かを非難するような内容や攻撃的な言葉使いもない。

      

さらに、自分の中立的で微妙な立ち位置、ポジションについても明かされてる。「タクヤ」とは、タメ口で話す長い付き合い。

    

一方、メリー喜多川に追放される形となったマネージャー(名前は書かれてないが明らかに飯島三智)には、本当にお世話になったらしい。ただ、ジャニーズ事務所との直接的なつながりは薄いみたいで、だからこそ、今回の小説を発表できたのだろう。

    

生放送で5人が語った台詞や構成は、当日のかなり直前になって、大幅に変更されたようだ。そんな変更が可能な力を持つのはただ1人、メリー喜多川しかいない。変更の最大のポイントは、メンバーの誰か(タクヤ以外)に「言って欲しい言葉」があるという点。

  

それを言わせるメンバーまでは指示されなかったようで、スタッフは、「時間が迫っている中、彼の優しさに甘えるしかない」と判断した。「これを頼まれることが彼にとってどれだけ辛いことかわかっているのに」。

   

「彼はその言葉をじっと見つめた」。そして、「その目を僕らに向けた。 そして言った。 『わかった』 と、一言だけ」。

 

   

     ☆     ☆     ☆

生放送の映像を見ると、優しい彼(ツヨシ)は、5番目に言葉を発してる。タクヤ、ゴロウチャン、シンゴ、リーダーに続く位置。

  

「皆さんの言葉で気付いた事も沢山ありました。本当に感謝してます。今回、ジャニーさんに謝る機会を木村君が作ってくれて、今、僕らはここに立ててます。5人でここに集まれたことを安心してます。」

    

小説を読んだ後、改めて謝罪会見の録画を見直すと、ツヨシが「今回・・」と言う直前、2秒ほど言葉に詰まってることに気付く。そして、「立ててます」と言い終わるまで、目線は伏せたまま。カメラを見てないのだ。

    

当時はそこまで気付かなかったが、あの何気ない仕草は、その言葉が直前に指示されたばかりのものだから、そして、自分の言葉ではないからだろう。まさか、台詞が書かれたカンペが床に置いてあったとも思えない。

   

   

      ☆     ☆     ☆

画面での立ち位置は、リーダー、ツヨシ、タクヤ、ゴロウチャン、シンゴとなってた。ツヨシが「立ててます」と語った直後から、カメラは5人全員を写してる。ツヨシがもう一言話す間、すぐ右横(5人の中央)のタクヤの表情は複雑で、目元も口も微妙な動きを見せてた。

     

おそらく、ツヨシが指示された一言は、タクヤにもあらかじめ伝えられてたはず。少なくとも、「木村君が作ってくれて」という10文字のフレーズには当然、かなり違和感があったと思うが、彼にもその言葉を変えることはできない。事務所のトップからの強い命令だから。

     

ツヨシの後、再びタクヤが話す。

   

「最後に、これから、自分たちは何があっても前を見て、ただ前を見て進みたいと思っていますので、皆さんよろしくお願いいたします。」

  

5人揃って、深々とお辞儀して終了。そしてこれが、SMAP終わりの始まりとなったが、それぞれが前を見て進んでるのは確かだ。それぞれにとっての前を見て。。

  

   

     ☆     ☆     ☆

小説の最後には、明るい話や希望みたいなことも織り交ぜてある。スマスマの最終回の撮影直後、5人はスタッフ1人1人と記念写真を取って、その時だけは和やかな雰囲気だったらしい。

    

そして、最後の『世界で一つだけの花』を歌った時の、リーダーの手に希望を見出す。5本の指を折って開いた仕草は、未来にまた花開く可能性を示してるのではないか。

   

そのためにも、リーダーには元気になってもらう必要がある。急ぐ必要はないから、「のんびり」と。

  

長くなって来たので、そろそろ終わりにしよう。ではまた。。☆彡

    

      (計 3096字)

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怠惰な小人の妖精として生きる「ゴブリン・モード」が流行♪、アンデルセン童話『食料雑貨店のゴブリン』のあらすじ

メディアや試験問題(センター、共通テスト)などで、ある作品が引用されてる時、元の作品を自分でチェックするとかなり印象が違うことが多い。ほとんどの場合、元の作品の方が遥かに出来が良くて面白いのだ。

    

今回もまったく同様。ただ、作品を自分で読むキッカケを与えてくれたのは、朝日新聞・朝刊(22年12月16日)。名物コラム「天声人語」で、アンデルセン童話『雑貨屋のゴブリン』が紹介されてた。下は、同名のお話を含む『アンデルセンの13の童話』(代田亜香子訳、小峰書店)。絵本ナビより

  

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有名なオックスフォード英語辞典の出版社が今年(2022年)の単語に選んだのが、「goblin mode」(ゴブリン・モード)。この国際ニュースを受けて、天声人語の筆者はすぐアンデルセン童話を読んだわけか。流石に反応が速くて、朝日的な教養を感じる。

   

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英国BBCの報道を見ると、今年初めて一般投票で「流行語大賞」みたいなものを決めたようで、ゴブリン・モードは圧倒的多数、32万票を獲得したらしい。GETTY IMAGESのこの写真だけでも結構、笑える♪

