オリビア・ニュートン=ジョン追悼、最大のヒット曲『Physical』(1981)のMV映像レビュー

オリビア・ニュートン=ジョン(Olivia Newton-John)というと、私の感覚では、『Have You Never Been Mellow』(邦題・そよ風の誘惑、1975年)が代表曲。個人的にはこの曲がベストだし、少なくとも日本ではそうだろう・・と思ってたが、レコード売り上げとかヒットという観点だと違うらしい。

     

下は同名のアルバムのカバー。英語版ウィキペディアより。ビートルズその他でも有名な、英国・アビーロードスタジオでの録音。この写真は日本でも使われたものだが、シングルのカバーはかなり違ってる。

      

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既に27歳だから、意外なほど遅咲きのスターだ。可愛い女の子というより、キレイなお姉さん、美しい女性。英国生まれでオーストラリア育ちという経歴も関係してるのかも。彼女が最も成功したのは、3番目の国である米国の市場だから。

    

   

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米国その他、世界レベルの商業的成績でいうと、オリビアの最大のヒット曲は『Physical』(フィジカル、1981年)。

   

特に全米では10週連続ビルボード1位だから、素晴らしい☆ 映画なら、ミュージカルの『Grease』(グリース、1978年)。楽曲と映画、これら2作の成功が断トツのようだ。

      

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そこで今日は、『Physical』のMV(ミュージック・ビデオ)を細かく分析してみよう。上はシングル・レコードのカバーで、英語版ウィキより。あえぐような官能的な表情を見せてる。同名アルバムのカバーはまた別。

      

前から書いてるように、映像の分析は、世界的にも非常に少ない。映画やドラマでも、MVでも同様。ということは、記事を書いても需要も少ないわけだが、私自身が興味あるので問題ない。単なる歌詞の(簡単な)解説なら、あちこちにあるだろうし、奥行きが足りない。

   

   

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利用したのは、YouTubeで公開されてるVEVOの公式映像。一応、リマスター版とされてるけど、昔のままの動画と比べてもそれほど変わってない気がした。静止画と比べて動画の変換は遥かに難しいし、たぶん元の動画が古過ぎるのだと思う。

   

ミュージック・ビデオというものが一般的になったのは1970年代後半くらいからで、一躍メジャーにしたMTVが誕生したのが1981年の夏

   

『フィジカル』のビデオは82年2月に発表されてるから、かなり初期の作品だし、そもそもオリビアは音楽ビデオの世界で先駆者の1人らしい。ビジュアル、ルックスに恵まれてるのも、分かりやすい理由の一つだろう。結果的に、完全に正しい選択と判断だった。年齢的にも33歳だから、童顔にも助けられて何とか間に合った形か。

       

     

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では、実際の映像を見て行こう。全体は1つのコミカルな物語。当時、急激に流行り始めたらしいフィットネス・クラブ(ジム)で、オリビアがエアロビック・ダンスの派手なコスチューム(レオタード)を着用。女性インストラクターとかトレーナーとして、太った(ふくよかな)男性たちをビシビシ鍛えるストーリー。

     

ちなみに、全米No.1とNo.2のクラブがほぼ同じ時期に誕生してる。これは、70年代に広まった有酸素運動(本来の意味のエアロビクス)の影響もあると思うが、いつの間に無酸素運動の筋トレが前面に出て来たのかは、まだ調べてない。無酸素の方がダイエットに効果的だという理論は、当時まだほとんど無かったと思う。

     

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この曲は、歌詞もビデオも明らかにセクシャル(性的)で、当時でさえかなり問題視されたらしい。今の日本では絶対に作れないはず。例えば、上のカット。オリビアの手が「男性」を撫でてるようにも見える。完全にギリギリを狙った、1秒ほどの短いシーン。

  

この辺りの英語の歌詞に、「I gotta handle you ・・・」と書かれてる。あなたを操作しなきゃ♪ 私が言ってる事、わかるでょ♡ 歌詞というか、曲の作者(ソングライター)は、Steve Kipner と Terry Shaddick 。

      

ヒット曲『カントリーロード』の素朴な歌詞とは大違いだが、実は『そよ風』の歌詞には、軽くほのめかすようなフレーズもかなり入ってる。オリビアの清純なイメージと爽やかなメロディーで、性的な暗示(ほのめかし)が隠されてるのだ。

    

   

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オリビアのコスチュームもギリギリで、色使いとか派手だが、露出は少ない。上のように胸をアピールするカットでも、胸の形さえ浮き上がらないようになってる。6人のふくよかな男性も、エッチな視線にはなってない。

     

上からの連続映像で出て来る、股を開いて腰(お尻)を突き出すカットでも、上下逆転させて周囲も切り取ってるから、それほどエロチックでもない・・と私は思う。制作者サイドと共に♪ 股間もカラータイツとレオタードで二重にガードされてるし、表情も明るく健康的。

    

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最初、短めのレッグウォーマーを身に付けてるのかと思ったが、アップで確認するとソックスみたいだ。シューズはジャズ・ダンス風のものか。今なら、ジョギングシューズみたいな靴がフツーだと思う。私は時々、ジムに行ってるけど、ダンスレッスンに参加したことはまだない。遠くからチラ見するだけ。

   

上のシーンは、オリビアがランニングマシン(トレッドミル)のスピードを上げて、男の生徒を鍛えてる所。いきなりマシンの負荷を最大レベルまで上げるパワハラ的シーンもある。

  

なお、レッグウォーマーとレオタードが目立つ映画『フラッシュダンス』は1983年。それを考えても、『フィジカル』の音楽ビデオは時代を先取りする企画になってる。

   

      

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端的に言うなら、女性インストラクターは「女王様」だ。それに気づくと、上の画像はボンデージ的な調教のパロディだと分かるし、後でなぜテニスが出て来るかも分かる。ラケットが、お尻叩きとかに使うSM調教グッズ(パドル)のパロディになってるのだ。

      

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途中でバテバテでダウンした生徒たちにあきれたオリビアは、シャワーを浴びに行く。セクシーな表情のサービス・シーンであると同時に、あらすじ的な転換点。

    

ここはギターのソロ演奏が目立つ箇所だが、ギターの代わりになってるのは、筋トレ器具のエキスパンダー♪ 案外、エアギターのはしりのお遊びかも。

     

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シャワーを浴びること自体、次にする事の準備という意味も含んでるし、「液体を受ける」ことのメタファー(比喩)にもなってる。歌詞は、もう話すことなんてないわ。フィジカル(肉体的、身体的)になりましょ♡ 「Let's Get Physical」が曲の原題だったらしい。

          

話がズレるというか、ズレてないのかも知れないが、実はオリビアの祖父は、ノーベル物理学賞に輝いたボルン。アインシュタインともつながってる大物だ。物理学を表す英単語は Physics だから、曲名と歌詞は「物理学的にいきましょ」という意味も含むことになる。

  

   

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で、彼女がシャワーを浴びて出て来ると、バテバテだったふくよかな男性たちも準備万端。小さい下着1枚のムキムキ・マッチョになってるのだ。顔までイケメンで、ポーズもしっかり取ってる。

       

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驚いたオリビアは、喜んで男性と背中合わせ(&お尻合わせ)に。この背中というのがポイントで、もし右側の男性が逆向きになってたら、完全に「3P」モードになってしまうからマズイのだ。男2人に女1人が挟まれる形。左側の男性が何気にモッコリしてる点も見逃せない。このカットでは、オリビアの胸もやや目立ってる。

     

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さあ、一緒に「テニス」しましょ♡ 美しいプロポーションの全身を誇示するオリビア。白いショートパンツとソックスの間に、細長い美脚が伸びる。テニス(tennis)という言葉が、音声的にも文字的にも、「男性自身」とそっくりな点も興味深い。精神分析的な見方。

    

   

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最後は、現代だと無理そうなオチがついてる。イケメンのマッチョたちは、ゲイ(男性同性愛者)のカップルになって、2人ずつ仲良く部屋から出てしまう。

    

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取り残されて慌てたオリビアが隣の部屋に向かうと、ふくよかな男性が1人残ってた。いつの間にか、こちらもテニス・ラケットを持って。

    

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というわけで、最後は仲良く「テニス」のゲームをプレイ。歌詞は、「Let's get animal」。動物になりましょ♡ ハーハー、息を切らせながら、美女と野獣が動物的なボディー・ランゲージ(身体言語)をかわす。あなたのボディー・トークを聞かせて♪

