小説『舟を編む』文庫本、馬締が香具矢に書いたラブレター(恋文)全文に引用された漢詩の意味(夏目漱石、李商隠の作)
先日、NHKで放送されたドラマ『舟を編む』最終話(最終回)。馬締が書いたラブレターが一瞬だけ映し出された。

「謹啓
吹く風に冬将軍の訪れ間近なるを感じる今日このごろですが、ますますご清栄のことと存じます。
貴方に打ち明けたいことがあり、この書状をしたためております。・・・・・・」
☆ ☆ ☆
このラブレターというより恋文は、ものすごく長いようで、三浦しをんの小説の文庫本(光文社)の最後に「馬締の恋文 全文公開」と書いてるのに、その途中で「中略」と書かれてる(笑)
文庫本のページの下段(欄外)には、西岡と岸辺の会話の形で注が付いてて、こんなやり取りがあった。
西岡 おい、「(中略)」ってなんだよ! 「恋文全文公開」じゃなかったのか。
岸辺 だって、ものすごく長いんですもん。・・・・・・読みたいですか?
西岡 「(中略)」でいいや。
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その省略された恋文でさえ、文庫本で10ページ(最初のサブタイトルも含めるとp.338~348の11ページ)もあって、普通の文だけでも読みにくい上に、難しい漢詩がいくつも引用されてる。
香具矢も軽く読み流しただけのはず(断言・・笑)。それでも、馬締がマジメなことだけは分かる。ちょっとアブナイくらい♪
私が一番興味を持ったのは、分かりにくい漢詩だけど、その前に、分かりやすい歌を引用しとこう。柿本人麻呂の歌は(そう書かれてるけど、本人の作かどうか不明、正確には「柿本人麻呂歌集の歌」)、知識が無くてもイメージ的に分かるし、それで十分だと思う。
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天の海に 雲の波立ち 月の船
星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
(注. 文庫本だと1マス空けは、船と星の間だけ)
馬締は引用した直後、「貴方(あなた)のために詠まれた歌のようだと思いませんか?」と書いてる。いつも、月のように美しい香具矢を仰ぎ見てると。警察に通報されても不思議はないかも♪
この歌では、「月の船」という言葉が、二重の意味で中心になってる。意味・内容的にも、言葉の配列でも。小説の題名『舟を編む』は、この歌と繋がってるのかも。どっちが先かは分からないけど。
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一方、分かりにくい漢詩。まず、本文2ページ目と3ページ目に引用されてるのは、夏目漱石が作った漢詩。
2行+2行、合わせて4行(計20字)だけ引用されてるけど、もとの漱石の漢詩は10行らしい。明治三十二年、1899年の作。
眼識東西字 心抱古今憂
・・・
人間固無事 白雲自悠悠
漱石の思いとしては、こんな感じの超訳でいいと思う(個人の感想♪)。
私は古今東西について学んで来たけど、心はあまり落ち着かなかった。でも、30歳になって、やっと少し落ち着いて来た。世の中は穏やかで、白い雲が悠悠と流れる。そんな感じで、自然に生きていきたい。。
☆ ☆ ☆
上の漱石の漢詩を引用した後、馬締はこう書いてる。
「この境地に至れるか否かは、今後の私の努力および、貴方の返答によって決まるでしょう」。
要するに、あなたへの恋心で私は落ち着かないから、どうかお返事で落ち着かせてください、という意味。OKにせよ、ごめんなさいにせよ♪
これに対して、欄外の注で、西岡がツッコミを入れてた♪ 「まじめのやつ、さりげなく脅迫してないか?」(笑)。そう。平成・令和の時代だと、脅迫する文書として警察沙汰になってもおかしくない。言葉のプロの馬締でも、恋愛や現実社会に対してはアマチュアなのだ。
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一方、遥かに難しいのは、李商隠の漢詩。p.345で2行だけ引用されて、p.346まで説明が続いてる。元の漢詩は、「七言絶句」(漢字7文字×4行の形式)らしくて、その後半の2行だけの引用。端末の環境によっては文字化けしてしまうかも。
嫦娥応悔偸霊薬
碧海青天夜夜心
馬締の説明は、こう続いてる。
「嫦娥とは、霊薬を飲んで月世界へ飛んでいった、かぐや姫のような女性のことです。この漢詩の作者は、自分を捨てて去っていった女性を嫦娥になぞらえ、恨みと思慕を詠んだ、という説があります。私も同感です。この詩は、私の心情そのものだと思えるのです。
禁断の霊薬さえ飲まなければ、ただ一人の人の顔を、夜ごとなつかしく心に思い浮かべずに住んだのに・・・・・・」
欄外の注に書かれてる岸辺の解釈は、次の通り。「嫦娥は霊薬を盗み飲んだのを後悔しているだろう。ひとりぼっちの月世界から、夜ごと、寒々とした紺碧の海を見下ろしながら」。
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岸辺の解釈はともかく、馬締の文章を普通に読むと、かぐや姫=馬締という比喩になる。香具矢に対する恋愛に陥ることさえなければ、私はこれほど辛い思いをせずに済んだのに。
その場合、(特別な女性)=(普通の男性)ということになるけど、私は、かぐや姫=香具矢と考える方が自然だと思う。どちらも特別な女性で、名前の音も一致してるのだから。
ただし、かぐや姫=香具矢という解釈だと、「馬締による漢詩の引用」の意味は複雑になる。例えば、こんな感じの解釈。
「あなたに対する私の思いはあまりにも強い。だから、あなたもきっと、私から遠ざかってることを残念に思ってるはずだ、と私は思いたいのです。私の勝手な想像で、あなたに申し訳ないし、お恥ずかしいのですが」。
(☆追記: 河合康三選訳『李商隠詩選』(岩波書店、p.212)をチェックしても、残された男の思いが強調されてた。「眠れぬ朝を迎えるのは、一人のこされた男。去っていった女は今や月の世界。彼女もまた限りない孤独を覚えているだろうと思いを馳せる」。)
☆ ☆ ☆
要するに、あなたも私のことが好きでたまらないと、私は思ってしまいます♪ ゴメンナサイ (^^ゞ・・ということ。小説内の漢詩の解釈としてどうかはともかく、そうゆう恥ずかしい思いを持ったことがある人は多いはず。私も含めて♪
なお、今週は計13777字で終了。それでは、また来週。。☆彡
(計 2270字)
(追記136字 ; 合計2406字)























































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