  

  

     ☆     ☆     ☆

ゴブリン・モードとは、「恥ずかしげもなく自分勝手で、怠惰で、ずぼらで、貪欲で、たいていの場合、社会の規範や期待を拒否するような方法で表れる行動」(日本版BBCによる翻訳)。

  

出版社による解釈を、朝日は次のようにまとめてた。「ゴブリン・モードは、編集機能を駆使した写真や動画であふれるSNSの『理想像』に反発した言葉だ。コロナ下の行動規制が緩和されると、『普通の生活』に戻りたくない気分にぴたりとはまり一気に広がった」。

    

英語版ウィキペディアによると、2009年からあった言葉だけど、2022年にツイッターでバズったらしい。あのイーロン・マスクまで一瞬、引用の形で使ったとのこと(すぐ削除)。

   

   

     ☆     ☆     ☆

私自身は、ブログは毎日17年半も続けてるけど、いわゆるSNSは(ほとんど)やってないし、キラキラした理想像を作り上げることもやってない。ただ、コロナの前から、実生活にはかなりゴブリンが入ってるかも♪

   

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BBCが掲載した女の子の写真をよく見ると、単品はそれぞれフツーに可愛い。ピンクの椅子とか、かなりレア。ただ、全体をキレイに片づけてないから、他人には見せられないような様子になってる。インスタ映えしない日常。

   

まあ、「この程度なら、わりと片付いてる部屋かも」と思う人もいるだろうけど(笑)。他人事か! 人形は、日本のタカラトミーが誇るリカちゃんの方が、いいね♪

   

   

      ☆     ☆     ☆

さて、上のブロンドの女の子はそこそこ可愛いけど(ウエスト周りを除く♪)、欧州で昔から伝えられる妖精ゴブリンのイメージは、あまり可愛くない。小鬼とか訳されてるのも理解できる。英語版ウィキペディアより

  

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目がギョロッとしてて、背が低めか小人で、身体を毛で覆われてて、男っぽい。ただ、世界(正確には英語圏か)に溢れるゴブリン達には、おそらく女性もかなり多いはず(個人の想像♪)。インドア派が多いかどうかはビミョーな所か。外に出る時はきっちりしてて、家に帰った途端にゴブリンになるパターンも少なくないだろうから。

   

   

     ☆     ☆     ☆

前置きを書いてる間に、時間が無くなってしまった (^^ゞ 今日はPC関連のトラブルでハマッてしまったこともあるから、肝心のアンデルセン童話についてはサラッとまとめとこう。

   

朝日には「雑貨屋のゴブリン」と書いてたけど、元のデンマーク語の日本語訳は色々と違ってる。お店をどう訳すか、妖精をどう訳すかで、違いが出るのだ。そもそも、デンマーク語だとゴブリンという単語ではなく、ニッセン。「Nissen hos Spekhøkeren」(1853)。

   

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今回、私が発掘したのは、岩波文庫『完訳 アンデルセン童話集(三)』の「食料品屋の小人の妖精」。上図はamazonより。分かりやすくて、お話の内容にも合ってる訳だと思う。雑貨屋というより、食べ物屋という点が重要なのだ。訳者は大畑末吉。

     

改訳でさえ40年前だから、文体が古い。ただ、ひらがなが多い点とか、子どもにも配慮してるような印象を受けた。まあ、読むのはほとんど大人だと思うけど。

   

   

     ☆     ☆     ☆

全文はわずか7ページの短編で、最初だけ挿絵(さしえ)が付いてる。これが原書のものなのか、日本の誰かが書いたのかは不明。

    

白黒だけど、内容的には赤ずきんをかぶってるようで、妖精というより子どもみたいに見える。足にはハイソックスかニーソックスみたいなものを履いてて、たぶん寒いということだろう。上着もハーフコートみたいに見える。

   

あらすじは、次の通り。ネタバレになるので、ご注意あれ。

  

小人の妖精(ゴブリン)は、食料品屋に住みついてる。クリスマス・イブには、バターがたっぷり入ったオートミール(お粥)をもらえた。一方、上の屋根裏部屋には、学生が住んでて、詩や古い本に興味を持ってた。

     

妖精が、学生の部屋の鍵穴からのぞき見すると、学生は詩に読みふけってて、ロウソクの灯りしかないのに、部屋は素晴らしく明るい。本からは光が出て、その光が大木になり、花も実も美しい。さらに、キレイな歌と音楽も鳴り響いてる。

      

妖精は、泣き出すほど感動して、屋根裏部屋に住みつこうかと考える。でも、やっぱり、食料品店のオートミールと縁を切るわけにもいかない。結局、「自分を両方に分けることにしよう」と決めた。。

   

  

    ☆     ☆     ☆

この物語とゴブリン・モードは、すごく似てるというほどでもないように感じる。そもそも妖精だから、魔法を使うのだ。食料品屋のおかみさんの口(くち)を取って、樽にくっつけて喋らせるとか(笑)。絵本的にはポイントになる、おとぎ話的でディズニー的なシーン。

     