      

メロディーやアレンジがいいのはもちろんとして、歌詞とビデオが非常にセクシャルで攻めてるのがよく分かった。ひょっとすると、これを見る人には、オリビアではなく男性俳優目当ての人が結構、含まれてるのかも。ふくよか派にせよ、マッチョ派にせよ、BL派にせよ。

      

   

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なお、この曲は当初、ロッド・スチュワートやティナ・ターナーといった大物に提供される予定だったが、結局はオリビアの元へ。それが最大のヒットとなったのだから、半ば偶然のラッキー。

  

もちろん、そうした幸運には、実力や努力も必要なのであった。音楽、映画、乳がんとの長年の闘い。73年間の輝く人生を終えたオリビア・ニュートン=ジョン、どうか安らかに。。☆彡

     

       (計 3711字)

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純文学の芥川賞作家・高瀬隼子、PCは純「かな入力」派♪&猛暑ジョグ6km

(29日) JOG 6km,33分35秒,平均心拍 127

消費エネルギー 253 kcal(脂肪 78 kcal)

   

今年の・・じゃなくて、2022年・上半期の芥川賞は、ここ最近だと一番、印象が強かった。高瀬隼子(じゅんこ)がちょっとだけ可愛いからだ♪ ルッキズム(外見主義)か! 写りによっては。コラコラ!

      

いや、受賞作品『おいしいごはんがべられますように』の題名だけでも目立ってる。17文字の長いタイトルはほぼほぼ、ひらがな。真ん中だけ、「食」という漢字を入れてるのだ。

  

ひらがな8文字漢字1文字ひらがな8文字という、左右対称的で柔らかい形式的構成。意味的にも、非常にゆるくて、いいねなのだ。ひょっとすると、文字数も俳句を意識してるのかも。「おいしいご はんが食べられ ますように」♪ 日本語の斬新で現代芸術的な分割になってる。言葉の意味をほぼ無視して、文字の数に合わせた分割。

       

さすがは純文学の新人賞。ストレートのロングヘアも美しいし♪ また、そこか! いや、直木賞のアニメチックな窪美澄(くぼ・みすみ)と好対照の外見になってる。ルックスだけでも、純文学と大衆小説の区別が出来てるのだ(個人の感想・・笑)。

  

早くも、芥川賞はトーハンの週間ベストセラー第1位(文芸書部門)。表紙も可愛いね。3月の発売で現在10万部だから、まだまだ伸びる余地あり。直木賞も第7位にランクインしてた。日テレnewsより。黄色くて人型の液状の料理が何なのかも気になってしまう。パンプキン・スープとか。

  

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さて、昨日(22年7月29日)の朝日新聞・朝刊には、2人の受賞エッセーが並んで掲載されてた。直木賞の窪は、いかなにも大衆小説的な心に沁みるお話を書いてる。

  

受賞会見→緊張→水→出産直後→その長男の死→「会見場のあの水は息子がプレゼントしてくれた水だったのかもしれない。いつか空の上で彼に会ったとき聞いてみたい」。

   

このラストの文2つは、読点(、)がないのに非常に読みやすい辺りも、文才を感じる。適度に配置した漢字とカタカナが、意味的な区切りを手助けしてるのだ。特に2つめ(最後の文)は上手い。こうした形式的で視覚的な分かりやすい区切り方は、私も時々、意識してる。ブログでも、仕事でも。

     

 「いつか の で に ったとき いてみたい」

    

   

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しかし、やはり私の目は芥川賞のエッセーの方に向かった。写りによっては美人OLに見えなくもないから(笑)。コラッ! いや、今どきのマスメディアは、フェミニズム的な世相に配慮して書けなくなってる点だから、単なる個人ブログが書いてるのだ。本当の事で、しかも大きなポイントだから。

   

軽口はともかく、真面目な話、私の目を引いたのは、記事の見出しの冒頭。パソコンが、「かな入力」♪ 年齢が34歳だと、どのくらいの割合なのかね。2%くらい「かな」? 確率統計学的に、ごく少数の例外として捨てられてしまう割合かも。

       

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わたしはローマ字入力ができないので」。流石は純文学。純「かな入力」派らしい♪ 「どうしてローマ字入力をする人の方が多いのだろう」。

   

そうそう。その疑問はごもっとも。おそらく、それは入力のしやすさや速さが理由ではなく、日本でPCが導入された時期の慣習がそのまま正当化されたんだと思う(独自研究♪)。

  

   

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もともとパソコンは、Windows95で一般に普及する前まで、一部の理数系を中心とするマニアックな人達が使ってたもの。そこでは英数字の入力が多かったから、ひらがなもローマ字入力しようということだったのだろう(個人の想像♪)。そして、それが入門書とか教育を通じて、まるで当然の正しい事のように普及されてしまった。

  

ところが、スマホもタブレットも違ってる。ひらがなは、ひらがなのまま打ってるわけで、その方が日本人にとって自然に決まってるのだ(断定♪)。

  

笑えたのが、エッセーの最後の文。ひらがな入力「のせいかは分からないが、英語の成績は悪く」と笑わせた後。「大人になった今は、職場で共用のパソコンを使用する時、次の人が使う前にかな入力からローマ字入力へ設定を戻し忘れないように注意している」(笑)

   

    

     ☆     ☆     ☆

私は、「純」ではないけど、かな入力派だから、昔は高瀬と同じことをすることもあった。職場・図書館・ネットカフェとか、共用のPCを使う時、入力モードをまず変更して、最後に元に戻すのだ♪

  

でも、すぐに止めた。面倒だし、公共の場でかな入力を使うと、まるでキータッチが恐ろしく遅いダメ人間みたいに見えてしまうから(笑)。子音1文字打つのに、かな入力だと「カタッ」。ローマ字入力だと「カタカタッ」。明らかにローマ字入力の方が有能に聞こえてまう。

  

というわけで、職場とかではそのままローマ字入力を使用。昨日も、「面倒くさいな・・」と内心ボヤキつつ職場のPCを使った後、高瀬の文章が目に入ったから、本気で共感したわけ♪

    

保守派の政治家の皆さん、学習指導要領に「PCでは、かな入力を基本とする」の一文を入れては如何? その次の衆院選で、政権交代になってしまう「かな」(笑)

   

ちなみに、昔のブロガー仲間の伊達さんも、かな入力派だった気がする。お気楽さんもだったかな? お元気ですか~~♪

   

      

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一方、昨日の走りはまた、僅かな熱帯夜ジョグ。前日が5kmだったから、1kmトッピングして、6kmだけ走って来た。ただし、前日より暑かったから、短いジョグでも汗だく。

   

トータルでは、1km5分36秒ペース。ま、通勤と仕事でかなり階段の一段飛ばしもやってたし、こんなもんでしょ♪ 気温27.5度!、湿度81%、風速1.5m。新・心拍計はほぼ正常に作動した。ちょっとGPSの精度が上がったかな・・とか思いつつ、ではまた。。☆彡

      

   

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      時間  平均心拍  最大

往路(1.2km) 7分20秒 111 123

LAP 1(2.2) 12分54秒 125 134

復路(2.6) 13分18秒 136 154

計 6km 33分32秒 126(72%) 154(88%)

    

      (計 2452字)

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秋葉原無差別殺傷事件・加藤智大に死刑執行、死刑囚表現展2021の絵画作品「お昼寝・階段国道」は13階段の死刑台

このタイミングでいきなり死刑執行のニュースが入って来ると、ちょうど6年前の相模原大量殺傷事件や、先日の安倍元首相の銃撃殺人を意識してるのかな・・と思ってしまう。数年前から、執行の検討はされてたらしい。下は朝日新聞の夕刊1面より。

   

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報道によると、古川禎久(よしひさ)法相が4日前に執行命令書に署名したらしい。2022年7月26日、加藤智大(ともひろ)死刑囚が死去。

   

個人的な感覚だと、10年くらい前のような気がするが、事件は14年前だった。2008年6月8日、秋葉原の歩行者天国で、7人を殺害、10人に重軽傷。下は、FNNプライムオンラインより縮小引用。トラックで突っ込んだ後、降りてナイフを構えてる。

     

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犯行直後の現場写真を見ると、ほとんど誰も携帯で写してないのが分かる。日本でiPhoneが発売されたのは、この事件の1ヶ月後で、まだ誰もスマホを持ってない。ガラ携はみんな持ってたはずだが、手軽に写して twitter やインスタグラムに投稿する時代ではなかったのだ。産経デジタルより縮小引用。

   

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たまに書いてるように、私は死刑にあまり賛成してないが、ハッキリ反対してるわけでもない(特に、死刑になりたい人間の場合)。現在の日本の刑法、司法制度、政治、世論から考えるなら、事件から14年後、確定判決から7年半後の死刑執行は仕方ないと思う。

     

彼には、責任能力も十分あるような気がする。というより、そもそも責任能力の有無とか精神鑑定というものは曖昧なので、重大な犯罪の場合、考慮は最小限に留めるべきだと考える。

   

   

      ☆     ☆     ☆

死刑執行と聞いて、まず考えるべきなのは被害者のことだろうが、実際にはどうしても、加藤のことを考えてしまう。昨日、絞首刑で殺されたのは彼だし、被害者よりも遥かに大量の情報が流れてるから。

   

国家が殺すということは、主権者の1人である私も加担した形になる。自業自得とはいえ、1つの命であることに変わりはない。心の中で手を合わせるくらいのことは自然だろう。

     

ちなみに、自分を重ね合わせるという点では、私は普段から、むしろ被害者の側に重ねてる。車が近づくのを見ると、自分に突っ込んで来るかも・・と思ってしまうから。横断歩道の信号待ちでも、車にはねられない場所を選ぶことが多い。信号の柱とガードレールで二重に守られてる場所とか。車道から少し離れることもある。

    

    

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それはさておき、加藤については3年前、テレビ番組と文芸作品の記事をアップして、昨日もそれなりの検索アクセスが入ってた。

    

 秋葉原殺傷事件、加藤智大の文芸作品「人生ファイナルラップ」を読んで~NHK『事件の涙』

   

今日は、裁判の死刑判決の要旨を見てみようかと思って、検索をかけると、最初にGoogleの上側で目についたのが、加藤の絵だった。彼の「遺作」として興味深いので、解釈・批評・感想を手短に書いてみよう。

   

死刑囚表現展2021に寄せられた、「お昼寝」と題する14枚の連作の絵(?)の1枚、「階段国道」。画像はあちこちに同じものが拡散してるし、遺族が著作権を主張するとも思えないので、共同通信HPの記事から引用させて頂いた。

  

  

      ☆     ☆     ☆

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私がまず思ったのは、どうやって書いたのか?、ということ。定規を使って素手で書いたにしては、線の組み立てが上手すぎるが、パソコンを使ったとも考えにくい(未確認)。似た画像は色々あるだろうから、薄い紙を上に載せて、なぞることもできるのかも。

   

しかし、独創性、オリジナリティのようなものも感じる。残虐な人間だからといって、作品まで全否定しようとは思わない。

         

例えば、エッシャーの無限階段の絵は少し前にも引用したが、あれは一応、階段みたいに描かれてる。ところがこの加藤の絵は、「階段」といいつつ、階段の機能は果たしてない。よく見ると、(ほとんど)全ての段に、支えがないのだ。そこに乗っかると、直ちに落下するはず。

  

落下するための階段なのか。しかも「国道」だから、国が作ったもの。ハッと気づいて、段数を数えてみた。すると、13階段なのだ。これはもう、偶然ではないはず。死刑台に向かう途中で、お昼寝(ひと休み)してるのだ。階段を用いた、怪談。

    

   

      ☆     ☆     ☆

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上図で番号付けしたように、一番下から数えると、一番上が十三番目の階段になる。もちろん、現在の日本の刑場が本当に十三階段になってるわけではないだろうが、イメージ的には、死刑台への道筋の象徴。

   

そう考えると、一番上に黒い扉が開いてて、前にベッドがあることも理解できる。この扉の形は、火葬場のシャッターかも。執行された後は、永遠の眠りが待ってる。

  

そして今は、13階段の途中。獄中で「お昼寝」してるのだ。よく見ると、昼寝してるのはミニスカ制服の女子高生のような感じか。セーラー服の襟(?)が、首にかける大きめの縄にも見える。

     

14枚の内、別の1枚もネットの個人ページにあったが、そちらは若い女性だらけの複雑なイラストになってた。普通の性的欲望であると共に、若い女性への同一化でもあるのかも。全く別の人生を楽しく送りたいとか。

    

  

      ☆     ☆     ☆

もちろん、まだ解読できない要素も色々と残ってる。下の破られたガラス戸、その上の破れた掛け軸(?)、寝てる横の小さい襖(ふすま)みたいなもの、etc。

     

残念ながら、14枚の内の2枚しか見つかってないので、とりあえずこのくらいに留めとこう。あの世で加藤は笑ってるかも。無差別殺傷事件を起こす代わりに、芸術へと昇華すれば良かったのに・・とか思いつつ、今日はそろそろこの辺で。。☆彡

    

      (計 2300字)

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昭和レトロの「5玉そろばん」、鉄道員が時間(分)の60進法の計算をする時の玉の動かし方♪

アハハ! 自分で記事タイトルを書きながら笑ってしまった♪ マニアックで、いいね。検索してないけど、こんな細かすぎて伝わらない記事、他に全くないだろうと想像。

  

検索アクセスは1ヶ月に1つくらいか(笑)。少なっ! アクセス数は全く期待できないけど、書いてる私自身が面白いからOK。ちなみに私は、鉄オタではない一般の平成ブロガーなので、誤解のないように♪

     

   

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今日、22年7月23日・土曜の昼間、Yahoo!をボーッと見てたら、まいどなニュース配信の記事が目に留まった。ここでは、元のサイトの記事にリンクを付けとこう。記事タイトルが長い。

 

 9歳「そろばん練習したい」→ ばーちゃん家から持ち帰ったのが文化財級! 福徳相互銀行百済支店と刻まれ4玉ではなく5玉

    

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「なちゅ。」さんの義実家(義理の実家;妻または夫の実家)で見つかったという、そろばん。5玉は見たことあるけど、「百済」(くだら)という地名に驚いた。歴史に出て来る朝鮮半島の百済かと思って調べたら、大阪の地名らしい(笑)

     

関係ないけど、この方、私と同じオムロンの体温計を使ってた(笑)。・・って話はさておき、記事に載ってた次の反応が気になったのだ。

  

   

      ☆     ☆     ☆

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 「鉄道員ですが運転士、車掌は5つ玉ソロバン愛用してます 60進法の計算をするのにもってこいで、1時間32分+2時間44分の計算をするのとしたら、5玉を使わないで60分になったら1玉を下して時間の1玉を上げるという感じで5玉を使わないと60進数の計算できるので便利ですよ

  

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誤字か脱字も含めて、いかにもツイッターらしい文章。調べてみると、「義之・バジーナWF6-12-07」さんの返信だった。しばらく考えて、解読に成功したから、記事にしたくなったけど、手書きで図を何枚も書く気がしない。

  

そこでアプリを探すと、普通の4つ玉そろばんなら色々あったから、見た目がハッキリしてる「Abacus Simulator」を利用。少なくとも私のiPad Proだと、最低限の機能しか使えないから、ほぼiPhone専用なのかも。

 

画像処理で下側の玉を1つ増やして、5つ玉そろばんの画像を作ってみた。こんな加工、やったことないけど、意外と上手く出来た♪

     

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      ☆     ☆     ☆

さて、ここからが本題。時間と分の計算をする時、分だけは60進法になる。つまり、60分で1時間になって、繰り上がりになる。それを5つ玉そろばんでどう操作するのか?