ただ、刹那的な快楽に浸り、節操がなく、自己中心的な「小さい存在」という意味で、世界に溢れるゴブリン人間と、古くからの妖精とは、似た物とも言える。「外の世界」の美しさにも憧れるけど、ちっぽけな私の自己満足を優先してしまう。

    

なお、朝日はコラムの最後に「いいとこ取り」と書いてたけど、元の童話はちょっとニュアンスが違ってる。やっぱり食べ物だよね、という感じで、「花より団子」にやや近い。最後の一文も、こう締めくくってるのだから。

   

それはまったく人間的でしたよ ── 私たちにしたって、やはり食料品屋さんの方に行きますよね ── オートミールのために。

     

現在なら、ネットのインスタ映えより、部屋でポテチやスイーツを楽しむ方が大切だと。私も昨日、金曜の夜だから気が緩んで、お菓子類をたっぷり買って帰宅。寝る前に全部、食べてしまった(実話・・笑)。PCトラブルで超イラついたのが原因。責任転嫁もゴブリン的な側面かも・・とか思いつつ、それでは今日はこの辺で。。☆彡

    

      (計 2781字)

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岡本太郎の芸術+円谷プロの特撮もどき♪、NHK前衛番組『TAROMAN』(タローマン)第1話、でたらめをやってごらん

なんだ、これは! 岡本太郎の言葉だ、それは♪ 朝日新聞で地味に頑張ってると言うか、尖ってるのは、芸術系の記事だと前から思ってたけど、この記事も、いいね♪

       

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夕刊のシリーズ記事、「時代の栞」。2022年11月9日は、岡本太郎『日本の伝統』(1956年)を紹介。縄文土器の話とか書いてて、それはそれで面白いけど、左上の画像に驚いた。NHKのテレビ番組とのこと。何だ、これは?

   

ひょっとして、ドラマ『太陽にほえろ!』の松田優作の名セリフ、「何じゃ、こりゃ?!」も、岡本太郎の影響なのかね? 今後の研究課題にしとこう・・と書いとこう♪ 書くだけか!

    

ビジュアルとタイトルは、『ミラーマン』に一番近いかな。『ウルトラマンタロウ』ではないはず。とにかく早速、NHKプラスで検索すると、なぜか第2話と第3話だけ公開されてたから、YouTubeで第1話を発見した。ちなみに海賊版ではなく、NHKの公式動画。そんなものを無料公開してるのも珍しいかも。

   

    

     ☆     ☆     ☆

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『TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇』第1話。冒頭は一瞬、岡本太郎の名前と上半身にかぶせて、「なんだこれは!」と赤字の言葉を映してる。これも昭和の何かに似てるのかね? 平成ブロガーの私には、さっぱり分からない♪ まあ、映画評論家の蓮實重彦に似てることなら分かる(笑)。座り方とポーズも含めて。

   

この番組は、「1972年の幻の特撮番組」を2022年に発掘したという「劇中劇」的な設定で、私が最初に見た第2話(釣鐘怪獣)だと、その発掘番組が終わった後、スタジオでサクナクションの山口一郎が昔の思い出話を話してた。一瞬、エッ?・・と思ったけど、この昔話もフィクションと演技らしい (^^ゞ 釣られた。。

      

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「奇獣 森の掟」というのは、サブタイトルではなくて、単なる怪獣の説明だろうね。わざと昭和的に、ピアノ線でミニチュアを吊り下げてるそうで、時々、線がキラッと光ってた。もちろん、それも演出で、わざと見せてるはず。

   

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「森の掟」というのは、岡本太郎の本物の芸術作品らしい(多分♪)。上図が1950年の作品で、歯に見えるのはファスナー(笑)。これは芸術性と大衆性が上手く融合してる。

    

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番組では、ファスナーではなく、怪獣の歯になってる。ジャイアントロボのアイアンパワーに似てるね。あと、ガンガーとか♪ ちなみに、今この記事を書くために画像検索して突き止めただけなので、念のため。

   

普通、怪獣が街をさんざん破壊した後で、巨大ヒーローが助けに現れるはずだけど、いきなり登場して来た。ミニチュアを大量に破壊すると製作費がかさむから、NHKがまた叩かれてしまうのだ♪ 円谷プロダクションも、人気や評価の反面、常にお金の問題で苦しんでたらしい。

     

   

     ☆     ☆     ☆

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そして、1970年の万博の「太陽の塔」みたいな巨人(宇宙人?)が隕石と共に登場。ウルトラマンへのオマージュ(敬意を込めた模倣)か。下半身のもっこりは、NHK的にはギリギリかも♪ 深夜の放送とネット動画だから、何とか炎上しないで済むのだ。

   

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このタローマンの顔は、万博の前年に作られた「若い太陽の塔」から来てるらしい。上はウィキペディアより。これも本物の作品でいいのかな?♪ 26m! 観音像か! まさか、偽物のウィキのページまで作成してたりして(笑)

    

タローマンの顔はちょっと、スペクトルマン(71~72年)に似た感じもある。光沢あるゴールドで、ハッキリした作りの顔。

       

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ここで、ゆる~い主題歌とタイトルバック映像が挿入される。「ばくはつだ ばくはつだ ばくはつだ げいじゅつだ!・・・」。

   

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取材協力 岡本太郎記念現代芸術振興財団。これも実在の団体で、記念館を運営してるらしい。

  

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取材協力 円谷プロダクション。これもウソでは書けないはず。そして特撮に付きものなのは、紅一点の美女 ♡ 昭和的な美人をよく見つけ出したもんだね♪ 単なる髪型、メイク、映し方の問題だけじゃないと思う。

 

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小笠原皆香(ミカ)。twitterより。結構、前からこの世界にいるらしいけど、ウィキの項目は無い。劇中の隊員名はマミでいいのかな?