  

以下は、私の数学的・論理的な推測♪ 1時間32分+2時間44分=4時間16分の計算の例。

      

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まず、上図のように、1時間32分を表すように玉を動かす。青線の左側、時間のケタの下側の玉を1コ上に上げて、1時間。青線の右側、分の2ケタの下側の玉を3コと2コ、上に上げて、32分。    

   

ここで注意すべきは、分の2ケタの内、十の位の上の玉(5を表す玉、上図の赤い×印)だけは使わないということ。ちなみに、その左右のケタでは、上にある5の玉も使う。

    

   

      ☆     ☆     ☆

続いて、2時間44分を足す操作。まず2時間、次に40分、最後に4分。3つに分けて説明する。

   

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上は、2時間44分の内、2時間だけ足した所。青線の左側で、下の玉を2コ、上に上げると、合計で3コの玉が上に上がってる。この図は、3時間32分を表してる。

   

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最大のポイントが、上図。2時間44分の内、40分を足した所。分の十の位(中央)だけに注目。60分で1時間だから、もともと上にあげてた玉から2コだけ下げて、時間の玉を1つ上げる。20分に40分を足して、1時間にしたということ。

    

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上図が最後。2時間44分の内、4分だけ、右端のケタで足した所。これは、普通の4つ玉そろばんと同じで、下側で上にあげてた玉2つの内、1つだけ下げて、上側の5の玉を下す。1+4=5ということ。確かに、4時間16分を表す玉の配置が完成。

   

   

      ☆     ☆     ☆

というわけで、5つ玉が60進法に便利といっても、それは分の十の位だけ。そこだけ、上側の5の玉を使わないから、かなり慣れてないと間違えやすいはず。秒の十の位にも使えるけど、電車の秒単位の計算をそろばんでやるかどうかはビミョー。

   

とにかく、5つ玉、60進法、そろばんアプリ、画像処理、色々とマニアックで面白い週末になった。ヒマ人? 知の世界の旅人と呼んで欲しいね♪ それでは今日はこの辺で。。☆彡

     

       (計 1789字)

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やっと連ドラ2本が終わった・・しばらく休養モード♪&10kmビルドアップ

(11日) JOG 10km,53分06秒,平均心拍 138

消費エネルギー 459 kcal(脂肪 110 kcal)

 

あぁ、記事タイトルに「休養モード」と書いた途端に気が抜けて、入力がさっぱり進まない (^^ゞ ホントに疲れてるんだな。

  

何回もくだらない操作ミスをしてるのだ。今も、ポラール心拍計のサイトからサインアウトしようとしたら、変な画面が表示されてしまって、しばらく固まってしまった。

   

フィッシングの画面? パスワードがどうのこうのと書いてる。心拍計のサイトなんて金儲けにならないだろ?・・とか思いつつ、一度アプリを強制終了して、やり直してた。どうも私が、「サインアウト」の上にある「パスワード変更」をタップしたらしい (^^ゞ ド素人か!

   

まあ、アカウント削除と間違えるよりはマシだと思う(笑)。いや、たまにやりそうになるのだ。ブログ削除とか (^^ゞ 一応、バックアップは1ヶ月に1回取ってるけど、それを使ったことはもちろん無い。ホントにキレイに修復できるのかね?

    

   

     ☆     ☆     ☆

で、とにかくこの2ヶ月半はキツかったのだ。終わってしまえば短い期間だけど、3月下旬から各種連絡に追われるようになって、4月、5月は超久々の連続ドラマ2本レビュー。

  

今、調べる気力もないけど、4年ぶりか5年ぶりかな? ちょっと思い出せないほど。全盛期はフツーに書いてたけど、その分、仕事はフツーにやってなかった(笑)。コラコラ!

   

ドラマ記事の場合、字数も長いことが多いけど、書き始める前が大変なのだ。基本的に、通しで2回見て、さらにポイントのシーンを確認することが多い。このポイント確認は、いちいち停止したりバックしたりするから、意外と時間がかかってしまう。ここまでで既に3時間くらいかかるのだ。

  

それに加えて、誰も書かないような事まで調べてるから当然、時間がかかる。例えば昨日の記事は、残り字数300字強だったから極端に短いけど、かなり調べてるし、動画からの静止画キャプチャーもかなり取ってた。使わなかっただけ。

  

   

      ☆     ☆     ☆

珍しく、私の実際のフォルダをお見せしよう。本邦初公開(死語♪)。いや、初ではないと思うけど。ノートPCの『未来への10カウント』フォルダの中の、9話フォルダ(細かっ・・)。

     

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特に、女子ボクシングの試合のキャプチャーは、一瞬の動きをとらえることになるから、時間がかかってる。それなのに使わないままお蔵入り (^^ゞ 1枚だけ、蔵出ししとこうか♪ 本格派の武術女子、山本千尋がわざと下手なボクシングをしてKO(RSC)負けする姿が涙を誘う。極端に分かりやすい演技・演出だった。監督、星野和成。

          

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ボクシングのディフェンス(防御)の画像もなかなかいいのが見つからなかったから、無駄な手間が色々かかってるのだ。まあ、精神修養ってことで♪ 画像だけでなく、テクニックについても調べてた。

      

ちなみに、フォルダで目立ってる女の子の画像は、アナウンス美少女の横にいた地味めのコ(失礼・・笑)。いや、以前のゴング女子ほどビミョーではなかったから、中途半端に気になったのだ。調べたけど、使ってない。私も使わない (≧▽≦) オイッ!

     

今年の4月からはテレワークも大幅に減って、リアルワークが大部分になったから、調子を取り戻すのにも時間がかかってる(まだ現在進行形)。というわけで、「自分で自分を褒めたいと思います」♪ 古っ! いや、久々に書いたかも。

    

    

      ☆     ☆     ☆

一方、ドラマに追われる中でも、土曜は10kmだけ走って来た。雨が降り出す直前くらいのタイミングで、近所の公園に行くと、途中から予想通り小雨が降って来て、ちょうど良かった。というか、もっと降ってくれた方が涼しくて嬉しかったかも♪

   

走りの方は、お散歩モードから徐々にペースアップして、最後はプチバトルもあったから1km4分40秒ペースくらいまで上昇。最近としては珍しい、ビルドアップ(加速走)になった。トータルでは1km5分19秒ペース。気温21.5度、湿度80%、風速3m

  

新・心拍計はほぼ正常に作動したから、ほんのちょっと補正しただけ。あぁ、ブログが休養モードといっても、今日から月曜なのだ (^^ゞ ガックシ。。_| ̄|○ ではまた明日。。☆彡

  

   

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      時間  平均心拍  最大

往路(1.2km) 6分58秒 112 125

LAP 1(2.2) 12分14秒 130 138

  2   11分37秒 140 147

  3   11分14秒 146 151

復路(2.2) 11分03秒 154 159

計 10km 53分06秒 138(79%) 159(91%)

    

      (計 1860字)

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英語のことわざ(慣用句)、「部屋の中の象」(elephant in the room)に気付かない~出典はロシア寓話「好奇心の強い男」(クルイロフ作)

面白い・・と私は思ったが、ネット検索すると、文学的な出典まで目配りした日本語の情報は非常に少ない。この状況自体が、まさに「部屋の中の象」的なことか。

  

「ハッキリ目立つ大きな物事」(象)が「身近」(部屋、居間)に存在するのに、誰も気付いてないか、気付かないフリをしてるのか。下は、dmm英会話ブログより。

  

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遅まきながら、私はやっと象を発見したから、簡単なブログ記事にまとめとこう。「部屋の中のブヨ」みたいに小さなものでも、「好奇心の強い」読者の一部は見つけてくれるだろう。。

   

  

      ☆     ☆     ☆

まず、なぜ私が象に気付いたのかを書いとこう。昨日(2022年5月9日)、ロシアのプーチン大統領が戦勝記念日の演説をしてたから、全文をチェック。「ナチズム」「ネオナチ」という非難の言葉が強調されてるから、ファシズムとの微妙な違いも含めて、色々と調べてみた。

  

私は単なる一般的な政治社会用語として調べ始めたのだが、ウクライナのネオナチに関する海外(欧米)の記事がかなりヒットした。メジャーなメディア・通信社が色々と書いてるのだ。どうも、扱いが繊細で微妙な問題らしい。

   

日本の報道や世論だと、ウクライナは善なる被害者、ロシアは悪の加害者、「ウクライナのネオナチ」といったプーチンの話は誤り・フェイク、といった感じになってる。

    

それらを少しでも否定する人、少しでも中立的立場を取ろうとする人は、現実が見えてないとか、陰謀論者とか、批判されることになる。東京大学の入学式で微妙な祝辞を述べた映画監督・河瀬直美が典型だろう。直ちに批判が相次いだ後、直接関係ない話で文春砲にもバッシングされてた。

       

欧米でも基本はそうだと思うが、流石に言うべきことは言うし、書くべきことは書いてる。これは、メディア・リテラシー的に注意が必要な状況だろう。特に、同調圧力が強くて情動的な日本社会に住む者にとっては。