  

ちなみに、ウルトラセブンのアンヌ隊員(ひし美ゆり子)なんて、55年後(!)の今でも人気で、ご健在だ。巨大系の中では圧倒的人気。(昔の)ルックスもキャラも、いいね♪ 「昔の」は余計か(笑)。つい先日も、隊員姿の特大ポスターが発売されたらしい。顔が可愛いし、ウルトラ警備隊の制服もオシャレ。   

   

    

     ☆     ☆     ☆

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この辺りの映像は、帰ってきたウルトラマンとか、アイアンキング(1972年)を意識してるんだろうね。ミラーマンも71年~72年だから、この番組の設定と合ってる。

    

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で、初回のタイトルは、「でたらめをやってごらん」。これも、岡本の言葉らしい(出典、初出は不明)。脚本・演出、藤井亮

    

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この美脚の間に富士山と戦闘機を入れた映像とか、ちょっと性的なものも感じる。「衝動」が好きで、20世紀半ばのフランスで学んだ岡本なら、向こうでさんざん性的なものの洗礼を受けたはず。

    

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ヒーローもでたらめだから、ビルの上で平泳ぎも披露♪ このビルだけ頑丈に作ってると。どうも、タローマンのでたらめな行動が、怪獣を攻撃する武器になってるような感じだ。

     

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しかし、でたらめな事をするというのも難しい。テレビのアナウンサーか解説員は、催眠誘導に乗っかって、お尻ペンペンをやってみたけど、ありきたりで平凡だから、隣の解説者に批判されてた♪ もちろん、タローマンの平泳ぎもちょっと平凡で、べらぼうなものとは言い切れない。

     

   

     ☆     ☆     ☆

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ここで1回、CMが入る・・という設定だろう。実際には前後編の合計で3分の短い動画だし、CMの類はなし。このイラストとか、昭和の少年雑誌とかの挿絵を意識してるんだと思う。昭和レトロが、令和で逆に新鮮。

     

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でたらめな事をやろうとしても出来ないから、タローマンは倒れ込んで苦悩する。その前に、ビルを1つ壊してしまって、持ち主を嘆かせてた♪

     

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しかし、苦悩からいきなり立ち上がって、聴き取りにくい声で「芸術は爆発だ」と叫ぶと、怪獣という芸術は爆発した(笑)。自分という芸術はもともと爆発した姿だから、そのままでいいと♪ 必殺技「芸術は爆発だ」光線☆ 

    

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たった3分で唐突に終わるのは、昔とそれほど変わらず。制作費の制約という、大人の事情の問題なのであった♪

     

   

     ☆     ☆     ☆

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そして最後は、太陽の塔みたいな犬をつれたアイアンキングっぽい映像を入れて、タローマンのイラストで終了。

    

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というわけで、現在、東京で開催中の展覧会にも行ってみたくなったほど♪ 実に素晴らしい!byガリレオ福山。それでは今日はこの辺で。。☆彡

   

      (計 2721字)

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オリビア・ニュートン=ジョン追悼、最大のヒット曲『Physical』(1981)のMV映像レビュー

オリビア・ニュートン=ジョン(Olivia Newton-John)というと、私の感覚では、『Have You Never Been Mellow』(邦題・そよ風の誘惑、1975年)が代表曲。個人的にはこの曲がベストだし、少なくとも日本ではそうだろう・・と思ってたが、レコード売り上げとかヒットという観点だと違うらしい。

     

下は同名のアルバムのカバー。英語版ウィキペディアより。ビートルズその他でも有名な、英国・アビーロードスタジオでの録音。この写真は日本でも使われたものだが、シングルのカバーはかなり違ってる。

      

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既に27歳だから、意外なほど遅咲きのスターだ。可愛い女の子というより、キレイなお姉さん、美しい女性。英国生まれでオーストラリア育ちという経歴も関係してるのかも。彼女が最も成功したのは、3番目の国である米国の市場だから。

    

   

     ☆     ☆     ☆

米国その他、世界レベルの商業的成績でいうと、オリビアの最大のヒット曲は『Physical』(フィジカル、1981年)。

   

特に全米では10週連続ビルボード1位だから、素晴らしい☆ 映画なら、ミュージカルの『Grease』(グリース、1978年)。楽曲と映画、これら2作の成功が断トツのようだ。

      

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そこで今日は、『Physical』のMV(ミュージック・ビデオ)を細かく分析してみよう。上はシングル・レコードのカバーで、英語版ウィキより。あえぐような官能的な表情を見せてる。同名アルバムのカバーはまた別。

      

前から書いてるように、映像の分析は、世界的にも非常に少ない。映画やドラマでも、MVでも同様。ということは、記事を書いても需要も少ないわけだが、私自身が興味あるので問題ない。単なる歌詞の(簡単な)解説なら、あちこちにあるだろうし、奥行きが足りない。

   

   

      ☆     ☆     ☆

利用したのは、YouTubeで公開されてるVEVOの公式映像。一応、リマスター版とされてるけど、昔のままの動画と比べてもそれほど変わってない気がした。静止画と比べて動画の変換は遥かに難しいし、たぶん元の動画が古過ぎるのだと思う。

   

ミュージック・ビデオというものが一般的になったのは1970年代後半くらいからで、一躍メジャーにしたMTVが誕生したのが1981年の夏

   

『フィジカル』のビデオは82年2月に発表されてるから、かなり初期の作品だし、そもそもオリビアは音楽ビデオの世界で先駆者の1人らしい。ビジュアル、ルックスに恵まれてるのも、分かりやすい理由の一つだろう。結果的に、完全に正しい選択と判断だった。年齢的にも33歳だから、童顔にも助けられて何とか間に合った形か。

       

     

      ☆     ☆     ☆

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では、実際の映像を見て行こう。全体は1つのコミカルな物語。当時、急激に流行り始めたらしいフィットネス・クラブ(ジム)で、オリビアがエアロビック・ダンスの派手なコスチューム(レオタード)を着用。女性インストラクターとかトレーナーとして、太った(ふくよかな)男性たちをビシビシ鍛えるストーリー。

     

ちなみに、全米No.1とNo.2のクラブがほぼ同じ時期に誕生してる。これは、70年代に広まった有酸素運動(本来の意味のエアロビクス)の影響もあると思うが、いつの間に無酸素運動の筋トレが前面に出て来たのかは、まだ調べてない。無酸素の方がダイエットに効果的だという理論は、当時まだほとんど無かったと思う。

     

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この曲は、歌詞もビデオも明らかにセクシャル(性的)で、当時でさえかなり問題視されたらしい。今の日本では絶対に作れないはず。例えば、上のカット。オリビアの手が「男性」を撫でてるようにも見える。完全にギリギリを狙った、1秒ほどの短いシーン。

  

この辺りの英語の歌詞に、「I gotta handle you ・・・」と書かれてる。あなたを操作しなきゃ♪ 私が言ってる事、わかるでょ♡ 歌詞というか、曲の作者(ソングライター)は、Steve Kipner と Terry Shaddick 。

      

ヒット曲『カントリーロード』の素朴な歌詞とは大違いだが、実は『そよ風』の歌詞には、軽くほのめかすようなフレーズもかなり入ってる。オリビアの清純なイメージと爽やかなメロディーで、性的な暗示(ほのめかし)が隠されてるのだ。

    

   

     ☆     ☆     ☆

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オリビアのコスチュームもギリギリで、色使いとか派手だが、露出は少ない。上のように胸をアピールするカットでも、胸の形さえ浮き上がらないようになってる。6人のふくよかな男性も、エッチな視線にはなってない。

     

上からの連続映像で出て来る、股を開いて腰(お尻)を突き出すカットでも、上下逆転させて周囲も切り取ってるから、それほどエロチックでもない・・と私は思う。制作者サイドと共に♪ 股間もカラータイツとレオタードで二重にガードされてるし、表情も明るく健康的。

    

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最初、短めのレッグウォーマーを身に付けてるのかと思ったが、アップで確認するとソックスみたいだ。シューズはジャズ・ダンス風のものか。今なら、ジョギングシューズみたいな靴がフツーだと思う。私は時々、ジムに行ってるけど、ダンスレッスンに参加したことはまだない。遠くからチラ見するだけ。

   

上のシーンは、オリビアがランニングマシン(トレッドミル)のスピードを上げて、男の生徒を鍛えてる所。いきなりマシンの負荷を最大レベルまで上げるパワハラ的シーンもある。

  

なお、レッグウォーマーとレオタードが目立つ映画『フラッシュダンス』は1983年。それを考えても、『フィジカル』の音楽ビデオは時代を先取りする企画になってる。

   

      

      ☆     ☆     ☆

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端的に言うなら、女性インストラクターは「女王様」だ。それに気づくと、上の画像はボンデージ的な調教のパロディだと分かるし、後でなぜテニスが出て来るかも分かる。ラケットが、お尻叩きとかに使うSM調教グッズ(パドル)のパロディになってるのだ。

      

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途中でバテバテでダウンした生徒たちにあきれたオリビアは、シャワーを浴びに行く。セクシーな表情のサービス・シーンであると同時に、あらすじ的な転換点。

    

ここはギターのソロ演奏が目立つ箇所だが、ギターの代わりになってるのは、筋トレ器具のエキスパンダー♪ 案外、エアギターのはしりのお遊びかも。

     

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シャワーを浴びること自体、次にする事の準備という意味も含んでるし、「液体を受ける」ことのメタファー(比喩)にもなってる。歌詞は、もう話すことなんてないわ。フィジカル(肉体的、身体的)になりましょ♡ 「Let's Get Physical」が曲の原題だったらしい。

          