   

   

      ☆     ☆     ☆

朝日新聞HPの論説コーナー、「論座」の記事が目に留まった。

  

 ウクライナには「ネオナチ」という象がいる~プーチンの「非ナチ化」プロパガンダのなかの実像(上)(中)(下)

    

執筆者はルポライター、清義明(せい・よしあき)。失礼ながら正直、大丈夫か?と思ってしまったが、しっかりした内容で興味深い主張だ。

  

要するに、ウクライナのネオナチは明白な事実なのに、単なるプーチンのプロパガンダ、侵攻・侵略の口実であるかのように扱われてる。実像(実際の象)をよく見てみよう・・という話だ。

   

アゾフ大隊(アゾフ連隊)の件とか、どの情報をどの程度信頼していいのかよく分からないので、とりあえず今回はこれ以上、触れない。それより、「部屋の中の象」という言い回しと出典に注目してみよう。

  

  

      ☆     ☆     ☆

上の論座の記事の冒頭では、こう書かれてた。

  

 英語で「象が部屋にいる」という言い回しがある。・・・「あんなにも大きな象が部屋にいたとしても、あえて見なかったことにする」という意味である。誰もが知っていることだとしても、なかったことにしたほうがいい。そういうことは確かに世の中にはあるかもしれない。

 プーチンが、「ウクライナを非ナチ化する」と宣言したとき、大方の人々は狐につままれたような反応で、そのうち識者や国際政治学者はこぞってプロパガンダであると断定しだした。だが、本当にそうなのだろうか。・・・

     

    

私の手元にある『ウィズダム英和辞典 第4版』(三省堂、2019年)を引くと、「the elephant in the (living) room」というイディオムが載ってた。意味は、「誰もが知っていながら口をつぐむこと」。

  

英語版ウィキペディアの項目の冒頭では、こんな感じに要約してある

   

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何か巨大なものが無視されてるのは、それが不快だったり、危険だったりするため、抑圧の心理メカニズムが働いてるから。そんな背景説明も書かれてる。

   

   

     ☆     ☆     ☆

英語版ウィキでさらに本文を読むと、出典として、ロシアの寓話作家クルイロフ(Krylov)の作品が挙げられてた。「The Inquisitive Man」。好奇心の強い男(または、人)。

    

ロシア語の原題をGoogle翻訳で英訳すると、curious だったから、「変な人」という意味も少し入ってる可能性がある。その方が、内容に合ったタイトルだし、皮肉も効いて面白い。ただ、ロシア語的には、詮索好きのような意味合いが普通みたいだ。

         

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日本では、数種の翻訳本を除くとほとんど紹介されてない。上は岩波文庫『クルイロフ寓話集』。しかし、英語版ウィキソースを見ると、英訳が掲載されてた。全文でも非常に短い寓話で、イソップ物語に似てる。

      

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あらすじをまとめると、次の通り。好奇心の強い男がある日、友人と出会って話しかけられた。「どこ行ってたの?」。男は、「自然歴史博物館で3時間過ごしてたんだ」と答えた。

  

小さなブヨまで含めて、いろんな物を見たと聞いて、友人がたずねた。「当然、象も見たよね。山みたいに感じただろ?」。すると、男が答えた。「誰にも言わないでくれよ。実は、ゾウには気付かなかった!」。

    

  

       ☆     ☆     ☆

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上が、ロシア語版ウィキソースの原文のラスト。先に引用した英訳とは微妙に違ってる感もあるが、ロシア語は分からないので、単なる印象つぶやきに留めとこう。上の左下の5文字が象を表す単語で、普通のアルファベット表記に直すと「Slona」だが、Google翻訳の発音は何度聴き直しても「ファンナ」と聞こえる。

   

この寓話はその後、文豪ドストエフスキーの『悪霊』でも引用されたらしい。出典がまさに今、話題の国、ロシアというのは、偶然なのか、必然なのか。帝政ロシアだった当時から、巨大な物事が語られない社会状況、無言の圧力があったのかも。

   

それは、相手の国であるウクライナでもそうかも知れないし、ウクライナを支持する国々でもそうなのかも知れない。私も、好奇心の強い日本人として、象には気付くようにしたいし、「あそこに象がいたよ」、「そこに今、象がいるよ」と話せるようにはしたい。

  

そのためには、意識的な注意力や努力、勇気だけでなく、無意識の抑圧や排除のメカニズムを理解することも必要だろう。時間が来たので、今日はこの辺で。。☆彡

    

       (計 2573字)

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『コティホローシュコ』(エンドウ豆太郎、転がるエンドウ豆という意味)~日本の昔話『桃太郎』に少し似た、独自のウクライナ民話

海外の文化を日本に紹介する時、日本の何々に似てるとPRするのは普通で自然なことだろう。特に、ロシアによるウクライナ侵攻が続く今(2022年4月)だと、ウクライナと日本の間の類似を強調したくなる気持ちはよく分かる。

   

ただ、翻訳でこのウクライナ民話を読み終えて感じたのは、むしろ違いの大きさの方だ。別にネガティブな意味ではない。私がこのブログ記事のタイトルに、わざわざ「少し似た」と書いたのは、作品の内容自体にも注目すべきだという意味。もちろん、共感を育てるための素材とするのも良いことだろう。

   

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     ☆     ☆     ☆

さて今回、珍しい記事を書くキッカケになったのは、朝日新聞の大きめの記事(22年4月5日・夕刊)。見出しは、「危機乗り越える 豆太郎のように」、「ウクライナの桃太郎 和訳した絵本 重なる境遇」。朝日新聞デジタルの記事へのリンクもつけとこう。

   

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在日ウクライナ大使館で昨秋まで勤務。現在はチリに避難中の女性、ヴィオレッタ・ウドヴィクさんが編集者になって、昨年12月に完成した絵本が、『エンドウ豆太郎 コティホローシュコ』だ。文化の紹介のため、ネットでpdfファイルとして無料公開されてる。ウクライナ外務省の資金支援も受けてるらしい。ネタバレを避けたい方は、お先にそちらをご覧あれ。

  

和訳、イワン・ジューブ。翻訳校正、岡部芳彦、ナディヤ・ゴラル。イラスト、ゾヤ・スコラパデンコ。翻訳する前の原文を誰が書いたのかは不明。ウクライナ大使館その他、スタッフの方々、その点は明記した方がいいかも♪ 民話や民間伝承といえども、文章にまとめた人がいるはず。合議なら、「日本語版コティホローシュコ製作委員会」とか。

         

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     ☆     ☆     ☆

マニアック・ブロガーの私がまず気になったのが、「コティホローシュコ」という題名の意味。公開されたpdfには意味がない。元のウクライナ語は書かれてたので、コピペしてGoogle翻訳すると、AIでも翻訳不能♪ 訳語は、原語のまま。

   

そこで、人間の私の感覚で、前側の「コティ」と後ろ側の「ホローシュコ」に分割してウクライナ語の翻訳を行うと、後ろ側は「豆」という意味の言葉。前側はすぐには翻訳できなかったけど、「関連項目」に飛んでみると、どうも「転がる」というような意味らしい。

  

最後に、フランス語版ウィキペディアで確認(英語版は無い)。フランス語への直訳は確かに、「転がる(小さな)エンドウ豆」(Roule (-Petit) -Pois)とされてた。

  

 コティ   ホローシュコ

 転がる  (小さな)エンドウ豆

    

そこに日本の『桃太郎』との類似を加味すれば、『エンドウ豆太郎』という邦訳タイトルが完成する。納得。切手の写真も付いてた。主人公とこん棒と竜の絵。

    

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     ☆     ☆     ☆

物語を実際に読んで、最も意外だったのは、物語が長くて複雑なこと。日本の桃太郎もロング・バージョンがあるのかも知れないけど、誰でも知ってる標準形をまとめると非常に短いストーリーだろう。小学校1年の教科書はもちろん、幼稚園の教育でもおそらく大丈夫なはず。

  

ところが、このウクラナイ民話は、小学3、4年生以上でないと読み通しにくい長さなのだ。試しに、日本語への翻訳文の全体の文字数をカウントすると、8000字超もあった。長すぎると批判されることもあるウチのブログ記事の3~4倍♪ 簡単にまとめれる話ではない。