話がズレるというか、ズレてないのかも知れないが、実はオリビアの祖父は、ノーベル物理学賞に輝いたボルン。アインシュタインともつながってる大物だ。物理学を表す英単語は Physics だから、曲名と歌詞は「物理学的にいきましょ」という意味も含むことになる。

  

   

     ☆     ☆     ☆

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で、彼女がシャワーを浴びて出て来ると、バテバテだったふくよかな男性たちも準備万端。小さい下着1枚のムキムキ・マッチョになってるのだ。顔までイケメンで、ポーズもしっかり取ってる。

       

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驚いたオリビアは、喜んで男性と背中合わせ(&お尻合わせ)に。この背中というのがポイントで、もし右側の男性が逆向きになってたら、完全に「3P」モードになってしまうからマズイのだ。男2人に女1人が挟まれる形。左側の男性が何気にモッコリしてる点も見逃せない。このカットでは、オリビアの胸もやや目立ってる。

     

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さあ、一緒に「テニス」しましょ♡ 美しいプロポーションの全身を誇示するオリビア。白いショートパンツとソックスの間に、細長い美脚が伸びる。テニス(tennis)という言葉が、音声的にも文字的にも、「男性自身」とそっくりな点も興味深い。精神分析的な見方。

    

   

      ☆     ☆     ☆

最後は、現代だと無理そうなオチがついてる。イケメンのマッチョたちは、ゲイ(男性同性愛者)のカップルになって、2人ずつ仲良く部屋から出てしまう。

    

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取り残されて慌てたオリビアが隣の部屋に向かうと、ふくよかな男性が1人残ってた。いつの間にか、こちらもテニス・ラケットを持って。

    

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というわけで、最後は仲良く「テニス」のゲームをプレイ。歌詞は、「Let's get animal」。動物になりましょ♡ ハーハー、息を切らせながら、美女と野獣が動物的なボディー・ランゲージ(身体言語)をかわす。あなたのボディー・トークを聞かせて♪

      

メロディーやアレンジがいいのはもちろんとして、歌詞とビデオが非常にセクシャルで攻めてるのがよく分かった。ひょっとすると、これを見る人には、オリビアではなく男性俳優目当ての人が結構、含まれてるのかも。ふくよか派にせよ、マッチョ派にせよ、BL派にせよ。

      

   

      ☆     ☆     ☆

なお、この曲は当初、ロッド・スチュワートやティナ・ターナーといった大物に提供される予定だったが、結局はオリビアの元へ。それが最大のヒットとなったのだから、半ば偶然のラッキー。

  

もちろん、そうした幸運には、実力や努力も必要なのであった。音楽、映画、乳がんとの長年の闘い。73年間の輝く人生を終えたオリビア・ニュートン=ジョン、どうか安らかに。。☆彡

     

       (計 3711字)

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純文学の芥川賞作家・高瀬隼子、PCは純「かな入力」派♪&猛暑ジョグ6km

(29日) JOG 6km,33分35秒,平均心拍 127

消費エネルギー 253 kcal(脂肪 78 kcal)

   

今年の・・じゃなくて、2022年・上半期の芥川賞は、ここ最近だと一番、印象が強かった。高瀬隼子(じゅんこ)がちょっとだけ可愛いからだ♪ ルッキズム(外見主義)か! 写りによっては。コラコラ!

      

いや、受賞作品『おいしいごはんがべられますように』の題名だけでも目立ってる。17文字の長いタイトルはほぼほぼ、ひらがな。真ん中だけ、「食」という漢字を入れてるのだ。

  

ひらがな8文字漢字1文字ひらがな8文字という、左右対称的で柔らかい形式的構成。意味的にも、非常にゆるくて、いいねなのだ。ひょっとすると、文字数も俳句を意識してるのかも。「おいしいご はんが食べられ ますように」♪ 日本語の斬新で現代芸術的な分割になってる。言葉の意味をほぼ無視して、文字の数に合わせた分割。

       

さすがは純文学の新人賞。ストレートのロングヘアも美しいし♪ また、そこか! いや、直木賞のアニメチックな窪美澄(くぼ・みすみ)と好対照の外見になってる。ルックスだけでも、純文学と大衆小説の区別が出来てるのだ(個人の感想・・笑)。

  

早くも、芥川賞はトーハンの週間ベストセラー第1位(文芸書部門)。表紙も可愛いね。3月の発売で現在10万部だから、まだまだ伸びる余地あり。直木賞も第7位にランクインしてた。日テレnewsより。黄色くて人型の液状の料理が何なのかも気になってしまう。パンプキン・スープとか。

  

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      ☆     ☆     ☆

さて、昨日(22年7月29日)の朝日新聞・朝刊には、2人の受賞エッセーが並んで掲載されてた。直木賞の窪は、いかなにも大衆小説的な心に沁みるお話を書いてる。

  

受賞会見→緊張→水→出産直後→その長男の死→「会見場のあの水は息子がプレゼントしてくれた水だったのかもしれない。いつか空の上で彼に会ったとき聞いてみたい」。

   

このラストの文2つは、読点(、)がないのに非常に読みやすい辺りも、文才を感じる。適度に配置した漢字とカタカナが、意味的な区切りを手助けしてるのだ。特に2つめ(最後の文)は上手い。こうした形式的で視覚的な分かりやすい区切り方は、私も時々、意識してる。ブログでも、仕事でも。

     

 「いつか の で に ったとき いてみたい」

    

   

      ☆     ☆     ☆

しかし、やはり私の目は芥川賞のエッセーの方に向かった。写りによっては美人OLに見えなくもないから(笑)。コラッ! いや、今どきのマスメディアは、フェミニズム的な世相に配慮して書けなくなってる点だから、単なる個人ブログが書いてるのだ。本当の事で、しかも大きなポイントだから。

   

軽口はともかく、真面目な話、私の目を引いたのは、記事の見出しの冒頭。パソコンが、「かな入力」♪ 年齢が34歳だと、どのくらいの割合なのかね。2%くらい「かな」? 確率統計学的に、ごく少数の例外として捨てられてしまう割合かも。

       

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わたしはローマ字入力ができないので」。流石は純文学。純「かな入力」派らしい♪ 「どうしてローマ字入力をする人の方が多いのだろう」。

   

そうそう。その疑問はごもっとも。おそらく、それは入力のしやすさや速さが理由ではなく、日本でPCが導入された時期の慣習がそのまま正当化されたんだと思う(独自研究♪)。

  

   

     ☆     ☆     ☆

もともとパソコンは、Windows95で一般に普及する前まで、一部の理数系を中心とするマニアックな人達が使ってたもの。そこでは英数字の入力が多かったから、ひらがなもローマ字入力しようということだったのだろう(個人の想像♪)。そして、それが入門書とか教育を通じて、まるで当然の正しい事のように普及されてしまった。

  

ところが、スマホもタブレットも違ってる。ひらがなは、ひらがなのまま打ってるわけで、その方が日本人にとって自然に決まってるのだ(断定♪)。

  

笑えたのが、エッセーの最後の文。ひらがな入力「のせいかは分からないが、英語の成績は悪く」と笑わせた後。「大人になった今は、職場で共用のパソコンを使用する時、次の人が使う前にかな入力からローマ字入力へ設定を戻し忘れないように注意している」(笑)

   

    

     ☆     ☆     ☆

私は、「純」ではないけど、かな入力派だから、昔は高瀬と同じことをすることもあった。職場・図書館・ネットカフェとか、共用のPCを使う時、入力モードをまず変更して、最後に元に戻すのだ♪

  

でも、すぐに止めた。面倒だし、公共の場でかな入力を使うと、まるでキータッチが恐ろしく遅いダメ人間みたいに見えてしまうから(笑)。子音1文字打つのに、かな入力だと「カタッ」。ローマ字入力だと「カタカタッ」。明らかにローマ字入力の方が有能に聞こえてまう。

  

というわけで、職場とかではそのままローマ字入力を使用。昨日も、「面倒くさいな・・」と内心ボヤキつつ職場のPCを使った後、高瀬の文章が目に入ったから、本気で共感したわけ♪

    

保守派の政治家の皆さん、学習指導要領に「PCでは、かな入力を基本とする」の一文を入れては如何? その次の衆院選で、政権交代になってしまう「かな」(笑)

   

ちなみに、昔のブロガー仲間の伊達さんも、かな入力派だった気がする。お気楽さんもだったかな? お元気ですか~~♪

   

      

      ☆     ☆     ☆

一方、昨日の走りはまた、僅かな熱帯夜ジョグ。前日が5kmだったから、1kmトッピングして、6kmだけ走って来た。ただし、前日より暑かったから、短いジョグでも汗だく。

   

トータルでは、1km5分36秒ペース。ま、通勤と仕事でかなり階段の一段飛ばしもやってたし、こんなもんでしょ♪ 気温27.5度!、湿度81%、風速1.5m。新・心拍計はほぼ正常に作動した。ちょっとGPSの精度が上がったかな・・とか思いつつ、ではまた。。☆彡

      

   

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      時間  平均心拍  最大

往路(1.2km) 7分20秒 111 123

LAP 1(2.2) 12分54秒 125 134

復路(2.6) 13分18秒 136 154

計 6km 33分32秒 126(72%) 154(88%)

    

      (計 2452字)

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秋葉原無差別殺傷事件・加藤智大に死刑執行、死刑囚表現展2021の絵画作品「お昼寝・階段国道」は13階段の死刑台

このタイミングでいきなり死刑執行のニュースが入って来ると、ちょうど6年前の相模原大量殺傷事件や、先日の安倍元首相の銃撃殺人を意識してるのかな・・と思ってしまう。数年前から、執行の検討はされてたらしい。下は朝日新聞の夕刊1面より。

   

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報道によると、古川禎久(よしひさ)法相が4日前に執行命令書に署名したらしい。2022年7月26日、加藤智大(ともひろ)死刑囚が死去。

   

個人的な感覚だと、10年くらい前のような気がするが、事件は14年前だった。2008年6月8日、秋葉原の歩行者天国で、7人を殺害、10人に重軽傷。下は、FNNプライムオンラインより縮小引用。トラックで突っ込んだ後、降りてナイフを構えてる。