   

冒頭の2段落だけ、翻訳の原文をそのまま引用しとこう。「起承転結」の起のような内容だが、まだ302文字だから、この26倍(!)の文章が後に続くのだ。「起承・・・・・・・・転・・・・・・・・結・・・・・・・」の起に過ぎない♪

    

昔々、ある男がいました。男には息子が6人と、オレンカという娘が一人いました。男は、息子たちに、畑を耕すように言い、娘にはあとでお昼ごはんを持っていくように言いました。「どこにお兄さんたちがいるのか分からないわ」と妹は言いました。お兄さんたちは「僕らは家から畑まで鋤(すき)を引いていくから、その跡を辿っていくといいよ」と答えました。そして畑を耕しに行きま した。

   

そのうち、畑のむこうの林にいる竜がお兄さんたちが鋤を引いた跡を消して、その代わりに自分の城まで、鋤の跡を引きました。妹はお兄さんにお昼ごはんを持っていく時、新しい跡にそって、歩いて竜のお城にたどり着きました。竜はオレンカを捕まえてしまいました。

   

  

     ☆     ☆     ☆

まず、朝日新聞の記事が書いてたあらすじをそのまま引用してみよう。岩本修弥記者によるものか。

  

ある日、お母さんがエンドウ豆を拾い、生まれた息子をエンドウ豆太郎と名付ける。エンドウ豆太郎は姉を連れ去った竜をこん棒で成敗。姉や、竜との戦いに敗れて捕らわれていた6人の兄を救出する。3人の仲間から裏切られる場面もあるが、最後は王女と結婚し、仲良く暮らす」。

  

書いてることは間違ってないし、字数的にも適切。しかし、抜け落ちてる大切な要素もあるし、これではそもそも『桃太郎』との類似が分かりにくい。桃太郎に6人の兄は登場しないけど、3人の仲間から裏切られる場面もないのだから。

        

私なら、「捕らわれていた兄たちを救出する。その後の一人旅の途中3人の風変わりな仲間と出会い裏切られる・・・」と書く。

   

これなら、兄たちはオマケに過ぎず、3人の風変わりな仲間が桃太郎の犬・猿・雉に対応するのが明確。6人を消して、3人という数字だけに集中するのがポイント。そもそも6人の兄それぞれの違いや特徴は書かれてないのだ。

   

   

     ☆     ☆     ☆

今、兄たちはオマケと書いたが、それは桃太郎と比較した場合の話。主人公以外で竜と戦ったのは6人の兄であって、3人ではない。また、兄たちは、助けてくれた弟・エンドウ豆太郎を裏切るような形のことを行ってて、それが弟の家出みたいな一人旅につながる。元のウクライナ民話においては、6人の兄も重要な役割を果たしてる。脇役として。

   

突出した能力の持ち主が、兄たちにも、3人の仲間にも裏切られる。日本の幼児教育にはビミョーな内容かも知れないが、リアルではあるし、現在のロシアのウクライナ侵攻を考えると暗示的でもある。

   

試しに、明治時代の尋常小学読本における桃太郎の教え方をチェックすると、「本童話における教訓的要素は  親の慈愛 桃太郎の孝行 慈勤 勇気 進取 犬等の忠勤 協力  等である」と書かれてた。国立国会図書館デジタルコレクションより。

       

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『エンドウ豆太郎』には、親孝行という要素は薄いし、3人の仲間の忠実な態度も目立たない。協力はあるけど、それよりむしろ、裏切りとか敵意、攻撃性が目立ってる。

  

その象徴が、敵の「戦うつもりなのか、仲良くするつもりなのか」という問いかけに対する、豆太郎の応答。「仲良くするものか。戦いに来たんだ」。

   

竜に対しても、小人の爺さんに対しても、主人公は戦闘モードを保ってる。兄たちとも別れたし、近所の人達の敵意に対しても強く反発して撃退(序盤)。裏切った仲間(桃太郎の犬・猿・雉に対応)も許さず、懲らしめてる。

      

この辺りも、現在のウクライナにつながってるのかも知れない。橋下徹を始めとして、ウクライナに妥協を勧める意見が一部にある(orあった)が、ウクライナ側からは妥協は論外といった感じの反応、反発が目立ってた。

    

   

      ☆     ☆     ☆

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とはいえ、最後はヒーローがヒロイン(王女様)を手に入れて(または、ヒロインと結ばれて)、幸せに暮らすのであった。フェミニストやジェンダー学者の受け止め方はさておき、古今東西、普遍的に愛されてる物語の構造だろう。力を持つ男性が、美しい女性と結ばれる。上のイラストにおける男女の描き分けも、典型的。

      

そう言えば、現在のウクライナでも、男女の違いは明確だった。なお、兄と姉を含めて8人の兄弟というのが気になって調べてみると、ウクライナの出生率はかなり低いらしい。昔からそうであれば、8人兄弟という設定は、フィクションにおける願望充足ということか。

   

個人的には、地底に世界が広がってる設定やその絵が面白かった。日本なら、昔話というより、神話の設定に近いかな。それでは今日はこの辺で。。☆彡

   

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          (計 3317字)

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メール・LINE・電話・往復はがき(笑)、大量の連絡で終わった週末、ホイジンガ的には「遊び」の概念か

疲れた。。 人間、リアルライフが本当に忙しくなると、ブログなんて頭から消えそうになるね♪ 普段は?! いや、普段もやる事だらけだけど、こんなに次から次へと対人関係の作業をしなきゃいけない状況は珍しい。

   

といっても、考えてみると、数ヶ月に1回くらいはあるか♪ と言うか、普段はそれほど本気になってないのかも(笑)。手抜きのお遊びか! 人間とは、「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)なのだ。

  

カイヨワか!・・と書こうとして、念のために調べたら、ホイジンガの著作名だった (^^ゞ よく気づいたぞ! いいね♪ 下は中公文庫。

      

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     ☆     ☆     ☆

って感じで、ブログのノリが妙に軽い時は、眠くて疲れてるのだ♪ これも、人間が本質的にホモ・ルーデンス(遊ぶ人、Homo Ludens)であることの証拠みたいなものの1つだろう。

   

  眠くて疲れてる時の人間性 = 人間本性 =遊び

   

マジメな話、そう言えばこの土日にずっとやってた連絡作業も、半ば遊びではあった。別にすごく重要なわけではないし、重労働というほど過酷でもない。確かにしんどいけど、ちょっと面白くて息抜き的な側面もある非日常的な営みなのだ。

   

オォッ、昨日に続いて超手抜き記事のつもりだったのに、マトモな内容に近づいて来た♪ ほんじゃ、もうちょっとだけ学問的にこだわってみようか。寝る前のもうひと頑張り。アレッ、漢字で「一頑張り」とはあんまし書かないのか。何でだろ?・・って話はまたいずれ。

      

     

      ☆     ☆     ☆

ホイジンガによると、

 「遊び」とは、「あるはっきり定められた時間、空間の範囲内で行われる自発的な行為」、「自発的に受け入れた規則に従って」るもので、「目的は行為そのもののなかに」あり、「緊張と歓び」を伴い、「日常生活とは別のものという意識」がある。

  

う~ん、これは子どもの純粋なお遊びをもとにした考察に見えるね。成長するに従って、別の巨大な要素、抽象的な要素が浮上して来る。例えば、お遊びがスポーツと呼ばれるものになると、日本一や五輪金メダルを目指すようになるし、将棋や囲碁なら、究極の真理や正しい指し手を求めたくなるのだ。

    

私の場合で、個別に見てみよう。「あるはっきり定められた時間、空間の範囲内で行われる自発的な行為」。うん。これはかなり正しいね。ビシッと定められてるわけではないけど、ほぼ定められてるし、8割以上は自発的な行為だ。10割ではないけど。

   

「自発的に受け入れた規則に従って」。うん、これもかなり正しい。別に受け入れる必要はなかった規則を、私が自分で受け入れて勝手に連絡してるわけだし、規則の半ばは私が自分で作ったものだ。

   

   

      ☆     ☆     ☆

「目的は行為そのもののなかに」。これはちょっと違うね。同窓会の連絡には、連絡そのもの以外のハッキリした目的がある。ただ、目的の一部が行為そのものの中にあるのは事実かも。やってる内に、その自覚が出て来た。伝言ゲームとはちょっと違うけど、連絡ごっこ♪

  

「緊張と歓び」。これはその通り。長い間やり取りしてない相手が多いから、同級生でも当然、緊張感はある。もちろん、親友だけ、ホントに気の合う仲間だけの集まりでもない。

   

だからこそ、意外とフレンドリーなやり取りになった時には歓びが生じる。Mさんとか(笑)。実名イニシャルか! 試しにジャブ(ボクシングの軽いパンチ)として、大昔のエピソードを書いてみたら、向こうも思い切り覚えてて、私の知らない部分まで「自発的に」教えてくれた♪ なるほど、あの時はそうだったのか。

   

「日常生活とは別のものという意識」。これは間違いなくあるね。同級生は大勢いて、一部はわりと近い場所に住んでるけど、日常生活で接してるとまでは言えない。まあ、中には、同窓生同士で結婚してるケースもあるけど。

   

   

     ☆     ☆     ☆

しばらく理屈を書いた後で、早くも最後に、一番お遊び的だったものに触れとこう。LINEのスタンプや絵文字もお遊びだけど、珍しかったのは、往復はがき♪

   

「往信のあて名書きの部分」(下の写真の左半分)が青色だけど、右半分は返信用の内容を書くのだ (^^ゞ 分かりにくっ! 往信のあて名を書いた右側に、往信の伝達文をうっかり書く人も多いはず♪ 他人事か! ちなみに、往診ではなく往信だった(笑)。今、変換ミスに気付いて修正。

   

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これ、受け取りじゃなくて自分から出すのは、いつ以来だろ? 思い出せないほど久々に買ったから、値段も分からなかった。54円の2倍で108円かな・・と思ったら、63円×2=126円か (^^ゞ 

       

それにしても、書きにくくて間違えやすい構造。 「返信用のあて名書きの部分」は緑色で、そのすぐ右半分は「往信用の内容」を書くことになる。

   

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で、中央の折り目の部分には、「返信時は、この線に沿って切り、返信用部分を差し出してください」(上の写真)。「返信用部分」とか言われても、その言葉は印刷されてないから、間違える人が必ずいるはず。返信用部分とは、返信のあて名を書いてる部分のこと。つまり、往復ハガキを受け取った人は、上の注意書きの左半分を切り取ってポストから返送する。

    

   

     ☆     ☆     ☆

これだと多分、郵便局や電話でクレームつけるモンスター・ユーザーもいると思う。で、ビシッと言い返す正義の味方が登場、スカッとした周囲が拍手すると♪ フジテレビのバラエティ番組、『スカッとジャパン』か!

    

ベテラン脇役俳優・木下ほうかの見納めになるかも知れないから、さっき、TVerの動画でチラッとだけ拝見。「はい 論破」ワイン?のボトルが映ってた(笑)。ところが、セクハラの文春砲に論破されちゃったと。

     

とにかく、まだ連絡全体の4割くらいしか終わってないから、今週も引き続き頑張ろう。妙な構成の記事だけど、遊びだからいいのだ♪ ではまた。。☆彡

    

       (計 2352字)

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「戦争は外交の失敗」という言葉(名言、定義、警句)の出典3つ、カハル・デイリー、トニー・ベン&ドラッカー(英語原文)

このブログ(ココログ)の運営母体であるniftyは、ネットメディア「リアルライブ」のニュースをよく掲載してる。なぜかYahoo!よりかなり多い気がする。

   

リアルライブはネットやテレビの簡単なまとめ記事が多いから、分かってれば避けるようなメディアだが(個人の感想♪)、ニフティのニュースの見出しではメディアが分からないから、ついクリックすることがある。もちろん、たまには面白いこともある。

      

今回クリックした記事は、こんな長い見出しが付いてた。ここでは元のサイトの記事にリンクを張っとこう

  

 坂本龍一「戦争は外交の失敗」 加藤登紀子が共感投稿で物議 「ウクライナが悪いと?」 賛否集まる

  

   

     ☆     ☆     ☆

坂本の言葉は2014年のもので、珍しくノーカットYouTube動画が今でも正式公開されてる(ANN NEWS)。それを今回、ツイッター経由で知ったらしい加藤が、自分の返信ツイートで共感を示したようだ。いかにも人文・芸術系リベラルの代表者らしい姿勢。

  

加藤は、別人のツイート(「滑稽新聞」)に返信してるだけなので、本当に自分で動画を見たのかどうかは不明。私なら、別人ツイートの根拠となってる動画を自分で探して見た上で、そちらにもリンクを張って説明も補足する。その別人ツイートに書かれた坂本の言葉は断言調になってるが、実際の坂本の言葉はもっと会話調で個人的な思いを伝える形だった。

  

加藤のツイートは、ウクライナの外交の失敗という意味「も」(意図せず?)含んでしまうから、有名人として「炎上」(リアルライブの表現)するのは自然なことだろう。日本も含めて西側では、強いロシアが弱いウクライナに侵略戦争を仕掛けてる、と考えられてるから。ちなみに加藤のツイートは、限られたユーザーしか返信できない設定になってた。

    

   

     ☆     ☆     ☆

さて、私の関心は、大御所の左派文化人の考えとか「炎上」より、元の言葉の出典に向かった。おそらく、かなり前から外国語(特に英語)で言われてる事だろう。

      

当ブログでは過去、様々な名言の類の記事を、基本的に原文まで自分で調べた上で、正確に説明して来た。当たり前の事のように見えて、実は世界的に見てもごく少数しか行われてない。

    

英語の名言サイトのようなものも色々あるが、ほとんどは出典不明、あるいは未確認のまま。間違った言葉や出典を載せてることもよくあるが、検索サイトで上位にランクされればアクセスは集まる。そしてまた、怪しい情報がさらに拡散されて行く。SNSの問題がしばしばクローズアップされるが、商業サイトや個人ブログにもかなり問題がある。

  

   

     ☆     ☆     ☆

では、本題に入ろう。「戦争は外交の失敗である」という日本語を普通に英訳すると、「war is the failure of diplomacy」とかだろう。このフレーズをそのまま引用符で囲んで、Googleで完全一致検索を行うと、最初にヒットするやや古い用例は、1972年のものだった。

   

アイルランドの哲学者、カハル・デイリーの論文「Violence or Non-Violence?」。暴力か、非-暴力か?。学術情報サイト・JSTORより引用

  

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「戦争は、クラウゼヴィッツによると、別の手段で行われた外交である」。この定義は有名だが、不幸なものだ。・・・中略・・・むしろ、暴力はすべての理性的議論の終わりである。同様に、戦争は外交の失敗である」。

   

話が逸れるが、冒頭のクラウゼヴィッツの言葉(?)は、1832年の『戦争論』(On war)からの引用だと思うが、デイリーによる言い換えか引用ミスの可能性もある。普通、有名なのは、「War is a mere continuation of politics by other means」だろう。戦争とは単に、他の手段を用いた政治の継続である」。

  

これについてはまた、別記事を書くかも知れないし、後ほどこの記事に追記するかも知れない。とりあえず、元の流れに戻ろう。とにかく、私が基本的な検索をかけてすぐ見つかった用例は、日本はもちろん、世界的にもほとんど知られてないようだ。興味のある方は、Googleで日本語か英語の完全一致検索を試してみることをお勧めする。

     

  

     ☆     ☆     ☆

それに対して、be動詞は抜きにして、「war "failure of diplomacy"」で検索すると、最初にヒットしたわりと古くて有名そうな言葉は、1991年、英国の政治家トニー・ベン(Tony Benn)のもの。デイリーの20年近く後。写真は英語版ウィキより

  

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日本ではほとんど話題になってないが、労働党の中でも左派だったらしい政治家だから、戦争反対、外交で解決ということを強く主張するのは当然か。とにかく、毎度お馴染み、英語版ウィキクォートで簡単に出典が見つかった。引用句版のウィキ。

   

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All war represents a failure of diplomacy.