     

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      ☆     ☆     ☆

犯行直後の現場写真を見ると、ほとんど誰も携帯で写してないのが分かる。日本でiPhoneが発売されたのは、この事件の1ヶ月後で、まだ誰もスマホを持ってない。ガラ携はみんな持ってたはずだが、手軽に写して twitter やインスタグラムに投稿する時代ではなかったのだ。産経デジタルより縮小引用。

   

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たまに書いてるように、私は死刑にあまり賛成してないが、ハッキリ反対してるわけでもない(特に、死刑になりたい人間の場合)。現在の日本の刑法、司法制度、政治、世論から考えるなら、事件から14年後、確定判決から7年半後の死刑執行は仕方ないと思う。

     

彼には、責任能力も十分あるような気がする。というより、そもそも責任能力の有無とか精神鑑定というものは曖昧なので、重大な犯罪の場合、考慮は最小限に留めるべきだと考える。

   

   

      ☆     ☆     ☆

死刑執行と聞いて、まず考えるべきなのは被害者のことだろうが、実際にはどうしても、加藤のことを考えてしまう。昨日、絞首刑で殺されたのは彼だし、被害者よりも遥かに大量の情報が流れてるから。

   

国家が殺すということは、主権者の1人である私も加担した形になる。自業自得とはいえ、1つの命であることに変わりはない。心の中で手を合わせるくらいのことは自然だろう。

     

ちなみに、自分を重ね合わせるという点では、私は普段から、むしろ被害者の側に重ねてる。車が近づくのを見ると、自分に突っ込んで来るかも・・と思ってしまうから。横断歩道の信号待ちでも、車にはねられない場所を選ぶことが多い。信号の柱とガードレールで二重に守られてる場所とか。車道から少し離れることもある。

    

    

     ☆     ☆     ☆

それはさておき、加藤については3年前、テレビ番組と文芸作品の記事をアップして、昨日もそれなりの検索アクセスが入ってた。

    

 秋葉原殺傷事件、加藤智大の文芸作品「人生ファイナルラップ」を読んで~NHK『事件の涙』

   

今日は、裁判の死刑判決の要旨を見てみようかと思って、検索をかけると、最初にGoogleの上側で目についたのが、加藤の絵だった。彼の「遺作」として興味深いので、解釈・批評・感想を手短に書いてみよう。

   

死刑囚表現展2021に寄せられた、「お昼寝」と題する14枚の連作の絵(?)の1枚、「階段国道」。画像はあちこちに同じものが拡散してるし、遺族が著作権を主張するとも思えないので、共同通信HPの記事から引用させて頂いた。

  

  

      ☆     ☆     ☆

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私がまず思ったのは、どうやって書いたのか?、ということ。定規を使って素手で書いたにしては、線の組み立てが上手すぎるが、パソコンを使ったとも考えにくい(未確認)。似た画像は色々あるだろうから、薄い紙を上に載せて、なぞることもできるのかも。

   

しかし、独創性、オリジナリティのようなものも感じる。残虐な人間だからといって、作品まで全否定しようとは思わない。

         

例えば、エッシャーの無限階段の絵は少し前にも引用したが、あれは一応、階段みたいに描かれてる。ところがこの加藤の絵は、「階段」といいつつ、階段の機能は果たしてない。よく見ると、(ほとんど)全ての段に、支えがないのだ。そこに乗っかると、直ちに落下するはず。

  

落下するための階段なのか。しかも「国道」だから、国が作ったもの。ハッと気づいて、段数を数えてみた。すると、13階段なのだ。これはもう、偶然ではないはず。死刑台に向かう途中で、お昼寝(ひと休み)してるのだ。階段を用いた、怪談。

    

   

      ☆     ☆     ☆

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上図で番号付けしたように、一番下から数えると、一番上が十三番目の階段になる。もちろん、現在の日本の刑場が本当に十三階段になってるわけではないだろうが、イメージ的には、死刑台への道筋の象徴。

   

そう考えると、一番上に黒い扉が開いてて、前にベッドがあることも理解できる。この扉の形は、火葬場のシャッターかも。執行された後は、永遠の眠りが待ってる。

  

そして今は、13階段の途中。獄中で「お昼寝」してるのだ。よく見ると、昼寝してるのはミニスカ制服の女子高生のような感じか。セーラー服の襟(?)が、首にかける大きめの縄にも見える。

     

14枚の内、別の1枚もネットの個人ページにあったが、そちらは若い女性だらけの複雑なイラストになってた。普通の性的欲望であると共に、若い女性への同一化でもあるのかも。全く別の人生を楽しく送りたいとか。

    

  

      ☆     ☆     ☆

もちろん、まだ解読できない要素も色々と残ってる。下の破られたガラス戸、その上の破れた掛け軸(?)、寝てる横の小さい襖(ふすま)みたいなもの、etc。

     

残念ながら、14枚の内の2枚しか見つかってないので、とりあえずこのくらいに留めとこう。あの世で加藤は笑ってるかも。無差別殺傷事件を起こす代わりに、芸術へと昇華すれば良かったのに・・とか思いつつ、今日はそろそろこの辺で。。☆彡

    

      (計 2300字)

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