すべての戦争は、外交の失敗(の1つ)を表している。

  

日本人にとっては細かい話だが、ここでは不定冠詞aを使ってある。先ほどのデイリーの時は定冠詞theだった。

   

政治家と哲学者の違いもあるだろうし、文脈や発言形態の違いもあるだろう。このベンの言葉は、湾岸戦争が一旦停止した時の対談の中での発言。Speech(スピーチ)と書いてるが、日本語のスピーチより広い意味で、単に発言ということだ。

   

   

     ☆     ☆     ☆

そして最後。3つ目の用例は、日本で非常に有名なドラッカーの「小説」の台詞。あくまで作り話、フィクションの中のセリフだから、ドラッカーが語ったわけではない。もちろん、小説に関連したものも含めて、本人が自分で語った可能性もある。

   

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とにかく、1982年に出版した初の小説『The Last of All Possible Worlds』(すべての可能な世界の最後)の序盤に、主人公ソビエスキーの台詞でこう書かれてた。英語版のキンドル電子書籍の無料サンプルより引用。

   

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 I see it as the failure of diplomacy.

 私はそれ(戦争)を、外交の失敗とみなします。

  

この台詞は、デイリーと同じく、クラウゼヴィッツの有名な言葉やそうした考えに反対する形になってるが、ここでもクラウゼヴィッツの言葉が原型とは違ってる気がする。やはり色々と変形されて拡散してるということか。

   

ちなみにこのドラッカーの小説は、翻訳(邦題『最後の四重奏』、訳者・風間禎三郎、ダイヤモンド社)がキンドル電子書籍にあったから、無料サンプルを見てみたが、載ってなかった。一般に無料サンプルは、同じ著作なら、英語の方が日本語より(遥かに)長い。

  

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紙の古い翻訳本では、「私は、“戦争は外交の失敗"以外の何物でもないと考えております」と翻訳されてるという情報があった(はてなブログの2年前の記事)。いずれ自分で確認するつもりだが、この訳文は文脈的に強調し過ぎだと思う。

   

   

     ☆     ☆     ☆

以上、代表的な英語の出典を3つ挙げてみた。最後に、私としては、内容的にどう考えるか。

  

戦争を外交や政治の延長と考えるクラウゼヴィッツの言葉は、一理ある興味深いものではあるが、人間心理や感情的に受け入れにくいことに加えて、発想が基本的に古いと思う。

  

少なくとも、ロシアや米国といった現代の核大国については適用できない。というのも、核兵器の戦争はすべてを終わりにしてしまうリスクがあるからだ。人間的な営みの継続などではなく、終焉、破滅になってしまう。核でなくても、一般に大量破壊兵器は政治の継続とは言えない。

  

また、AIが判断する戦争というのも、人間の外交や政治の延長とは言いにくい。たとえ元のAIを人間が作ったとしても。

   

   

     ☆     ☆     ☆

一方、「戦争は外交の失敗」という言葉にも、様々な問題がある。今回の炎上騒ぎのように、「侵略戦争は侵略された国の外交の失敗」(ウクライナの失敗)と解釈される余地があるし、もともと外交などあまり無かった可能性もある。

  

むしろ、「戦争には、外交の失敗または不在という側面もある」(by テンメイ)と言うべきだろうが、こういった細かくてハッキリしない表現だと、一般には普及しないのであった。特に、単なる一般人の言葉では♪ それでは今日はこの辺で。。☆彡

   

       (計 3357字)

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出張無事終了を「多とする」・・という日本語表現は(天皇陛下しか?)使えない♪(出典『史記』列伝・袁盎)

(23日)Walk 5km(荷物 7kg),50分,平均心拍117

消費エネルギー 350kcal(脂肪 140kcal)

  

フーッ・・疲れた。荷物が重いのだ。私もガラガラ買おうかな♪ 福引の抽選器(笑)。そっちか! 昨日の記事ネタだろ!

   

いや、キャリーケース。もう流行遅れかね? 一時期に比べて、ガラガラ引っ張る音が減った気がする。手提げとリュックで7kgの荷物を持ってスタスタ歩くのは、本気で疲れるのだ。ハーハー言ってしまったほど。ランニングか!

  

   

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さて、令和4年になってもまだ、2月23日に天皇誕生日の祝日があることに慣れてない人もいるだろう♪ 他人事か! まあ、まだ3回目だから仕方ない。「令和元年に2月は無かった」から。

   

ちなみに、この表現が正しいのかどうかは未確認。今後の研究課題としとこう(笑)。またか! 令和元年は5月1日から開始なんだろうと思うけど。

  

で、とにかく天皇陛下の記者会見が2月21日に(?)あったから、ネット上にもいろんな記事が出てた。マニアック・ブロガーは当然、「天皇 会見 全文」とかで検索。要旨や一部分じゃなくて、全文にありがたく目を通した。まさに「有難い」、なかなか見聞きすることがない言葉遣いや気遣いがあった。

   

  

     ☆     ☆     ☆

すぐヒットしたのがNHKと東京新聞のHPだったけど、今見ると当然、宮内庁のサイトにも全文(?)らしきものが公表されてた。

  

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普通は、眞子さん(旧・眞子さま)、愛子さま、悠仁さまの話に注目する所だろうけど、私がアレッ?と思ったのは、最初の代表質問に対する非常に長いお答え。

  

たぶん、前半の「代表質問」はあらかじめ陛下(と宮内庁)が応答を練り上げて、後半の「関連質問」は即興のような形で応答したんだろうと思う。お言葉の長さがハッキリ違うから。

   

とにかく、最初の代表質問は、この1年のご感想と、ウィズ・コロナ、ポスト・コロナへのお考えを問うものだった。

   

    

     ☆     ☆     ☆

そのお答えの途中に、「こうした国民の皆さん一人一人の努力を深く多といたします」と書かれてる。

  

NHKで見た時、入力ミスかな?と思ったから、すぐ東京新聞でチェック。同じ言葉が書かれてる。宮内庁も同様。

  

「多とする」。いきなり耳で聞いたら、認識できそうにない表現だけど、一応、昔からあったらしい。日本国語大辞典と大辞泉(共に小学館)で調べると、意味は、「高く評価する」、「ありがたく思う」。「多」という一文字に、そんな感じの意味が含まれてるらしい。

  

用例が少ないから、使い方がまだ曖昧だけど、何となく自分自身の物事には使わない気がする。だから、自分の出張が無事終了したことを「多とする」とは言わないのだろう。自分でありがたく思ってるけど♪

  

では、天皇陛下のお元気なご活躍に対して、国民が「多といたします」と言えるかどうか。たぶん、おかしいと思う。そもそも一般市民には、陛下に直接感謝を伝える機会はないし、市民同士で「陛下のご活動はホント、多とするよね」とも言わないはず(多分♪)。

  

なお、代表質問の問3で眞子さんについて聞かれた時も、陛下は「様々な公的な活動に真摯に取り組んでいたことを深く多といたします」と語ってた。「深く多といたします」で、「深く感謝しています」という意味か。「深く」を前に付け加えることで、高評価というより感謝の言葉になると。勉強になったけど、自分で使う機会は一度もなさそうだ♪

   

   

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ここでもう、ウォーキングの話で締めくくろうと思ったけど、ちょっと気になって、「多とする」の出典・由来を調べてみた。日本国語大辞典の説明の最後に、「〔史記-袁盎伝〕」とだけ書き添えてたのだ。約2100年前、司馬遷が編纂した中国の歴史書の一節にあるらしい。もちろん、最初かどうかは分からない。

  

その後、20分ほどかけて、ようやく原文らしきものを発掘。たぶん、これだろう。まず、中国語版ウィキソースより。史記101巻。「諸公聞之、皆多袁盎」。

  

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「みんな、これを聞いて、袁盎を高く評価した」という意味の文らしい。『史記』の中の「列伝」、袁盎について説明する箇所の最後近くに書かれてる。

     

古い日本語訳が国立国会図書館デジタルコレクションで公開されてたので、そちらも引用しとこう。書き下し文は簡単で、高校の中間テスト辺りで出ても不思議はない。「諸公、之を聞いて、皆袁盎を多とす」。『和訳 史記列伝 上巻』、玄黄社。明治44年(1911年)。

  

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もう、このくらいにしとこう。昨日のウォーキングの始めの30分は本当にきつくて、心拍もかなり上がってた。急いでたもんで、服も汗びっしょりになったほど。

  

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普通のウォーキングは心地よいけど、荷物が重くて慌ててると、苦行とか修行になってしまう♪ まあ、それも半ば体育会系の男子の性(さが)なのだ。「努力を深く多といたします」とは、誰も言ってくれないのであった。

   

それでは、今日はこの辺で。。☆彡

    

      (計 2032字)

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